2:勇者伝説

「なんかごめんなさいね、あいつ、失礼しなかった?」

二人になったミーナは、気さくにアクラに話しかけた。

「アクラさん、だっけ。あなた何処から来たの?」

ミーナが尋ねると、アクラは立ち止まって遠くに見える山の峰を指差した。

「山からだ。私はハクラナンの山の民、ハクゥル族のアクラだ」

「へえ……ハクゥル族って、本当にいたのね……」

ミーナは少し驚いたようにそう漏らした。

「ハクゥル族のアクラさん、ベルモナ王国にようこそ。歓迎するわ。あたしはミーナ、よろしくね」

ミーナは正面からアクラを見据みすえると、にっこりと笑って握手を求めた。

「こちらこそ、よろしく頼む」

アクラがそれに応え手を取ると、ミーナは背をかがめて、頭一つ小さいアクラの顔を覗き込んだ。

「あなた山暮らしとは思えない肌の白さねぇ、それにすごく可愛い顔してるわ!髪の毛もサラサラだし……同じ赤毛だけど、私のくせっ毛とはえらい違い!」

ミーナは笑いながらそう言って自分の頭をぐしゃぐしゃと掻いた。アクラは思わずぷっと吹き出した。この国の人間はみんなこうも馴れ馴れしいものなのだろうか、と思った。しかしミーナの気さくな態度は不快なものではなかった。どこか友達に似ているな、とアクラは思った。

「ありがとう。ミーナ殿も、とても素敵だ」

アクラは笑顔でそう言った。実際ミーナは魅力的な人物だった。美人、というほどの容姿ではないが、鍛えられた体と日に焼けた肌は健康的で活力を感じさせ、の良い性格で男女を問わず人気があった。もっとも警備隊内では、男勝りな性格とその腕っ節で恐れられてもいるのだが。

「ふふっ、ありがと。そんなかしこまらないで、ミーナでいいわ」

「分かった、自分もアクラでいい」

二人はお互い顔を見合わせて微笑んだ。初対面の人間とすぐに打ち解けてしまうのも、ミーナの魅力のひとつだった。


ミーナはアクラを警備隊の隊舎の一室に案内した。アクラを椅子に座らせ、自分は水差しを手に取り、コップに水を注ぐ。

「それで、フリック様を訪ねて来たんだってね。お知り合い……じゃないよね?」

ミーナは水を差し出しながらアクラに尋ねた。

「いや、昔少し縁があってな。しかし勇者の息子とは知らなんだ」

フリックが山の民と交流があったなど初耳だったので、ミーナは少しいぶかしんだが、とりあえず話を続けることにした。

「この国に伝わる、『勇者伝説』ね」

「そうだ、先ほどの男からも、その話を聞くところだったのだ」

「分かった、じゃあまずその話をしましょう」

ミーナはそう言ってアクラの向かいの席に座り、語り始めた。


「二十年前この国はひとりの魔人に襲われたの。それを撃退したのが……」

ガタン、と椅子を蹴ってアクラが立ち上がった。

「魔人が……人の国を襲ったのか!?」

アクラが驚愕きょうがくするように言った。人間が山で生活しようとしても、他種族に対し好戦的なオークなどの亜人がそこに住んでいれば、それは困難なことになる。しかし魔人の住む山には、そういう種族は魔人を恐れ寄り付かない。そういった理由で山の民には魔人信仰があり、アクラも魔人をあがめているのだろう、とミーナは思った。

「そうね、一般的には魔人は無闇に争うことをしない、他種族に興味を持たない孤高の種族と言われているわね。この国でも、昔はそう考えられていたでしょう。でも実際この国は魔人に襲われ、それ以来ここでは魔人は忌み嫌われる存在なのよ」

ミーナは厳しい顔でそう返した。

「そうなのか……」

アクラはすとんと椅子に座ると、暗い表情でうつむいた。


「話を続けるわね……国を襲った魔人は『魔王』と呼ばれたわ。その魔王を撃退したのが、旅の武芸者だった勇者様と、不思議な力を使う旅の巫女みこ様。二人は別々に、たまたまこの国を訪れていたのだけれど、力を合わせて魔王を撃退し、最後は巫女様が命と引き換えに魔王を『封印』したの。以来この二人は国を救った英雄、『勇者』様と『聖女』様として、この国で崇められているの」

