9:ハーピーの友達

四人は山脈に向けて草原の中馬を走らせていた。

「昔を思い出すなあフリック。あのときもこうして馬に乗せてもらった」

アクラが遠い目をしてフリックに語りかけた。

「……そうだな」


五年前に山中の泉で出会った美しい少女と過ごしたあの日。それはフリックにとって、少年の日に見たたった一日限りの幻想であったかのように思えた。その少女が成長し、今自分の目の前にいる。自分をりっし、アクラの女を意識しないようにしていたフリックだが、今この時ばかりはしばしそれを忘れ、幻想の続きを見るかのように、風の中に心を溶かしていった。


やがて山のふもとに到着し、まずは麓にそって馬を走らせ、アクラが魔人の気配を探した。ハクラナン山脈は広大であり、三日がかりでも捜索できるのはそのほんの一部にすぎない。魔人を見つけるには、魔人が山の浅いところにいることが前提で、その上でさらに幸運が必要だった。

ある程度馬を走らせたが、アクラが魔人の気配を感じることはなかった。

「後は適当に当たりをつけて山に入っていくしかないな」

フリックは東西に雄大に広がる山々を見上げ、すっかり高く昇っている太陽に目を細めた。


フリックらは、豊富に馬の食べられる草が茂る中に馬をつなぐと、山へと入っていった。アクラを先頭に、彼女がこれまで住処すみかに利用してきた洞窟など、体をひそめられるような箇所を当たりながら上へと登っていく。

けもの道をつたい、道なき道を行き、ガレ場を登り、深い森の木々の間を抜けてゆく。

そうして日が西に傾き始めた頃、一行は山腹の開けた草原に出た。


「おお!絶景だな!雲が下に見えるぜ」

ガストンが眼下に広がる景色に声を弾ませた。山腹といえど標高はかなり高いところまで登ってきており、開けた視界の向こうにつらなる峰々が展望できた。

「うーん!風が気持ち良いわね」

山登りで火照った体を草原を抜ける風が心地良く冷まし、ミーナは額ににじむ汗をぬぐいながら爽やかな笑顔を見せた。

「ここで少し休憩にしよう。もう昼も過ぎたし、食事を取らないとな」

フリックがそう言って背負っていたザックから食料を取り出し、皆もそれに習った。

一同は草原に腰掛け、サンドイッチをほうばった。アクラだけは立ったまま、風にその長髪をなびかせ、サンドイッチをかじりながら遠く一点を見つめていた。

「アクラ、何か見えるのか……」

その横顔にフリックが声をかけたそのとき、アクラははっと何かを見つけた顔をして、大きく息を吸い込み指を咥えると長い口笛を吹いた。

「ヒューーーーーゥイッ」

山間に響いたその口笛に呼ばれたかのように、アクラの視線の先、向こうの空を飛んでいた大きな鳥が一羽、こちらに向かって飛んできた。

それは鳥ではなく、半人半鳥の亜人、ハーピーだった。


「アクラちゃーーーーーん!!」

そう叫びながら、ハーピーは一行の元へ降り立つと、アクラに抱きついた。

ハーピーは上半身は人間のような姿をしているが、腕の代わりに鳥のような大きな翼が生えており、足も鳥のような鉤爪かぎづめだ。衣服は着ていないが、下半身や胸元は羽毛に覆われている。知能は人間並だが、人間のような器用な手を持たないので複雑な道具を作ることは出来ず、山間部に集落を作り狩猟をかてとした原始的な生活をしている。人間と関わることは少なく、ベルモナ王国でもハーピーとの交易はない。


「ルルワ!息災そくさいか!」

「アクラちゃんこそ元気だったあ?久しぶりだねえ!」

ルルワと呼ばれたハーピーがフリック達に顔を向けた。

「うわあ人間だあ、こんなに近くで見たの、あたし初めてだよ~」

「彼女はハーピー族のルルワで、私の友人だ」

そうアクラに紹介されたルルワは照れ臭そうにもじもじと羽をすり合わせた。

「そんな~魔人様の友人だなんて光栄ですう~」

「は?魔人?」

事情を知らないガストンが声を上げた。

「アクラは父が魔人、母が人間のハーフなんだ」

フリックが言った。

「まあ、そういうことなんだけど、国のみんなには内緒ね」

ミーナがぽんとガストンの背中を叩いた。

「……ええ~……」

驚愕の事実を軽く伝えられ、ガストンは目を丸くしてぽかんとアクラを眺めた。


アクラがフリック、ミーナ、ガストンをルルワに紹介すると、

「アクラちゃん彼氏見つけられたのお?やっぱりこっちのかっこいい方かな?」

ルルワはそう言ってフリックの前に立ち、品定めするかのようにじろじろと彼を見た。

「フリック様!気をつけて下さいね!ハーピーは人間の男をさらうって言いますから!かっこよくない自分は大丈夫ですけど!」

ガストンがそう口を出すと、ルルワはぷうと頬を膨らませた。

「え~っ、うちらはそんな野蛮なことしないよ~!」

「ガストン、失礼はやめなさいな!ごめんなさいルルワさん、私たちの国の人間がハーピーに襲われたことはないわ」

ミーナがガストンをたしなめ、ルルワに謝った。

「……まあ、この辺りに住んでるハーピーは人を襲わないんだろうな!でもな、ハーピーは女ばかり生まれるから男は貴重で、遂に男のハーピーがいなくなった部族は人間の男をさらって子供を生ませるって聞くぜ!」

