1章 神、混沌の大地に降臨す
第3話
誠にヒロインに相応しい少女であった。
腰まである外跳ねの髪は桜色。不屈の意思を宿す瞳は、きらきらと光る紅玉色。肢体には巫女服に似た白い衣をまとい、手には優美な刃紋の浮かぶ白銀の太刀『
故国の再興を夢見る彼女は、傷つき、心折れそうになろうと、諦めずに立ちあがる。明るく、強く、誰よりも純粋で崇高な心を持つ乙女。ハミヤ。
皙の憧れを余さずこめた少女が――緊張した面持ちで目の前に立っていた。
「兄上、なのか?」
しゃべった!
想像と寸分違わない声であった。
「いや、別人か。しかし、このような者がまさか……儀式が失敗したのか? それにしても、こうまで似ているとは……それにどうしてわたしの名を……」
ぶつぶつとつぶやいていたハミヤは、こちらの顔を見ると、改まって向きなおった。
「すまぬ。その、そなたに、まず質問をしたいのだが」
ハミヤは一呼吸をおいて、問うてきた。
「そなたは、この世界の神か?」
「…………」
ぽかん、と口を開けるしかない。
ハミヤはゆるくかぶりを振って、すぐに自分の言葉を否定した。
「いや、そんなはずがあるわけないな。すまぬ、こちらもすこし、混乱している」
「あ……ああ」
四方に広がる見事な桜の森。偽物とは思えない刃の輝き。そして、目の前に屹立する少女。
これは、夢だろうか。瞬きを何度も繰りかえす。
ハミヤは太刀を収めると、片膝をついて視線の高さをあわせてきた。
綺麗な色の双眸が近づき、心配げにこちらを覗きこんでくる。ほのかな少女の香りに、脳内が痺れたようになり、心臓が早鐘をうった。思わず、ごくりと唾をのむ。
「その、不躾ですまぬが、そなたの身の上を聞かせてもらえるか? わたしはここで、……信じてもらえぬかもしれないが、……神を、召喚したのだ。だが、現れたのは、そなただった」
ハミヤは申し訳なさそうに目を伏せた。
その表情も、声も、どうしても夢に思えない。いや。
――夢だと、思いたくない。
「なんにせよ、そなたをここに呼んでしまったのは、わたしの責任だ。申し訳ないことをした。せめて元いた場所に案内したいのだが、生まれ故郷は――な!?」
皙は思わず両腕をのばし、ハミヤの顔を手の平で挟んでいた。
「本物か……?」
吸いつくような滑らかな肌は、ぷにぷにとした感触を返してくる。
マネキンや人形ではない、ちゃんとした人間の素肌の感触だ。
「あ、な、なに、な、な」
顔に血を昇らせて硬直しているハミヤの頬に指をすべらせ、耳たぶに触れる。
「ひゃう!?」
やわらかくて、少し冷たい。手の甲をくすぐる桜色の髪をすくい、顔を近づけてみる。
「な、そ、えっ、あ」
艶やかな髪は絹糸のように滑らかで、しかも、なんだかとてつもなくいい匂いがする。
続いて、上半身をぺたぺたと触ってみる。
「ふ……ふぇ」
衣服からは、身を固くした少女のやわらかい体温が感じられる。
そしてこの、絶壁ともいうべき胸。紛れもなく、皙が設定したとおりの姿だ。
「本物だ」
呆然とつぶやいた。
美しく咲き誇る桜の森を仰ぐ。
この森のことも、皙は知っている。自分が創った桜の森が、いま、目の前に実在している。
「すごい……ぜんぶ、本物なんだ」
ようやく実感が湧いてくる。
自分は、『皇花のハミヤ』の世界にやってきたのだ。
受験も、両親の不和も、思いどおりにならないことのすべてがない世界に。
自分が創りだした、自分のためだけの世界に。
そんな夢のような場所に、やってきたのだ。
「本物だ! ハミヤ、おまえ、ハミヤか!」
「――っの」
肩を掴んだままハミヤの目を覗きこむと、当人は真っ赤な顔で震えており。
あれ、と思ったのも束の間。
「離れろッ、無礼者!!」
「へぶ!」
頬をひっぱたかれて、そのまま地面に顔から激突した。
ざり、と足が地面を踏む音。ひりつく頬をおさえながら見あげると、抜刀したハミヤが、薄っすらと危険な笑みをうかべていた。
