第9話:常識の片鱗

 長命ゆえに知的欲求を満たし、この世界の在り方をも知ろうとする、長寿族。

 知識の研究こそ種の生き甲斐であり、とりわけ魔法分野の追究に執着する。

 数こそ稀少だが、その種族的特性は魔力の持つ色すら見分けられるほど。


 血で支配し、血によって交配し、血を以て魅了する、吸血族。

 血の流れから世界を掌握しようとする種族。

 ――人間以外の種族が本当に居るのか。

 科学では証明出来そうにない、異種族の存在を目の当たりにしたセイジ。

 人間の血を引く親を持ち、智と血を司る魔族との子孫。

 それが、ラフィアルーンの正体であった。

「そっちでは人間種だけだったの?」

「俺達に近い存在は、そう」

 彼女の質問にセイジはそう答えた。

「考えてみれば人間の一強だった訳か」

 改めて思った様子で独白するセイジであった。

 その言葉の意味を分かったのか分からないのか、

「そっちの方が信じられないよ……」

 と、ラフィアルーンは驚くばかりであった。


 以前よりもスムーズな会話が可能になった二人。

 彼らは、机を挟んで向かい合うようにして椅子に座っていた。

「じゃあ、俺の血や魔力に書き込めるのか」

 種族の特徴を聞いたセイジが、魔女へ疑問を投げ掛けるも、

「血と魔力はほとんど一緒だよ?」

 と返され、いや違うだろ、という言葉をどうにか抑えるのであった。

 魔法を使ったところで血が減る訳ではない。

 セイジはそう思うも、この世界ではそうなのかもしれないと考えたからだ。

「同じだとして。書き込めるのか?」

「書き込む? ……あー、多分。セイジは死にます」

「死ぬ!?」

 セイジの仮定に対し、魔女は過程を飛ばして結論から語る。

 あくまで種族的な特性ゆえに可能であること。

 血の因子遺伝子が無いと身体が拒絶し、最悪の場合は死に至ること。

 たとえ種族の血を引いていても、実行者には負担が掛かること。

「なるほど……」

 そういった説明を受けた彼はひとまず納得し、

「結局、俺から何を読み取ったんだ?」

 という疑念を言葉にした。

「早くちゃんと話したかったから、言葉がほとんどだよ」

「へぇー……ありがとな」

「こっちがやりたかったから! あと勝手にやってごめんね」

 お互いの気持ちや考えを語り合い、二人の話は出会った頃へと内容を移していった。

「セイジの魔力、色も匂いも目立つから」

 いきなり現れ、倒れ込んだ男を目撃したラフィアルーン。

 彼の持つ魔力が気になったから吸収した、と魔女は語る。

 重ねて詫びるラフィアルーンに、気にしてないから、と断ってから訊ねる。

「他の人も気付くのか?」

「いや、長寿族だけかなぁ」

 吸血一族の血を引く者が吸わないと、匂いまでは分からないと思う、と説明した。

「魔素認識を共通化したら違うけどね」

「魔……なんだって?」

「んー、魔力に触れて識別すること。かな」

 言葉を選び、紙を取り出しては、彼女はいつものように絵に描き起こしていく。

 個々人の持つ魔力という要素は、個性のように千差万別である。

 似通ったものや混ざり合うといったことはあった。

 だが、同一の魔力を持つ者は存在しないとされている。

 ――DNAみたいだな。

 魔力について、セイジは改めてそう感じた。

 魔素認識とは、魔力を持った生き物が、己と他者を判別する為に用いられる。

 共通化することで、別の個体を仲間だと認識する行為であった。

 言葉と絵で説明され、男は共通化のメリットとデメリットに思い当たる。

「じゃあその、共通化ってのをしなければいいのか」

「共通化は便利なとこもあるけど」

 と前置きし、共通化することにより、魔法の影響が変わってくると語る。

 そう言ってから、ラフィアルーンは説明を続けていく。

 魔素認識の共通化には、生き物が持つ魔力を事前に調べることから始まる。

 そして、互いの魔力に触れ、敵意を持っていないことを意識する。

 共通情報の登録というべき手順を取ることで、魔法による同士討ちを防ぐ目的がある、と。

「魔法の、えっと……魔法耐久との兼ね合いもあるからなぁ」

「魔法耐久?」

 セイジが分かりやすいようにと、彼の世界の言葉に置き換えた後に、魔女は話した。

「魔法に対する耐性みたいなもんか」

「そう、その通り!」

 男の回答に、よく分かったねーと笑顔で語る彼女は、再び紙へと絵を描いていった。

「はい、これ見て」

「ヘタクソ過ぎて分かりません」

「うるさい!」

 魔法が爆発して飛散した石や装備。それらが人に当たる絵を指差しながら、怒るラフィアルーンは補足する。

 魔法で生じた物理的な副次効果は防げない。

