第十一レポート:
森に突入してから十日が経過した。
レベル上げは非常に順調に進んでいる。
勇者、ナオは強かった。恐らく、勇者じゃなかったとしても天才と呼ばれる人材だろう。
前代勇者の装備がその強さに拍車をかけ、森の中で敵はいない。牙も爪も、たまに受ける攻撃は鎧と盾に阻まれ、すかさず繰り出される反撃は頑強な筋肉と硬い骨を持つ魔物の急所を容易く貫く。
次々と立ちふさがる魔物を危うげなく倒していく勇者の様子は、今までずっと感じていた不安を補って余りあるものだ。
彼には才能があった。戦人としての――天稟。それはきっと加護によるものだけではなく、彼は召喚される前からそういう人間だったのだろう。
レベルを上げる前から戦えていたが、レベルが上昇するに連れてその力は突出と呼んでいいほどに研ぎ澄まされていった。剣技や戦場での妙を知り、サバイバルの術を得、魔物と知識を蓄積し、それに追加して俺が教えた
馬鹿ではなく、教えた事を素直に吸収する度量もある。敵を相手にした際に見える虚ろと呼んでもいいほど容赦のなさだけが懸念だったが、それは恐らく、魔王の討伐においてのデメリットにはならない。
唯一、不満に思うのは、毎日夜寝る際に俺以外の三人が馬車で、俺だけが外で寝ている事くらいだろうか。
どうやら、彼の『接触嫌い』は男限定らしい。もしかしたら男ではなく『俺』限定なのかもしれないが、面倒だったので俺はそれを受け入れる事にした。
順調とは言え、魔王の討伐にはまだまだ時間がかかる。時間が彼我の溝を埋めてくれるだろうという楽観も少しある事は否定しない。
十日の強行軍――人外の領域で過ごす日々は肉体的、そして精神的に疲労を蓄積させているはずだが、リーダーであるナオが文句一つ言わずに動いているのでアリアもリミスも特に何も言わない。そして、俺は慣れているので一年でも二年でも森に籠もれる自信がある。
ナオは突出して強かったが、リミスとアリアの方も予想よりは悪くない。逆に言うのならば良いわけではないのだが、想定よりも上なのだから文句を言う必要はないだろう。
アリアについては魔力はなかったが剣の腕は流石に冴えており、剣自体の力とレベルアップによる能力上昇により、今現れる魔物については全て危うげなく葬り去っている。夜のキャンプ時に一人稽古をしている様子も度々目撃しており、彼女自身も魔力がないという致命的なハンデをよく理解しているのだろう。訓練の際に見える鬼気迫る表情からは何としてでも食らいつくという意気が見て取れる。
恐らく、このままのペースで魔物のレベルを上げていった場合、遠くない将来、魔力を活用する技を使えない彼女はどうしても攻撃力が不足する事になるだろう。その際に円滑に『諦める』事ができるのか、それだけが俺の持つ目下、最大の懸念点である。
そしてまた、彼女は攻撃力は高い反面、防御が疎かになりやすいきらいがあった。
彼女が生家の流派であるプラーミャ流正統剣術を捨ててまで手に入れたミクシリオン流剣術は攻めの剣だ。
やられる前にやる。常に先頭に立ち切り込むその剣技は非常に攻撃的であり、プラーミャ流正統剣術と異なり盾を持たない。そのため、もともと攻撃を受けやすい剣術ではあるが、彼女はそれに輪をかけて負傷する。
技術が攻撃に意識が寄っていて、ミクシリオン流で重要な避けるための足運びや、剣による受け流しの技術が疎かになっているのだ。剣王の娘である以上、元々はプラーミャ流を習っていたはずなので、もしかしたら、マクシミリア流に流派替えをしてそれほど時間が経っていないのかもしれない。
鎧が優秀な事もあり、今の所致命傷を受けたりはしていないが、より強力な魔物や魔族と戦う際にそれは致命的な弱点になりうるだろう。ナオは滅多に傷を受けないので、俺が一番
一応忠告はしたが、専門外である俺の忠告がどの程度聞き入れられるか、そして仮に聞き入れられたとして、すぐさまその戦い方を治せるのかどうか微妙な所だ。
リミスについては特に特筆すべき点はない。
火精だけとは言え、レベルに見合わぬ強力な
