第三十二レポート:調査・探索

 状況がなんとなくわかってきた。人間の中にも魔族に与するものはいるが、そいつらは基本的に魔族に信用されていない。手に入る情報もわずかだ。今回の俺は違う。


 軍勢の確認を終え部屋に戻ると、一緒についてきた海竜人の一人が俺に小さなイヤリングを渡してくる。

 小さな灰色の石のついたイヤリングだ。少し俺の持っている通信の魔導具と似ている。


「つけておけ。キョウメイイシだ。オウがおヨびのトキそれはツヨくフルえる。サイユウセンでハせサンじるがよい」


「……リョウカイした」


 また魔導具だ。渡されたイヤリングを握りしめる。

 俺の様子を海竜人は警戒したように見ていた。一人になれば殺されると思ったのか、その後ろには五人の完全武装の海竜人が詰めている。


 たった五人か。舐められたものだ。


「くれぐれも、ミョウなマネをするなよ。オウはカンヨウだが、それにもゲンドがある。ツギにおマエがオウのメイにハンしたトキ、おマエはこのタイカイのハオウのイコウをシるであろう」


「ココロしておこう」


 海竜人の連中が部屋から去る。俺はイヤリングを目の前にぶら下げ、眉を顰めた。

 海魔ヘルヤールの軍は予想以上に規律が成り立っていた。それだけでも基本脳筋な魔族にあるまじきことだが、それ以上に――魔導具の数が多すぎる。


 魔導具は便利だがそう簡単に手に入るものではない。作るものにも高い技術が必要とされるし、本来ならば魔族が率先して使うものではない。

 人間の生活の中には比較的流通しているが、それも長きに渡る研究と発展の末、だ。それも出力の低い生活用品に限られる。


 だが既にヘルヤールが三つの魔導具を保有していることはわかっている。


 一つ目は秩序神の加護を判別する魔導具。

 二つ目はその加護を持つ者の位置を捕捉する魔導具。

 そして三つ目は――海の魔物を配下に置く魔導具。


 もしかしたら一つ目と二つ目は同じ魔導具かも知れないし、そもそも話自体がブラフである可能性もあるが、それでも警戒して然るべきである。

 ましてやこの魔導具、恐らく量産品なのだろう。性能は高くなさそうだが、連絡手段としては優秀だ。自分一人で殴ればいいという思考になりがちな魔族が思いつくものではない。


 海を縄張りにするヘルヤールがそれだけの魔導具を集めるのは困難だろう。となれば、やはり魔王から与えられたものなのか。

 ゴーレム・バレーでフェルサが保持していた魔導具のことが不意に頭を過る。

 詳細が知りたい。そしてできればそれらをごっそり回収したいところだ。サーニャの実力に期待、だな。


 その時、離れていた気配が再びこちらに戻ってきた。扉を小さく、海竜人が顔を出す。


「そうイえば……カクニンをワスれていた。おマエのツレていたニンギョはどうなった?」


「……」


「チカロウにはいなかったようだ。まさか、ニガしたのか?」


 海竜人が目を細め、俺をじろじろ観察する。


 こいつらの知能を甘く見ていたな。それに気がつくとは……しかし、どう答えたものか。

 今ここでこいつを殺しても何の解決にもなるまい。実際にサーニャはいないのだ。気がついたのがこいつだけではないとも限らないし、これ以上殺しを決行すると問題になりかねない。


