第十三レポート:さりとて宿命はその手にあり

「昨日は悪かったな……」


 安っぽい木で出来た、宿の受付に立つ従業員に声をかける。

 部屋も勇者と一緒に泊まった宿と比較すると遥かにグレードが低かったが、エントランスも値段相応に古びていた。

 清掃は定期的にきちんとなされているのだろう、清潔感こそあれど、しかし木造のその建物の経年劣化は隠し切れていない。


 だが、ここは魔物狩りの村、需要はかなり高いのだろう。

 まだレベルが低く、寝床に高い金を使えない傭兵たちの姿が、併設されている食堂兼酒場に屯しているのが見える。

 

「いえいえ……大分顔色の方もよくなったようで……」


 俺の言葉に、ブラウンの髪をした少し痩せた女従業員が苦笑いで答えた。

 やはり昨日チェックインした時に顔を覚えられていたらしい。


「……そんなに顔色、悪かったか?」


「……ええ、まぁ……教会から僧侶プリーストを呼ぶ必要があるか迷いましたね」


「……そうか」


 僧侶プリーストのために僧侶プリーストを呼ばれてちゃ世話ねえな。


 袋から財布を取り出し、小金貨……一万ルクス硬貨をカウンターにぱちりと置く。宿屋は基本チェックイン時に代金を支払うルールで、ここの宿代も昨日払ったが、これはまた別口だ。

 金持ちなわけでもないが、俺には勇者に預けられた準備金がなくとも、教会から別口で給料が与えられている。


「部屋のグレードが高かっただろう。差額だ。釣りはいらん」


 一般的に、安い部屋に浴室はなく、シャワー付きの部屋は普通の部屋よりも高い。

 いくら高いかはわからないが、一万ルクスよりも高いという事はないだろう。

 従業員が、差し出した薄汚れている小さな金貨を見て、明るい茶色ブラウンの眼を丸くする。


「……いえ、ちょうど部屋が開いていたので……」


「なら、チップ代として取っておけ。夜中に騒いでしまったしな」


 さすがにあれで宿の評判が落ちるような事はないと思いたいが。


 視線を金貨から俺に移し、戸惑うような笑みを浮かべる。

 ちらちらとその視線が俺の左耳を捉えている。


僧侶プリーストを救うのはアズ・グリードの信徒として当然です」


 教義は末端にまで浸透している。

 ただし、その教義をどう捉えるかは人次第だ。粗雑に扱う者もいれば助けてくれる者もいる。経験的には半々といった所だろうか。


 従業員の少しこけた頬に視線を向ける。


「信徒を救うのは僧侶プリーストとして当然の義務だ。俺は金がある。あんたはもう少しちゃんと食事を取った方がいい」


 貸しは作っても、借りを作るつもりはない。

 それは俺の刃を鈍らせる。これはビジネスだ。追加でサービスを受けた分を支払うくらいの金は持っている。


「は……はい。ありがとうございます」


 視線に圧されたように、従業員がゆっくりと、細い指先で金貨をつまみ、それをカウンター内の箱の中に入れた。

 この従業員は恐らく雇われただけだろう。チップだというのに懐に入れないその行為を美徳というべきか否か。


 いずれにしても、行動はいつか結果として返ってくる事だろう。

 赤の他人の俺がつべこべ言うような事ではない。





§§§





 食堂の席に着き、酒と軽食を頼む。


 魔物狩りは基本的に一人で行うものではない。傭兵たちは各々、固定のメンバー、パーティを組んで行動する事になるが、まだ固定のメンバーを作っていない新米のハンターはコネや実力、あるいは大規模な傭兵団の面談を経てパーティに参加する事になる。

 一度パーティを作ってしまえば、コミュニケーションを高める意味もあり、その集団で同じ宿を取ることになる。食堂内にはもうとっくに日が登っているにも関わらず傭兵たちが何グループかいたが、一人でいるのは俺だけだ。