周囲一帯が非常に燃えやすい森というフィールドに篭もる以上、彼女の火精は危険過ぎて使えない。イフリートならば完全に燃やし尽くす事で延焼させずに戦う事も出来そうだが、今の所、『危険』を理由に彼女には魔法を自粛してもらっている。
いくら才覚があろうと、彼女はまだレベルが低い。イフリートなんていう強力な精霊を何度も使ってしまえば、あっという間に魔力を消費し尽くして倒れてしまうだろう。
また、イフリートを使ってしまったら、強力過ぎてナオが魔物を倒す機会がなくなってしまうというのも自粛の一つの理由だ。
リミス本人は魔法の自粛に非常に不満を抱いているようだが、イフリートの強さは自覚しているのだろう。今の所自制が効いている。
公爵令嬢だけあって高い水準の教育を受けていたのだろう。夜は大体、ナオの魔法の先生をしており、ナオが下位の攻撃魔法を使えるようになった時は手放しで喜んでいた。
戦闘にはほぼ参加していないので弱点と呼ばれるものもまだ明確ではないが、強いて挙げさせて貰えるのならば、そのプライドの高さこそが弱点と呼べるだろうか。
魔導師である事の強い自負と、公爵令嬢というその地位に対する高いプライド。勇者に対する憧憬。根は悪人ではなさそうだが、それらの思想は時たま、とてつもない面倒事を巻き起こす。
初対面の印象が良くなかったのか、それとも面が気に喰わないのか、そのプライドは常に俺を下に見ており、度々彼女は俺につっかかってくる。それは別に構わないのだが、それによって効率を優先できなくなると非常に困る事になる。
例えば、サバイバル初日から行った魔物食に最も強い忌避を示したのは結局、彼女だったし、俺が護身用に与えた回転式拳銃についても練習する気配がない。
結局最終的には嫌々ながらも魔物の肉を食べられるようになったし、リミスのレベル上げのため、魔物のとどめを刺す際に何度か銃を使ってとどめを刺していたが、酷く不服そうだった。
戦闘時にも、自分が役に立たない事にいらいらしている様子がしばしば見られ、いつか爆発するのではないかと心配している。この状況は仕方がない事なのだと理屈で言い負かしても意味のない状態だ。そこにあるのは恐らく、理屈ではなく感情の問題なのだから。理屈で駄目なのは既に彼女自身誰よりも知っている事だろう。
根本解決として何とかするにはプライドを叩き折らねばならないが、恐らくそれはこの森では無理だろう。この森でどのような苦難を経験しようと、彼女は『魔術が自由に使えないから』という理由に逃避する可能性が高い。次のフィールドに移動した際に何とか修正を試みるつもりだが、アリアとナオはどちらかと言うとリミスの味方であり、結果が予測しづらい状況である。
目下、そんなパーティに所属する俺の役割は主に、ナオへの
レベルを上げると同時に戦闘に慣れさせたいので、補助魔法の類は使っていないし、もちろんメイスを振るって戦闘に参加などもしていない。戦闘中はリミスの隣でリミスがやけを起こさないか監視しながら戦況を見守っている。場合によってはリミスが襲われた際の足止めも担当したが、前衛が優秀なのでその回数は多くない。
概ね彼等は優秀なハンターの卵であり、俺のやることは多くない。ナオについても綿が水を吸収するような速度で神聖術を覚えており、有用な術から優先順位をつけて教えているが、そろそろ下位のプリーストと同様の事は出来るようになる事だろう。
勇者に施された神々の加護はプリーストに取って垂涎の品であり、神力も
教授する奇跡についても、下位の奇跡においては、他の攻撃手段が豊富なナオには必要ない
かなり神力を使うので今のナオには一、二度しか連続使用できないが、使えるようになったとというその事実が、彼の持つ加護の凄まじさを物語っていると言えるだろうか。必死に毎日祈祷して、まだ中位になれないプリーストから刺されそうな過保護っぷりだ。
現在のレベルはそれぞれ、ナオが27、アリアが25、リミスが17、俺は変わらず。
基本的にナオのレベルを最優先で上げているが、一番レベルの低いリミスについてもこの森を出るまでに20にはしたい所である。
このまま、レベルを調節しつつナオを30まであげたらヴェールの森を切り上げ、次のフィールドに向かう予定だ。
