第3話 黄色い邂逅
申請の受理状況を確認するため、室長のもとを訪れた私は、とある男性へと引き合わされていた。状況の確認だけ終われば、楽しいランチタイムだったというのに、ひどい話です。
「本日からお世話になります。梅原拓也です。よろしくお願い致します」
「天野麻里です。よろしくお願いします」
長身を折りたたむようにして頭を下げ、私へ挨拶をしてくれる男性。なるほど、これならイケメンといわれても納得出来るし、誠実そうな雰囲気をまとっているから、奥さんがいるのもうなずける。ただ、なんだろう、すごく硬そうな雰囲気があるのはなぜだろう? 融通の気かなそうな感じであり、真っ直ぐに物事に当たってしまう感じがする。先入観を持つのは危険だけれど、雰囲気からにじみ出ているものは、事実へとつながるでしょう。
いくつか聞いているプロフィール的には、10歳近く年齢も上であり、市役所の職員となったのも私より早いはずなんだけど――こういう性格なのか、それとも室長の前だからか。どちらにしても、ウチの部署には現在いないタイプの人だね。凄く丁寧な分、距離を感じてしまう。
「梅原君には、天野君のパートナーとして、サポートをお願いするよ。彼女は若いが、当部署の中では優秀だから、色々と学ぶと良い」
「はい、よろしくお願い致します」
私って、優秀だったんでしょうか? そんな扱いを受けたことはないけれど、室長からの評価は悪くないということでしょうか? ただ紹介されただけのはずなのに、別のところで不安が生まれてしまいますね、これは。
とりあえず、私は正式にパートナーを手に入れたことになるし、先輩として仕事を教えなければいけない立場にもなったということ。年齢的には少々開きがあるかもしれませんが、第一印象通りの人物であるのなら、接していく上で、仕事としても困ることはそんなにないはず。
「それと、天野君。午前中に貰っていた聞き込みに関する申請書だが、許可を出そう。梅原君と一緒に、関係者の話を聞いてきてくれ」
「承知致しました」
午前中の内に提出したのは事実だけど、ここまで早く許可が降りたことはなかったはず。室長、今日は暇だったのかな?
どちらにしても、コンタクトを取らなければいけない人物が2人いるので、すぐに連絡を入れたところで今日明日の話にはならない。その間に彼には今回の案件についてと、ウチの部署について説明する時間は確保出来ますね。
今回の案件に限らず、私達が仕事をしていく上で大切なのは情報の収集と選択です。そこから先につなげる技術に重きを置いている職員さんもいますが、それは次のステップとして。まずは、必要な情報を聞き出すことについて、覚えてもらったほうが良いでしょう。そうすれば、私が逃してしまった情報も彼が拾ってくれるでしょう。
「では、あちらの机で今回の案件、現在の状況を報告させていただきますね」
「はい、お願い致します」
体育会系なんだろうか? それとも、ものすごく硬い性格という点に、読み間違いがないのだろうか? 返事は丁寧だし、やる気は感じられるけれど、やはりちょっとやり辛い。真面目な性格と言ってしまえば、その程度のものでしかないし、私が慣れることでしか彼とのコミュニケーションを円滑にする方法はないけれど、ウチの部署に今までいなかったタイプとだから時間がかかってしまうでしょう。ついでに、私以外にも苦手意識を持ってしまう人はいそうだし、パートナーとなる以上はそこら辺のフォローもしていきたいところ。
仕事として考えるのなら、相談者視点から見て誠実さを感じられる人物というのはそれだけで信頼を勝ち得るから、彼自身にどうこう変わってもらうのはマイナスにつながる。真面目だからという理由で、クレームが入るとは考え辛いし、職員側については慣れてもらうしかないのだから、彼に何かを求めるのは間違いだろう。
もっとも、普段から面倒な人達の相手をしている職員ばかりだし、真面目さが目立ったところで案外平気な人の方が多いかもしれませんね。
それにしても、ロクに会話もしていない状態で相手のことを理解しようとするだなんて、私自身の意識はいつもとは違ったアプローチを心掛けているみたい。やっぱり、パートナーとなる相手には、ある程度のことを期待しようとしているのかな? まったく、期待するから裏切られた気持ちになるし、相手に対してマイナス感情を抱いてしまうというのに。経験から学んでいても、その通りには動けないものですね。
何にしても、第一印象が好みではないからという理由で、苦手意識を持つのはただのワガママでしかなく、それを口に出せるほど私は幼くないはず。彼が扱ってくれている通りに、最低限は大人の対応をしなければ、自分の価値を下げてしまうことになる。
「天野さん、情報ってこれだけしかないんですか?」
机の上においてある資料。それだけを元にして案件に対応しろと言われれば、私も同じような質問をしてしまうでしょう。白い部分が目立ってしまうその紙には、吉田さんが記入してくれている情報と、学校関連の情報、相手となる生徒さんの情報程度しか記載されていない。
正直なところ、これだけを手渡された状態で、この案件をどうにかして下さいと言われてもどうしようもない。その程度の情報しか私達には提供されていない。
「そうですね、これだけの情報しかありません。私達の情報源となってくれるのは、相談者だけですから。今回は、吉田さんに記入していただいた内容と、私が聞いているお話程度しかありません。公的調査機関でもなく捜査機関でもない私達は、この噂話程度から始めるしかありません」
情報が足りない、そう言いたそうな顔をしている……えーと、名前なんていったっけ? 天野が私の名前で、市川は室長でしょ。横山は事務員さんだし、和田は隣の席の職員さんで、彼の名前は?
