5:あんた邪魔なのよ
それから数日の間、アクラはミーナの家に世話になることになった。ミーナは父親と二人暮らしで、その父も
ミーナが仕事でアクラの相手ができない時は、アクラは一人で町をうろついて過ごした。「食いぶちを稼ぐ」と町の外の森へ狩りに出かけたがったが、危険だからとミーナに止められた。アクラは、山暮らしをしていた自分に何が危険なものかと不満だったが、ミーナにひとりで町の外に出ないことを約束させられ、渋々とそれに従っていた。町の人々はすんなりとアクラを受け入れてくれた。ミーナの人望のせいもあるだろうが、救国の英雄である勇者と聖女が元は旅人だったこともあり、よそ者に寛容な気風があった。そしてアクラの愛らしい見た目と素直な物言いは、関わる人々を皆笑顔にした。一部を除いては。
アクラは警備隊舎にも顔を出した。フリックの執務室に勝手に入っては、追い出されたりしていた。またある時は、若い兵士たちに剣術の
「やるではないかフリック!惚れ直したぞ!」
その言葉に他の兵士たちが顔を見合わせてざわついた。フリックはまずいといった顔をしてアクラに近寄って耳打ちする。
「アクラ!人前であまりそういうことは言わないでくれ!」
「うむ、わかった。では二人のときだけにしよう」
にこりと笑ってそう返すアクラに、フリックは困り顔でため息をついた。
「……二人きりになんてしませんけどね!」
後ろで見ていたミーナが
そんなミーナのさらに奥から、三人の若い女兵士たちもアクラを見つめていた。
「何アイツ、フリック様に色目使ってさ!」
「他の男共はみんなデレデレしちゃって、みっともないったら!」
「警備隊舎はガキの遊び場じゃないっつーの!」
そう、アクラを心良く思っていない一部の人間というのは、フリックに気がある若い女性たちだった。気がある、といっても彼女らは自分がフリックと恋仲になれるなどとは思っていなかった。顔良し、腕良し、身分良しのフリックは彼女たちにとってはアイドルのような存在であり、手の届かない存在として
三人の女兵士はフリックに稽古場から追い出されたアクラを見て、こそこそと何やら打ち合わせると、そっとアクラを追って出て行った。
アクラはひとり警備隊舎の周りをぶらぶらしていた。
「何か用かの?」
すると物陰から先ほどの三人の女兵士が姿を見せた。みな手に訓練用の
「へえ、気づいてたんだ。さすが山で狩りをして暮らしてた人は気配に敏感なのかしら」
アクラは、まさか本気で隠れているつもりだったのかと思ったが、
「それで、私に何の用だ?」
と、改めて問いかけた。けろりとした態度のアクラに、女兵士の眉が釣り上がる。
「あんた、フリック様にちょっかいかけて、何のつもりよ!迷惑なのが分からないの!」
女の一人がアクラを
「そうよ!フリック様はお優しいから、はっきり言わないかもしれないけどね、あんた邪魔なのよ!」
別の一人がそう声を荒げる。
「それで、フリックの代わりに文句を言いに来たのか?」
アクラがそう言うと、女兵士はアクラの足元に一本の木剣を投げてよこした。
「いいえ違うわ。私たちはここが遊びに来る所じゃないってことをあんたに教えてやろうと思ってね。ちょっとあんたも稽古していきなさいよ」
「私に稽古をつけてくれるのか。それは構わんが、良いのか?私も腕には覚えがあるぞ」
アクラは剣を拾い上げると、それを吟味するかのように眺めた。
「フン、それじゃハクゥル族の戦士が、どれだけのモノか見せてもらおうじゃん!」
女兵士のひとりがアクラに向かい剣を振り上げた。アクラはその一撃を剣で受けるが、ベキンと音がしてアクラの剣は手元から真っ二つに折れてしまった。女兵士がにやりと笑う。アクラに渡された木剣は簡単に折れるように細工がされていた。女はさらに剣を振りアクラに襲いかかり、
「ほらほらどうした!鹿や猪相手とは勝手が違うのかい!」
女が上段に構え間合いを詰めたそのとき、アクラはすっと前に出て女の
「!?」
女は視界が突然ぐるりと回転したと思うや、次の瞬間背中から地面に叩きつけられた。
「ぐはっ……!」
背中を強打し
「くそっ、こいつ!おい、二人同時にいくぞ!」
女兵士たちは二人がかりでアクラに飛びかかるが、アクラは一人の懐に入ると、先ほどと同じようにして、彼女をもう一人に向かって投げ飛ばした。投げられた女のかかとが、ガツンともう一人の
「ふむ、少々やり過ぎたかのう……」
そうつぶやくアクラのもとへ、騒ぎを聞きつけたミーナが走り寄ってきた。
「アクラ!大丈夫?いったいどういうことなの!?」
「ちょっと稽古を頼まれてな。そうだな、こやつら
アクラは得意気になるでも悪びれるでもなく、真顔で淡々とそう言った。
「……驚いた、あんた強いのねえ」
ミーナが
「今度フリックにも相手してもらおうかのう」
アクラはそう言うが、ミーナは乗り気がしなかった。
「ええっ?……うーん、それはちょっとなあ」
フリックが負けるとは思わないが、ふたりとも熱くなってやり過ぎてしまうような気がして、それが心配だったからだ。
女兵士たちが、自分たちから喧嘩を吹っ掛けたことを認めたので、アクラはお
「……その……すいませんでした……アクラさん……」
「よいのだ。フリックを思っての事であろう?フリック、おぬし随分部下に慕われておるのう」
アクラはそう言ってフリックの顔を見た。フリックは照れくさそうな顔をし、女兵士たちは真っ赤になってうつむいた。
夕方、アクラは勤務の終わったミーナと一緒に隊舎を出て、二人で家路を歩いた。
「今日はごめんねアクラ、私がもっと目を光らせておけばよかったわ」
ミーナが言った。
「よいのだ、ミーナのせいではない」
うつむいたアクラの横顔は、少し寂しそうに見えた。
「……フリックは……やはり私に迷惑してるのだろうか」
そうつぶやくアクラの肩に、ミーナはそっと手を置いた。
「ふふっ、大丈夫よ、アクラ。そりゃあ、あなたはハッキリものを言うから、少し戸惑ってるかもしれないけど。……でもね、アクラが来てから、フリック様は以前よりよく笑うようになったわ。張り詰めすぎていたものがほぐれたような感じ。フリック様のあんなくだけた話し方、久しぶりに聞いたわ」
ミーナは続ける。
「立場上フリック様がアクラの気持ちに応えるのは難しいかもしれないけど、でも、本当はそんなの関係ないのかもしれないって、私も最近思うの。立場がどうとか、身分の違いとか、そんなことで私は最初から諦めて、せめてお側でお役に立てればなんて思っていたわ。だから自分の気持を素直に伝えられるアクラが、少し
アクラは顔を上げ、微笑むミーナの目を見つめた。
「ミーナも、私に迷惑してないか?」
「そんなわけないじゃない!アクラといると、私も楽しいわ。妹が生きていたら、こんな感じだったのかなあって」
ミーナはそう言ってアクラの手を取り、二人は手を
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