16:裏切り者

魔人グラルドがフロウに向かい、ゆっくりと歩を進める。

「フ、フロウ様……」

フロウのうしろで兵士たちがびくりと身構える。

「おい!じゃあ女を二、三人くれてやるから、今日のところはそれで帰れ!」

フロウが言った。

「うるさい。もうきさまと話すのはやめだ。指図されるのも不愉快だ」

グラルドはそう言うと、町中に響くように大きく吠えた。


「迎え撃て」

その咆哮ほうこうが戦いの合図だと知るフロウは、槍兵団に声をかけると自分はその兵団の中に身を隠した。地面を蹴り、突進してくる魔人の姿を確認すると、兵をかき分け急いで後へ下がっていく。地面に手をつき這いつくばり、二本の手と自由に動く一本の足で、転がるようにして兵士たちの足元をすり抜けていった。


「うわあーーっ!」

前列の兵士たちが迫り来る魔人に悲鳴を上げるが、それでもなんとか槍を向け、迎え撃つ。突き出された穂先を魔人は高い跳躍でかわすと、兵団の中央にドスンと着地した。何人かの兵士がその下敷きとなり、潰れた声を上げる。周りの兵士が慌てて構えた槍を、魔人は腕を振り回して払った。金属音が響き、何本かの槍が弾き飛ばされて宙を舞う。

ひるむなあ!れえ!」

兵士が声を上げ、魔人の四方から槍が突き出される。魔人は再び跳躍しそれを躱し、少し離れたところに着地した。魔人は何か右腕の動きを確認するような素振りを見せた。三日前にアクラに落とされた腕だ。そのに槍兵団は魔人に向き直り、隊列を整える。

間をおいた魔人のもとに矢が降りそそいだ。矢は魔人の体に当たるが、表皮に弾かれ刺さらない。

「顔を狙え!」

フロウが指示を出す。目なら刺さるだろうし、目をかばえば目くらましにはなるだろうと。弓兵団から第二射が放たれ、魔人は顔に手をかざしてそれを防ぐ。

「おおおおお!」

間髪入れず魔人に駆け寄った四人の槍兵が、雄叫びとともに力強い突きを放った。王国軍の中でもりすぐりの強者たちだ。その槍は魔人の表皮を貫くが、わずかに切っ先が肉に刺さるのみだった。

「押せ押せえ!」

兵士たちはさらに深く突き刺さんと槍に力を込めるが、穂先はさして動かない。魔人は身をよじって体から槍を引き抜くと、体勢を崩した兵士の一人をその腕でなぎ払った。兵士は血しぶきを上げて吹き飛び、かがり火をなぎ倒しごろごろと地面を転がった。

