11:山の中の少女

一方フリックらは三日目も日の出とともに魔人探しを開始していた。

王国に戻ることを考えると、これ以上深く山に入っていくわけにはいかない。一行は少しずつ下山しながら、アクラが感じられる魔人の気配を頼りに捜索を続けた。

しかし三日間に及ぶ捜索もむなしく、何の手がかりすら見つけられないまま、やがて日没を迎えようとしていた。


空が夕暮れに染まりかけた頃、フリック達は山のふもとに戻ってきた。つながれた馬たちは大人しく彼らの帰りを待っていた。

「魔人の野郎、どこ行ったんですかねえ。うちの国を諦めて、他所よその土地に行ってくれりゃあそれでいいんですが……。いや、他所の国には迷惑ですけど……」

ガストンがつぶやいた。

「また会おう」魔人は去り際にそう言い残した。奴は必ず再び王国に現れるだろう。アクラはそう考えていた。


「結局空振りか……。いさんで出てきたが、まあ仕方ない。国へ戻るぞ!」

フリックがそう言った次の瞬間、ミーナが空を指差し叫んだ。

「フリック様!あれを!」

ミーナが指差す先には翼を広げた影が上空をくるくると旋回していた。

「ルルワか!」

フリックは腰に差した剣を抜き頭上にかざすと、陽の光を反射させルルワであろう影に合図を送る。やがてそれに気づいたルルワが上空から一行の元へと降りてきた。


「ルルワ!魔人を見つけたのか!」

地上に降り立ったルルワにアクラらが駆け寄る。

「それがねえ~……う~ん。魔人は魔人なんだけど、アクラちゃんたちが探してる魔人じゃあないかな~?」

ルルワは首を傾げながら要領の得ないことを言った。

「別の魔人!?」

「いったいどういうことだ?」

フリックとアクラが顔を見合わせる。

「え~っと、魔人を見つけたんだけど……子供の魔人?みたいな」


ルルワに案内され山に少し入ったところに行くと、木々に囲まれた小さな岩場にぽつんと一人の少女が立っていた。

フリックらは木の陰から、彼女に気づかれないよう、そっとその姿を確認する。


少女は赤黒い肌に黒い革の服をまとい、赤い長髪をたずさえた頭には二本の角が伸びている。人間でいえば十歳ぐらいの少女に見えるが、その姿はまさに魔人であった。


魔人の少女はぼーっと立っていたかと思うと、辺りをきょろきょろ見回したり、頭をぐしゃぐしゃと掻いたかと思えば、突然しゃがみこんでため息をついたりと落ち着きが無い。まるで自分が何をしたら良いのか分からないといった様子だ。


「確かに魔人……ですよね?子供の魔人なんているのね……。当たり前だけど……」

ミーナがささやいた。確かに当たり前の事なのだが、魔人の子供を見たという話は聞いたことがなかった。人間が魔人と遭遇したという伝承は、その全てが成人しているであろう単独の魔人との出会いであり、魔人が家族、夫婦、部族といったつながりを普通に持っているのかも謎だった。そういえばアクラとその父が、自分の知る限り初めて聞く「魔人の家族」なのだな、とミーナは思った。


