14:初めての反抗

グラルドのノーム殺しから、ベリアは昔のように一日をじっとうずくまって過ごすようになった。ただ食べ、ただ眠る日々。しかし頭に浮かぶのはノームたちと過ごした愉快な日々の思い出と、本で知ったまだ見ぬ広がった世界だった。


ベリアは幾日も悩み、考えた。恐ろしい父に支配されながら、自分はこれからも心を殺して生きていくのかと。私はもっと世界を見たい。世の中を知りたい。もうこの思いを抑えておくことは出来そうもなかった。このままではきっといつか自分の心は父に握り潰されてしまうだろう。あの、宝物だったペンダントのように。


ある日、ついにベリアはグラルドに思いを伝えることにした。

「お父様、お話しがあります」

そう告げるベリアはびくびくと顔色を伺うような態度ではなかった。堂々と、決意に満ちた眼差しでグラルドの目を真っ直ぐに見据みすえた。

「私は山を降りて、この世のことを見聞きしたいです。もっといろんな本を読みたいし、いろんな種族と会ってみたいです。お父様は無駄なことだと言うけれど、私はどうしてもそうしたいんです。大人になるまでの間だけでいいんです。大人になったら、きっとお父様のもとに戻り、魔人の女王になりますから」

ベリアが精一杯の勇気を出して伝えたその真剣な思いを、グラルドは一笑にした。

「何を馬鹿なことを言う。お前は女王の務めを立派に果たしてくれれば、それでいいのだ」

「……でも、もっといろいろなことを知って、いろんな勉強をしないと、立派な女王にはなれません……」

ベリアは溢れそうになる涙を必死でこらえ、声を振り絞って言った。

「お前は何か勘違いをしている。われの言う立派な女王というのは、子供をたくさん産み、魔人族を繁栄させてくれる者のことだ。見聞を広めることは何のためにもならぬわ」

「でも、それでは女王ではなく奴隷のようなものです!」

思わぬベリアの言葉に、グラルドはぴくりと眉を動かす。

「フン、つまらん知識を付けおって……。お前はやがて全ての魔人の母となるのだぞ。そのような者が奴隷であるものか」

グラルドはやれやれといった顔でベリアを見た。

「お願いします!お父様!お願いします!」

それでもベリアは引き下がらず、涙声で何度もそう訴えた。グラルドの脚にしがみつき、遂には溢れだした涙が、ぽたぽたと足元に落ちる。

「駄目だ」

しかし、返ってきたのは無情な答えだった。


「今まで通り、我のもとで過ごせ。よいな」

グラルドがそう告げると、ベリアは蒼白な顔をしてふらふらと二三歩後ずさると、わなわなと体を震わせた。

「……い、いやです」

ぼそりとつぶやく。

「……なに?」

「いやです!ぜーーーったいにいやです!!」

ベリアは金切り声でそう叫んだ。それはベリアがグラルドに対し、初めて口にした明確な反抗だった。

ベリアはくるりと背を向けると駆け出した。父から逃げ出すように。

しかしグラルドは一歩でベリアに追いつくと、うしろからその小さな胴を捕まえ、ぐいと持ち上げた。ベリアの足が宙に浮き、苦しそうにばたばたともがく。

「……まったく……仕方がないな……」

ベリアの足元で、グラルドの爪がぎらりと光った。



「……そうしてお父様は、私の両の足を落とした。逃げられないように。足の傷が癒えてくると、またそうした。そうやって繰り返して、しばらくは過ごしていた」

ベリアの話を、フリックらは神妙に聞き入っていた。

「酷いわ……」

ミーナが口を抑えて顔をしかめる。

「グラルドはベリアに子を生ませることに執着していたようだな。我が国を襲ったのも、ベリアを探していたのか?しかし二十年前のときはまだ……」

フリックが考え込む。

「まあそんな奴ですからねえ、魔人の国あっちじゃモテなかったんじゃないですかね。だからもうベリアちゃんしかいない!って感じで」

ガストンがくだけた調子で言った。

「それで、アヴェイロ父様に会ったのだな?」

アクラが言うと、ベリアはこくりとうなずいた。

「足を潰され、逃げられない私のもとに、ある日その魔人は現れた。私は洞窟の中で眠りから覚めると、グラルドお父様とは違う魔人の気配に気づいた。這って洞窟から出ると、お父様とその魔人が戦っていた。その魔人……アヴェイロは私を見つけると、驚いた様子だった。そしてその隙をお父様に突かれて深手を負った。でも私を抱えると、凄い速さでそこから逃げたの」


「うーん、正義の魔人と悪の魔人の戦いって感じですね!」

ガストンが拳を振り上げて言った。先程から彼なりに場をなごませようとしているのだろうが、皆の反応はいまいちだった。

「そして君はここにひとり残され、アヴェイロはベリアがグラルドに見つからないようにここを去っていった、ということか」

フリックが言った。

「そう。アヴェイロは私に、足の傷が癒えたら遠くに逃げろと言った。そして自分の好きなように生きろと。でも私は……本当にグラルドお父様を捨ててよいのか、今になって迷っているのだ……」

ベリアは視線を落とし、小さくため息を付いた。

「捨てちまえ捨てちまえ!親ってのはなあ、子供の幸せを願うものなんだよ!そんな奴、父親でもなんでもねえ!」

ガストンが声を荒げて言った。

「自由になりたかったんでしょう?」

ミーナがかがみ込んで、うなだれるベリアの背中に優しく手を置いた。

「ああ……。でも、魔人の女王になる使命を捨てて生きても良いのだろうか……」

ベリアは困ったような顔でミーナを見た。歳相応の、少女の顔だ。

「魔人に……グラルドにどんな事情があるかは知らないが、そのためにベリアが犠牲になることはないよ。これからは好きなように、したいことすればいい」

フリックはそう言うと、ぽんとアクラの背中を叩いた。

「頼りになるお姉ちゃんも出来たことだしな!」

ベリアに見つめられ、アクラは一瞬照れ臭そうな顔をしたが、ベリアの前にひざを付くと彼女に手を差し出した。

「ベリア、私はアクラ。お前の姉だ。改めてよろしくな」

そう言って柔らかな笑みを浮かべるアクラの手を、ベリアは恥ずかしそうに握った。


ベリアはアクラの胸元のクリスタルに気がつくと、懐からペンダントを取り出した。

「これはアヴェイロがくれた。お母様の形見だと言って」

ベリアが見せたペンダントはアクラと同じデザインで、アクラの赤いクリスタルに対し、黒いクリスタルが付けられていた。

「ああ、それは確かに父様がずっと首から下げていたペンダントだ」

アクラは懐かしそうにそのペンダントを手に取ると、ベリアの首にそれをかけてやった。

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