第10話:文明の差
それからも魔女との生活は続いた。
セイジの日常といえば、魔法の練習と言語の修得がメインである。
「それじゃない」
「うっす」
上下を白と黒の服で身を包む女性。
肘から先と、膝上から下までを黒い布で覆っている。
いつも身に付けている帽子とマントは外されていたが、手先には木製の杖が握られていた。
彼女は杖を手に室内を歩き回っては、陳列されている商品状態を調べていた。
「そこばかり整理しない!」
それも女物の、と呆れ顔と怒った口調で語る女性。
セイジを注意するこの魔女然とした女性こそ、この魔道具店のオーナーである。
「いやだって、この世界の服がどうなってるか……」
言い訳をしながらも、手から離さないセイジ。
彼の生活サイクルに加わったもの。それはラフィアルーンの経営する、魔道具店の作業手伝いであった。
彼は今、女性物の下着を手に取っていた。
絹が使われている服、麻で製造された上着の中には、ゴムが使われている物もあった。
手触りや刺繍、縫い目に伸縮具合などを、男は確かめていく。
「どうやって製造されてる?」
「……意外と真面目だった」
セイジの行動は熱意というよりも、単純に興味が勝っていたからである。
具体的な製造方法こそ知らなかったが、前の世界と同等の品質に軽く戦慄していた。
この世界に訪れ、身も心も落ち着いてから彼が思ったこと。
それは、この世界の文明レベルの高さであった。
衣服一つとってみても、デザインこそ異なれど、その仕上がり具合は互角の印象を彼は受けた。
見た目に関しても、前の世界だと仮装として扱われ兼ねるという話である。
いざ現地で暮らすことを決め、先入観を取り除き、徐々に順応していく日々の中。彼が目にしたり身に付けたりした衣服。
それらは、彼の知る物の水準を十分に満たしているのではないか。セイジにはそう思えた。
「これも式が刻まれてるのか?」
「うん! 高いよそれー?」
店主にそう答えられ、彼はは手に持つ上着をしげしげと眺めていた。
大衆向けの量産品であったとしても、通気性や保温率を高める魔法式が使われているのである。
土を除く各属性が(商品の用途によっては土属性すら)主に刻まれていた。
――デザインと機能性の両立可能な服が一般的だと……!?
自身の生まれた国の生活水準は世界的に見ても高い方だ。そう思っていただけに、この世界の衣服の質の高さは、セイジにとって衝撃的であった。
利便性というものは抗い難い魅力を持つものである。
別に悪いことしてないし快適だし、と開き直っては祖国の服からあっさりと鞍替えした。それでも彼は郷愁の念に別れられず、洗って保管はしていた。
この世界において、元々は手作りでの裁縫が基本であった。
だが、魔種の侵略により、国民の安全性を高める為に広まったと言われている。
あくまで表向きの理由と補足されたが、事実上の理由など、セイジにはどうでも良いと思えた。
「魔法が使えない人も居るんだよな?」
「居るけど、魔道具あるし」
攻撃用、防御用、生活用、などと説明されたセイジであった。
「……色々あるんだな」
長らく秘匿されてきた魔法が、書物や口伝などを経て一般に広がっていく。
魔力の体感の可否を問わず、この世界の人々は何かしらの魔法に触れているのであった。
「職人達は大丈夫だったのか?」
「反対派も居たみたいだよ」
セイジが思い浮かべた疑問へと答えていくラフィアルーン。
この時、衣装職人は最後まで反対したようであった。食い扶持が無くなるのは困ると反発するのは当然だと言えた。
が、魔法式の刻まれた品物の利便性。それに、管理者からの職人達への待遇保証。後に、魔道具による製作時間の大幅短縮といった条件の下、大方が合意していった。
「よくそこまでこぎ着けたな」
「今の管理者さんって凄いやり手だからねぇ」
それからというもの、職人達は空いた時間を以前までのハンドメイドに費やすようになった。
あるいは、独自性の追求や別の魔製品の製作に励むなど、住み分けが上手くいった事例であった。
――そんな魔法みたいな、いや、魔法だけど……。
と、なんとなく負けたような気になったセイジであった。
「インフラなんかも相当整ってるからなぁ」
服とともに水準の高さを痛感したのは、やはり同じ生活面の事であった。
キッチンのみならず、トイレや風呂も前の世界以上かもしれない。そういった印象をひしひしと感じていた。
土魔法で作られた、まさに土台と言える部分。そこに水の魔法式が刻まれ、魔道具や魔製品が自ずから水を生み出す。
より高性能な物になると火や風属性が付与され、加熱や消臭機能が追加される。
魔法をここまで一般に落とし込んだ人達の手腕を誉めるべきか。
それとも、魔法無しに生活水準を高めた故郷の職人達を尊敬すべきか。
ボタン一つで流れていく水流を眺めながら、セイジは改めてそう思わずにはいられなかった。
学問に至っても同じであった。
「それ、そこに三枚よろしく!」
「あいよー」
――発音こそ違うけど、使い方や数え方とかは十進法なのか。
セイジが抱いた感想とは、数字や暦といった内容に話が及んだ時であった。
「太陽と月に、魔法の属性を掛け合わせたもの」
「それが一年って訳か」
「うん」
一月なら日暦、日月暦なら二月。その後は火、水、風、土と続く。
十二番目である月日の暦を十二月とするのが、この世界の一年であった。
日にちに関しても似通っており、太陽と月に四属性を加えた日で六日間。
「六日で一週間、五週で一か月は三十日?」
「おお、計算早い!」
「馬鹿にするな!」
という扱いであった。約二か月に一度、創世記念日や感謝の日といった休息日が別に設けられている。
「今は冬ってとこか」
「そう。今日は日月暦の
「そりゃ外が寒い訳だ」
そう語らう二人が居る室内は、心地良い温度に包まれていた。
「魔道具、ホント便利だよな」
「魔力さえ足せばねー」
そう言いながら、温かい風を吐き出す設置型の大型魔道具へ目を向ける。
魔法の刻印と、魔力の供給。それだけで、セイジの知る暖房器具と同等の働きをするのであった。
――四季といい、前の世界にそっくりだからなぁ。
元の世界と変わらない文化、常識、気候。
男の頭へと違和感なく入るからこそ、しばらくは違和感が拭えなかったのであった。
ふと、小さい鐘が軽く打たれる音をセイジは耳にした。
「今の音は?」
「家に誰か来たみたい」
ラフィアルーンが音の発生源へと向かい、それから振り返らずに話す。
「役所の人だ」
「役所?」
耳が捉えた言葉により、セイジは過去に居た世界の役所を思い浮かべる。
この世界においても、彼の想像する通りの意味で使われているのであった。
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