第二十九レポート:海の都の調査について

 異端殲滅官はその職務上、敵陣に踏み込むことが多い。だが、仲間として加わったことはなかった。異端殲滅官に殲滅命令がくだされる敵というのは大体自分がターゲットにされていることを知っていて、外部の者に対して強い警戒心を持っているためだ。


 今回の件は特異なケースと言えるだろう。


『では、問題ないんですね?』


「ああ。今のところ、正体が疑われている様子はない」


 誰もいない部屋の中で、アメリアに地上の状況を確認する。どうやら地上側でも特に問題は起こっていないようだ。

 サーニャがいなくなったので、代わりにラビが藤堂達の監視をやってくれているらしい。戦闘担当のようだが、斥候としての適性もある程度持っているのだろう。


 藤堂達は海辺で精霊召喚の練習をやっているらしい。人魚アーマーが出来たらすぐに神殿に挑むだろうということ。

 一番最初、藤堂達のパーティに入った直後は連続で問題が発覚したりしていたが、さすがにもう弾切れらしい。もしかしたら俺の方が慣れてしまっただけかもしれないが、気にしないことにしておく。


「ギリギリまで粘る。藤堂が神殿に入る前に一度連絡をくれ。万が一もう一度海に入ろうとした時も教えてくれ」


『わかりました。……ご武運を。無理しないでくださいね』


「大丈夫だ。今の姿では秩序神に祈ることはできないが、その代わり俺には邪神がついてる」


『…………まぁ、アレスさんがそれでいいのならば、それで……』


 コロス。ヘルヤール、コロス。ユウシャ、タスケル。セカイ、ヘイワニスル。


 通信が切れる。石台に座り、メイスを隣に置き、ため息をついた。


 情報を引き出さなくてはならないが、まずはその方法を考える必要があった。

 ヘルヤールは見た感じ余り警戒していないようだったが、その取り巻きは俺を信頼していない。もしも不自然な情報収集に出ればすぐにその主に忠告するだろう。

 情報を引き出すにはまず奴らから信頼を得る必要がある。牢番を殺した時点で信頼もへったくれもない気もするが……。


 さて、どうするべきか。冷静に考えるとかなり難しいミッションだ。


 海魔本体はともかく、周りはそこそこ賢しそうだった。ずっと俺を睨んでいたし、警戒もしているようだった。搦め手を使おうにも相手は魔物である、感性も違うだろう。通じるか怪しいし、そんな時間もあるかどうか……。

 やはり一番得意な力づくでいくか……竜人共もずっとヘルヤールと共にいるわけではあるまい。バレないようにこっそり消していけばいずれ俺にアクションがあるだろう。たとえ何もアクションがなかったとしても、死んでもらうに越したことはないのだ。


 ……うーん。連中の文化を知らないからな。調べておけばよかったな。殺す手段は昔調べたんだけど。


 眉を顰め唸っていると、部屋の扉がいきなり開いた。海中のせいか、気配が読みにくい。

 目をつぶり気配を覚える。死角から独特のイントネーションの声がかかる。


「オウが、キサマのチカラをカクニンしたいとイっておられる。グレゴリオ」


 なるほど……いい機会かもしれない。


 ヘルヤールの奴は戦士に寛容なようだった。力を見せれば認められる可能性は高い。こちらから持ち出すのは不自然だが向こうからそう言ってくるなら受けるべきだろう。


 立ち上がり、メイスを持ち上げる。入ってきた海竜人の方を見る。


 会ったことのある個体かどうかは判断がつかないがどうやら俺が牢番を殺したことは知れ渡っているらしく、油断のない目が俺を見ていた。

 魚人よりも感情の見える目。しかし、こちらを恐れているような気配はない。


 俺を侮っているわけではないだろう。死の恐怖に打ち勝つ勇猛な戦士は敵にすると非常に面倒である。


 メイスを持ち上げ、ハリボテの目を竜人に向けて宣言した。


「……テカゲンは、ニガテだ。オレ、ジャシンに、センシのタマシイ、ササげること、チカった。ブキをムけるモノは、ミナゴロしだ」


 数を減らせる。うまくやれば公然と敵の数を減らせるぞ。

 俺が暴れればそれだけサーニャの方にも目が向かなくなる。一石二鳥だ。



§



 案内されたのは、石造りの何もない部屋だった。ただ他の部屋よりも劣化が激しく、床や壁には罅や砕けた跡が見える。もしかしたらこういった催しのための部屋なのかもしれなかった。


