8:オークの森

翌朝、白々と空が明け始めたころ、三人は警備隊舎を出て門へと向かった。アクラの髪色は赤く戻っており、裂けた服は代わりにミーナのものを借りた。フリックは他の皆には黙って出発するつもりだった。門には昨晩の騒ぎでいつもより多くの兵士が警戒にあたっているが、止められても強行突破しようと考えていた。


「フリック様」

門の前で兵士に呼び止められた。

「……バージルさん」

「やはり行かれるのですか、フリック様」

隊長補佐のバージルが、フリックを待ちかまえていた。

「お見通しですか、バージルさん。参ったな」

「子供の頃にもよくやられましたからな、のことはわかってますよ」

小さい頃の呼ばれ方をされ、フリックは苦笑いをした。

「まあ止めても聞かないでしょうがね。……ガストン!」

バージルに呼ばれ、ガストンという兵士が顔を出した。警備隊いちの力自慢の大男である。

「せめてガストンをお供にお連れ下さい。ミーナさんとガストン、少数精鋭ですな」

「水臭いですぜ、フリック様!魔王を倒しに行くんでしょう?この俺も行かせて下さい!」

ガストンは胸を叩き、腕が鳴る、とガハハと笑った。

「わかったガストン、よろしく頼む」

フリックはバージルとガストンの思いを汲み、笑顔でガストンと拳を合わせた。


フリック、アクラ、ミーナ、それにガストンを加えた四人は門を出て、馬にまたがった。乗馬の経験がないというアクラはフリックの前に乗った。嬉しそうにフリックに背中を寄せるアクラを見て、ミーナは仕方ないと思いながらも複雑な表情をしている。

「よ、よかったら、ねえさんも俺と二人でこっちに乗りませんか!」

そんなミーナに、ガストンが照れながらささやいた。

「あんたは一人でも重いんだから、馬がかわいそうでしょ!それと、姐さんって呼ぶのやめてちょうだい!」

ミーナにピシャリと言われてしまい、ガストンはがっかりと肩を落とした。


「よし、出発するぞ!」

フリックが号令をかけ、ミーナとガストンがこれに応える。

「ご武運を……フリック様を頼むぞガストン」

見送りに出たバージルが言った。

「お任せください!フリック様はこの命に変えてもお守りします!」

「ダメだ、死ぬのは許さん」

胸を張るガストンに、フリックが釘を刺す。

「じゃあ、行ってくるよ、

フリックがバージルを振り返り言った。少年期の懐かしい呼び方に、バージルの顔が一瞬ほころぶ。フリックは正面に向き直すと、馬を蹴り走らせた。ミーナとガストンがこれに続く。

「フリック様!ご武運を!ご武運を!」

番兵たちの声援の中を、三頭の馬が駆け抜けていった。

「……若者ばかりに命をかけさせるとは、情けない老いぼれだ、私も」

遠ざかるフリックたちの背中を見つめながら、バージルが口惜しそうにつぶやいた。


フリックたちは王国の西にある森に向けて馬を走らせた。通称「オークの森」といい、森の奥はオークの生息地になっている。他種族に好戦的なオークは、しばし王国を行き来する荷馬車を襲ったりしていたが、ここ最近は比較的おとなしくしている。それでもわざわざ近づく人間はいないようなところだ。


