15:勇者と魔人

「ベリア、取り敢えず俺達と一緒に来ないか?グラルドから保護する意味もあるが……」

フリックが言った。

「保護と言うても、今やつに会ったら対抗できんぞ」

アクラはそう言って白くなった髪をつまんだ。

「とは言え放っておけない。グラルドに見つからないよう、国に連れて帰ろう」

フリックはベリアがグラルドとのさらなる衝突の原因になることは承知でそう言った。

「国に連れて帰ると言っても、その姿じゃあ皆が驚いちまうぜ」

ガストンが言った。

「ベリアはアクラみたいに、人間の姿にはなれない?」

ミーナが尋ねた。

「なれるぞ。あんまり好きじゃないのだが……。なんかムズムズするし、うまく動けなくなるし……」

ベリアはそう言うと、目を閉じ体の力を抜くように大きく息を吐いた。角が引っ込み、肌の色が薄くなってゆく。が、アクラのような白い肌とはいかず、赤黒い色が残り日焼けした肌のようになる。

「……どうだ!」

赤い髪に褐色の肌、そしてアクラと同じ琥珀色こはくいろの瞳を持つ少女。人の姿に変わったベリアが手を広げ得意げな顔をした。


「こうして見ると、初めて出会った頃のアクラにそっくりだな」

ベリアの姿にフリックは思わず目を細めた。肌の色は違えど、その姿は五年前のアクラによく似ていた。初恋の人を見るようなフリックの顔に、アクラが少しむっとする。

「うふっ、とても可愛いわ」

ミーナが言った。

、しばらくはその姿でね」

ミーナは、ベリアに人の姿をいることは人間こちらの都合で、それは結局は種族差別ではないかと感じとり、謝罪の言葉を口にしていた。

フリックもその言葉が含んだ意味を悟り、同じく魔人であることを隠さねばならないアクラの境遇を思った。


「ベリアはまたすぐに魔人に戻れるのかい?」

フリックが尋ねた。

「戻れるぞ?お姉様は違うのか?」

「ああ。私は一回魔人になったら半日ほど経たないとだめだ。さっき魔人になったから、明日までは無理だな」

アクラはベリアに「お姉様」と呼ばれ、少しくすぐったいような思いだった。


薄暗い夕闇の中を山から出ると、日はすっかりと地平に落ち、辺りは夜に包まれた。

一行はルルワと別れ、ベリアを乗せて月明かりの下、王国に向けて馬を走らせた。

馬の背でぐったりとフリックにもたれかかるアクラにフリックが声をかける。

「アクラ、大丈夫か?」

「ああ、少し……疲れたな……」

魔人化で体力を消耗したアクラは、フリックの腕の中で静かに目を閉じた。



そのころ王国では、魔人襲来に対する警戒をいっそう強めていた。

「フリックの話によれば、魔人の傷が癒えるまで三日、今夜からいよいよ危ねえってわけか」

町の中央広場、自身の石像の前に腰を下ろしたフロウがつぶやいた。

フリックは国を出るときに簡単な書き置きを残していた。

「『勇者フロウの指揮に期待する』か、生意気なやつだ」

フロウは書き置きの文面を思い出し、苦笑いする。


「フロウ軍団長様!槍兵、弓兵、共に準備整いました!」

一人の兵士が声をかけた。

「よし」

フロウは杖をつき立ち上がると、ずらりと並んだ槍兵団の前へ出た。

「なかなか壮観だな。二十年かけて準備したかいがあるってもんだ」

フロウの前に居並ぶ王国軍兵士たちは、みな手に鉄の槍をたずさえていた。

そのうしろには弓矢を持つ兵士たちが並ぶ。


「フロウ様、この武装はなかなかに心強いものですな。剣を持ち魔人の前に立つ勇気はございませんが、これならばなんとか……」

兵士のひとりが震える声でそう言って、恐怖を押し殺すように槍を握った手に力を込める。兵士たちの持つ槍は、一般的な木製のの先端に鉄の穂先を付けたものではなく、全てが鉄で出来ている。ようするに先の尖った一本の鉄の棒だ。木製の柄では魔人のなぎ払いで簡単に折れてしまうため、フロウが考案し用意させたものだ。


