10:捜索と警戒

「フロウ様大変です!魔人が、再び魔人が現れました!」

息を切らせ駆け込んできた兵士の言葉に、フロウは眉を寄せる。

「迎え撃つぞ!総員迎撃準備!」

そう叫び、自らも杖を取り兵舎を出る。

カツカツと杖をつき通りを行くフロウの横を、何人もの兵士たちが駆け足で追い抜いていく。

「クソ……この忌々いまいましい足の野郎が……しっかり動きやがれ!」

そうひとちながら額に汗をにじませ、片足を引きずりながら出来るだけ早く、大股で歩いて行く。

気がつけば町は炎に包まれ、逃げ惑う人々の叫び声が響いていた。

顔を上げたフロウの正面に炎に照らされた大きな影が浮かび上がる。魔人だ。

脳裏に二十年前魔人に植え付けられた恐怖がよみがえり、ざわざわと全身が総毛立つ。

魔人はニヤニヤと口元に笑みを浮かべ、手に持っていた何かを投げてよこした。

それはポーンと地面を跳ね、ごろりと足元に転がった。

視線を足元に移す。

フリックの生首が、フロウを見上げていた。


「うわああああああああっ!」

フロウはそう叫んでベッドから飛び起きた。

早朝の薄暗い部屋は静寂に包まれ、ドクドクと自分の鼓動だけが響いている。

フロウは夢を見ていたことを悟り、枕元の酒瓶を引っ掴むとぐいとあおり、つぶやいた。

「……死ぬなよ……馬鹿息子」



フリックら一行はそれから丸二日魔人を捜索したが、見つけることは出来ないでいた。ルルワからの合図もない。魔人は出歩かずにじっと息を潜めて傷を回復させているのだろうか。もとより見つける確率の低い賭けなのだ。魔人に慎重になられては、更に発見が困難になる。


「くそっ!魔人の野郎、どこに隠れてやがんだ!」

二日目の夜、干し肉をかじりながらガストンがイライラと吐き捨てた。

月明かりの下、森の中で倒木に並んで腰を掛け、4人は夕食をとっていた。

「魔人の傷が癒えるまでアクラの計算では三日……。このまま奴を見つけられなければ、明日の日没までには王国に帰らないとな……」

フリックは額に手を当て、今後の算段を考えていた。


魔人は再び王国に現れるだろうか。そうなれば迎撃戦になるがどう戦う?魔人に致命傷を与えられるのは魔人化したアクラぐらいだ。王国の兵士達でアクラをサポートして戦うことになるが、それでは多くの犠牲者が出てしまうだろう……。そもそも国の皆が魔人の姿になったアクラを受け入れられるだろうか。二十年前の魔人襲撃で、ミーナのように肉親を亡くした人も多いのだ。すんなり共闘というわけには……。


フリックはふうとため息をつき、ちらりと隣りに座るアクラに目をやった。そのりんとした横顔を見つめながら、アクラの母親はどんな人だったのだろうかと考えた。どのように魔人と出会い、恋に落ちたのだろう。人間族の中では異種族姦は禁忌きんき扱いだ。これまでその価値観に疑問を持ったことはなかったが、人間社会を捨て、魔人と共に生きることを選んだ彼女にどんな思いがあったのだろうかと、フリックはぼんやりとアクラを眺めながら考えていた。


フリックの視線に気づいたアクラが顔を向ける。

「どうした?」

「……いや、アクラ、寒くないか?」

フリックはごまかすようにそう言った。フリックと、ミーナもガストンも体にマントを巻いていたが、アクラは日中と同じように肌を露出させていた。

「ああ、平気だ。母様もずいぶん寒がりだったが、どうやら人間はそういうものらしいな。魔人は寒さに強いらしい」

アクラは表情を作らず、静かにそう言った。

「アクラも人間だろ?」

フリックが言った。

「アクラが父さんの願い通り、これから人間として生きていくつもりなら、俺はそれに協力するぞ?」

「そうよ。あの魔人を倒したら、もうアクラが魔人になることもないわ」

ミーナがアクラの手をとって優しく言った。

「そう……なれたらいいな」

アクラはわずかに微笑んでミーナの手を握り返した。



フリックらが魔人討伐の旅に出てから三日目を迎えた。

王国の人々はまたいつ襲ってくるかも知れぬ魔人の影におびえながら、フリックたちの無事を祈っていた。

王国軍はフロウを中心にいつになく緊張感に包まれ、警備隊はバージルを隊長代理として、町周辺の警備に目を光らせていた。


「ああ……フリック様、ミーナ隊長……ご無事なのかなあ、心配だなあ……」

町の城壁の外、周辺警備にあたっていたヘンリがしゃがみこんでつぶやいた。

「おいヘンリ!フリック様たちはな、お前に心配されるほどヤワじゃねえよ!」

そんなヘンリを先輩兵士が一喝した。

「……留守を預かる俺達は、今俺達が出来ることをやるだけだ。そうだろう?」

そう先輩らしくさとした彼だったが、次の瞬間草むらから飛び出してきた野うさぎに驚いて、彼は悲鳴を上げてその場で腰を抜かした。

「ひいいいいいいい!!」

無様に這いつくばる様を見てヘンリが苦笑する。

「……はは、先輩、かっこ悪いっす」

「う、うるせえ!」

先輩兵士は立ち上がるとばつが悪そうにパンパンとズボンに付いた土を払った。


「俺だってフリック様の強さは疑っちゃいないですけどね、相手は魔人ですよ?二十年前、勇者様だって大怪我を負ってやっと封印したっていうじゃないですか……」

ヘンリが言った。

「フリック様のことだ、何か勝算があるのだろう。そう、なんでも同行したあのアクラという娘さんは、銀髪の聖女様の生まれ変わりだとかいう噂じゃないか」

先輩兵士が返す。

「ああ、こないだ魔人を撃退出来たのも、アクラちゃんの不思議な力のおかげだ、とか言っていましたね」

ヘンリは眉間にしわを寄せて首をひねった。

「不思議な力ってなんだろうなあ……。詳しく聞く前に旅立っちゃうんだもんなあ」

「聖女様と同じ、聖なる光の封印魔法が使えるんじゃないか?」

「そもそもその聖なる光のなんちゃらがわかんねえっすよ。魔法なんて文献でしか見たことないですし。魔法使いなんて本当にいるんですかあ?」

「聖女様は魔法使いじゃなくて、巫女みこだけどな」

「巫女ねえ……。アクラちゃんは巫女ってがらじゃないんだよなあ……」

ヘンリはアクラのタイトな服に浮かぶ曲線的な体のラインを思い出し、だらしなく鼻を伸ばした。


冷めた目で見つめる先輩兵士の視線に気づき、ヘンリは体裁を整える。

「ああ、心配だなあ……。フリック様、早く無事に帰ってこないかなあ」

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