 勇者のパーティに入っていた時には酒は断じていた。

 思考の僅かなぶれが及ぼすあまりにも大きな影響を考えると、勇者パーティでその娯楽を嗜むのは効率的ではない。


 運ばれてきた波波と満たされたゴブレット。琥珀色の液体に唇につける。久方ぶりの酒は、何故か味がしなかったが、発生した熱は思考に景気をつけるに十分だ。

 一息に注がれた全てを嚥下すると、追加を頼んで、俺はようやく袋の中から通信用の魔導具を取り出した。


 昨日はこちらから強制的に切断してしまった。イヤリング――金の細工の中心に埋め込まれた黒の石が僅かに白んでいる。

 基本的に魔導具は魔力を込めなければ発動できない。やや薄白く変色したそれは、教会側から通信が来ているという証拠だった。


 切断したままだと教会からメッセンジャーが派遣されてくるかもしれない。一度ため息をつき、イヤリングを右耳につける。

 ほぼ同時に、通信が復活したのを感じた。乾いた唇を舐める。


「アレスだ」


「!!」


 目に見えなくても伝わってくる動揺の気配。

 続いて、いつも通りの冷たい女の声――交換手オペレーターの声が返ってくる。

 だが、その声はいつもより心なしか乱れていたようだった。


「……ああ。無事でしたか」


「無事じゃないが、まぁ何とか生きているな。昨日はいきなり悪かった」


「体調は復調したようですね。問題ないようで何よりです」


 謝罪に対して返ってくる言葉短な返答。

 効率的。効率的だが、心配をかけたのは確からしい。いつもなら二言三言の会話すらないのだから。


 俺は再び運ばれてきた、ただ強いだけの酒を舐め、思考に油をさす。


 問題ない? 問題だらけだ。

 もう俺には関係ないとはいえ、その問題は消えていないのだ。

 あの藤堂直継のパーティに命運がかかっているという問題は。


「枢機卿に代わります」


 通信が切り替わる。

 意識も切り替わる。周りの食堂の喧騒ももはや気にならない。


「アレスか。無事だったようだな」


「ああ。まぁ、状況はあまり芳しくないな」


 聞こえてくるクレイオの声色はいつもと何一つ変わらない。

 俺を推薦した奴にとって、俺が首になるというのは大事件なはずだが、微塵も見せない動揺は流石、海千山千の教会上層部で生き抜いてきた男というべきか。


「オペレーターから聞いていると思うが、勇者パーティを追い出された」


「ああ、聞いているよ。全く、面倒な事をしてくれた……くっくっく、プリーストが勇者に追い出されるとは……前代未聞だ」


 押し殺した笑い声からはしかし、愉悦の感情は伝わってこない。

 黙ったまま言葉を待った。やがて、クレイオが一言問う。


「アレス。今の藤堂直継で魔王は倒せるか?」


「冗談だろ? まだレベル30にもなってないんだぞ? 前回報告した通り才能はかなり高いが、魔族と戦うには絶対的に自力が足りてない。自殺行為だ」


 俺達がここ十日あまりで倒したあれは『獣』である。

 俺達の倒すべき相手は獣ではない。人と同等以上の知性を持つ悪魔だ。そもそものステージが違う。まだ前座すら終わっていないのだ。

 そして、一刻も早くレベルを上げなければ相手は上位の魔族を局所的に派遣し、一気に勇者を殺そうとするだろう。


 召喚の儀式を察知されたとしても、勇者の場所がすぐにバレるわけではない。

 むしろ、バレないように人間側でも勇者の存在はごく一部の上層部を除いて秘匿されている。


「今、勇者のパーティには僧侶がいない。見つけるまでレベル上げをするなとは言ってあるが、すぐに代わりを見つけられるとも思えない。一刻も早く代替の僧侶プリーストを派遣してくれ」


 特にまずいのは回復役の僧侶が不在という事実。

 これがアタッカーである魔導師ならばまだ他の攻撃職で代替できた。剣士ならば代わりは更にいくらでもいる。


 藤堂のプリーストとしてのスキルはまだまだ未熟だ。回復薬はランクにもよるが高価で貴重だし、僧侶プリーストがいなければ生存力が大きく下がる。


 だが、返ってきた答えは俺の想定とは異なっていた。


「アレス。君の任務はまだ終わっていない」


「……は?」


 クレイオはアズ・グリード神聖教の枢機卿だ。誰よりもプリーストの重要性を知っている。

 当然、即座にイエスと返ってくると思っていた。その返答に、呆然とする。


 ゴブレットの表面、注がれた液体が刻む水面をじっと見つめる。見つめて、答えを待つ。

 クレイオは欠片もふざけた様子もなく、ふざけた事を言った。


「これは試練だよ。アレス、代わりはいない。教会側から出すつもりはない」


「……何の冗談だ? 俺は藤堂の命令で追い出されたんだ」


「逆に言えば、まだ追い出されただけだ。アレス、君に出された命令を覚えているか?」


 理解できない。


 教会は勇者の味方じゃないのか? 勇者のパーティは今や風前の灯だ。

 僧侶プリーストの数は少なく、傭兵となると更に希少になる。さらに高レベルでパーティ未所属となると、砂漠で一粒の砂粒を見つけるようなものだ。勇者の名を公に使えない藤堂に入れられるプリーストなんて駈け出し中の駆け出しくらいだろう。


 そして、傭兵以外の高レベルの僧侶の殆どは教会側が握っていて、教会の斡旋なくしてパーティに追加はできない。


 藤堂にプリーストなしで魔王を倒せ、と?