 努めて声を平静に保ち、返す。俺は魚人。俺は魚人だ。


「ハナしガいにしている。それがナニか?」


「……ニげダしたらどうするつもりだ?」


 海竜人が牙を剥き出し、ぎりぎり威嚇に見えなくもない威嚇をする。

 攻撃されたら正当防衛で殺してしまおう。最低限の理屈は保てるはずだ。相手は槍、リーチの差は大きいが一対一ならば問題なく圧倒できる。


 俺は殺意を引き絞り、目の前の海竜人に叩きつけた。

 海竜人の肩が僅かに強張る。その鱗に覆われた瞼が大きく開き、俺を睨みつける。


「ありエないな。あれはオレのメスだ。あれがモドってくることは、オレがおマエをコロせることよりもカクジツだ」


「……」


「サンポでもしているのだろう。シンパイはいらない」


「ニンギョはテキであり、エモノだ。ミナがこぞってサガしている、ミつかればただではスまない」


 そんなことは百も承知だ。サーニャは全ての危険を判断した上で俺の指示に従っている。

 今何をしているのかは知らないが、建物内を慎重に探索していることだろう。


 少しだけ手助けをしてやるか。立ち上がり、海竜人に数歩近づく。ハリボテの頭を向け、恫喝するように低い声に威圧を乗せる。


「ならば、ミナにツタえろ。それはオレのエモノだ、テをダしたらコロす、と」


 サーニャの成果次第で俺も行動を変えねばならない。

 これで少しでも彼女の任務が楽になればいいのだが。




§ § §




 周囲の気配に集中しながら、サーニャが細い通路をゆっくり進む。整えられた銀の髪が水の中ゆらゆらと揺れる。耳が魔物の気配を探すべくぴくぴくと動く。


 サーニャの強みの一つはその五感の鋭さだ。生来の資質だけでもその精度は並の人族の数倍から数万倍。だが、慣れぬ海中ではその多くが封じられる。

 まず、匂いが広がってしまいわからない。次に、音の聞こえ方が地上とは少し違う。最後に、触覚も普段とは違う。

 それは些細な違いだ、普通の行動に影響を及ぼすほどではないが、常に感覚を研ぎ澄ましているサーニャからしてみれば違和感に感じられる。


 人魚アーマーにより人魚に扮しているとはいえ、人魚の能力全てを使えるわけではない。いや、使えたとしても戸惑うだけだっただろう。それほどまでに陸上の生き物と海中の生き物は違うのだ。


 手の平をあてて壁を伝いながら脳内でこの場所の地図を作る。既に動き始めて数時間が過ぎていたが、何度も何度も回り道をしたため建物の全容は未だ知れない。


 酷い仕事だ。

 壁に背をつけ、サーニャは一つため息を漏らした。細かい泡が水中を揺蕩う。


 幸いなのは建物内部の兵がそれほど多くないこと。空っぽの部屋がいくつもあり隠れる場所には事欠かないこと。故に数時間もの間、サーニャは見つかっていない。


 不幸だったのは兵の練度。時折横切る魚人の兵はともかく、海竜人の兵の練度はこれまでサーニャが経験した修羅場で出会った戦士達と比較しても遜色ない。


 武器があるならまだしも今のサーニャはほとんど素手――小さな短剣を一本持っているだけである。彼我の戦力差をサーニャは冷静に分析していた。

 不意をつけば一人は問題ないが、複数人だと厳しい。そして、海竜人は最低でも二人一組で巡回している。二人まではいけるかもしれないが、一人に手間取っている間に増援を呼ばれるとどうしようもない。

 本来、深海にあるこの建物に敵などやってくるわけがないのだが、兵たちは油断していない。交わされる会話を聞いて、それがボスの存在故であることをサーニャは知っていた。


 まったく、邪魔をするなんて……ボスは一体、ボクに何の恨みがあるんだ


 外れかけた人魚アーマーの肩紐を元の位置にずらし、もう一度角から通路を見通す。苔むした床にあちこちひび割れた壁は水中であることもあり寒々しい印象を抱かせた。


 下された任務の重要度は理解している。今の自分の成果次第で、人類の命運がかかっているといっても過言ではないことを。勇者のサポートという依頼を受けた時点で覚悟はしていたつもりだったが、いつもさして緊張することなく任務をこなしてきたサーニャでもその任務は少しばかり重かった。


 しかしここまで来たらやるしか無い。銀狼族の中ではボスの命令は絶対だ。サーニャはあくまでハーフであり、人の中で育てられたが、その事実は本能に根ざしている。


 出入り口の把握は出来たが、魔導具の場所がまだ不明だった。獣人の一種であるサーニャにはその気配も察せない。一部屋一部屋、人のいない部屋を虱潰しに探していくしかない。