「魔人相手に、半端な剣術なんてクソの役にも立ちゃしねえからな」

フロウが答えた。……槍や弓でも大して……という思いは口に出さなかった。

「よし!全軍そのまま待機!」

そう告げるフロウのもとに、伝令の兵士が駆け込んでくる。

「フロウ様!魔人が現れました!門の前です!」

兵士たちが顔面を青くし、ざわめき立つ。

「ちっ……早速かよ……フリックは?」

フロウは顔をしかめ、ひげをなでた。

「お姿、見えません!」

「あの阿呆あほうが、殺されてないだろうな……」

フロウはそうつぶやくと、兵士たちの方を向き号令をかける。

「全軍前進!このまま大通りを通り、城門へ向かう!気合入れてけよ!」

「おお!!」

かがり火に照らされた王国軍兵士団が、精一杯の虚勢を張り、吠えた。


城壁に囲われた町の唯一の入り口である城門。魔人はそこに現れた。

正面から、堂々と。人間相手に小細工をろうする気など微塵もない。

見張りが外に魔人の姿を確認するや、門に張ってた番兵たちがすぐさま門を閉め、そこに太いかんぬきをかける。

しかしその扉は魔人の一撃によっていとも容易たやすく破られてしまった。門の残骸をまたぎ魔人が一歩、町へと足を踏み入れる。

「ひいいっ!」

辺りの番兵たちが腰を抜かして魔人を見上げる。魔人の背丈はおよそ人間の倍以上だが、彼らの目には実際よりもさらに大きく映った。

「あ、あんなのとやり合うとか、冗談じゃないぜ……」

少し離れたところで、家の陰からその姿を覗いていたヘンリが奥歯を鳴らしながらつぶやいた。彼の横では先輩の兵士が頭を抱え、うずくまってぶるぶる震えていた。


魔人はゆるりと首を振って辺りを見回すとうなるような声で言った。

「アクラという娘はどこにいる……?」

その意外な言葉に番兵たちがざわめく。

「ア、ア、アクラさんを探しているのですか?」

一人の兵士が這いつくばったままそう聞き返した。

「そうだ。アクラを連れて来い……」

魔人がぎろりとその兵士をにらむ。兵士は魔人の眼光に射すくめられ、声を出せずにただ口をパクパクさせた。


「アクラの嬢ちゃんなら、ここにはいねえよ」

そう魔人の言葉に答えたのはフロウだった。そのうしろには王国軍兵士が並んでいる。

「いない……だと?」

魔人がフロウをにらんだ。目を合わせたフロウの、二十年前の古傷がずきりと痛む。

「ああ、三日前に出て行ったぜ」

背筋に冷たいものを走らせながら、フロウは努めて冷静をよそおっていた。

「……フン。人間の言葉を信用するほど愚かではない。まあよい、隠し立てするというのなら、出てくるまで相手をしてやるわ」

魔人がそう言って鋭く尖った爪を見せる。


「まあ、待て。少し話をしようじゃないか」

フロウは魔人の気勢きせいを削ぐように落ち着いた口調で語りかけた。

「お前さんアヴェイロの知り合いか?アクラを探してどうするつもりだ?」

フロウの口から出たその名前に、魔人――グラルドはぴくりと眉を動かした。

「きさま……アヴェイロを知っておるのか……」

「昔ちょっとお知り合いになってね」

フロウがとぼけた調子で言った。

「アヴェイロに頼まれて娘を探している……というわけではないだろうなあ」

「……」

フロウの言葉に、グラルドは沈黙を返す。

「アクラを妻にめとる気か?」

核心を突くように、フロウが語調を強くした。


「……どうやら事情をアヴェイロに聞いているようだな」

グラルドがいぶかしげにフロウをにらむ。

「事情を知っているなら、アクラをかばうこともないであろう?われとアクラ、魔人同士の問題だ。人間が口を挟むな」

「……魔人同士って?」「……まさかアクラも魔人なのか?」

グラルドの言葉に、周りの兵士たちがどよめいた。

「最初にちょっかいを出してきたのは、お前さんの方なんだがなあ」

フロウがあきれたように言ってみせた。

「フン、口が過ぎるぞ人間が。アクラさえ手に入れば、もう貴様ら人間に用はない。アクラを差し出せば、見逃してやるぞ?」

「そいつはいい話だが、さっき言ったことは本当でね。アクラはもうここにはいない」

「ほう?ならば仕方がないな……。では三日前最初の予定通り、ここの女をいただこう」

グラルドはそう言うと、にやりと口の端を歪ませた。

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