「魔人の気配を感じるし間違いなく魔人だ。だが随分弱い気配だ。子供の気配はこんなものなのだな」

アクラが言った。

「アクラはあの子を知らないのか?聞いたことも?」

フリックの問いにアクラは首を横に振る。

「聞き覚えはないのう」

「でもな~んかアクラちゃんに似てないかなあ?アクラちゃんの妹だったりして!」

ルルワが言ったそのとき、魔人の少女がこちらを振り返り声を上げた。

「そこにおるのは何奴なにやつだ!」

魔人の姿に似つかわしくない、可愛らしい少女の声だった。


「ごめんよ、敵意はない。ちょっと姿を見かけたものだから……」

フリックが手を広げ木陰から姿を見せ、他の者も後に続く。

「なんだ、人間がぞろぞろと……それにハーピーか、知っておるぞ。」

少女は腰に手を当て胸を張る。

「少し、話を聞いていいかな?」

フリックがそう言うと、少女はフンと鼻を鳴らしめつけるような流し目を送った。

「なんだ、人間風情ふぜいが馴れ馴れしいな。まあよい、少し付き合ってやるわ」


「君、名前は?」

少女の不遜ふそんな態度に内心苦笑いしながらフリックが尋ねた。

「ほう、われの名を聞くか。人間ごときに名乗るほど安い名ではないのだがな、まあまあよいであろう。聞くがよいぞ」

少女は一層その平らな胸を張り、小さな体で目一杯ふんぞり返ると高らかに名乗った。

「我が名は、ベリア!魔人の女王なる者ぞ!」


「魔人の女王!?」

フリックたちは驚いてベリアと名乗ったその少女を見つめた。

「そうだ!私に出会えたこと、光栄に思うがよい!」

ベリアは髪をかきあげ自慢気にポーズをとる。

「えーっと、どこかに魔人の国があるのかしら?」

女王ということは国があるのだろう。ミーナが尋ねた。

「なんだ、人間は何も知らんのだな。遥か遠い北の大地に魔人の国はあるというぞ。まあ私もまだ行ったことはないがな……。だが我はいずれそこにおもむき、女王となる身なのだ」

魔人の国。どこかにあるかもしれないという想像にすぎなかった存在をはっきりと明言され、フリックらは少なからず驚いた。しかしベリアの言葉が真実なら、女王となる彼女がなぜこんなところにひとりでいるのか。


「へえ!未来の女王様か!そいつは凄いな!」

フリックは調子を合わせるように大げさな身振りでたたえてみせた。

「そうであろう、そうであろう。この身をはいしたこと、末代までの自慢にしてよいぞ」

ベリアはまんざらでもない様子で鼻を高くする。

「それで、君はひとりなの?親御さんはいないのかな?」

フリックは一歩前に出てベリアの眼前にしゃがみ込むと、彼女と目線を合わせて尋ねた。

「……うっ。お父様は……いや、お父様ではなかったのだが……。どうしたらいいものか、私もまだ混乱しておるのだ……」

ベリアは途端にしゅんとなってうつむくと、力ない声でそう言った。


「よかったら事情を話してくれないか?」

フリックが優しい口調でそう言うと、ベリアは歳相応の少女のようにもじもじと迷うような顔をしたが、急にはっとなって顔を上げると目を吊り上げて声を荒げた。

「ふん!口が滑ったわ!人間が魔人の事情に口を挟めると思うな!」

ベリアは、ぱっと飛び退いてフリックたちから距離を取ると、くるりと後ろを向いて森の中へ走り去った。

たわむれもここまでだ!さらばだ!」


「ああっ、待ってくれ!」

フリックたちも慌ててその後を追う。しかしベリアは体は小さくともさすがは魔人か、跳ねるように木々の間を抜け、見る見るフリックらを引き離していく。

「仕方ない……。アクラ!」

「ああ!」

フリックにうながされ、アクラが走りながら魔人の姿へと変貌した。

「うおおおっ!?」

初めてその姿を目の当たりにしたガストンが驚嘆きょうたんの声を上げた。

「きゃーっ!アクラちゃんカッコイイーー!!」

ルルワに至っては嬌声きょうせいだ。


魔人化したアクラは赤い髪を振り乱し、獣のような低い姿勢で疾風のように駆け、たちまちベリアに追いついていく。

「なんだぁっ!?」

突然感じた魔人の気配にベリアが驚いて首を向けたそのとき、既にすぐ後まで迫っていたアクラはベリアの背中に飛びつき、抱きかかえるようにして彼女を地面に倒した。

アクラはそのままベリアを組み伏せると、上から見下ろし言った。

「待て、お前にはまだ聞きたいことがあるのだ」


「その姿……もしかして、アクラお姉様ですか?」

思わぬベリアの言葉に、アクラは目を丸くした。






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