「クソお!」

残りの兵士が再び突きを放つが、その三本の槍を魔人は全て爪で受け止め、大きく腕を振ると、三人まとめてその体を吹き飛ばした。

「ああ……」

魔人の力を目の当たりにし、周りの兵士たちががくがくとひざを震わせる。

魔人の傷は、わずかな血の泡立ちとともにあっという間に塞がってしまった。


なぎ倒されたかがり火が燃え移り、炎が辺りの家を焼いた。

「負傷者を運び出せ!」

バージルの指揮のもと、警備隊員たちが倒れた兵士たちを運ぶ。

「あーあ……こりゃ全滅も時間の問題かな……」

傷を負った兵士を抱え、ヘンリが諦めたような声を出した。

「ヘンリ!お前なあ!」

先輩兵士が声を上げる。

「だって、無理でしょ、あんなの……」

ヘンリは恐怖が振り切り、もはや冷めたような顔をしていた。

「こんなことなら、もっと女の子と仲良くなっておくんだった……」

ヘンリはため息混じりにそう漏らし、夜空をあおいだ。



フリックら一行は馬を走らせ、王国へと迫っていた。

「フリック様!町が!」

ミーナが叫ぶ。目前に迫った町の城壁の中から、煙が上がっていた。

「クソッ、グラルドか!」

フリックの言葉に反応し、アクラが体を起こす。フリックは馬を蹴り、手綱を握る手に力を込めた。


城門までやってくると馬から降り、ベリアを町の外の茂みに隠す。

「ベリアはここに隠れているんだ。その姿なら、グラルドは気配を感じられない。グラルドが出てきても、姿を見せてはいけないよ」

フリックはそうベリアに告げると、皆を連れて町の中へと駆け込んでいった。

ベリアは不安そうな顔で彼らを見送ると、茂みの中にしゃがみ込んで身をひそめた。


門をくぐった彼らが目にしたのは、魔人と、それに対峙する王国軍兵士たちだった。

「グラルド!」

フリックが魔人に向かい叫んだ。

「フリック様!」「おおフリック様だ!」「アクラ……」「アクラも一緒だ……!」

兵士たちはフリックの姿に色めき立つと同時に、アクラを見て動揺する。

「きさま……何故その名を?」

グラルドが振り向き、名を呼んだフリックをにらむ。

「アヴェイロに会って、聞いた」

フリックはベリアを隠すために嘘をついた。

「ほう、やはり生きていたか……しぶといやつめ。だがあの傷だ、まだわれと戦えるほどには癒えていないであろう?」

グラルドはそう言うと横に立つアクラに視線を移す。

「アクラ!我とともに来い!お前を魔人の女王にしてやる!」


「お前はなぜ、そのように女を欲する?」

フリックが問うが、グラルドは冷笑を返す。

「フン、人間が首を突っ込むな。アクラを渡せば、引き上げてやる」

「では私が問おう」

アクラが一歩前へと出た。

「女王といったな。どういう意味だ?話してみろ」

「……アヴェイロから、話は聞いておらんのか?」

「父様は私に人間として生きて欲しいと願っていてな、魔人の事情は何も話してくれなんだ。よかったら教えてくれぬか?」

アクラがグラルドをじっと見据みすえ、グラルドもまたアクラをにらむ。

「今、魔人は絶滅の危機にひんしている……」

グラルドは仕方ないといった様子で、そう語り始めた。


「我ら魔人の一族は、ここから遥か北にある大地で暮らしている。氷の海と氷の山に囲まれた地だ。まあ人間どもがたどり着ける場所ではない。その一族に、あるときからまったく女が生まれなくなった。新たに生まれる子は全て男。我らはもとから数が少ない。それで血が濃くなりすぎたのか、あるいはなにかの病か、原因は分からんがな。そして今から二十年ほど前か、最後の魔人の女が死んだ」

グラルドのその話に、ミーナは既視感を覚えた。

そしてそれが男性が生まれなかったハーピーの話だと思い当たった。

「我らはこのまま絶滅することを良しとはしなかった。そして他種族との間に子をもうけられないか、試してみることにした。そうして何人かの魔人が国を出た。お前の父、アヴェイロもそのひとりだ」

「それは二十年前からか?その遥か以前から魔人と遭遇した伝承は残っているぞ」

フリックが問いかけた。

「昔から国を出る魔人は何人かいたが、そういう奴は一族に馴染めず、国から逃げた爪弾つまはじき者たちだ。大抵はどこかの山にこもり、孤独に暮らしているようだな」

グラルドが馬鹿にするように肩をすくめる。

「十年経ったが、国を出た魔人たちから良い知らせは届かなかった。それでまた新たに何人かが国を出た。我を含めてな」

「二十年前に、十年前か。一族の危機だというのに、随分のんびりしてるんだな」

フリックが言った。

「のんびり?人間程度の寿命だと、そう思うか」

グラルドがクッと笑う。魔人の寿命は知られていないが、その生命力に見合った、かなりの長寿であるようだ。

グラルドが魔人の国を出たのは十年前。それの意味するところをフリックは悟る。つまり二十年前の魔王ではないと。

「そうして我はアヴェイロに出会い、奴が人間との間に子供を儲けられたことを知った。だが奴はそれを隠していた。魔人の国へ戻る気もないと言う。なんたる魔人族への裏切り行為か!」

グラルドが語気を荒くした。

「それでアクラの母をさらったのか!」

フリックが叫んだ。

「そうだ。魔人の子を産める貴重な女だからな。だが女は我の子を産む前に死んでしまった」

グラルドはそう言うとアクラを指差した。

「アクラ!母の代わりはお前が果たせ!アヴェイロは生まれたのはと我に嘘をついた!奴は魔人を裏切り、隠し、嘘をついた!人間と共に暮らしたせいで、奴の魂は魔人の誇りを失い、けがれてしまったのだ!」

そう声を荒げたグラルドは一息つくと、さとすようにアクラに言った。

「だがアクラ、お前なら父の汚名をそそぐ貢献ができるのだぞ」


ずっと眼に力を込めてグラルドをにらみつけていたアクラが口を開く。

「なるほど、きさまの事情は分かった。ではその誇り高く高潔な魔人殿におうかがいしよう」

アクラはそう言うと、不敵に笑った。



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