第11話:役所へ出向く

 役所とは、この街を管理している者達が務めている場所である。

 治安維持をはじめ、住民からの要望や質問、手続き、物品のやり取りが行われていた。

 そういった説明を受けていたセイジは、

「役所から人が来るのか?」

 と、ラフィアルーンに訊ねた。

「うん、どうしたんだろ」

 彼女はさっと幻影魔法を使って変装し、家の入り口へと向かっていった。

 ――無駄にドキドキする。

 彼女の後ろ姿を見送ったセイジは、いつになくそわそわしていた。

 セイジが別世界の人間であること。魔女の家にほぼ同棲状態であること。

「もしかして俺、バレたのか……?」

 己の存在が発覚し、説明または連行されるのでは、という思いが浮かぶ。

 不法滞在という言葉がセイジの脳を過る。

 僅かな時間、室内に一人であったこともあり、更に緊張を高めることとなった。

「セイジー!」

「呼ぶのかよ!?」

 入り口から魔女の呼ぶ声が聞こえてくる。

 その場で突っ込みを入れたセイジは、緊張したまま向かうのであった。


「彼は?」

 高くも低くもない声が、この家に住まう男女に向かって掛けられる。

「この店の従業員をやってもらってます!」

「セイジと言います」

 玄関に居た人間に向かって、セイジは歩きながら名乗る

 茶色の長めの髪と、質感の良さそうな紺色の上下。首から胸元に掛けて、白いシャツのような服を下から覗かせている。若くて華奢だが、きっちりとした身のこなし。

 その姿を見たセイジは思う。

 ――絵に描いたような貴公子。いや、男装の女子か?

