17:偽りの誇り

「きさまは母様がと言うたが、の間違いではないか?」

アクラがグラルドをひとにらみして言った。

「……違う。用済みになったから放っておいたら、勝手に息絶えただけだ。それは死んでしまった、でも間違いではなかろう」

グラルドがやれやれといった様子で返した。

「用済みか。それは私の妹、ベリアが生まれたからだな?ではなぜ今の話でベリアのことに触れなかった?なにか隠しておきたいやましい気持ちがあるのか?」

「違う。アヴェイロから聞いているなら、話す必要はないと思ったまでだ」

グラルドがかぶりを振って答えた。

「そうか?もし父様から聞いていないのなら、そのほうが都合が良いと思いのでは?きさまがベリアにしたことを思えば、私は素直に従わないであろうからな」

アクラの言葉に、グラルドは沈黙する。

「それにお前はなぜベリアを連れてすぐに魔人の国に帰らなかった?それは一族への裏切りではないのか?」

アクラが続けた。

「ベリアがわれの子を産めば、国へ帰るつもりだった。血は半分とはいえ魔人の女を連れて戻るのだ。まずは自分の子を欲するぐらいの野心は、許されてもよかろう」

「野心か。少し正直になったのう。だがそれぐらいは許されると思うなら、国へ帰ってから一族に堂々とそう主張すればよかろう。こそこそと隠すような真似は、誇り高き魔人のすることではないのだろう?」

アクラがぴしゃりと言い、言い訳はするなとばかり目で訴える。

「自分の血を残すこと、それこそが魔人の求めるものなのだ!人間のようにつまらん欲求を多く抱えたりはしない、魔人の唯一の欲だ!その為にわずか十数年ばかり帰りが遅くなっても、それが裏切りに当たるものか!」

グラルドの声に怒気が混じった。

「自分の血を残すことへの執着か。……ではもしベリアが女児を産み、その子を国に連れて帰れば、今後生まれる全ての魔人にきさまの血が交じることになるな。それならきさまの欲も大いに満たされることであろう。どうだ?どうせ最初からそのつもりだったのであろう?」

アクラのその言葉に、グラルドは声を詰まらせた。

「そうして用済みになったベリアはどうする?野心のためにはもはや邪魔な存在だ。殺す算段だったのでは?」

アクラはなおも続ける。

「そのことをちゃんとベリアに伝えていたのか?ずっとのでは?」

そこまでまくし立て、アクラはふうと息をついた。

「フン、まったく誇り高き魔人様が聞いてあきれるわ。結局きさまは自分の都合の良いように考え、自分自身にさえ言い訳し、誇り高い気になっているだけの、けがれた魔人だ」

アクラの言葉に、グラルドのこめかみに浮かんだ血管がぴくぴくと震える。

「人間に伝わる古い魔人の伝承では、魔人は高潔で孤高とあるぞ。他種族からも神のようにあがめられておる。案外、一族に馴染めなかった爪弾つまはじき者たちとやらが、真に誇りを持っていた魔人ではないのかな」

アクラがさらに付け加えた。

「どうした?顔が赤いぞ?いや肌が赤いのは元からであったな」

言葉を失うグラルドを見て、アクラは微笑を浮かべた。


「アクラ、なかなか胸のすく高説だったが、どうやらめちゃくちゃに怒らせてしまったようだぞ」

憤怒ふんぬの顔で震えるグラルドを見て、フリックがアクラに耳打ちした。

「すまんのう。言ってやらねば気がすまなんだ」

アクラが苦笑いを返す。

「ま、どっちみちやり合うしかないんだからいいけどな。アクラを連れて行かせるわけにはいかないからな」

フリックが言った。

「いや、今やり合っても勝ち目はないぞ。ここは一旦いったん私がついて行き、寝首をかけないか機会をうかがうとしよう。奴の目的から、しばらくは殺されることはないからな」