「不思議な力?」

「魔王を封印した聖なる光のことね。なんでも……体が金色に輝いて魔王の魂を大岩の中に封じ込めると、巫女様と魔王の体はちりとなって消えた……とか」

「魂の封印……。奇妙な話だのう」

アクラはピンと来ない様子で首を傾げた。

「それでその勇者の息子が、フリックなのだな」

「ええ、そうよ。勇者様は魔人を撃退した褒美として、この国の姫を妻にめとられた。そして生まれたのがフリック様ってわけ」

「この国で一番強いのはフリックだと聞いたが、勇者である父親の力量をも超えておるのか?」

アクラの問いに、ミーナが答える。

「勇者様が当時どれだけの力をお持ちだったかは私にはわからないけど、その魔人との戦いで脚を悪くされてね、今はもう満足に戦えるお体ではないのよ」

「そうであったか」

「でも、フリック様の実力は本物よ。荷馬車を護衛したときなんか、襲ってきたオーク五匹をあっという間に切り伏せたんだから!」

ミーナは誇らしげにそう言うと、その時の情景を思い出し顔を上気させた。アクラもまた、腕を組んでふむふむと何やら納得した様子だった。


「ミーナはフリックを好いておるのか?」

唐突にアクラにそう言われ、ミーナは目を丸くして言葉に詰まった。

「……えっ、いや、その……。ま、まあ尊敬はしているわ!私たち警備隊を束ねる大隊長ですしね!」

頬を染め、横を向く。

「ほう、若くして兵を束ねるとは、立派だのう」

アクラはうむうむと満足気にうなずいた。

「それでフリックは何処どこに?」

アクラがそう言うと、ミーナは廊下に出て兵士の一人を呼んで何か尋ねると、アクラのもとに戻り言った。

「お城での用事が長引いているみたいで、お戻りになるのは夜になるそうよ。私も今日は隊舎に泊まるから、アクラも一緒にここに泊まっていくといいわ。明日になったらフリック様を紹介してあげる。アクラも疲れているでしょうから、今日はもう休みなさい」


ミーナはアクラを寝室に案内した。アクラが仰々ぎょうぎょうしい革のグローブとブーツを脱ぐと、すらりとした手足があらわになった。顔と同じく山暮らしとは思えぬ白い肌をしていたが、細いながらも肉付きはしっかりとしており、そこは狩猟民族を思わせた。

「ちょっと服が小さいんじゃないの?」

ミーナはアクラの胸部をしげしげと見つめて言った。そこには少女らしい顔には不相応に大きな胸が、服をはち切らんばかりに主張していた。

「そうか?平気だが」

アクラはそう答えるが、ミーナには女性らしく成長した体に服が置いていかれているように見えた。おそらく最近になって急速に女性の体へと成長したのだろう。よく引き締まった体と、女性らしい丸みを帯びたフォルムが絶妙のバランスで同居しているかのようなアクラの身体に、同性であるミーナも思わず見惚みとれてしまう。髪をかき上げるアクラの胸元で、ペンダントの赤いクリスタルがきらりと光った。

「きれいなクリスタルね」

ミーナがそれを見て言った。

「母様の形見なんだ……」

アクラはそう言うと、いとおしそうにクリスタルに手を添えた。


やがて夜が更け、アクラとミーナはベッドに入り横になった。しばらくしてアクラはむくりと起き上がり、横のベッドのミーナを見た。ミーナはすやすやと寝息を立てている。アクラは静かにベットから下りると、そっと部屋を出て行った。


アクラは隊舎の廊下をそろそろと歩き、やがて「警備隊長室」と書かれた扉の前にたどり着くと、ドアノブに手をかけるが、扉には鍵がかかっていた。アクラは廊下の突き当りまで行き、そこの窓を開け身を乗り出すと、驚くべき身軽さで外壁をつたい、窓からその部屋に侵入した。暗い部屋の中には誰もいない。アクラは髪を解いてベッドに腰掛けると、おもむろに着ている服を脱ぎ始めた。身に着けているものを全て脱いで裸になると、シーツを身にまといベッドの上に座り、じっと時を待った。

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