 一番ありえそうな部屋はヘルヤールの私室だが、その前には常に五人もの海竜人の兵が守っていて近づくことすら出来ない。

 二番目にありえそうなのは宝物庫だが、それらしき部屋もまたしっかりと守られ錠までかけられているのを遠目で見ることしかできない。針金があれば錠自体はなんとかなるので他の部屋を探してみたが、どうやらこの場所は仮の住処らしくどの部屋もほとんど空っぽだった。


 相手が人だったならばともかく、竜人を相手に尋問できる自信もない。


 疲労はともかく、お腹も空いてきた。本当だったらちょっとボスをからかってすぐに戻るつもりだったので食べ物も持っていない。


 一度ボスの私室に戻るべきだろうか……。

 アレスは強い。何よりも彼には武器があり魚人アーマーという金属で出来た防具もある。合流して一度体勢を立て直すのも悪くない案のように思える。

 が、その考えを、まだ何も得ていないという事実が邪魔していた。サーニャにも傭兵としての自負が、プライドがある。出入り口を見つけただけで大きな顔はできない。

 また、アレスとて、情報収集をしているはずなのだ。私室にいない可能性も高いだろう。


 思考を続けながらも慎重に探索を続ける。

 丁度曲がり角を曲がったその時、通路の向こう、一枚の扉の前に佇む海竜人を見つけ、サーニャは身を隠した。


 ――これで三つ目だ。


 この建物の中、警備されている部屋は極わずかだ。

 一番初め、囚われの身の状態でみた玉座の間と牢を除けば、警備のついた部屋はそれで三つ目だった。


 ヘルヤールの私室と宝物庫。そして今目の前にある部屋。


 だが、これまでの部屋と異なり、その部屋の前には警備が一人しかいない。会話もなく、どの扉も意匠が同じなので何の部屋かはわからないが、空っぽの部屋だったら警備する必要もないので重要な部屋なのだろう。

 だがその重要度は今まで見つけた他の二室と比べれば大きく下がるようだ。警備する海竜人の緊張も他の部屋を守っていた者に比べると少しばかり緩んで見える。


 どうしよう。一瞬迷ったが、巡回している兵はいない。一人ならばなんとかなる。リスクはあるが手を出すべきか。時間がすぎれば他の兵士が寄ってくる可能性もあるだろう。


 このまま何もない部屋を探し続けてもジリ貧である。一番怪しい部屋を調べられない以上、手を出すしかない。


 腰から音もなく短剣を抜き、大きく腕を伸ばし筋肉を解す。薄水色の人魚アーマーに包まれた胸元が柔らかく歪み、また元に戻る。


 短剣は投擲用ではない。この距離での投擲は不可能だ。接近戦しかない。

 狙いは喉。サーニャの短剣は業物である。銀狼族の先祖の牙を研がれて作られた短剣は極めて鋭く、鱗に包まれた海竜人でも喉を掻っ切るだけなら容易い。

 彼我の距離の差を見積もる、距離差は十メートル、周囲を警戒している兵の目をかい潜るのは不可能だ。


 油断させて掻っ切る。それしかない。幸いなことに、サーニャは今、戦闘力のほとんどない人魚マーメイドだ。油断を誘うのは難しくないだろう。


 こういうのはラビが得意なんだけどなぁ。


 独りごちながら、前髪を撫で付け目元を隠す。気配を殺し、身を縮め己を小さく見せる。尻尾と耳は隠しようがないが、海竜人には見慣れぬものだろう。

 ラビのやり口はいつも見ていた。真似たこともある。成功したことはあまりないが。


 息を飲み込み覚悟を決めると、サーニャは足音を殺さず、あえてよろめくように通路の前に身体を投げ出した。扉の前にいた海竜人の目が一瞬でサーニャの方に向く。

 尻尾を消沈したように下ろし、見つかったことに気づいていないかのようにフラフラと小股で距離を詰める。


 訝しげな表情をしていた海竜人の表情が険しいものに変わっていく。鋭い声が上がる。


「!? ナンだ!? ナゼ、ニンギョがここにいる?」


 そこでようやく気づいたと言わんばかりに顔をあげる。サーニャの目と、海竜人の竜種に似た目が合う。

 表情を崩し、小さく悲鳴をあげた。周りに気付かれないように。


「ひゃ!? にゃ……や……」


 そのまま後じさり、壁に背をぶつける。絶望したように目を見開き、そのまま崩れ去るように腰を落とす。

 必要なのは声、表情、気配、弱者を装うこと。それが出来ているのかサーニャにはわからなかったが、海竜人は険しい表情のまま距離を詰めてきた。手に握った槍の鋭い穂先がぎらりと輝く。