荒井さんだったかな? そんな名前だったような、全然違うような。パートナーとして相手の名前すら覚えていないのは、咎められるべきことですが、準備もしていないような状況で紹介されたんです。困った時に、改めて教えてもらうことにしましょう。
「それでも、今回は少し楽な部類に入りますよ。相談者である吉田さんから、関係者への聞き取り依頼がありましたからね。関係者本人の同意さえあれば、直接話を聞くことが出来ますから」
「俺の許可が出ていることも忘れるなよ。普通、相談者からの話があっただけで、許可を出すことはないんだからな。今回に関しては、制限は設けるがその範囲内であれば、好きに動いてもらって構わない。君達は、相談者の持ち込んだ案件を解決することに尽力してくれ」
私の斜め向かい、つまりは彼の横に座る形になっている室長が、私の話にフォローを入れてくれる。てっきり食堂に行ってしまうものだと思っていたのに、ある程度は付き合ってくれるつもりらしい。まぁ、実際のところは、フォローに来てくれたというよりは、私が先輩として、彼に仕事を教えるものとしての能力があるかを直接見る為でしょう。お世話になっているとは言えども、こんな時にまで特別扱いをしてくれるなんて期待、していませんよ?
私は今までパートナーがいなかったし、正直なところ先輩として仕事を教えた経験なんてない。年齢や立場的に考えれば当然と言われるかもしれないけれど、未経験というのは大きなハンディキャップとなりうる。
今までは自分の考えを見てもらい、修正してもらうばかりだったのに、いきなり指導する側になったのだから、私でも緊張はします。そこに加える形で、室長の監視というおまけまでくっついてくると、もう少し手加減して欲しいなんて甘い考えが出てきてしまう。
私自身、コミュニケーション能力が高い方でもなく、ついでに友達もほとんどいないボッチだ。職場にいればそれなりに喋る機会にも恵まれ、相談者には仲良くしてくれている人もいるけれど、それは必要性があるから口を開いているだけであり、自ら能動的に新しい環境の中に飛び込んでみたり、人間関係を築こうとしたことはないの。そんな人間に多大な期待を寄せたところで、上手に説明することなんて出来ないし、相手が理解出来るような話し方がかと問われればノーと答えることになるでしょう。
そもそも、私のパートナーに年上の男性が選ばれたのはなぜだろう? 現状の相談窓口担当者の中で、パートナーがいないのは私だけではないのだから。もっと年齢の近い方を選んであげた方が、彼の経験的にもプラスになると思うんだけど?
