第14話:争いの風が止んで

 ――上手くいった。練習した甲斐があった。

 風魔法を受けた腹の痛みはそこまで大きくなく、敵意を向けられ、攻撃されたことの恐怖。それを上回る怒り。それが今回の結果。それらが、セイジが戦闘したことに対する感想であった。

 先に使用したい量の魔力を分け、属性と効果を乗せて、魔法を構築していく。彼が反動の遅延ディレィ、分割と考えていた行動であった。

 当然、魔法発動後は反動が押し寄せてくる。痛みを訴える頭を無視し、倒れた男達の様子を窺った。

 ――やったか。

 熱を発し始めたかのような頭とは反比例して、青年の心が急激に醒めていく。

 どうにでもなれ、何とかなってくれ。

 兄の方は、グラロフはどうなった。

 妹の方は大丈夫だろう。

 死にたくない、死んでも仕方ない。

 ラフィアルーンに会いたい。

 争いへの緊張、恐怖。魔法行使の反動、禁忌に対する抵抗感。

 この世界での希望、恩人に対する想い。

 それら全てを混ぜ合わせたような感情により、醒めた心が動き出す。

 同時に、忘れていた不快感がセイジを襲っていく。


「兄さんが、無事だ……」

 どうして、という犬人種の妹の驚く声が聞こえた。

 セイジが彼の襟元を掴み、身体を持ち上げた際、その答えがあった。

 害意が無いという強い思いを込め、魔素認識を共通化させたことを種明かししようとする。

 認識の共通化が上手くいけば良し。上手くいかなければ、土属性の壁を生み出し、この兄弟だけでも守ろうと考えていた。

 土の防御魔法は、実際に立ち回った方法より博打に近い行動だと考えていた。壁を張ったところで、相手がそれを上回る攻撃手段を持っていたら無駄になる。

 単純な威力も然ることながら、炎属性による火炙りや、水属性による水攻め。どちらも酸欠という結果をもたらす為、相性の悪さを覚えていた。

 ――土魔法は発動に時間が掛かる。

 また、魔法には属性や規模によって発現速度が異なる。四つの属性の中でもイメージが不得手で、体内の魔力の廻りが悪いと常日頃から感じていた。

 範囲指定も難しく、自身と犬人種だけをきっちり囲える自信が無かった。敵と同じ場所に閉じ込められたり、最悪、壁そのものでグラロフを殺傷しかねたりする可能性。その危険性を拭い切れなかったという理由もあった。