森の入口に到着し、四人は馬を降りた。

「まずはこの森の奥にある『封印』を見に行く。魔王の封印が解けたのなら、何か異常があるかもしれない」

フリックが言った。

「確か、魔王を大岩の中に封印したのだったか?」

アクラが尋ねた。

「聖女様は魔王の魂を大岩に封印されたのだ。その岩がこの先にある。俺も昔冒険ついでに実際に見に行ったことがあるが、普通の岩だったけどな」

「おひとりでオークの森を抜けたのですか……さすがというか何というか……」

ミーナが半ばあきれたように言った。

「おっと、これは内緒にしてくれ。何年も前のことでいまさら王妃おばあちゃんに怒られてもかなわんからな」

「さすがフリック様だ!ガハハハハ!」

ガストンは嬉しそうに高笑いをした。


「ここから先は、俺とアクラで行ってくる。二人は馬を見ていてくれ」

フリックが言うが、ガストンは不満気だ。

「俺とフリック様で行きましょうよ。バージルさんにもお側を離れぬよう言われてますし……」

「別にオークと戦いに行くわけじゃないんだ、平気だよ。お前はミーナを頼む」

フリックにそう言われ、ガストンは渋々身を引いた。

フリックはアクラを連れて森へと入っていく。その背中にミーナが声をかける。

「アクラーっ、フリック様と二人きりだからって、変なことしちゃダメよーっ!」

アクラは平然と聞き流したが、フリックの方が変に反応してしまい、取りつくろうようにひとつ咳払いをした。

「アクラ、お前の相手にガストンはどうだ?ああ見えて俺と歳は同じだし、力は俺より強いぞ?」

照れ隠しか、余計なことを口走ってしまう。アクラはむっとしてフリックの尻を蹴飛ばすと、ずんずんと先へと進んで行ってしまい、フリックは慌ててその後を追った。


「オークよりアクラの方が心配だわ!」

ミーナがやれやれとつぶやき、木陰に腰を下ろす。

「……いたたっ!」

昨晩、魔人に放り投げられてぶつけた背中に痛みが走り、ミーナは顔をしかめた。

「ああっ!へ、平気ですか?あ、マ、マッサージしましょうか?」

ガストンが大げさに心配し、おろおろと顔を覗きこむ。

「えっ……!?い、いいわよそんなの!」

ミーナはちょっとびくっとして、ぷいと横を向いた。

「フリック様、本当に大丈夫ですかね?」

ガストンが言った。

「大丈夫よ。アクラだって、ああ見えて凄く強いんだから」

「へえ、あんなかわいこちゃんがねえ……」

ガストンはつぶやくように言ったが、すぐにはっとして弁解するように続けた。

「あっ!いや!俺はあんなガキより、もっと大人の女性が好きですけどね!」

ミーナは、ああそう、という感じで意にも介さない。

「……ちなみに姐さん……あっいや、ミーナさんはどんな男がタイプです……?」

「私もガキはいやよ」

ミーナはぶっきら棒にそう言ってから、ガストンがフリックと同い年なのを思い出し、はあとため息をついた。


フリックとアクラは森の中を奥へと向かって歩いていた。

「アクラはどのくらいの時間、魔人の姿でいられるんだ?」

フリックが尋ねた。

「長くて半時間ぐらいかのう」

「一回『魔人化』すると、一晩ぐらいの休息が必要になるのか?」

「そうだ。魔人でいる時間が長ければ、それだけ長い休息が必要だ。髪の色が戻らぬうちは、魔人にはなれん」

「魔人と戦うときの切り札として、安易に魔人化はできないな」

「そうだな。幼いころはもっと長い時間魔人になれたし、反動もあまりなかった。だが父様は私に人間として生きて欲しいと言ってな、めったなことで魔人になるのは禁止されていた。勝手に魔人になって、白い髪で家に帰ると怒られたわ」

「もう体が人間の姿でいることに慣れてしまったんだな。……ん?」

そう話をしていた二人の前に一匹のオークが顔を出した。

「げえっ!金髪のガキ!」

オークはフリックを見てそう言うと、きびすを返し森の奥へと走っていった。

「なんだ、オークにも顔が利くのか」

アクラがフリックに言った。

「昔冒険した時にちょっとな。お知り合いになったのさ」


森の奥では、体に無数の傷を持つひときわ屈強なオークが二人を待ち構えていた。オークの名はブルーゾ。この森のオークのボスであり、二十年前に魔王に従い王国と戦ったこともある歴戦の猛者もさである。彼の周りでは取り巻きのオークが剣や手斧を手に二人をにらんでいる。

