9:ハーピーの友達
四人は山脈に向けて草原の中馬を走らせていた。
「昔を思い出すなあフリック。あのときもこうして馬に乗せてもらった」
アクラが遠い目をしてフリックに語りかけた。
「……そうだな」
五年前に山中の泉で出会った美しい少女と過ごしたあの日。それはフリックにとって、少年の日に見たたった一日限りの幻想であったかのように思えた。その少女が成長し、今自分の目の前にいる。自分を
やがて山の
ある程度馬を走らせたが、アクラが魔人の気配を感じることはなかった。
「後は適当に当たりをつけて山に入っていくしかないな」
フリックは東西に雄大に広がる山々を見上げ、すっかり高く昇っている太陽に目を細めた。
フリックらは、豊富に馬の食べられる草が茂る中に馬を
けもの道をつたい、道なき道を行き、ガレ場を登り、深い森の木々の間を抜けてゆく。
そうして日が西に傾き始めた頃、一行は山腹の開けた草原に出た。
「おお!絶景だな!雲が下に見えるぜ」
ガストンが眼下に広がる景色に声を弾ませた。山腹といえど標高はかなり高いところまで登ってきており、開けた視界の向こうに
「うーん!風が気持ち良いわね」
山登りで火照った体を草原を抜ける風が心地良く冷まし、ミーナは額ににじむ汗を
「ここで少し休憩にしよう。もう昼も過ぎたし、食事を取らないとな」
フリックがそう言って背負っていたザックから食料を取り出し、皆もそれに習った。
一同は草原に腰掛け、サンドイッチをほうばった。アクラだけは立ったまま、風にその長髪をなびかせ、サンドイッチを
「アクラ、何か見えるのか……」
その横顔にフリックが声をかけたそのとき、アクラははっと何かを見つけた顔をして、大きく息を吸い込み指を咥えると長い口笛を吹いた。
「ヒューーーーーゥイッ」
山間に響いたその口笛に呼ばれたかのように、アクラの視線の先、向こうの空を飛んでいた大きな鳥が一羽、こちらに向かって飛んできた。
それは鳥ではなく、半人半鳥の亜人、ハーピーだった。
「アクラちゃーーーーーん!!」
そう叫びながら、ハーピーは一行の元へ降り立つと、アクラに抱きついた。
ハーピーは上半身は人間のような姿をしているが、腕の代わりに鳥のような大きな翼が生えており、足も鳥のような
「ルルワ!
「アクラちゃんこそ元気だったあ?久しぶりだねえ!」
ルルワと呼ばれたハーピーがフリック達に顔を向けた。
「うわあ人間だあ、こんなに近くで見たの、あたし初めてだよ~」
「彼女はハーピー族のルルワで、私の友人だ」
そうアクラに紹介されたルルワは照れ臭そうにもじもじと羽をすり合わせた。
「そんな~魔人様の友人だなんて光栄ですう~」
「は?魔人?」
事情を知らないガストンが声を上げた。
「アクラは父が魔人、母が人間のハーフなんだ」
フリックが言った。
「まあ、そういうことなんだけど、国のみんなには内緒ね」
ミーナがぽんとガストンの背中を叩いた。
「……ええ~……」
驚愕の事実を軽く伝えられ、ガストンは目を丸くしてぽかんとアクラを眺めた。
アクラがフリック、ミーナ、ガストンをルルワに紹介すると、
「アクラちゃん彼氏見つけられたのお?やっぱりこっちのかっこいい方かな?」
ルルワはそう言ってフリックの前に立ち、品定めするかのようにじろじろと彼を見た。
「フリック様!気をつけて下さいね!ハーピーは人間の男をさらうって言いますから!かっこよくない自分は大丈夫ですけど!」
ガストンがそう口を出すと、ルルワはぷうと頬を膨らませた。
「え~っ、うちらはそんな野蛮なことしないよ~!」
「ガストン、失礼はやめなさいな!ごめんなさいルルワさん、私たちの国の人間がハーピーに襲われたことはないわ」
ミーナがガストンをたしなめ、ルルワに謝った。
「……まあ、この辺りに住んでるハーピーは人を襲わないんだろうな!でもな、ハーピーは女ばかり生まれるから男は貴重で、遂に男のハーピーがいなくなった部族は人間の男をさらって子供を生ませるって聞くぜ!」