 部屋の奥には石造りの玉座に腰を下ろしたヘルヤールと、その側近の海竜人がずらりと並んでいた。

 多くの海竜人は門番も着ていた青い鎧を着ているが、中には金属製らしい白銀色の鎧を纏ってる者もいる。恐らく海竜人の兵達の中でも上位の存在なのだろう。


 ヘルヤールは俺が入ってくると、ぱんぱんと手を打って酷薄そうな笑みを浮かべた。


「よくぞきてくれた、グレゴリオ。勇者襲撃の前にお前の力を確認しておかねばと思ってな。いや、私は構わないのだが、確認せねば他の面々が納得しない。王というのは存外、面倒なものでね」


「カマわん。ジャシン、タマシイ、モトめる。ヒトでも、それイガイでも」


 メイスを軽く振って調子を確認する。バッチリである。視界の狭さにも丁度慣れてきたところだ。


 軽く面々を確認するが、海竜人の兵は平均レベルは非常に高いがそこまで突出した相手はいない。俺が人間だったら苦戦したかもしれないが、魚人なのでどうとでもなるだろう。

 ゴーレム・バレーで出会った鋼虎族の男は例外だった。


 ヘルヤールが面白そうな口調で言う。


「邪神、か。グレゴリオ、やはりお前は邪神の信奉者なのか」


「そのトオり、だ。オレ、ジャシンのメイレイ、キく。だから、ここにいる」


 本物も邪神の信奉者みたいな男である。やっぱり偽名使ってよかったな。

 教会でそんなこといったら異端殲滅の対象になりそうな言葉だったが、ヘルヤールは愉快そうな笑い声をあげる。


「くっくっく……海に棲むものでありながら、海の神ではなく邪神に仕えるとは。欲望に従い人魔問わず皆殺しにする戦士……面白いではないか。私の知り合いにも何人も邪神の加護持ちはいるが、お前ほど異質な存在はいない」


 それはそうだ。俺は僧侶なのだから、その知り合いとやらと一緒にされては困る。


 偉そうにふんぞり返るヘルヤールの前に一人の海竜人が出てくる。


 雑魚ではない。使い込まれ鈍く輝く白銀の鎧とヘルムを被った他の竜人と比べて一回り大柄な竜人だ。

 他の竜人よりも流暢な発音で声をあげる。鋭い金の眼光が俺を射抜く。槍も他の者が保持しているものとは異なり、その先端が三叉に分かれていた。


 魚人のリーダーも持ってたな、そう言えば。何かのシンボルなのだろうか。


「オウよ。新入りの力試し、このヤルマルにおマカせください」


「おお、ヤルマル。海神の加護さえ持つお前が出てくれるか」


「あのモノ、戦士とはいえ、フケイにすぎる。このヤルマル、かならずやオウの威光をあのモノに示しましょう」


 ヤルマルとかいう海竜人の言葉に、ヘルヤールが嬉しそうに頷く。


 海神の加護、か。マイナーなので聞いたことはないが、名前からして海での戦闘に補正を掛けるタイプの加護だろう。秩序神や邪神と比べれば大きく格が落ちるが、特定状況で有利になるものだろうか。