「何しに来やがった金髪のガキ!いよいよワシらと戦争でもおっぱじめる気か?」

ブルーゾがフリックを睨む。

「いや、そんな気はない。ただ少し確認に来ただけだ」

「確認だと?」

「王国に魔人が現れた。どうやら魔王が復活したらしい。なので封印の大岩に異常がないか見に来たのだ。お前たちも魔人の姿を見なかったか?」

オークたちが互いに顔を見合わせてざわついた。

「魔人が出たって?本当かよそりゃあ……。二十年前から魔人なんざ見ちゃいないが……」

ブルーゾがフリックを見据みすえて言う。

「ワシらは魔人の封印なんて信じちゃいねえ。人間どもがワシらをびびらせてこの森から追い出すための嘘だってな」

ブルーゾは神妙な顔つきでボリボリとあごを掻いた。

「まあ岩を確認したいってんなら、勝手にやってくれ」

「……わかった、そうさせてもらう」

フリックはそう言って前へと、オークたちに向かい歩き出した。オークたちが反射的に武器を構えるが、ブルーゾがそれを制する。フリックはブルーゾの前に来ると立ち止まって言った。

「もし魔王が二十年前のようにお前たちを軍門に入れようとしたら、また従うのか?」

「ふん!そうさな……。金髪のガキと魔人、どちらも厄介だが……。魔人を敵に回すよりは、人間相手の方がマシだな」

「……そうか。ではそのときは容赦しない」

フリックはそう言ってブルーゾとすれ違った。アクラがそれに続く。

「ああそれと……」

フリックが立ち止まってオークを振り返る。

「金髪のガキってあだ名は酷いな、もっとマシなのに変えてくれよ」

「グハハハハ!じゃあ金髪のクソ野郎にするか!」

ブルーゾの答えにフリックはフッと鼻で笑い、前を向き直すとまた歩き出した。

「おい!」

今度はブルーゾが呼び止める。

「二十年前なあ、ワシらだって、何も好きで魔人に従ったわけじゃあねえんだぜ!」

オークにだって種族としての誇りはある。憎き人間どもを叩けるのは魅力的ではあるが、魔人にいいように使われ、そのおこぼれに与るような真似を良しとはしない。

「わかってるよ」

フリックはそんなブルーゾの思いを理解していた。いや、その誇りを期待していたのか。魔王復活を伝えれば、共闘は出来なくとも、彼らが再び魔王の配下になることは避けられるかもしれない、という算段もあってここに来たのだ。

ブルーゾと別れたフリックとアクラが森の奥へと消えていく。

「ふむ……金髪のガキの思惑に乗るのはしゃくだが……しばらく身を隠すか……」

ブルーゾはつぶやき、みなを集めるよう取り巻きに命じた。


フリックとアクラがミーナとガストンの元へ戻ってきた。

「フリック様!ご無事で!」

ミーナがほっとした表情で駆け寄る。

「それで、封印の大岩はどうでしたか?」

ガストンが尋ねた。

「うーん、まあ普通の岩だったよ。特に変わったところはなかったな」

フリックがちらりとアクラを見る。

「ああ。魔人の気配も感じられなかったぞ」

アクラが肩をすくめた。

「そうですか……。すでに魔王の魂が抜け出ているならただの岩、ということでしょうか」

ミーナが言った。

「魂だけが封印されて、肉体はちりになったんですよね?長い年月をかけて肉体を再生したってことなのかなあ。塵から再生するような化物を殺せるんですかねえ」

ガストンが顔をゆがめて大きな体を震わせた。

「いくら魔人でも不死ではないぞ。首を跳ねたり、胴体を真っ二つにすれば普通に死ぬ」

アクラが答えた。

「ほーう、お嬢ちゃん魔人に詳しいのかい?それじゃあ魔王はいったいどうやって復活できたんだあ?」

「知らんわ!お前たちこそ、『封印』とやらについて詳しく知らんのか!」

アクラはガストンに「化物」呼ばわりされて少し不機嫌なようだ。

「封印された聖女様が亡くなってしまったから、実際私たちも封印についてよく分かってないのよ。岩を調べようにもオークの生息地だしね」

ミーナが二人に割って入った。

「親父が封印の調査に積極的ではなかったからな。勇者様の顔を立てたような形だろう」

フリックが皮肉まじりに言った。実際封印について王国では何も分かっていなかったが、それを疑うことは勇者と聖女を疑うことになるので、深く追求することは半ばタブーのような扱いだった。


「さて、次は魔王の捜索に山へ行こうと思う。どうだアクラ?」

「ああ、魔人は山に住む。やはり山にひそむ可能性が高いだろう」

アクラはそうフリックに答え、北に広がる故郷、ハクラナン山脈を見据みすえた。

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