ガストンが懲りずに言った。
「ふーんだ、うちらは男は間に合ってますう~」
ルルワはそう言ってぷいと横を向いたが、ちらりとフリックを見ると彼に
「でも~、こっちのお兄さんの子供なら産んでもいいかも~」
ルルワに色目を使われてたじろぐフリックの腕にアクラが腕を
「こらルルワ、人の男に手を出すでない!」
「誰の男ですか!」
たまらずミーナが二人をフリックから引き剥がした。
「っていうかあ、あたしハーピーが人間と子供を作れるとか知らなかったよ~」
ルルワが言った。
「まあ、それだけあなたの部族には必要ない知識だってことでしょ?」
ミーナはそう言うと、余計なことを言ったガストンをひと
「そういえばアクラちゃんも人間とのハーフだもんね、もしかして人間って
「えっ……と……。そんなこともないけど……」
ルルワの問いに、ミーナは異種族間交配について知ってる限りを思い出そうとしたが、一体何の話をしているんだと我に返った。そういえば魔人と人間が子供を作れるという話も初耳だ。
「人間とハーピーの子供はハーフなの?翼がなくっちゃ、うちではやってけないよお?」
「……さ、さあ……」
興味津々なルルワがどこまで本気が分からずに、ミーナは答えをはぐらかした。
「それは大丈夫だ!父親が人間でも、必ずハーピーが生まれるっていうぜ……うっ!」
再びミーナに腹を叩かれたガストンは小さくうめき声を上げた。怖い顔でミーナに
異種族間交配では、ハーフではなく必ずどちらか一方の種族が生まれるという事例がある。有名なのはオークで、オークの男は様々な種族の女と子供を作れるが、生まれるのは必ずオークだ。彼らはこの繁殖力で各地で生き残ることができている。好戦的で野蛮なオークは他種族から目の
「へえ~、そうなんだ。じゃあ安心だね!」
「だ、だからといって軽々しく人間の男性に手を出してはダメですよ!あなたの部族と私たちの王国の間で種族間問題に発展してしまいますからね!」
しなを作ってフリックを見るルルワにミーナが釘を刺した。
「あははっ、冗談だよ~。大丈夫、さらったりしないから!まあ、もしうちの男が全滅したら、そのときはちゃんと丁重にお願いに行くよ!」
そう笑うルルワに、ミーナはアクラがやってみせた「ハーピー流のお願いのしかた」を思い出し、一抹の不安とともに苦笑いを返した。
「まあ冗談はそれぐらいにして、俺達がここに来た理由を話そう。そうだろう?アクラ」
フリックがそう言ってアクラを見る。
「おお、そうだ。私は別にルルワに男を紹介しに来たわけではないのだぞ」
「アクラちゃんのお父様……殺されちゃったの……?」
「……。私は父の
「魔人様は山の守り神だって……。アクラのお父様も立派な方だったし、私魔人様を尊敬していたんだけどな……。そんなひどい魔人もいるんだね……」
ルルワがしゅんとして言った。彼女は二十年前に人間を襲った魔王のことも知らなかった。
「ルルワの部族で、ここ最近魔人を見たという話はないか?」
アクラが尋ねた。
「ううん、ないよ。うん、分かった!私も空からその魔人を探してみるよ!」
ルルワは次にアクラが言わんとする事を察すると、自ら申し出た。
「ありがとうルルワ、助かる。……危険なことをお願いしてすまない」
アクラがルルワの羽をいたわるようにそっと撫でた。
「ルルワさん、奴はなにをするか分からない。決して近づかず、十分注意して欲しい」
フリックはそう言ってルルワに頭を下げた。
「分かったよ、まかせて!魔人を見つけたら、上空をまあるく旋回するから、そっちの位置を教えてね」
ルルワは数歩下がると、空に羽ばたかんと大きく羽を広げた。
「それと、私のことはルルワ、でいいよ!アクラちゃんの友達は、私にとっても友達だもん!」
ルルワはそう言うと翼をはためかせ空へと舞い上がり、フリックたちは大きく手を降ってルルワを見送った。
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