 ――運が良かっただけだ。

 素人が無茶をやるものではない、と結果を振り返る。成果に納得した後に、諸々の反省点がセイジの脳へと打ち寄せていた。

 どうにか言うことを聞くようになった足を進ませ、周囲の様子を窺う。

 戦闘不能ではあるが、いつ復帰するのかはセイジには分からなかった。

 路地に倒れた男達を彼は眺め、冷たい風が吹き込んでくるのを肌で感じた。


「この有様は、どういうことだ」

 全く気配を感じない位置から、低い声が聞こえた。

「い、いつの間に……!」

 グラロフの妹と同様の心境で、声がした方へと振り向くセイジ。

 驚く二人を全く意に介さないまま、路地の角から姿を現す。

「犬人種を始末しろと言ったが、気楽な奴等だな」

 そのまま横を通り過ぎ、倒れ込んでいる男達を蹴りつつ語る。

 先程、セイジが吹き飛ばしたローブの男と同じ外見であった。

「うぐぁっ」

「あっちにケオンが寝てたし、お前ら何してたんだ?」

 鈍い打撃音と共に、男が呻き声を漏らす。

 全身を濃い紫色の外套で覆った男が、黒色の足で男を再度蹴り上げた。

「……!」

 舌が動かせず、口内が渇いていくのをセイジは自覚する。男が喋る内容すら、遅れて訳すことしか出来ずにいた。

 ぶつぶつと愚痴らしき言葉を吐きながら、グラロフへと向かっていく。

「……なんだお嬢ちゃん」

「やめて!!」

 硬直するセイジをよそに、犬人種の妹が兄の前へと庇い出る。

 彼女もまた、魔法を使えた存在であり、魔力を持った風が女性の周辺から解き放たれた。


 セイジは目を閉じながら身を低くすると同時に、自身もまた風魔法を展開し相殺することで抵抗した。

 ぶつかり合っては混ざり合う気流の合間から、二人の動きを注意して窺っていた。

 発現した風により、男のフードが背へと剥がれる。

 灰色の髪、くすんだ青色の瞳。その目が、憎しみと敵意を込めて彼女へと向けられる。

 男の声音や言動、現れた方角から、確実に味方ではないという結論に行き着いた。

 何かやらかすつもりだと思ったセイジは、残った魔力で牽制しようと考える。

 二人の男が魔力を腕に込めたのは同時だった。


「そこまでだ」

 この場へ、新たな声が鋭く通った。

 セイジにしてみれば、つい先程まで耳にしていた音。

「ジーンさん……」

「お役人様方、何の用だ?」

 両者の発言を受けて、セイジの背後から複数の人間が現れた。

 その手には杖、剣、槍、弓といった、セイジの記憶にもある武器を携えていた。

 また、光り輝く胸当て、重厚な全身鎧、頑強な兜を被る者も存在している。

 ジーンを除いた彼らは皆、一様に武装していた。

「何、とは。この街での過剰な戦闘行為は認められていない」

 毅然と言い切るジーン。

「その割には、お役人様方は随分と重い装備をしているようで」

 全員を見渡し、まるでお手上げだと言わんばかりの表情で、男は語った。

 ――絶対に何か企んでやがる。

 胸中でそう思うセイジは、彼をひと際警戒していた。

「暴れ者が現れたとの知らせがあったからな」

「犯罪現場を押さえたかったが」

「お前ら、住人なら魔種の排除ばかり計画するんじゃない!」

 役所の関係者らしき者達が、口々に理由を明らかにした。

「住人?」

 ――こいつらが、か……?

 同じ街に暮らす者同士で争っていたのか、という思い。

 そんなセイジを尻目に、意識を取り戻した男が口を開く。

「この犬人種が先に仕掛けてきたんだ……!」

「違うっ……違います! 俺は見ました! 殴っているところを!」

 その言葉を、セイジは即座に否定した。

 彼らが、グラロフを傷付けたこと。

 無論セイジとて、どちらが先に手を出したかは分からない。

 証拠は持ち合わせていなかったが、それでも堪えることが出来なかった。

「この人の言う通り、違います! こいつらに襲われたところをグラロフが……!」

 グラロフの妹もセイジに同調し、事件の非は男達にあると主張した。


「……よせ、もう良い」

 擁護されたグラロフはしかし、痛みに顔を顰めたまま、よろよろと立ち上がった。妹が慌てて駆け付け、役所関係者の一人が近寄って体を支える。

「二度とこのような真似をしないと誓い、去るが良い」

 役所の制服にのみ包まれた外見の男が、威圧を込めた声で話す。

 白と黒の混じる髪の、壮年の男性がそう宣言し、立ち去るように命じる。

「……そうさせてもらうことにしよう」

 紫のフードを被り直し、倒れていた男達に立ち上がるよう指示する男。

 立ち上がった男達が互いに肩を寄せ、路地へ消えていく。次いで、頭目らしき男がその後を追うように去ろうとする。

「……見逃すのか?」

 ここまでして何故という思いで、ジーンへと問う。

 セイジの頭には彼らの言葉に対する不信感しか無かった。

 男達の再犯の可能性しか浮かばず、自身の腕には既に魔力を仕込んでいた。

「そこまでだ、セイジさん」

 その腕を、優しくもしっかりと抑えるジーン。

「どうし……なぜだ!?」

 遂には男達が道から消え、姿が見えなくなった。セイジは己を止めるジーンへ、振り向き様に厳しく問い詰める。

「我々が駆け付けた時から、状況は変わっておりませんから……」

「……俺が何かをした、されたってのも、不問だ」

 治療を施す役所員と、グラロフが続け様に述懐する。

「犯行の最中か、確たる証拠が無ければ捕らえられません」

 つまり、現行犯でしか捕縛出来ないのだとジーンは言う。

「証拠不十分? グラロフを見ろよ! 俺の証言……くそ、言葉じゃ駄目なのかよ!」

 この世界の言葉が上手く喋れない、それがセイジにはひたすらもどかしく思えた。

 人も魔もあるかと、セイジは責めるように言った。

 それを聞いたジーンは人種の割に面白い考え方だと評価し、

「セイジさんは当事者ですから」

 前説をしてから、まずは落ち着くようにと語った。

「正しくない捕縛は、内乱に繋がるのです」

「はぁ!? 内乱!?」

 説明されたセイジは理解出来ず、言われたことをそのまま訊き返すしか出来なかった。

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