第15話:晴れていく心
グラロフを襲った男達が去ってから、セイジはジーンら役人達と犬人種の兄妹と共に、役所へと戻っていた。
兄妹は役所関係者の男女二人と共に、連れ添って治療室へと歩いていく。
セイジとジーンは残った者達と、役所内の一室へと向かう。事情聴取と、情報提供の要請であった。
――まるで犯人みたいな扱いじゃないか。
と固まるセイジへ、ジーンは穏やかな表情で語り掛ける。
「ご安心下さい。セイジさんの安全性や正当性が、複数の方から証明されております」
そう言われ、まずは腰掛けるようにと言われる。それから係の者が各々に温かい茶を配り、全員が席に座る。
現状と、座るように奨められた革張りのソファーの感触に若干驚きながらも、
「だったら、あの傷でも、あの妹さんの様子でも、俺の発言でも」
証拠にならないのかと、セイジは兄妹の弁護を繰り返していた。
突然の出来事とはいえ、兄妹を害する悪意を肌で感じたのだ。
関わらなければ無関心で居られた。だが、巻き込まれたからには大人しく引き下がれずにいた。自分の恩人へ危害が及びかねる存在であるなら、尚更であった。
部屋に居る全員の発言を逐一記録している、書記官らしき女性。
その横に座る質の良さそうな机と椅子に座る、白と黒が入り乱れた髪の男性。
ここへ来る道中、セイジはジーンに言われるまでもなく、地位の高い者だと推測していた。
その男が語っていく。
「かつて、冤罪にも関わらず、人種の逮捕報告があったのだ」
「自分の犯罪を他人に押し付けたということです」
同室するジーンが、セイジの横に座って補足する。
「その者の親族が、魔種の仕業だと吹聴して回った」
「……は?」
意味が分からず、セイジにはそう答えることしか出来ずにいた。
「反魔種、魔種の存在を良く思わない人々が、少なからず存在するからです」
セイジ達が発言した後、ジーンがそう付け足した。
犯行に及んだ可能性は残るものの、確証がなく、有罪だと見做せない状況。
結局のところ、嫌疑不十分であるということであった。
「そこに、魔種からの侵攻が重なったのだ」
歴史に新しい魔種の侵略。
有事の際、いかな彼らとて、この街の防衛に役に立つのだという。
だが、そう説明されても怒りが収まるセイジではなかった。
「何であんな奴等をのさばらせ……放置している?」
内乱に繋がるとまで言われたことで、彼は聞かずにはいられなかった。
「……昔、魔種に身内を殺された人なのです」
と静かに語るジーンに、セイジは今度こそ何も言えなかった。
「ゆえに、魔種が関わる事件は慎重にならざるを得ない」
「だからと言って、この街での犯罪を見逃すつもりはありません!」
男性の発言を受け、激しく抵抗する様子を見せるジーンであった。
同室する書記官の女性も腕を止め、一度だけ首を縦に振る。男性もまた、分かっている、とでもいうように、
「無論、規則改正の嘆願と、警備の強化に励む予定だ」
と、彼らに同意する発言をした。
「たとえ魔種を憎む者であっても、魔族の血を引く者であったとしても」
どんな種族であれ、この街の同じ住人には変わりないと語るジーン。
――何を盛り上がって熱くなってるんだ……?
魔種に殺されたからと言って、魔種全てを排除すべきという考え方。
戦争を、歴史を伝聞でしか知らないゆえに、セイジは未だに納得出来ずにいた。
彼が疎外感すら覚え始めた頃、
「ともかく、君やあの兄妹が無事で何よりだ」
白髪混じりの男性が表情を微かに緩め、セイジヘ向かって話す。
「複数に一人で勇敢に立ち向かっていたと聞いた」
「いや、それは……」
行きずりで巻き込まれただけ。誰も死ななかったのは、運が良かっただけ。
そう釈明しようとしたが、横合いからジーンに遮られる。
「彼は、この街に来てまだ間も無いので」
「そうなのか?」
男は勇敢さと災難さをセイジへと抱いていた。
「ええ。私が登録手続きに立ち会いました」
ジーンが説明する。
そうですよね、と視線で語られ、セイジもまた頷いた。
「魔力による魔力証明もか?」
「はい。彼女の方にも報告が届いているかと」
促されるまま、男性が書記係の女性へと確認する。
「そう、ですね……。本日付けで登録が為されております」
一部、聞き取れない単語はあったのだが。
唐突な話題変更に戸惑うも、おおよその流れはセイジにも分かった。
――さっきのは、この人の名前か、役職か。
魔道具を向ける、会話の記録をしていた女性が話していた言葉。
この壮年の男性の名前か役職だろうと思いながら、会話を聞いていた。
先程セイジが書いたばかりの情報が、小型魔道具の板に映し出されていた。
その下には、受理したジーンとこの女性のものと思われる、肉筆のサイン。
セイジの想像が正しければ、受け取った日付か時刻らしき文字列が書かれていた。
「ふむ……ところで、外交務部の人員が不足しているのであったな」
「はい、我々が至らぬばかりに」
「そのようなことはないのだがな……ならばジーン。お前が個人でこの者を雇うが良い」
「は?」
――は?