「だめよ!」

アクラの提案に、すぐさまミーナが反対する。

「俺もミーナに同意だな。あんな奴にアクラを渡せるか」

フリックとミーナはアクラをかばうように立ち、腰の剣を抜いた。

「無茶だ!」

アクラが二人を止めようとする。


「そうだ、アクラを渡せば……」「そうすれば魔人は引き上げるんだろ……?」

王国軍兵士から、どよどよと声が上がった。

そんな中、周りに散らばっていた警備隊の兵士たちがフリックの元へとせ参じた。

「フリック様!我らも共に戦います!」

「アクラちゃんを守れ!」

駆け集まった彼らが口々に声を上げ、剣を抜く。

「お前ら……」

フリックが歓喜と困惑をないまぜたような顔をした。

「へへっ……お姫様を守る騎士ってやつに、俺も憧れてたんだよね」

ヘンリも震える足でアクラの前に立った。

彼らにとってフリックは絶対的な信頼を寄せられる人物だった。その真っ直ぐな正義感と高いこころざしは憧れと尊敬の対象だった。正直、今のやり取りだけで魔人とアクラの事情を全て理解したわけではない。だがフリックが剣を取り、アクラを守る為にあの魔人と戦うというのなら、きっとそれが正義なのだと彼らは確信出来るのだ。

「がっはっは!このガストン様の最強伝説が、今ここに幕を上げてしまうかもなあ!」

ガストンが背負った大剣を抜き、高笑いを上げた。


「……死に急ぐか、馬鹿どもめ」

グラルドがつぶやき、大型獣のようなうなり声がその喉の奥からもれる。

「やめろ!みんな……よせっ!」

アクラは隊員に両腕を抱えられ、後へと下げられていった。

グラルドは体勢を低くかまえると、ドウと地面を蹴ってフリックらに向かって飛びかかった。

いち早くガストンが前に出て、その大きな体と剣で魔人を受け止める。

しかし魔人に比べれば小さいその体は大きく後ろに弾き飛ばされ、隊員たちの間を割って背中で地面を滑っていく。

が、魔人の勢いもそこで止まった。その一瞬を逃さず、すかさずフリックが斬りかかる。フリックの剣を受け止めた魔人に、遅れて他の皆も斬りかかっていく。

グラルドはその剣をさばきながら、チラチラと奥の様子をうかがっている。


「そうか!アクラか!」

フリックはグラルドのその様子から感づいた。

こいつはアクラが今は魔人になれないことを知らない。気配を感じられない人の姿のアクラが突然魔人に変身し、この間のように不意打ちされるのを警戒しているのだ。そのためにアクラを常に眼で追っていなければならないのだ。

「アクラ!奴の死角に回れ!」

フリックがアクラに向けて叫んだ。

「そうか……!あいつは私を用心しているのか!」

アクラはフリックの意図を理解し駆け出した。

グラルドを挟んでフリックと対角線になるように位置を取り、グラルドがアクラの方を向けば、フリックに背中を見せるようにする。グラルドがフリックの方を向けば、その隙に場所を変え、グラルドが自分を見失うようにする。

アクラは消耗した体にムチを打ち、ぜえぜえと息を切らせながらも必死で駆けまわった。


グラルドの体に細かい切り傷が増えていく。それはぶくぶくと泡を立て、端から塞がっていくが、それでもさすがに少しわずらわしく感じていた。

グラルドにはひとつ誤算があった。以前アクラに落とされた右腕の動きが鈍いのだ。表面上は完全に再生したように見えたが、手先に痺れるような感覚が残っていた。これまで四肢を切断するような傷を負ったことがなかった、彼の知らぬことだった。


「グラルドお父様……」

門の陰から褐色の少女がその戦いを見つめていた。

ベリアはこらえきれず様子を見に来てしまったのだ。

その姿を、グラルドが目ざとく視界の端にとらえた。

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