3:二人の再会

ガチャリと音がして部屋の扉が開かれ、男が入ってきた。

「まったく、親父のやつ……」

男はそう独り言をつぶやいたが、すぐに部屋の中に人の気配を感じ取ると、腰に差した剣のつかを握り叫んだ。

「何者だ!」

ベッドの上の白いかたまりが、すうっと縦に伸びる。

「……フリック、久しいな」

そう告げる女の、月明かりに照らされたその琥珀色こはくいろの瞳に、フリックは見覚えがあった。

「お前……アクラか?」

「そうだ、覚えていてくれたか、嬉しいぞ」

シーツに包まったアクラはそう言い、ゆっくりとフリックに近づいた。

「お前……何故ここに……」

フリックがそう言うや、アクラはまとっていたシーツを床に落とし、彼の前に裸体を晒した。彼女に真っ直ぐに目を見つめられ、その瞳に射抜かれたようにフリックは呆然と立ち尽くした。アクラがゆっくりと、静かに歩み寄ってくる。フリックは体を硬直させ、ピクリとも動けないでいた。


「フリック、私の夫になれ!」

アクラはそう言うと手を広げフリックに飛びついた。裸のアクラに抱きしめられ、フリックが激しく動揺する。

「ア、アクラ!いったい何のつもりだ!」

アクラは彼の胸にうずめていた顔をぐいと上げると、耳元でささやいた。

「何のつもりかと?……夜這よばいのつもりだが……」

「な、何を言っている!とにかく服を着ないか!」

フリックはアクラの肌を見ないよう天井を見上げるが、体には密着した彼女の柔らかな胸の感触が伝わってくる。

「なんだ、私の裸を見るのは初めてではなかろう?」

「子供のときの話だろ!」

「そうだ、私はもう子供ではない……。なあフリック、私を……」

アクラの吐息がフリックの首筋を撫でる。アクラの柔らかさと、あたたかさと、息遣いと……。心臓がドクンドクンと強く脈打ち、全身を血が駆けまわるような感覚に襲われる。

「ア、アクラ!ちょっと待ってくれ!」

フリックが切羽詰まった声を上げたそのとき、突然バンッと部屋の扉が勢い良く開いた。

「フリックさ……ま!?……ア、ア、アクラ!?あなたいったい何をしているの!」

裸でフリックに抱きついているアクラを見て、ミーナが目を丸くして叫んだ。


翌朝、フリックの部屋でアクラはミーナに尋問を受けていた。アクラ、ミーナ、フリックの三人でテーブルを囲んでいる。

「つまり、一族を失ったあなたは、フリック様を夫にしようと訪ねてきたわけね」

「まあ、そんなところだな」

「あなたがハクゥル族の最後の生き残りだなんて」

「幼いころ母様が死に、それから父様と二人で暮らしていたが、その父様も先日死んだ。強い男の、子を産めと父様も言っておった」

アクラは椅子にもたれかかり、あまり悪びれる様子もなくミーナに答えている。

「長い間お父さんと二人きりで山に?うーん、じゃあ男女の関係にうといのもしかたないのかしら?友達もいないでしょうし……」

「人間の友達はおらんが、ハーピーの友達がいたぞ。男のも彼女に教えてもらったのだ」

「ああ……それで……」

ハーピーは半人半鳥の亜人で、その性格は得てして恋多くその恋は直情的、さらに奔放で開放的だと語られる。あまり人間とは関わらない種族だが、さすが山の民といったところか。

「ハーピーの恋愛観は人間のそれとは違うの!参考にしちゃいけません!」

ミーナはやれやれといった顔でちらりとフリックを見ると、彼も同じような顔をしていた。

「しかしフリック、立派になったな。見違えたぞ」

アクラがあっけらかんと言った。

「お前もな、アクラ。あの子供がよくもまあ成長したものだ」

フリックの目が自然とアクラの胸にいく。

「……まあ、今もまだ子供だけどな」

フリックはそう自分に言い聞かせるように付け足した。

「もう子供ではないと言うておるのに。もう十五になったのだからな」

アクラは腰を浮かせ、ずいとフリックに顔を寄せる。フリックのすぐ目の前にアクラの胸の谷間が迫った。フリックは一瞬目を見開き、すぐに気まずそうに顔を背けた。

「なんだフリック、ちちが気になるのか?……触ってみるか?」

アクラがフリックの視線に気づいてそう言った。からかうような口調ではなく、軽く提案してみたといった面持おももちで。

「アクラ!」

ミーナがたしなめ、フリックが苦笑する。

「それにしても、フリック様に山の民のお知り合いがいるなんて、知らなかったわ」

「誰にも話したことはなかったからな」

フリックが答える。

「しかしアクラに会ったのはその一度だけだ。そのうち冒険も出来ない立場になったしな」

「私もあの後すぐに住処すみかを移動してな、あの水場にも行けなくなってしまったのだ」

アクラとフリックは昔を懐かしむようにお互いを見つめ合い目を細めた。


「フリック、おぬし今は兵を束ねる身だそうだのう。ここの隊長なのだろう?」

アクラが言った。

「親父が勇者様なもんでね、残念ながら俺の実力じゃあないさ」

フリックがそう返すと、ミーナが口を挟んだ。

「そんなことありません!フリック様は立派に警備隊長の任を務めておいでです!」

ミーナの言葉はお世辞ではなく本心だった。警備隊が高いこころざしを持つようになったのも、皆がフリックに感化されてのことだと知っていたからだ。

「まあ、フリック様が夫に相応しいのは分かりますよ?確かに強いし、優しいし、かっこいいし……。でもフリック様は王族です!簡単にお相手を決められるお方ではないのです」

ミーナがそう説明するが、アクラは納得する様子はない。

「この国のしきたりは知らんが、そんなに無理を言っておるかのう」

頬杖をつき、不満そうに言う。

「まあ俺もそんなしきたりで相手を決める気はないが、まだ結婚などする気もない。まだ若輩の身であるし、女にうつつを抜かしているときではないのだ。悪いがアクラの力にはなれないよ」

フリックにきっぱりとそう言われてしまい、アクラは口をとがらせてねるような顔をした。

「迷惑は……かけんがのう……。それなら生まれた子供の世話はひとりでするし……」

アクラが小さな声でつぶやくように言うが、フリックは答えず席を立つと部屋の出口に向かった。

「親のない身だ、しばらく町に留まるがいい。ミーナ、宿を世話してやってくれ」

フリックはそう言うと部屋を出ていった。うなだれるアクラの肩を、ミーナがぽんと叩いた。

「まあしょうがないわよ、元気だしなさいな。そうだ、今日は私が町を案内してあげるわ」

ミーナはアクラの手を引き警備隊舎を出た。

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