意味は分かったが、真意が分からなかったジーン。
意味は分からなかったが、真意に気付いたセイジ。
「どうだろうか」
大筋は理解出来ただろう、とばかりにセイジへと語る最年長の男。
「俺の、自分の……生活年数基準に満たないことと、魔力」
言わんとしたことを一旦区切り、セイジは脳内で校正していく。語りだす彼の発言を、場の全員が見守っていた。
「それに、役所の人が足りないことが理由? ですか」
「察しが良くて助かる。当然、報酬は提供せねばならぬ」
「……それは、まぁそうでしょうよ」
街の規約を考慮し、非公式でジーンの配下として街の為に役立つ気はないか、という提案について、各々が話す。
ジーンは急に話を振られ、少々疲れた様子を見せていたが。
「まぁ、今日すぐに、という話ではない」
「……後日、改めて。被害の拡大を防いでくれたことを、感謝致します」
ジーンが語り、住人同士で命を奪い合うことの愚かさを説いていく。
今は現行犯でしか取り押さえられないが、と前置きし、
「罪を犯していない存在を傷付けることは許さない」
静かに、意志強く語るジーン。
その語りを聞いたセイジはしかし、あまり納得していなかった。
殴られたところを見た上、自分も魔法により攻撃されたからだ。
青臭い考えだと分かっていたが、話の規模の違いに憤慨しつつ、セイジは黙考していた。
――俺にもっと知識や力があったなら。
そうであれば、あの兄妹みたいな存在も、ラフィアルーンも守れるのだろうか。あるいは、この街の役人達が無駄な争いを減らせるのだろうか。
それとも、運良く――運悪く――奴等を死に至らせて、今こうしていられなかっただろうか、と。
セイジは今回の事態の終息を感じる。現状、彼に出来ることは無かった。怒りに任せて男達を追おうにも、この街の地理情報など皆無である。
ムカつきとやるせなさに苛まされながらも、
「――……そうですね」
表情を繕い、どうにか言葉を出すことが出来た。
この日ようやく、ラフィアルーンの家へと帰り着いたセイジ。
季節によるものか、周囲は薄暗く、室内には明かりが灯されていた。
入り口で何か作業をしていた魔女を、男は目にする。
「あ、セイジ! 遅かったね、お疲れ様でした、中に入ろう!」
セイジの気配に気付いたのか、彼女の方から声を掛けてきた。
ご飯用意します、と言いながら、手に持つ道具の片付けをしていく。
「ただいま。今、戻りました」
そんな彼女へ、余計な心配をさせまいと意識し、帰宅の言葉を発した。
「……なんか、変かも」
「どうした?」
早くも異変を察知した魔女が、セイジを詰問する。
それに対し、セイジは努めて平然さを装いながら返事をした。
「あ、ああ。帰りに犬人種の手助けをしてな」
困ってたみたいだからちょっとな、と語った。
誤魔化せる訳がない、と半ば諦めながらの言い訳である。
けれども、魔女は特に言及することをせず、
「おー、偉い! そろそろ独り立ちですかねぇ?」
と褒めた後に、ニヤニヤと笑いながら言うだけであった。
家に帰ってくることが出来たという実感。ラフィアルーンの姿、声、匂いがセイジの心に響いていく。
たった数時間居なかっただけにも関わらず、その時間が原因で、却って存在感を大きくしていた。
「そうだな」
家へ入りって立ったまま踵を上げ、靴を室内履きへと履き替える魔女。
セイジも後に続き、後ろで扉の閉まる音が静かに鳴った。
ラフィアルーンは幻影魔法を解いて、元の金色の髪を首から晒しだす。
「子を思う母の気持ち、今なら分かるかもしれない……!」
セイジの方を急に振り返ったラフィアルーンが、そんなことを言った。
彼女の突然の告白に、子ども扱いするなと笑いながら返す。
「無知で楽しい兄か、姉離れ出来ない弟?」
「それは何と言うか、仕方ないだろ」
迷い込んですぐ自立出来ていたら、今とは関係が変わっていただろうか。
そう思うも、そもそもラフィアルーンと会えてすらいなかっただろうと、己の考えを打ち消した。
「確かにねー。って、どうしよう……セイジが何でも出来るようになったら」
今度は不安そうな表情へと変え、真剣に悩む魔女であった。
――何をガチで考えてるんだ。
馬鹿げた会話でじゃれ合い、抱えていた悩みに対する感情が解れていく。
今日一日で散々に乱れた心が安らいでいくのを感じた。
「万能な父親、頼れる兄、天才の弟」
「ぎゃあー! 嫌だー! 私のセイジがあーっ!」
目をぎゅっと瞑り髪を振り回し、魔女はぎゃあぎゃあと喚くのであった。
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