12:小さな魔人

「お前、私を知っているのか?……姉様?」

アクラがベリアに問う。

「うん。私の本当のお父さんはお父様じゃなくって、それでアクラっていうお姉様がいるって聞いたよ」

「待て待て、ちょっと整理しよう。知ってることを話してくれるな?」

ベリアの話にアクラは混乱した頭を振った。

「うん、よいぞ……いいよ……」

しおらしくそう答えるベリアを、アクラは手を取り立ち上がらせた。


「アクラ!」

追い付いてきたフリックが二人を見つけ声をかけた。

「ああ、大丈夫だ。彼女も話をしてくれるそうだ」

アクラはそう言うと魔人から人の姿に戻った。色を失った銀髪がさらりと背中に流れる。

ベリアを切り株に座らせ、一行は彼女の話に耳を傾けた。


「私はずっとお父様と二人でこの山で暮らしていた。お父様に『お前は魔人族の女王になる』と言われ育てられた。子を産める歳になったら、魔人の国へ行き、そこで女王として君臨するのだと」

「父の名前は?」

フリックが問う。

「グラルド。それがお父様の名前。でも本当の父じゃない。私を育ててくれた人」

それが王国を襲った魔人、魔王の名前だろうとフリックは考えた。

「グラルドお父様は、私の本当の父は魔人族の裏切り者だと言っていた。そして母は人間だと。お母様は私を産んですぐに死んだと聞いている」


「……その本当の父の名は?」

アクラは目を見開き、その声は少しうわずっていた。

「お父様は教えてくれなかった。知る必要はないと。でもこの間出会った。私をさらった人。名前は……アバ……アブロ……」

「アヴェイロ!」

アクラが叫んだ。

「そう、そう名乗った。自分が本当の父であると。そしてアクラという姉がいると教えてくれた」

「父様に会ったのか!父様はどこに?生きているのか?」

アクラはベリアの両肩を抱き彼女の顔に真剣な目を寄せる。ベリアはアクラに気圧けおされ、びくっと体を震わせた。

「わ、わからない。グラルドお父様から私を連れて逃げるときに深手を負っていた。私を洞窟に隠すと、自分がいると気配で場所が知れてしまうからと出て行った。私の気配は小さいから、上手に隠れていれば見つからないと」

アクラはそれを聞くとベリアの肩から手を離し、すとんとその場に座り込んだ。父はまだ生きているかもしれない。いや、きっと生きている。どこかで傷を癒やしているに違いない。アクラはそう考え、わずかに口元をほころばせた。


「驚いたな、本当にアクラの妹なのか!」

フリックが言った。

「アクラのお母様がグラルドという魔人にさらわれたとき、すでに彼女は妊娠していたということね……。そしてこの子を出産してから亡くなった……」

ミーナは、アクラが母がさらわれてからその亡骸を見つけたのは一年後だと話していたのを思い出した。


「それで、君は育ての父のところから連れ出されることに抵抗はしなかったのかい?アヴェイロという魔人の言葉をすぐに信じられたの?」

フリックがベリアに聞いた。

「魔人は嘘は言わない。魔人同士では特に。でも嘘をつく種族には、嘘を返すこともある」

ベリアは目をつむると小さく息を吐き、つぶやいた。

「それに私は……グラルドお父様が怖かった……」

うつむいた彼女の閉じたまぶたが、恐怖を思い出したかのようにぴくぴくと震えた。



ベリアは産声を上げてからずっと、グラルドを父と呼び、ハクラナン山脈の奥地を転々としながら、親子二人での生活を続けていた。

物心ついたときから、グラルドに彼が本当の父ではないこと、そして自分が魔人の女王になることを告げられていた。この世の全ての種族の頂点である魔人族の、その女王になるのだと。

ベリアはグラルドに女王になる身として大切に育てられてきた。大切に、というのは食事を与え、体調に気を配り、順調に成長するよう管理する、ということだ。グラルドは決して優しくはなかったが、ベリアはもとより愛情を知らぬ身、親というのはそういうものだと思っていた。


しかし二人きりでの山暮らしは、ベリアの成長とともに、彼女にとって退屈なものになっていた。幼子おさなごから少女へと成長したベリアは様々なことを知りたがった。好奇心が抑えきれず、思いついたことは全てグラルドに質問した。グラルドは嘘は言わなかったが、短く答えるか、「知らなくていい」と言うか、果ては無視するかで、ベリアの好奇心を受け止める良い話し相手にはならなかった。しまいにはベリアが「お父様」と声をかけるだけで露骨に面倒くさそうな顔をするようになった。