リミスのストレスが溜まっているので、火系統の魔術を思う存分使用でき、そして存在力の高い魔物が多いゴーレム・バレー辺りを次の目的地として想定している。
夜間、そして行軍中に常に気を払っているが、今の所上位下位問わず、魔族が近づいてくる気配はない。教会の見解の通り、まだ
以上で報告を終了とする。
期間内にレベル30は達成出来そうだ。ボーナスを忘れるなよ。
定期的に行っている報告で、クレイオ枢機卿が含み笑いのような声で答えた。
通信用魔導具から聞こえる人を苛つかせる声。説法の時の声色とは全く違う声。詐欺である。
「くっくっく、どうやら随分と眼をかけているようじゃないか」
「……目をかけてるんじゃねえ。俺は目的達成に向かって、自分の出来る事をやっているだけだ」
誤解してもらっては困る。
眉を顰め、ひっそりと佇む勇者たちが眠る馬車に視線を向ける。
「もしも今すぐに任を解けるんだったら、さっさと元の仕事に戻りたいくらいだ」
「くっくっく、残念だが、君程の適任を私は他に知らなくてね。教会も大概、人材不足なんだよ。引き続き頼む。何かあったら連絡を入れてくれ」
「……了解」
通信が切れている事を確認し、俺は小さく舌打ちをした。
森の奥から得体の知れない獣の遠吠えが聞こえ、無意識にそちらを睨みつける。
英雄譚で、英雄はすべからく苦難を味わう。
この旅がハッピーエンドで終わるかどうかは、まだわからない。
§§§
これは勇者のパーティだ。
俺はただのそのサポート役であり、敵を倒す事には貢献しない
目的さえ達成できれば、それなりの地位と富が約束されるが、その道は酷く険しく、責任は重い。
これは――遊びではないのだ。
結果の見えた物語でも、華々しい勇者の活躍を飾る劇でもない。
だから、俺は……別に、侮蔑するためだとかそういう理由じゃなくて、聞きたい。
……お前ら、やる気ある?
§§§
そして森に入って十一日目の夜、ふいに勇者が言った。
「一端、村まで戻ろうと思う」
現在、ナオのレベルは27。だが、もうレベルが上がりかけているので明日何体か魔物を狩れば28になることだろう。
当初の目標では、二週間で30まで上げるという目標を立てていたが、この目標値も余裕を持って立てられている。魔族が召喚の気配を察知する一ヶ月までに30にできればいいのだ。三日から四日は余裕があったし、馬車を使えば村までの直線距離はそれほど遠くない。
俺は、今まで一度も出ていなかった話を突然出し始めたナオの方をじっと見つめ、眉を潜める。
可能か不可能かで言えば不可能ではなかったし、状況によっては一度村に戻る必要があるかもしれないと考えてはいたが、今のところレベル上げは順調だ。
順調過ぎて、予定にはないアリアとリミスのレベルも少しずつ上げている所である。
焚き火を挟んだ向かい側にある勇者の表情。焚き火の灯に照らされオレンジに輝くその双眸はいつも通り真剣だ。
「レベル30までは篭ってレベル上げをする予定だ。村に戻ればもう一度この地点に来るまでの時間がロスになる」
「でも時間はある。そうでしょ?」
「……確かに時間はある。村で一泊して戻ってきても、目標期間内に30には上げられるだろう」
ナオも強いし、装備も強い。雑草でも刈るかのように魔物を狩るなど、普通のハンターには出来ない事だ。相手が格上ならば尚更の事。レベル上げの効率はかなり高い。
疲れているのかどこか口数の少ないアリアとリミスの方も見る。
体調回復にはヒーリングがあるが、精神的な疲労までは取れない。
今の所、戦闘行為に影響は見えないが、戦えないリミスにストレスが溜まっているのも間違いではない。
後二、三日で目標レベルに達せる。ここで戻るのもきりが悪いが、油断も禁物……か。
余裕のある内に休んだ方がいいのも確かな話。今後、魔族に召喚が気づかれれば更なる激戦になる事だろう。
いきなり言い出した理由はわからないが、このパーティは俺のパーティではなく、ナオのパーティである。
もしかしたら、俺とは違う視点で何かを感じ取ったのかもしれない。
数秒考え、顔をあげた。
「リーダーの意見に従おう」
「……ああ、ありがとう。