「ロウバンがノガしたのか? それともノラか? キサマ、どうやってトウボウした?」


「ヒッ……た、助けてッ……」


 普段の声より一オクターブ高い声で懇願の声をあげる。海竜人から距離を取ろうとするが、背中は壁にぶつかっていて、ほとんど動くことは出来ない。


 弱々しく藻掻くサーニャに、海竜人が後数歩の距離まで迫ると、侮蔑するように鼻を鳴らす。

 まるで物でも見るかのような冷徹な目。その槍の穂先ではなく柄の側をサーニャに向け、


「ウゴくな。コウソクする。アバれたらコロす」


 あれ? もしかしていけてる? 技術上がっている?


 油断している。少なくともサーニャが反撃してくるなど微塵も警戒していないようだ。後ろにまわした手が短剣を握っていることにも気づいた様子はない。


 その事実に感動する。種族的な特性の差があるとは言え、今までどれほど訓練をしてもうまく行かなかった技術だ。ラビからはずっとそのことで馬鹿にされてきたのだ。

 もしかしたら無茶ぶりに次ぐ無茶振りでいつの間にか新たなステージに上がっていたのだろうか?

 嬉しくなり、ラビの様子を思い出しながら更に演技を続ける、肩を縮め、胸元を強調するようにして震えるような声を出す。


「ブルブル、怖い、です。わ、私に、触らないでッ! 私は、確かに可愛くてか弱くて人参より重いものを持ったこともないですが、それ以上近づいたら――か、噛み、ますよッ!」


 渾身の演技に、海竜人の表情が一瞬で警戒に染まった。素早い動作で一步距離を取り、槍の穂先を向けてくる。


「キサマ、ナニモノだッ! どこからモグりこんだッ! そのウシろにニギっているモノをダせッ!」


「!? え……何でぇ!?」


 ラビならこんな感じで絶対うまくいくのに。

 今度こそ本当に悲鳴のような声をあげるサーニャの問いに答えず、握られた槍が問答無用で伸びてきた。

 回転しながら凄まじい速度で向かってくる槍の穂先をとっさに回避する。がりがりと壁が削られる音。おそらく避けなければサーニャの顔には風穴が空いていただろう。


「ひっ! 殺さ、殺さないでッ!」


「イマサラエンギをやめてもオソいわッ!」


 槍が薙ぎ払われる。ほぼ一瞬で状況を判断、身を低く伏せるようにしてその一撃を回避する。

 舞い上がった髪の一房が槍の先に引っかかり千切れる。


 ラビなら絶対にうまくいくのに。


 同時に海竜人が大声を上げかけた。


「おいッ! テキシュウだッ! ダレか――ッ!!」


 その喉元を、とっさに投擲した短剣が貫いた。

 本来投擲用ではないが、一メートルも離れていなければ当てるのは容易い。短剣は狙い違わずその鎧に覆われていない喉元を貫いた。海竜人が大きく目を見開き、ごぷりと血を吐き出す。

