1:一番強いのは誰だ
ここは人間と
知性と調和に
これら数ある亜人の中で、圧倒的な力を持つ種族がいた。それは魔人と呼ばれる者たちである。強大な力を持ちながら、山の奥深くで他種族と関わることも、争うこともなくひっそりと暮らしていた魔人は、孤高の種族として他種族から
人間族にも、その長い歴史の中で魔人に遭遇したという伝承がいくつか残っている。そのどれもが、災害から救われた、遭難者を救った、部族間の争いを収めたなど、窮地に現れる神の如き逸話である。だが、魔人は滅多に人前に姿を見せず、未だ謎多き存在であった。
湖のほとりにあるベルモナ王国は、国王の住む城とその城下町から成る小さな国である。今から二十年前、この小国を突如として魔人が襲った。魔人は、オーク(獣人)などの人間に対し敵対心を持つ亜人を従え、それらの軍勢を持って王国に攻め入った。それまで平和を
現在のベルモナ王国は、魔人襲来の教訓から、町の外周は大人三人分ほどの高さの城壁でぐるりと囲われ、町の唯一の入口である門には番兵が立ち、見張り台にも夜通し兵士が警戒にあたっている。もっとも、その後二十年の平和で、いささか
「はあ先輩、今日も暇でしたねえ。朝に行商に行く馬車を見送ったぐらいで、後は立ってただけじゃないっすかあ」
門の前に立つ二人の番兵の若い方がそう
「ヘンリ、お前は魔王が攻めてきた時の恐ろしさを実際に体験してねえからそんなことが言えるんだ。だいたい門番なんてのはな、暇な方がいいんだよ」
「まあそうですけど……。魔王の恐ろしさって、先輩だって魔王が攻めてきた時赤ん坊でしょ?覚えてないでしょう」
「記憶力が良いんだよ……。クソッ、交代遅えな」
先輩の番兵はヘンリの文句を軽口で流すと、門の外から町の中を
「よう!お疲れ、交代だ!」
「遅かったじゃねえか!今日の昼飯は酒場のエリーナちゃんと約束してんだからよ、これじゃギリギリだぜ」
「あ、先輩いつの間に、ずるいっす!」
「そんな訳で俺は急ぐから、警備報告はお前に任せたぜ」
先輩の番兵がヘンリの肩をぽんと叩く。そうして街の中に引き上げようとする彼を、後から来た兵士の一人が制した。
「おい、誰か街道を歩いて来るぞ」
皆がその視線の先に振り返ると、確かにひとり、こちらに向かって街道を歩く者がいた。
「ひとりだな。女……か?」
「なんか怪しい奴だな」
その人影は、ぼろマントを
「おい、止まれ!何者だ、顔を見せろ!」
その者が門まで数歩と近づいたとき、兵士の一人がそう声を上げた。その者は立ち止まると、フードを頭から外し顔を見せた。確かに女だった。
「なんだ、随分と高圧的なのだな」
そう言って不服そうに兵士たちをじろりと
「……美人だあ」
ヘンリが思わずつぶやいた。他の皆もそれには同意だった。赤い髪に白い肌のその娘はとても整った顔立ちをしており、兵士たちはその美しさに圧倒されるかのように、ぽかんと娘を見つめたまましばらく固まっていた。しかしよくよく見ると娘はまだずいぶん若く、その顔には少女の
「おい!」
娘に一喝され、ようやくヘンリが口を開いた。
「いや、すいません、これも仕事なんっすよ、なにぶん、規則なもんで……」
思わず
「ふむ、よそ者は気軽に町に入れないというわけか。紹介状のようなものが必要か?」
「いえいえ、そんなものは必要ないです。ここベルモナ王国は、敵意のない方の訪問なら、いつでも歓迎しておりますよ!」
娘の問い掛けに、ようやく調子の戻ったヘンリが大げさな身振りで答えた。
「俺はヘンリっていいます。ちょうど門番の仕事も終わったんで、俺が街を案内しますよ!」
ヘンリはそう言って、役得だと言わんばかりに先輩の兵士に目配せした。
「そんな訳で私はこの方を案内してきますんで、先輩はどうぞエリーナ嬢とごゆっくり」
「おい!ちゃんと報告はしておけよ!」
娘を連れ町へ入るヘンリの背中に向け、先輩兵士は恨めしそうにそう吐き捨てた。
町を歩くヘンリと娘を、すれ違う人々がチラチラと振り返るのは、彼女がよそ者だからという訳ではないだろう。美しい娘を連れている優越感にヘンリは鼻を高くした。娘は町が珍しいのか、きょろきょろと当たりを見回しながら歩いている。
「この町は初めてですか?」
