英雄の唄③
ユーティス大墳墓地下一階。
最初に探索した際は強烈な恐怖を感じた、肌を撫でる冷たく湿った空気も暗闇も、既に藤堂にとって慣れきったものとなっていた。
通路を歩くその足取りは軽く、自然体だ。肩にも力が入っていない。前を見ながらも、何時も通りの口調で話しかけた。
「いやー、しかし予想外だよね……スピカがあんな事言うなんて」
「そうですね。まぁ……彼女自身がそう言うのならば致し方ないでしょう」
藤堂の後ろを歩いていたアリアが答える。その足取りもまた藤堂と同様に乱れを感じさせない。
「でも、心配よね……大丈夫かしら?」
リミスの声と同時に、天井近くを滑るようにレイスが近づいてきた。それは、藤堂を発見し一気に速度を上げ、覆いかぶさるように襲いかかってくる。
絶望と怨嗟を感じさせる昏い表情。それと共に、空気が一層冷える。声一つなく襲いかかってきたそれに対し、藤堂は――
「まぁスピカなら大丈夫だよ、きっと」
――軽口を叩きながら、慣れた動作で聖剣を抜き、あっさりとそれを両断した。
クリティカルヒットだったのか、悪霊が絶叫を上げる間もなくあっさりと消える。
あまりにも鮮やかな動作、視線を向ける事もなく葬って見せた藤堂に、リミスが思わず目をぱちぱちさせる。
「……やるじゃない。ナオ、そんなに簡単に倒せてたっけ?」
「? ……あー……そう言えば」
リミスの言葉に、藤堂は初めて気づいた。
身体が――動く。三日間の強行軍を終えたその直後よりも遥かに円滑に。
千体のアンデッドを倒した後にも頭の奥底に残り火のように燻っていた『恐怖』がいつの間にか消え去っていた。今いる場所がどのような場所なのか、忘れてしまう程に。
手の平を開閉させ、藤堂が眉を潜め、首を傾げる。
「……そういえば、私も調子がいいな」
アリアもまた同様に、不思議そうな表情で呟くと、剣を抜く。そのまま、地面を軽く蹴った。
進行方向近くを、緩慢な動作で動いていた一体のリビングデッドに一瞬で接近、流れるような動作でそれを袈裟懸けに切り裂く。
腐臭を感じる。そのおどろおどろしい表情が見えないわけでもない。呻き声が聞こえないわけでもない。
だがしかし、アリアには何の感情も生じない。
刹那の瞬間にリビングデッドが消滅し、あっけなく魔結晶が地面に落ちる。軽い動作でそれを拾うと、アリアは剣の刃をじっと見つめた。
「不思議だ……身体が軽いな。何かあったか? レベルが上がったわけでもないし……」
「うーん……でもまぁ、スピカ抜きでも大丈夫そうだね」
スピカが藤堂達に一時パーティの脱退を申し出たのは昨日の事。
本来ならばもう潜る必要のない大墳墓に再び潜入したのは、スピカ抜きでもアンデッドと戦えるか確かめるためだ。
しかし、結果ももう出た。
調子がいい。それも、スピカがいた時よりも遥かに。
「? 全然……怖くないぞ……?」
「……ナオ、何か変なものでも食べた?」
失礼な事を言うリミス。だが、それもまた無理もない意見だ。今の藤堂を見て、リビングデッド一体に右往左往していた姿を想像する者はいないだろう。
かたかたという独特の足音が反響する。藤堂は剣を収め、恐怖の欠片もない眼をその音の方向に向ける。
そして、軽く祈った。敬虔に、闇を撃つ光の矢の奇跡を。
「『
秩序神はその加護の持ち主の祈りを無下にしない。
光の矢が出現し、即座に射出される。煌々と神聖な輝きを持つ矢は闇を切り裂き、未だ闇の奥、音のみで姿すら見せていなかったウォーキング・ボーンの頭蓋に突き刺さった。
音もなくアンデッドが消える。驚いたようにアリアとリミスが目を見開く。
初めて使った退魔術に、しかし当の本人に喜びはない。喜びの代わりに、納得が言ったかのようにぽんと一度手を打った。
「あー……わかった」
「? 何がわかったの?」
リミスの疑問に、藤堂が顔を向ける。