室長の決めた方針に異を唱えるつもりはないけれど、疑問を抱かないほどに信奉するつもりもない。
「さて、内容について説明しますが。今回の相談内容は、高校生の恋愛絡みです。状況として、彼氏が浮気をしている雰囲気があり、その相手が親友のようなので調べて欲しいというものですね」
「そういったことも、受け付けているんですね」
不思議なものを見たかのように、目が丸くなり、私が差し出した依頼内容を読み始めている。相談者の氏名や年齢から始まるソレは、PCに入力してあるデータを出力したものに過ぎず、依頼内容と呼ぶには漠然としすぎており、相談者からの主観からのみで作成されているから理解もし辛い。これについては、記載内容は極力そのまま打ち込むという、ウチのルールに則ったものでしかないけれど、説明資料としては使いにくいことこの上ない。
「読み辛いとは思いますが、本来はこの程度しか情報がないことも珍しくはありません。もちろん、この程度で解決できる案件もあるけれど、まったく改善されない時もあります。調査して欲しいという依頼があり、内容を判断した上でなら今回同様に長期案件として扱っても構わないことになってます」
「女子高生の恋愛相談って、長期案件にする必要があるんですか? 僕からしてみれば、話を聞いただけで解決しそうなんですけど」
確かに、普通に考えればこの程度の内容であれば、長期案件にすることもなく、その場で話を聞けば大体は終わる。解決を望まれていることも少ないし、半数以上は愚痴を聞かされているだけで、長期案件とするだけの意味があるとは思えない。そこについては彼の考え方が正しく、少々大げさに扱っている感じはある。
「今回、この案件を長期としたのはタイミングもあります。1つはあなたがこちらに配属されるので、慣れてもらうための調査。おそらく調べた上で勘違いだったり、早とちりといったもので、どれだけの人が日々を振り回されているかを理解してもらえるはずです。本来であれば、そういったものは窓口に暫く座ってもらって、理解してもらうのが良いんですが、何せウチも人手不足なもので。少しでも早く仕事自体に慣れて欲しいんですよ」
「そうなると、これを長期案件にしてもらったのは、僕の研修の為ということでしょうか?」
研修の為に長期案件への登録。あり得ない話ではないのですが、そういった無駄な対応は避けていかなければいけません。
「研修のためだけではありませんが。そうですね、言葉にして説明するのは中々難しいです」
今の説明だけを聞けば、新人研修の為に本来とは違うやり方を取っているように感じるかもしれませんね。そう感じるの自体は悪くない感性だし、そう捉えてもらえるということは、私としては少し安心出来ます。ほとんどそのままを伝えているのに、時々通じない人がいますからね。荒井さんがそういったタイプだった場合、私が付き合うのも大変そうだったし、パートナーとして信用するのが難しいので、ちょっとカマをかけさせてもらいました。
ウチへ異動になる職員は何らかの問題を起こしています。荒井さんの場合は、性格不一致という予想は立ちますが、事実は分かりませんから。案件の情報をしいれるのと同様に、私にとってはあなたの情報を仕入れていくのも重要なことです?
まぁ、十中八九その生真面目さが変な方向へ発揮され、融通がきかず部署内で軋轢を生んでしまったという程度なんでしょうけれど。異動までさせられるとなれば、目を瞑っていられるレベルではなかく、自分のやり方を譲れない頑固なところがあるのかもしれませんね。そうなると、私のようにルールを軽んじている人間との相性がいいとは思えませんが。室長は何を考えているのでしょう?
もっとも、相性が悪そうな人間同士をくっつけてみて、面白い結果を引き出そうとしているのなら、分からないこともないけれど、室長ってそこまで遊び心があるような人でしたかね?
どちらにしても、今回長期案件扱いにした大きな理由というのは、おそらく荒井さんには理解出来なものでしょう。言葉にし辛いという時点で、感覚的な物だと気付いてくれていればいいですが。どちらにしても、話をしないことには進みませんね。
「女の感とでも呼びましょうか。この案件は放置してしまうと面倒なことに発展しそうで、早めに対応しなければ危険な感じがします。ただの痴話喧嘩程度で終わってくれるとは、私には思えないんですよ」
彼氏が浮気をしているかもしれない。その浮気相手が自分の親友とも言うべき人物で、本人達に事実確認をするのは難しいから、誰かに事実確認をして欲しい。
文章にしてみればたったこれだけのことで、長期案件として扱う理由は特別ないし、荒井さんが納得出来ないのも分かる。けれど、そこにひかかるものがある限り、見逃すのは危険です。
「室長、そんな理由で良いんですか?」
「天野君は、言葉にして伝えようとしていないところがあるからね。梅原君にはまだ分からないかもしれないけれど、他にも理由があるんじゃないのかい? 違和感を感じているから、申請を出したんだろう? 長期案件というのは、気軽に扱うものではないし、天野君から申請書が出てくる頻度は高くないからね。深く追及することなく短時間で許可したのは、そういった理由もあるんだよ」