「ああ」
ヘンリの問いに、娘は
「そうでしょうね!あなたみたいな美人が前にも来てたら、俺絶対覚えてますもん!」
「そういえばお名前なんていうんですか?俺はヘンリっす!あ、もう言いましたっけ?」
娘の態度にも、ヘンリはめげずに話しかける。
「アクラ」
男の馴れ馴れしい態度にちょっとうっとおしそうに、その娘、アクラはやはり素っ気なくそう名乗った。
「アクラさんかあ、可愛らしい名前ですね!それで、ここには何しに来たんです?」
「人を探している」
「……ご両親とはぐれたとか?」
「そんな子供ではない」
アクラにじろりと
ヘンリはアクラを連れ、町のパブに入った。屋外テラスのテーブルに案内し、店員に二人分の飲み物を注文する。アクラは担いでいた荷物を下ろし、
マントの下、彼女は上半身には肩のない革の服を着ていた。下は同じ素材のタイトな短いスカートで、青白く光を反射するそれは
「……あ、ああ!お腹空いてますよね?何かおごりますよ」
ヘンリはアクラの胸元やふとももをチラチラと盗み見ながら、平静を装うようにそう言った。
「いや、結構だ」
アクラは無愛想に答えると、そんな彼の視線に構うことなく椅子に腰掛け、横を向いて通りを行き交う人々を眺めた。ヘンリはしかたなく一人分の食事を注文すると、アクラの横顔に尋ねた。
「それで、どなたを探してるんですか?」
「強い男だ。この国で一番強いのは誰だ」
アクラはヘンリに向き直るとそう答えた。彼女の意外な答えに、ヘンリは少し
「強い男っすか……まさか親の
アクラはそれには答えず、ヘンリの顔から視線を外しうつむいた。ヘンリは何か訳ありだろうかと思ったが、それ以上追求するのは控えた。まあ、強い男なら心あたりがある。この国の者なら全員こう答えるだろう。
「この国で一番強い男ですって?そりゃあ伝説の勇者の息子、フリック様っすよ!」
「……やはりそうか」
ヘンリの答えに、アクラはうつむいたままふっと微笑んだ。それまでずっと
「ところで伝説の勇者というのはなんだ?」
「ご存じないんっすか?魔王を倒した勇者の伝説。今から二十年前に……」
ヘンリがそう話し始めたそのとき、バン!と手のひらでテーブルを叩く音がそれを
「ヘンリィ~。警備報告もせずに女性とデートかい?」
ヘンリが恐る恐る顔を上げると、兵士の恰好をしたショートカットの
「ミ、ミーナ隊長……」
ヘンリは青い顔で彼女を見上げた。ミーナは若くして警備隊の分隊長の任に就いている。
この国の兵士は三種に分かれる。町を警備し、治安維持に務める「警備隊」、有事の際の戦力である「王国軍」、それに城を守る「近衛隊」である。外の見張りや内の見回りなど、町の治安維持に努めるのが警備隊の仕事であり、現状兵士の中では警備隊が一番忙しく働いていた。二十年前まではそれらの仕事は全て王国軍がまかなっていたが、魔王襲来以降「王国軍」と「警備隊」に役割が分かれ、今は王国軍は
そんな王国軍に頼ることなく、自分たちの力で国の平和を
「いや、まあ、特に報告することもなかったんすよ……。ハハハ……」
ヘンリが慌てて取り
「見ない顔だけど……こちらの方は?」
「えっと……こちらアクラさんです。ついさっき町を訪れまして……。フリック様にお会いしたいみたいっす……」
しどろもどろのヘンリを、ミーナが
「報告すること、あるじゃない」
ピクピクと頬を引きつらせるミーナに、ヘンリはますます顔を青くした。
「分かった、話は私が聞くわ。アクラさん、ご同行願えるかしら」
ミーナが言うと、
「うむ、よかろう」
アクラはそう言って立ち上がった。
「ああ、俺も一緒に……」
慌てて立ち上がりかけたヘンリのもとに、パブの店員の女性が食事を運んできた。
「はい、おまちどうさま」
どん、とテーブルの上に置かれた食事とアクラを、ヘンリはどうしようかといった具合に交互に見る。
「昼飯が済んだら、
ミーナはそんなヘンリに構うことなく、さっさとアクラを連れて通りに出ていってしまった。ヘンリはアクラについて行くのを諦め、はあと溜息をついてどっかりと椅子に座り直した。
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