 という印象を、その整った顔立ちから抱いた。

「ああ、申し遅れました。私はジーンと申します」

 役所の人間であるらしい証を見せながら、ジーンと名乗った。

「これ、控えです」

 と言いながら、ラフィアルーンは役所の人間へと書類を差し出した。

 それを受け取りながら、

「では彼と共に?」

 セイジへと視線を向けながらジーンが問う。

 話の流れが分からず、セイジは名乗った以降、黙っていた。

 違う、と否定しようとするラフィアルーン。

 その時、どこかから鈴を鳴らすような音が聞こえてきた。

「今のは?」

「あ、お店のお客さんだ!」 

 彼女は弾けるように駆け出そうとした。

 だが、セイジと役人を放ってはいけないと思ったのか、

「セイジ! そっち、頼まれてくれない?」

 と声を掛け、頼み込む仕草を見せた。

「そちらの作業が終わるまで待ちますが」

「んー、いつ終わるか分からないので!」

 セイジを尻目に、魔女と役人の間で言葉が交わされる。

 蚊帳の外であったセイジが、何の話だと問い返そうとすると、

「商品は物置! 白い箱、分けてあるから!」

 という大雑把な指示をラフィアルーンから受けた。

 ――商品の納入と運搬の手伝いか。

 少ない言葉と状況から察したセイジは、彼女へ問い掛けることに決めた。

 そこへ、再び軽やかな鈴の音が響いてくる。

「ひゃいっお待ちくださいー!」

 後はよろしく、という声を残し、彼女は廊下の向こうへと走り去っていった。

 伸ばした手を力なく下ろし、セイジは役人へと向き直る。えっと、では、と彼が改めて用件を訊ねようとすると、

「商品はここ! ついでに、役所で登録してきてー!」

 廊下に消えたラフィアルーンが、遠くの部屋からひょっこり顔を覗かせていた。

「分かっ……知ってますって! って、登録って何ですか!?」

「登録は住人であることの証明! なら、お願いねー!」

 大きい箱だからすぐ気付く、と元気良く伝えてから、魔女は客の応対へと戻っていく。

 当初の緊張感はどこへやら、すっかり平常心に戻ったセイジであった。

「賑やかで元気な方ですね」

 一部始終を見たジーンが微笑みながら語る。

「あれでも教師だと言い張るんですよ」

 それに対して、軽口をたたく余裕が出来ていた。

「では、商品を持って来るのでお待ち下さい」

「分かりました、ごゆっくり」

 言葉を交わし、セイジは物置へと向かっていった。


 木で構成された床を歩き、物置だと言われた部屋の扉を見付ける。

 スライド式であるその扉を、セイジは取っ手を掴んで横に動かした。

「白い箱、……扉軽っ!……、白い箱……」

 忘れないように言葉にしている最中、思ったことがそのまま口から洩れる。

 スーッと開いていくドアが、レールの終点にあった衝撃吸収材とぶつかって小さな音を立てた。

 それなりに広い空間に、色分けされた箱が点在している。

 商品を置く台と台が通路を作り、壁に沿って棚が配置されていた。

「あった。大きくね?」

 己の上半身ぐらいの高さと、両手に収まるぐらいの白い箱。

 丁寧に積み重ねられた目的の品物。男が注意して見ると、一つに重なって見えたそれは二つあり、計四つ存在した。

 二個同時に抱えたことを考えれば、見た目より幾分軽い商品だと感じた。

 だが、その高さゆえに視界が不明瞭になることを考え、

「だから手伝えって言ったのか」

 と納得する。同時に、運搬用の台車で片付く問題だと思った。

 ――ドアに滑車使うぐらいだから、流石にあるだろ。

 馬車、二輪の手押し車などを想像していく。

「タイヤは……どうかな」

 ゴムの存在こそ確かめたが、車の駆動輪までは分からなかった。

 どうせ自分には作れないし、と考えながら玄関へと戻っていくのであった。


「あと二つあります。えっと、確認は……」

 入り口へと戻り、箱を置きながら問い掛ける。

「いえ、この箱が目的なので」

 今回も大丈夫そうですね、とろくに確認しないまま、ジーンが箱を手に持った。

 さっと抱え上げた様子を見て、セイジは焦りながら話す。

「あ、すみません急ぎます!」

「いえいえ、軽いのでごゆっくりどうぞ」

 それに対し、全く問題ないというように、抱えた箱を軽く持ち上げた。

 その姿こそ目にしたが、待たせてはいけないと思い、再び物置へと駆け出していった。


 揃って箱を抱えたまま、二人は真っ直ぐと役所へ向かっていた。

 その間、ジーンから最近の寒さや食べ頃の料理などの話を振られ、適当に相槌を打っていた。

 彼はその間、肯定や同意、否定や反対、そして知らないといった答えで凌いでいた。

「そう言えば、どうしてお一人で?」

 一方的に話の提供をされていた為、何となく申し訳なく思ったセイジが問い掛けた。

 なぜ一人でラフィアルーン宅を訪れたのか。

 一人で来た割には、時間を気にしないようなジーンの気遣い。

 いつも利用しているといった言葉を、問い掛ける最中に改めて思い出していた。

「普段は、私の担当ではないのですが」

 横並びで歩きながら、ジーンは語っていく。

 担当の者達が、別の作業中に傷を負う――怪我をした――と説明された。

 セイジが察するに、急遽ジーンが代理で訪れたということであった。

「それは……大変でしたね」

 そういった経験がセイジにもあった為、気を遣うように言葉を返した。

「恥ずかしいことに、外へ出ることが可能な人間が限られておりまして」

 セイジにも分かるぐらいの言葉で、役人は単独で訪れた理由を供述した。

「はぁ、なるほど」

「一応、あのように募集は掛けております」

 相槌を打つセイジへ、ジーンは目線を移ながら続ける。目線の先には、白で統一された巨大な建物が目に入った。


 内外を見渡せる透明性を重視したエントランス。

 ――自動ドアなのか……!

 人の出入りに合わせ開閉される扉を眺め、驚きに染まり掛ける。

 まぁどうせ魔力感知か何かだろ、とすぐに表情を戻したのであった。それぐらいの驚きに耐えられる程、セイジはこの世界に馴染みつつあった。

 入り口をはじめ、あらゆる場所に掲示板が設置されていた。その一つに、役所に関する募集条件と書かれた紙が大きく貼られていた。

 かつて暮らしていた世界の、公務員を彷彿させる職業。

 この国での犯罪歴が無いこと、という冒頭文がセイジの目に留まった。

 その下には、この街に数年住んでいること、という続きがあった。他にも、いくつかの条件文が記載されていたのである。

「ノーチャンだった」

「は?」

 ラフィアルーンの家や店に居続けるのは申し訳ない。

 そう考え、新たな生活拠点と仕事先があれば、と思って見た結果である。

 己に機会や適性が無いと知り、思わず呟いたセイジであった。

「いえ、自分は対象外のようなので」

 貼り紙の横を通り過ぎながら、セイジは正直に話す。

「住人登録をされてないと伺いましたので、後程手続きをしてしまいましょう」

 良い機会ですし如何でしょうか、と語るジーン。

 セイジは首を縦に振って同意を示し、建物内へと入っていった。

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