長期案件に登録するための申請書。これには、案件自体を登録しておくことに加えて、もう1つ今回のように調査に関する申請が出せるようになるという、意味合いがある。もちろん、提出すれば全てが許可されるというほど甘くはないけれど、意思表示をしておくことは大切だから、それなりの数を提出している気がするけれど。私の申請頻度って、高いほうではなかったんだ。普段気にしたことはなかったけれど、みんなそれなりに出してるのね。
それにしても、言葉にして伝えようとしていないところがあるだなんて、酷い言われよう。まるで私のコミュニケーション能力に、問題があるみたいじゃないですか。新しい環境に慣れるのに、ちょっと時間がかかる程度ですよ? そこまで、指摘されなければいけないレベルではないはずです、心外です。
ただ、喋っていないことがあるのも事実ですから、責めたりはしませんけど。ちょっと傷つきますよ。
「それだけで納得しろといわれても、僕は困りますよ。天野さん、僕はあなたのパートナーとなります。可能であれば、天野さんの考えている理由を教えてもらえませんか? 今のままでは、僕には理解出来ません」
喋らない私を責めることなく、なぜ説明することが必要なのかがきちんと示されている。そんな彼の言葉に含まれている意味は、綺麗でいて重い。まったく、室長もやり辛い人をパートナーにしてくれたものですね。素直にお願いされると、断るのが難しい。
「確証がなかったので、言葉にするのはどうかと思っていたのですが。そこまで言われてしまったら、黙っていることも出来ませんね。ここから先の話は、確証が取れるまでは他の方には喋らないで下さい」
出来ることなら、私の胸の内に秘めたままでいたかった。外に出していなければ、伝えていなければ、その考えは存在しないのと同じだから、誰かを傷つけずにすむ。何かの拍子で本人に伝わることもないだろうし、私自身の信用を落とすこともない。
けれど、これからの調査に影響が出るのであれば、私の主張は通らない。全てを話す必要はなくても、分かってもらう為の努力は、すべきですね。
「吉田さんの相談内容、それ自体に違和感を感じる部分はありませんか? そちらに書いてある内容は彼女の記述そのままですが、なんだか可愛らし過ぎると思いませんか? 高校生の恋愛にしては、あまりにも綺麗だと思いませんか?」
彼氏が浮気をしているかもしれない。確証はないけれど、最近は親友と仲が良すぎるように見える。2人を疑いたくはないけれど、自分で聞くのは怖いから、代わりに調査して欲しい。
そう書かれている内容について、どうしてもひかかってしまう。恋愛というものについて、専門家と呼ばれるような知識があるわけではないけれど、それでも違和感がなくならない。今まで持ち込まれた案件の中には類似するものがあるけれど、求められている対応がどのどれとも異なる。
恋愛についてのトラブルは、自分達の間で解決してしまいたいものではないのかな? 友達への相談ならありえるのかもしれないけれど、市役所のようなところの干渉はイヤがるものじゃないの?
「そうですね。親友と彼氏が浮気しているかもしれないのに、遠くから眺めているだけで他人に相談するというのは、変な感じがします。 吉田さんはお嬢様だと書いてありますが、そんなに控えめな子なんですか?」
「実際に吉田さんは大人しい感じの子でしたよ。けれど、相談として聞かせて頂いている内容についても、望んでいる対応についても、綺麗過ぎるんですよね。恋愛というのは、こんな物語みたいに進んだりはしないでしょう? それも、浮気されているかもしれないと危惧しているのに、本人に確認することもなく外の意見を求めるなんて、手順としておかしいと思いませんか? わざわざそんなことをしなくても良いのに、本人に確認するよりも揉めそうなのに、どうしてそんな手段をとろうとするのでしょうか? 私には、彼女の考え方が分かりません」
大人しそうな子であれば、ありえない話ではないのかもしれない。控えめな子であれば、自分では確認出来ないのかもしれない。けれど、それだけで納得しろというのは、無理でしょ。いくら大人しい子だからと、控えめだからと、言われたところで納得は出来ない。恋愛が、綺麗な感情だけで完結するものだとは思えません。
「なるほど。確かに、僕達が確認することになれば、相手も気分が良いものではないでしょうね。探偵に依頼してバレないように調査するのなら分からないことないですが、こんなことをすれば関係が悪化しそうですし。そもそも、僕達が聞きに行ったところで、ちゃんとした話を聞かせてもらえるとは思えないんですけど?」
「そこですよ。調査をしに行っても、素直に応じてもらえる可能性は低いですし、仮に話を聞かせてもらえたとしても、本当のことを話してくれるとは思えません。私達は所詮他人であり、恋愛という閉じた問題を解決するにおいて、適任とは思えないんですよ」
この案件は、私達が間に入ることによって、ややこしくなる未来しか見えない。私達が訪ねることによって、揉めごとが大きくなる未来しか見えない。解決とは、逆方向に向かってしまう。
それなのに、吉田さんは私達の介入を望みました。問題が複雑化することは理解しているはずなのに、第三者へ介入を望んだ。