 この中では相当、信頼されているのか、他の兵から異論の声は上がってこなかった。

 強い戦士を屠れるのならばそれに越したことはない。仰々しく大きく頷き、メイスを撫でる。


「カイジン……スバらしい」


 場が静まりかえる。ヤルマルの威圧感のある眼光、ヘルヤールの意外そうな表情。

 俺は邪神の使徒っぽい雰囲気を出す方向で演技した。


「おマエのタマシイ、ササげれば、ジャシンもおヨロコびになられるだろう。おマエのタマシイ、ルシフのミモトで、エイエンに、クルシみ、ユエツをササゲるのだ」


「!?」


 俺の言葉に、竜人達が顔を見合わせる。まるで悲鳴にも似た騒々しい声をあげた。


「なんとオゾましい! ジャシンとはそこまでツミブカいものなのか」


「キいていたハナシとチガうぞ!! チカラをアタえてくれるだけではないのか!?」


「チュウセイをチカう、あのギョジンも、オゾマシい! ミよ、あのマガマガシいスガタ、イノチのホウソクにハンしている!」


 俺もそんな話、聞いたことがないが、それで邪神の敵が増えるのならばそれはそれでいいだろう。

 竜人達の多くが騒然としているが、ヤルマルだけは違った。堂々とした所作で俺の前に立つ。


「お前のそのゴウマン、ワタシが砕いてみせよう」


 正しい姿だ。戦場で動揺は大きな隙になる。どうやら戦闘技能だけでなく、精神も優れているらしい。

 ヘルヤールの信頼を得ているだけのことはある。抱いていた評価を上方修正する。


 万全の状態ならばともかく、補助魔法が掛けられていない状態では苦戦するかもしれない。海神の加護の詳細もわからない。


 仕方ないな……負ければどうなるのかもわからない。


 一秒で結論を出し、まるで歓喜するように腕を上げて叫んだ。グレゴリオの姿を思い浮かべ、それを真似する。


「おお、ジャシンよ、イマアナタにシンセンなタマシイをササげます。このグレゴリオに、チカラをおアタえクダさいッ!! 『一級筋力向上フル・ストロング・アド』」


「!?」


 順番に神聖術の付与バフをかけていく。赤、青、黄、緑。様々な色の光が溢れ、力が漲ってくる。

 どうせこいつら海の底で過ごしてるんだし、神聖術なんて見たことないだろう。


 光はすぐに消え、体表が微かに光る程度に収まる。


「ナンだ、あのワザは!?」


「これも、ジャシンの、カゴなのか……!?」


 俺の目論見が当たっていたのか、それとも仰々しい演技が功を奏したのか、竜人共の間にはこちらを訝しむ様子はない。ヘルヤールが目を見張っていた。


 さすがにこの光景は予想外だったのか、ヤルマルが一步後ろに引き、険しい声で問いかけてくる。


「おマエ……まさか……マホウツカいか!?」


「クモツになる、おマエに、コタえるつもりはないッ!」


 合図もせず、俺は先手必勝で襲いかかった。

 全身に漲る力を地面に流し込むかのように床を蹴る。その頭を吹き飛ばすつもりで大きく振りかぶったメイスに、しかしヤルマルはちゃんと反応してみせた。リーチの長い三叉の槍がメイスとぶつかり合い火花を散らす。

 そのまま押し切れると思ったが、強い衝撃が手元を襲った。


 メイスの頭と三叉の槍がぶつかり止まっていた。だが力は拮抗していない。

 表情こそわからなかったが、ヤルマルが震える声で言う。


「く……この、チカラは……ッ! ギョジンのものじゃないッ!」


「ジャシンに、エイコウあれ」


 メイスに入れる力を増す。ヤルマルは両手で槍を握っていたが、力の差は歴然だった。

 一撃で押しきれなかったのは恐らく海神の加護の補正によるものだろう。じりじりと押し込まれ、ヤルマルが後ろに下がる。


「くくく、ワがカミもおヨロこびになる。オソれることなかれ、アンソクこそないが、おマエのタマシイは、エイエンにワがカミのモトでイきツヅけるのだ。コウエイなコトだ」


「ッ……バケモノめッ!」


 ヤルマルが絶妙なタイミングで横に跳び、メイスを回避する。そのまま後ろに下がり体勢を立て直そうとするが、逃がすつもりはない。押し切る。

 逃げるヤルマルを追う。強く踏み込み、連続でメイスを放つ。ヤルマルが必死に槍でそれを受け流す。身体能力の高い種族は自分よりも力の強い相手との戦闘経験に乏しいので楽でいい。


 視界は相変わらず悪かったが、精神を集中しているためかそれとも慣れたのか、死角からくる攻撃もはっきりわかった。


 注意すべきは両腕、その手に握られた三叉槍、足、そして――その伸びたしなやかな尻尾。サーニャのふさふさの尻尾と違って。なまくらな刃物くらいなら容易く弾く鱗に包まれたものだ。


「なんだ、あれは! ヤルマルドノが、おされてる!?」


「シねッ! シねッ! シねッ! シねッ! シねッ! シねッ! シねッ! シねッ! シねッ! シねッ! シねッ! シねッ! シねッ! シねッ! シねッ! シねッ! シねッ! シねッ! シねッ! ワがカミのためにッ! ふははははははははっ!」


 下方から突然飛んできた尻尾による一撃を一步下がり回避する。ヤルマルの表情が僅かに歪む。

 攻撃を回避されたことで生まれた僅かな隙。メイスを大きく振り上げ力を込める。防ごうとする槍ごとその頭を叩き潰せるように。


 瞬間、時間が千切れた。一瞬一瞬がまるで数秒数分のようにも感じられる。呼吸も、水の流れも、ヤルマルが目を大きく見開くのもはっきり見える。その目には最後まで恐怖はなかった。

 メイスを振り下ろすその瞬間、ヘルヤールの声が響き渡る。


「双方、手を止めよ! そこまでだッ!」


 ヤルマルの目が緩む。俺は気にせず、そのままヤルマルを叩き潰した。

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