「選べ。頭を割られて死ぬのと、
「なっ!? ま、待て。俺はおまえをそんな無茶苦茶なこという設定にした…………覚えがありますごめんなさい」
「なにをごちゃごちゃとわけの分からぬことを言っているのだ」
「だから、おまえは背伸びしてるけど、実際の性格は意地っぱりでお子様なイノシシでさらに不器用でついでにブラコン」
「舌を切りとってもらいたいようだな?」
「わーーっ、ちょっと待て! 待ってください!」
自分の作ったキャラクターに殺されるなどシャレにならない。 皙はうつ伏せのまま、必死に訴えた。
「おまえ、神を召喚したって言ったろ!?」
「そうだ。このようなサルが召喚されるとは思ってもみなかったがな。どうやらわたしは、召喚方法を間違ってしまったらしい」
「俺が神だ! この世界を創った、神なんだ!」
自分でも信じられないが、そうとしか考えられなかった。
「神だと? そなたが?」
ハミヤは皙を頭から爪先まで観察し、しばらく考えた。
そして、底冷えした表情で刀を構えなおした。
「そのような虚言を弄す小男はいますぐ死んでもらおうか」
「いやいやいや!? 本当なんだ! 俺は異世界にある地球って星の人間で、創作ノートにこの世界とおまえたちの設定を、げふん!」
頭を踏みつけられて、地面と盛大にキスをする。
「そんなわけがあるか! おまえのような小男が神だと? 神とは、こう、もっと大きくて輝いていて、なにか、その、――とにかく、すごいものに決まっているだろう!」
「仕方ないだろ、俺だって驚いてるんだよ! というか、説明が一気に抽象的になったぞ」
「むっ、むう、やかましいぞ! わたしとて、神など見たこともないのだ。それとも、なんだ?神だというなら、御業のひとつやふたつ、示してみるがよい!」
まずい。目が本気だ。どうやったらハミヤに信じてもらえるだろうか。
いや、神の御業――?
「それだ!」
皙は創作ノートに書いた設定の数々を思いうかべた。
驚かせてやろう。ニヤリと笑い、皙は呼びかけた。
「ハミヤ、いいか。よく聞け」
「な、なんだ」
身構えるハミヤに、勝利を宣言するかのごとく言ってやる。
「おまえは十三歳になるまで夜に一人で
からーん。
見れば、ハミヤの手から力がぬけて、太刀の切っ先が地面に落ちていた。
「ま、待て。それは兄上と一部の者しか知らぬはず……!」
傍目にも明らかなほどの狼狽ぶりである。
皙は朗らかな笑顔で続けてやった。
「小さいころの忘れたい記憶そのいち。こっそり厨房から盗んだ饅頭を林の中に隠したはいいものの、夜になって食べに行こうとしたら野犬に襲われて城中が大騒ぎになった」
「な!? なにゆえ、そなたが知っている!?」
「えーっと。あとは苦い食べ物と暗いところとトカゲが苦手で、西方の国のピンクのドレスに憧れていて」
どれも創作ノートの登場人物・ハミヤのところに記述した設定だ。
ハミヤの顔色は蒼白もいいところであった。
「な、頼む、やめっ」
「そうそう、だけどドレスは半分諦めてるんだ。だって、胸が絶望的に」
「言うな――――ッ!!」
神速で繰りだされた足が皙の顎を補足。そのまま上方に蹴りあげられ、皙が認識できたのはそこまでだった。
あとは無茶苦茶に視界が回転して、背中に強烈な衝撃。桜の木の幹にぶちあたったらしい。
げふん、と咳をしながら、もうすこし手足のでない性格にしておけばよかった、と後悔する。異世界にやってきても、痛みは本物であった。
しかし、ここまで説明してやれば十分だろう。少なくとも皙が特別な人間であることくらいは、理解してくれるはずだ。
「ほら、証明したろ。俺はおまえについてなんでも知ってる。それは、神だからだ!」
――理解してくれるはず、だった。
「咲け、
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