実のところ、相談したい内容が恋愛相談ではないというオチもありえますが。彼氏を含め、自分の親友を調査してもらいたい時って、どんな時なんだろう? 犯罪にかかわっているようなウワサでもない限り、あり得ない話だとしか思えない。
「それなら、天野さんはどうしてそこまで踏み込むんですか? 複雑になってくると、無駄骨になりそうな気がします」
「相談に着たからですよ。私は相談窓口の担当だから、仕事としても対応しなければいけませんし、単純に頼られた以上は応えたいと思います」
この案件について、違和感をなくす為には話を進めていくしかありません。受けてしまった以上は、仕事として処理してかなければいけない。内容について不透明な部分があるのは、この案件に限らず多かれ少なかれ、いつものことですから。そこについて深く考えてても何も解決しないし、話が前に進むこともありません。だから、今私達が考えるべきは、この違和感を解消する為に、どうにかして彼氏さん達から話を聞きだし、吉田さんの持ち込んだ内容と照合しなければいけない。
「確かに、そうですよね。相談者の依頼に応えるのが僕達の仕事でしたね」
恋愛は感情の塊のようなものだと、本で読んだことがあります。理屈ではないものので構成されており、理論で解決出来るものではないと知っています。だからこそ、仕事として対応するんですよ。そうすれば踏み込むことについて躊躇する必要もなく、相手の感情に引きずられる危険性が減ります。私達はあくまで、相談を受ける立場であり一緒に考える立場です。疑問を感じているなら解決していく立場なのだと、そこをしっかりと把握しておかなければ泥沼化してしまう可能性がありますので。
そんな状態では相談を受けるけるようなことは出来ないし、相談を受けられないような状態であるなら、私達に意味がない。そんな悲しい連鎖には巻き込まれたくないし、自分がその一端になるのもイヤですよ。何の得もありません。
「私達に出来ることを、出来るタイミングでやっていくしかないですから。この後、私は彼氏である佐藤君に連絡を入れてみるつもりです。親友である鈴木さんにも連絡を取って、日程を固めてしまいますよ」
「こちらの話に応じてくれるでしょうか?」
「んー、それは分かりませんね。結局のところ、相手の返答待ちになってしまいますからね。確実といえるものはありませんが、そこは私の交渉力にこうご期待といったところでしょうか?」
交渉と呼ばれるほどのものではないけれど、話を聞かせて欲しいとお願いすることは慣れているから。そこまで苦労することなく、お願いすることは可能でしょう。問題があるとすればその後、本当のことを話してくれるのか、嘘の物語を話しているのか、それを私達がどうやって区別するかになる。口裏を合わせるようなことをされてしまっては、私達が受け取れる情報が偏ってしまうし、そうなっては話しの全容を掴むのは不可能になります。そうならない為には、会話を引き出しやすい場所を指定しなければいけないし、探さなければいけません。書類の上で分かっていることも、実際の形にしようとするとかなりの努力を要してしまうので。
お店としては喫茶店を指定すれば良いでしょう、けれど場所を決めるとなれば学校からそんなに遠くなく、だからといって他の生徒は入ってこないようなところを探さなければいけない。友人が多く、休日のたびに出かけるアクティブな人ならば、そういったお店にも心当たりがあるのかもしれないけれど、あいにくと私にはそういった友人はいないし、心当たりもない。だから、インターネットでの検索サイトに頼ることになるでしょうね。
まぁ、探しながら電話することも出来るし、すぐに変更することも可能だから、そんなに困ることもないんですけどね。
「まぁ、天野君なら大丈夫だろう。コーヒー代くらいなら、経費で落としてもらって構わない。喫茶店を利用するつもりだろう?」
「そうですね、ちょっと調べてお店を決めますよ。相手は高校生ですから、明るめの店が良いんですけどね」
情報が少ないとはいえ、荒井さんには資料を読み込んでもらう必要がある。その上で、仮説を立ててもらうの重要だし、どうせ今日明日にセッティング出来る訳でもない。その間には窓口での業務を覚えてもらう必要があるので、書類への記載の方法なども説明しなければいけないでしょう。
新人さんへの指導というのは、意外とやることが多いですね。これはこれで、骨が折れそうです。
「僕は資料を読んだ後で、類似の相談がまとまっていれば読みたいんですが、ありますか?」
「それは俺が案内しよう。他の職員へのあいさつ回りもしなければいけないしな。天野君、彼を連れて行っても構わんかね?」
「はい、よろしくお願い致します」
荒井さんのことは所長に任せてしまおう。私には私でやるべきことがあるし、私の抱えている案件は吉田さんの件だけではない。何より昼休みが終われば、普通に相談者が訪れるのだから。そちらの対応が出来るようにも、準備しなければいけない。
チャイムはかなり前になっていたから、残り時間は少ないはずだ。手早く食べられるものにして、早めに戻ってこよう。
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