 いかれてる。死にに行かせるようなものだ。そして、藤堂のパーティが全滅する時、当然だが国の重鎮の娘であるリミスとアリアも死ぬ事になる。


 必死に思考を巡らせる俺に、再度クレイオが問う。


「命令を復唱したまえ」


「……聖勇者、藤堂直継をサポートし、魔王クラノスを討伐せよ、だ」


 単純かつ明快な、成果を求められる教会に相応しい命令。

 言葉を発するに連れ、嫌な予感が全身を貫く。


 魔王クラノスを討伐せよ。魔王クラノスを討伐せよ。藤堂直継をサポートし、魔王クラノスを討伐せよ。


「アレス、君風に言うならば、魔王討伐これは……ビジネスだよ」


「ビジ……ネス」


 敬虔な信徒が聞いたら目の玉が飛び出るような聖穢卿の言葉が脳裏に反響する。


「教会はルークス王国の申請に従い、聖勇者、藤堂直継を召喚し、そして更に魔王討伐に相応しい僧侶プリースト――アレス・クラウンを『投資』した。これは商売と同じだ。尤も、ルークス側にとっては進退窮まる状況だったようだが、それはまぁ我々には関係ない」


 『関係ない』


 あまりにドライなその言葉を勇者が聞いたら、どれだけ激高することだろうか。

 そうだ。教会は国境とは無関係。ルークス王国にも教会支部はあるし信徒は数えきれない程いるが、教会総本山にとってはそれは小さな問題でしかない。

 何故ならば、ルークス王国イコール人族ではないのだから。


 クレイオが淡々と続ける。

 奴は俺以上の破戒僧だ。いや……神とは必ずしも個人の味方ではないという事か。


「我々は神の使徒だ。結果だよ、アレス。『最終的』に勝てばいい。局所的な敗北など……考慮に値しない。教会側は既に勇者に対して最善を尽くした。もしそれで問題があるとすればそれは――神が聖勇者に課した試練だ」


「……」


「もちろん、敗北を黙って見ているわけでもない。アレス、程々にやりたまえ。大丈夫、人族に破滅が迫ればまた別の国が英雄召喚の実施を望むだろう」


 つまり、藤堂に如何に才能があったとしても、所詮は代わりがいる勇者だという事。


 代わりがいるという事は知っていた。理解していた。教会側である俺に与えられた情報は多分、勇者に与えられた情報よりもずっと多い。だがこれは……

 沈黙を守る俺にクレイオがもう一度述べる。


「アレス、命令の意味はわかっているね?」


 冷たい問いが、アルコールにより回りかけた熱を溶かす。

 既に理解できていた。クレイオは俺と同様に効率を求める男。

 俺に下された命令は『聖勇者、藤堂直継をサポートし、魔王クラノスを討伐せよ』、だ。


 唇を噛む。押し殺すような声が出た。


「……まだ終わっていないという事か」


 通信の向こうで乾いた拍手の音が聞こえる。

 唇を噛み、ゴブレットの中身を全て煽った。酒を飲まなければやってられない。


「その通りだ、アレス。君のその理解力の良さは教会屈指だ。教会の老いぼれと首をすげ替えたいくらいだよ」


 ふざけろ。お前が言ったのだ。まだ終わっていない、と。


「クレイオ、貴様……俺がパーティを首になるであろう事を知っていたな?」


「藤堂直継は女のプリーストを望んでいた。それだけだ。全てには理由がある。藤堂が女を望んだのも、魔導院と剣武院が未熟者を差し出したのも、そして――我々が君を出したのも」


 効率的ではない。

 この会話は全くもって効率的ではない。

 もったいぶった会話など不要だ。真実のみを話せ。


「アレス。君の仕事の本領はここからだ。もちろん、藤堂が心変わりしたのならばそのままで構わなかったが――命令を上書きする。これはビジネスだ。ビジネスが結果のみを求める事を、君は良く知っているだろう?」


「……ああ」


 くそったれ。そういう事か。

 今更ながら、俺はこの任務の難易度を見誤っていた事を知った。

 力を入れすぎて、握ったままだったゴブレットに罅が入る。


「アレス、藤堂直継をサポートし、魔王クラノスを討伐せよ。下らぬ私情で交代を求める勇者に代わりのプリーストを投資する余裕はない。アレス、これは君の得意なビジネスだ。神への逆徒を討伐するのは君の得意分野だ」


「……チッ。……人出が足りない」


 即座に返答が返ってきた。恐らく、クレイオはこの答えを予測していたのだろう。


「……ならば、アレス、『君』に投資しよう。君に従順なプリーストを。アレス・クラウン。神のご加護があらん事を」


「死ね」


 通信が途切れ、喧騒が戻ってくる。


 これは試練だ。今までにないでかい山だ。

 俺はこのビジネスを何としてでも完遂せねばならない。


 目の前の空のゴブレットには、凄まじいまでの憎悪を秘めた俺の顔が写っている。





 俺は、藤堂のパーティをその外からサポートし、奴らの魔王討伐を完遂させねばならない。


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