 目は死神を見ていた、その喉は命が消えかけてもなお叫ぼうとしているが、それ以上声は一言も出ない。海竜人とは言え、急所は人と変わらない。


 待つこと数秒、相手が崩れ落ちるのを見て、サーニャはほっと息をついた。

 幸いだった。戦いに集中されていたら一瞬で殺すのは不可能だっただろう。喉元に突き刺さった短剣をぐるりと無理やりまわし、念には念を入れてとどめを刺す。


 魂を失い転がる死体。色を失った瞳が見下ろすサーニャを反射している。

 サーニャは短剣を鞘に戻し、肩をすくめる。


「ラビだったら気付かれる前に首を飛ばせたのに……」


 耳をすませるが足音などは聞こえない。呼吸を整えながら、死体を引きずり部屋に向かう。

 大声を上げられてしまった。気付かれた様子はないとはいえ、急いで部屋を確かめなければならない。 



§ § §



「何か言いたげだな?」


 ヘルヤールの言葉に、側で直立していた海竜人、ハーゲンがピクリと震える。


 ヘルヤールがまだ海魔として世に名が知れ渡っていない頃から側にいる、ある意味片腕とも言える海竜人の男だ。その問いかけに、ハーゲンが居住まいを正し、恐る恐る口を開いた。


「……いえ。スベてはオウのミココロのままに」


「古くからの仲である。遠慮なく述べるがよい。グレゴリオのことだろう」


 古くより廃れた神殿の奥。作戦室として改造された部屋に、ヘルヤールとその腹心が集まっていた。

 海の魔物を操る術を持つとはいえ、それら操った魔物たちは所詮雑兵に過ぎない。ヘルヤールがもっとも信頼しているのは高い知性と長い歴史を持つ海竜人だ。


 ヘルヤールは王だ。王だが独裁者ではない。魔物を操る力を除いても、ヘルヤールの力は海中では無双を誇る。あらゆる力で最強とされる海の竜をも超える力だ。

 故に、ヘルヤールは配下の言葉を聞く。それは一種の余裕の現れでもあった。


 ヘルヤールの問いに、ハーゲンが深々と深呼吸をして言葉を続けた。


「オソるべきギョジンです。ヤルマルをイッポウテキにコロした。ユダンすればオウのノドモトにカみツくやもしれません」


「それはつい数日前に聞いた」


「オウのチカラはイダイです。しかし、ハツドウまでにショウショウのジカンがかかる。ネンのため、クサビをウちコむべきかと」


 その言葉に、ヘルヤールはその端正な眉を僅かに歪め、肘かけに乗せた右腕を揺らす。

 配下の言葉はもっともだ。現在存在する軍勢を配下に置くのにも、ヘルヤールは長い時間をかけた。だが今回の相手はたった一人だ、数秒あれば操れる。


 しかし、操る力にも弊害はある。


「しかし、あれほどの力は惜しい。力と侵攻……あれほどの魚人だ、ともすれば陸に出る尖兵となるやもしれぬ。操れば万全の力は出せない」


 海中の魔物ならばいい。連中の力は良かれ悪かれ規模の大きさが物を言っている。ただ体当たりするだけで甚大な被害を及ぼせる生まれつきの強者だ。

 だが、グレゴリオの戦法はただの力押しではなく、明らかに技術が混じっていた。ヘルヤールの力で無理やり配下に入れればどれほど力が減じるかわからない。


 半ば熱に浮かされたような声色でヘルヤールが続ける。その目はハーゲンに向いていたがハーゲンを見ていなかった。


「今は少しでも力が必要だ。我が力を海ではなく――陸上にまで及ぼすために。魔王に我が力を示すために。そしてあの小僧にこの海王の力を知らしめるために」


 無礼を許すのは王の度量故だが、決してそれだけではない。

 打算がある。ヘルヤールは勇者だけ見ているわけではない。その先を見据えている。故に、グレゴリオの加入は不確定要素は多かれど、望外の幸運と言えた。


 王の言葉に一つ頷き、ハーゲンが声を潜め、進言する。


「シカり。ヒトつ、アンがあります。グレゴリオにはコシツしているニンギョがおります。それをツカえばチカラをツカわずにクサビをウちコめましょう……」


「ほう……言ってみよ」


 促され、ハーゲンが己の考えを述べ始める。

 勇者を殺し、栄誉を手に入れる。どれほど海を支配しようと、海中という限定された空間でしか力を発揮出来ない以上、その威光は一定以上広がらない。


 勇者を殺すだけではない。あらゆる手法を使う。ハーゲンの言葉に、ヘルヤールが大きく頷くまで時間はかからなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る