勇者がキャンプ内をゆっくりと見渡す。
今日張った結界は勇者が張ったものだ。強度は俺のものより低いが、そこは慣れもある。この森に出る魔物程度ならば十分な効果が見込める。
「まぁ、アレスのように足を踏みならすだけでは張れないけど……」
「俺の手法は効率に特化している。聖水で境界を作って張るのが本来のやり方だ」
地面に聖水で線を引き、そこを境界として結界を張る。
大きい範囲を囲めば囲むほど聖水の消費が激しくなるが、明確な範囲指定があった方が低位のプリーストにも境界を張りやすい。
ちなみに、結界は消耗が激しいので、今回使った聖水については俺が作ったものを使った。
「一通り修めたとは言え、まだまだナオの神力は高くない。毎日少しずつ使っていけば、神力の方も徐々に上がっていくはずだ」
レベル上げでも上昇するが、何より神力は
プリーストは本来、時間をかけて何度も何度も術を行使し、神力を増やしながら少しずつ使える術の数を増やしていくものだが、ナオは一気に出来るようになってしまった。
そのため、ナオの神力は、同じ術を使える並のプリーストよりもずっと下だ。
まぁ、彼の役割はあくまで
下位の術は教えたので順番的には次は中位なのだが、それよりも先に神力を上げるべく下位を頻繁に使わせた方がいいかもしれないな。
真剣な面持ちで話を聞いているナオに、更に続ける。
「ある程度行使に慣れたら、教会で試験を受ければ、
「補助する魔導具?」
「これだ」
左耳につけている十字と月を模したイヤリングを弾いてみせる。
それは、神の下僕の証であり、僧侶の証であり、神聖術を修めた者の証であり、神聖術の効能を強化し、神力の消費を少しだけ抑える力がある。
この証を持たないプリーストは見習いみたいなものであり、魔物狩りのパーティがプリーストを入れる際の大きな基準になっている。
ナオが眼を見開き、俺のイヤリングを観察する。
「もう……貰えるかな?」
「村に戻って試験を受ければいい。受けるだけなら無料だ。ただし、受かっても魔導具を作ってもらうのに数日かかるから受け取るのはレベルを上げた後だな」
難易度は高いものではないが、今のナオでは受かるのはかなり難しいだろう。神聖術を行使した数が圧倒的に足りていないのだ。
まぁ、受けるなら無料だし、受からなくてもペナルティはない。明日帰った後に受けてみるのも悪くないだろう。ナオはプリーストではないが、自分が今、どの段階にいるのかを知るいい指標となる。
「……試験って何をやるの?」
「試験官の目の前で指定された神聖術を順番に行使していく。俺が教えたものができれば問題ないだろう。最初に貰える魔導具の試験では、教えていない
「……最初?」
「使える神聖術のレベルで、何段階かあるんだ。それによって、貰えるイヤリングの形も変わっていく」
「……へぇ」
気になっているのか、ナオの視線が俺のイヤリングを追っている。
残念ながら、このイヤリングは試験を受けたその張本人じゃないと効果がない。特殊な製法で作られており、製作時に本人の血液が使われているのだ。
手持ち無沙汰に、枝を数本、焚き火に入れながら話題を変える。
「帰るなら朝一で帰って一日休み、村で一泊して明後日ここに戻ってくるプランがいいだろう」
「……倒した魔物も売らないとね」
「
そういえば、サバイバルやら戦闘やらで村での動き方については教えていなかったな。
アリアもリミスもお嬢様だ。一般的な常識はどれくらい持っているのだろうか?
焚き火の近くをちょろちょろしていた、ガーネットが不意に俺の方を見上げる。
炎を反射する暗褐色の眼の輝きに、何ともいえない不吉を感じ取り、視線を外した。
懸念点は腐る程あるが、今の所順調だ。きっとこのまま上手くいくはずだ。
八霊三神――この世に存在する主たる精霊神と三柱の神々が勇者に微笑んでいる。
§§§
「悪いんだけど、アレス……このパーティから抜けてくれないか?」
そして、村に戻った俺は勇者、藤堂直継のパーティを首になった。
死ね!
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