ガストンが懲りずに言った。

「ふーんだ、うちらは男は間に合ってますう~」

ルルワはそう言ってぷいと横を向いたが、ちらりとフリックを見ると彼にり寄った。

「でも~、こっちのお兄さんの子供なら産んでもいいかも~」

ルルワに色目を使われてたじろぐフリックの腕にアクラが腕をからませる。

「こらルルワ、人の男に手を出すでない!」

「誰の男ですか!」

たまらずミーナが二人をフリックから引き剥がした。


「っていうかあ、あたしハーピーが人間と子供を作れるとか知らなかったよ~」

ルルワが言った。

「まあ、それだけあなたの部族には必要ない知識だってことでしょ?」

ミーナはそう言うと、余計なことを言ったガストンをひとにらみすると、こぶしで彼の腹筋を叩いた。

「そういえばアクラちゃんも人間とのハーフだもんね、もしかして人間ってどの種族だれとでも子供作れるの?」

「えっ……と……。そんなこともないけど……」

ルルワの問いに、ミーナは異種族間交配について知ってる限りを思い出そうとしたが、一体何の話をしているんだと我に返った。そういえば魔人と人間が子供を作れるという話も初耳だ。

「人間とハーピーの子供はハーフなの?翼がなくっちゃ、うちではやってけないよお?」

「……さ、さあ……」

興味津々なルルワがどこまで本気が分からずに、ミーナは答えをはぐらかした。

「それは大丈夫だ!父親が人間でも、必ずハーピーが生まれるっていうぜ……うっ!」

再びミーナに腹を叩かれたガストンは小さくうめき声を上げた。怖い顔でミーナににらまれたガストンが、冷や汗を垂らしながら愛想笑いを浮かべる。


異種族間交配では、ハーフではなく必ずどちらか一方の種族が生まれるという事例がある。有名なのはオークで、オークの男は様々な種族の女と子供を作れるが、生まれるのは必ずオークだ。彼らはこの繁殖力で各地で生き残ることができている。好戦的で野蛮なオークは他種族から目のかたきにされることも多いが、彼らを駆逐することは難しい。一人でも取り逃がせば、すぐにまた多くのオークを産み元通り。そこには遺恨が残るだけになってしまうのだ。ベルモナ王国でも、二十年前に魔王に加担した王国周辺のオーク達を駆逐せんという話もあったが、根絶の難しさから断念している。


「へえ~、そうなんだ。じゃあ安心だね!」

「だ、だからといって軽々しく人間の男性に手を出してはダメですよ!あなたの部族と私たちの王国の間で種族間問題に発展してしまいますからね!」

を作ってフリックを見るルルワにミーナが釘を刺した。

「あははっ、冗談だよ~。大丈夫、さらったりしないから!まあ、もしうちの男が全滅したら、そのときはちゃんと丁重にお願いに行くよ!」

そう笑うルルワに、ミーナはアクラがやってみせた「ハーピー流のお願いのしかた」を思い出し、一抹の不安とともに苦笑いを返した。


「まあ冗談はそれぐらいにして、俺達がここに来た理由を話そう。そうだろう?アクラ」

フリックがそう言ってアクラを見る。

「おお、そうだ。私は別にルルワに男を紹介しに来たわけではないのだぞ」

うながされたアクラがルルワに事情を話した。


「アクラちゃんのお父様……殺されちゃったの……?」

「……。私は父のかたきと、これ以上奴が悪さをせんように、その魔人を探して討たねばならんのだ」

「魔人様は山の守り神だって……。アクラのお父様も立派な方だったし、私魔人様を尊敬していたんだけどな……。そんなひどい魔人もいるんだね……」

ルルワがしゅんとして言った。彼女は二十年前に人間を襲った魔王のことも知らなかった。

「ルルワの部族で、ここ最近魔人を見たという話はないか?」

アクラが尋ねた。

「ううん、ないよ。うん、分かった!私も空からその魔人を探してみるよ!」

ルルワは次にアクラが言わんとする事を察すると、自ら申し出た。

「ありがとうルルワ、助かる。……危険なことをお願いしてすまない」

アクラがルルワの羽をいたわるようにそっと撫でた。

「ルルワさん、奴はなにをするか分からない。決して近づかず、十分注意して欲しい」

フリックはそう言ってルルワに頭を下げた。

「分かったよ、まかせて!魔人を見つけたら、上空をまあるく旋回するから、そっちの位置を教えてね」

ルルワは数歩下がると、空に羽ばたかんと大きく羽を広げた。

「それと、私のことはルルワ、でいいよ!アクラちゃんの友達は、私にとっても友達だもん!」

ルルワはそう言うと翼をはためかせ空へと舞い上がり、フリックたちは大きく手を降ってルルワを見送った。

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