むず痒いような、あるいは苦笑いのような微妙な表情。旅を開始した際と比べて、すっかり伸びてしまった前髪を掻きながら言った。
「リビングデッドよりもレイスよりも……グレゴリオさんの方が怖かったからだ」
「ああ……」
アリアもまた、喜んでいいのか悲しんでいいのか、微妙な表情で納得の声を上げた。
怨嗟に悲哀。殺意に絶望。アンデッドの持つ恨み辛みなどグレゴリオの全てを飲み込むような狂信と比較すればどれだけ軽い事か。
本来比較出来るような類のものではないが、同時に――より強力な恐怖を味わった今、アンデッドの纏う闇などなんでもない事のように思える。
リミスが呆れたようにため息をつく。
「あんたたちねぇ……」
「ま、まぁグレゴリオさんも――ただ試すだけで殺す気はなかったって言ってたし」
「……今思い出しても、あれは絶対に殺す気だったと思いますけどね……私は」
死ぬかと思った。
意識が落ちる寸前、二度と目を覚まさない事を確かに藤堂は覚悟した。
が、結果的に目を覚ました藤堂を待っていたのは飄々としたグレゴリオだった。
傷は全て癒え、疲労も消え去り、予想外の状態に戸惑う藤堂に掛けられた言葉を、藤堂は決して忘れる事はないだろう。
「『力なき正義に意味などない』、か……」
「発破をかけるにしてはやり過ぎだと思いますが……」
アリアが難しい表情で唸る。
急に様子を変え、襲いかかってきたグレゴリオはとても演技には見えなかった。だが、気絶から目を覚ましたアリア達を待っていたのは様子を一変させたグレゴリオだ。アリアも藤堂も、リミスも意識を失っていたらしく、その間の状況を語るものはいない。
グレシャにも一応尋ねてみたが、何も語る事はなかった。
藤堂が小さく息を吐き、決意の篭った声で呟く。
「……まぁいいさ。全てを糧に力をつければいいだけの話だ。今回の事も……いい勉強になったよ」
「まぁ、そうね……」
藤堂の言葉に、リミスもアリアも同意する。
力をつける。世界を救うだけの力を。魔王を討伐するだけの力を。
あまねく世界の神々が藤堂直継に加護を与え、魔王を倒すだけの力を与える。
例え、その未来に如何なる苦難が待ち受けようとも、やり遂げねばならない。
グレゴリオの奈落を思わせる眼を思い出し、藤堂が唇を噛む。
グレゴリオに容易く打ち払われた、その光景を思い出し、とアリアが剣を握る手に力を込める。
リミスが軽くため息をつき、肩に乗ったガーネットに視線を向けた。
「……スピカに負けないように頑張りましょう」
「そうね……でも、本当に大丈夫かしら?」
リミスが心配そうな眼で、ユーティス大墳墓の奥深に目を凝らした。
その先にスピカがいるわけではないとわかっていたが、そうせざるを得なかった。
真面目な表情でメンバー全員を集め、頭を下げたスピカの真摯な眼。断る事はできなかった。
藤堂達にはとても断る事ができなかった。
「パーティの役に立てるように、しばらくグレゴリオに弟子入りしてきます、なんて」
藤堂が苦笑いで、ただ少女を思う。
「……祈るしかないね」
「大人しそうに見えて、けっこう無茶しますよね……彼女」
「そうね」
「お腹すいた」
踵を返す。
頻繁に襲いかかってくるアンデッドを、墳墓に満ちる瘴気を切り抜けながら、藤堂達は地上に向かった。
だが、藤堂は確信していた。例え先に向かっていたとしても、スピカが確実に追いついてくる事を。
【NAME】藤堂直継
【LV】29 (↑UP)
【職業】聖勇者
【性別】女
【能力】
筋力;あまりない
耐久:あまりない
敏捷:そこそこ
魔力:かなり高い
神力:少しはある (↑UP)
意志:かなり高い
運:ゼロ
【装備】
武器:聖剣エクス(軽い。振り回せる)
身体:聖鎧フリード(凄くきつい)
盾:輝きの盾(罅が入っている)
【次のレベルまで後】79222
【特記】
アンデッドも平気
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