「魔人の国で一生暮らすことになるのだから、今いる世界のことを知る必要はない」

グラルドはそう言った。

世界を知ろうとするのは下等な種族のすることで、魔人には興味が無いことらしい。

では何故今すぐにでも魔人の国へ行かないのか。ベリアがそう質問すると、

「魔人の国へ行く前に、お前にはまず最初にわれの子を産んでもらう」

グラルドはそう答えた。

恋も知らぬベリアは、それが自分の役割なんだと、ただ納得するだけだった。


好奇心を抑えられぬベリアはしばしグラルドの目を盗み、ひとりで辺りの探索に出かけた。グラルドの元に帰ると烈火のごとく怒られ、自分の目の届くところを離れるなと厳しく言い付けられたが、ベリアの相手をするのが億劫おっくうになっていたグラルドは、日没までに帰ればと、そのうちうるさく叱ることもなくなっていった。


ある日、探索していたベリアは、ノームの集落を見つけた。

ノームは手足の短いずんぐりとした体躯を持つ小人族だ。高い知性と知識欲を持ち、争いを好まぬ平和な種族である。


「お前たちはなんだー」

ベリアは昼下がりをのんびりと過ごしていたノームたちの中にずかずかと足を踏み入れると、声を上げた。

「これはまあなんと可愛らしい魔人様じゃ」

突然のベリアの訪問に、ノームたちは驚きながらもみな笑顔で彼女を囲むように集まってきた。小さなノームたちは幼いベリアと背丈が変わらず、ノームの人垣の中にベリアの角がぴょこんと飛び出ている。

「なんだあ、みんな小さいなあ!ベリアの方が大きいぞ!」

ベリアはもの珍しそうにノームたちを見回し、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。


「ここはノームの村でございます。魔人様の訪問、光栄の至りですわい」

ひとりのノームがベリアの前に出てうやうやしく頭を下げた。

「こうえの……たり?よくわからんが、嬉しいのか?」

「ええもちろん。わたくしどもは魔人様を守り神としてあがめておりますゆえ」

「そうか!嬉しいか!じゃあ一緒に遊んでいいか?」

「ほっほっほ!よろしいですぞ、歓迎いたしましょう!」

ベリアの子供らしい発言にノームたちは笑い声を上げると、にぎやかな歓迎会が始まった。


「なんだ、だらしないのう!そんなんじゃ、夜になっても捕まえられんぞ!」

うたげでベリアをもてなした後、ノーム全員でベリアを捕まえる、という遊びを行ったのだが、ベリアは素早い身のこなしでノームたちに触らせもせず、しばらくするとノームらはみな息を切らしてへたり込んでいた。

「ま、魔人様にかなう訳もございませんが、我らノームはもとより体を動かすことは苦手でして……」

ノームがぜえぜえとあえぎながら言った。

「では、何が得意なのだ?」

「我らノームは学問にけ、書をまとめております。それと、手先が器用ですので、飾り細工などを造ります」

「書?」

「はい、少しお持ちくだされ」

ノームはそう言うと丸太を組んだ家屋に入り、手に一冊の本を持って戻ってきた。

「書とはこのようなものです。本、とも呼びます」

それをベリアに手渡す。

「おお!字がいっぱいだ!」

本を開いたベリアはそう声を上げ、額にしわを寄せ首をひねりながら文字を追う。

「読めますか?」

「ああ、読め……るぞ。……あまり得意ではないがの」

「よろしければ、読み書きをお教えしましょうか?」

「ほんとか!」

ノームの提案に、ベリアがぱっと顔を明るくする。

「ええ。ただ勝手なことをしてよいものか……。お父様にお話して、お許しが出ればよいですよ」

「お父様の許しか……。わかった」

ベリアはわずかに顔を曇らせそう言った。父はきっと許してくれないだろうと予感していたからだ。


「その本は差し上げましょう。それとこちらも。我らの出会いの記念に」

そう言ってノームはベリアに小さなペンダントを渡した。その先端には繊細な銀細工の中に緑色の宝石がはめ込まれていた。

「わあ……」

ベリアは目を輝かせ、感嘆のため息を漏らした。

「気に入っていただけましたかな?」

ベリアの反応に、ノームは満足そうににっこりと微笑んだ。


それから数年、ベリアはたびたびノームの村を訪れ、彼らとともに過ごした。

ベリアの変化を心良く思わぬグラルドが彼女の後をつけ、彼女の目の前でノームたちを皆殺しにするまでは。

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