 魔法の衝撃で吹き飛ばされた物や、変化した地形。これらの要因は、たとえ魔素認識済みの対象でも例外なく影響を受けるのだ、と。

「共通化には度合いが選べるのか?」

「選べるよ、こんな感じ」

 いきなり手に触れられ驚くセイジだが、共通化の実践だと気付く。

「敵じゃない、味方だって強く思ってね」

「分かった」

 言われた通りに念じながら、彼は意識をラフィアルーンの魔力へと向けていく。

 穏やかな魔力の波が、セイジの体内を廻る感覚を彼は抱くのであった。

「おおー」

 その流れに感心する男へ突然、炎が浴びせられる。

 皮膚や衣服の表面を炎が炙っていき、机と紙ごと包み込んだ。

「うおおおぉぉっ!?」

 セイジが必死になって炎を消そうとするものの、

「ふふ、なんともないでしょ?」

 朗らかに笑いながらラフィアルーンが状況を語る。

 熱を感じなかったことに男は気付き、炎を放った張本人の言葉によって、現状を目の当たりにする。

「ホントだ……」

 男は全身を見渡し、肌どころか衣類すら燃えていないことを確かめていく。

 炎により燃え尽きたのは、先程ラフィアルーンが描いた紙だけであった。

「共通化や魔法耐久の度合いが高いと、こうなります」

 セイジ本人を指差し、それから彼が着ている服や机を指し示す。

 前者は認識の共通化レベルが強かったこと、後者は魔法耐久が高かったことを表していた。

 よく分かりましたと、脱帽するしかないという顔で話すセイジへ、

「それは何より!」

 その表情を見たラフィアルーンが誇らしげに語った。


 体内に存在する魔力を触れて行う魔素認識の共通化。

 事前に共通化する関係上、体に届かない距離では共通化することも解除することも出来なくなる。

 魔素を認識したところで、(触れることさえ出来れば)解除こそ一方的に出来る。

 だが、互いの同意が無ければ共通化そのものを行なうことが出来ない。

「だから安心して」

 現状でセイジの魔力を識別出来るのは実質、ラフィアルーンただ一人のみ。

「セイジを傷付けるつもりはないから」

 と魔女が穏やかに話す。

 先程のやり取りにより、セイジも彼女を意図せず傷付けることは無くなった。

 彼女は微笑みながらそう説明し、分かったかどうかを訊ねた。

 語られたセイジは、微妙に嬉しくなったり安心したりしながら、

「ん、分かった。ありがとう」

 改めてラフィアルーンに向かって礼を言った。


 燃え尽きて灰となった絵を集めながら、

「人と魔族は対立してたのか」

 と何気なしに彼女へと問い掛ける。

「今もしてるみたい」

 悲しげに語るのは、人間と魔族の血を引く者であった。

 二人が暮らす、街の成り立ちや国の歴史が、魔女の口から語られていく。

 人間には名誉や金銭といった欲望があり、魔族には生き様と呼べるこだわりがある。

 また、どの種族にも言えるが、領土欲というものが大小存在していること。

 人間と他種族や、人間同士の争い。

 様々な歴史的衝突の果てに、この街が誕生したと聞かされていた。

 それらの背景は、セイジの過ごした世界の歴史と同様であった。

「生き様の為に、他種族を襲う魔族が居るから」

 どちらが先に仕掛けたかは地域によって違うと、ラフィアルーンは歴史を論じる。その痛ましい表情に、セイジは居ても立っても居られなかった。

「だけど人間だって攻撃したんだろ?」

 彼女をフォローするように言い、お互い様だろうと語る。

 彼女に恩がある以上、彼の発言はある意味、自然であった。

 それとは別に、今もなお争っていると聞いた以上は、どちらが悪かを判断しかねたからである。

「そう。土地が欲しいのは同じだから」

 ラフィアルーンはそう語り、眉を下げながら微かに俯く。

 その表情は、そこまで野心や生き様を追求してどうするのか、と言いたげであった。

 己の居場所さえあれば良いと思う生き物が存在する一方で、支配欲を隠さぬ存在も居るのだと、セイジは結論と理解に至った。

「ってことは……」

「だから、髪と目を外に出る時は隠してる」

 仕方ないけど、と寂しそうに言いながら、彼女は自身の髪を触れていく。

「どうやって?」

「こうやって!」

 セイジの問い掛けに、ラフィアルーンは敢えて元気よく返し、両手を頭上に掲げた。

 その瞬間、彼女の髪が茶色に染まり、瞳の色も同色へと変わっていった。

「……!」

 言葉に出来なかったセイジは、魔女の変化を硬直しながら見守った。

「これ、幻影魔法」

「凄いな……」

 凄いでしょ、とばかりの表情で話すラフィアルーン。

 セイジは彼女に対して、ただ感心した返事しか出来ないでいた。

 呆然とする彼の顔を見た魔女は、一瞬だけにやりと笑い、

「こんなことも出来ます!」

 パッと床に向かって手を振り下ろした。

 その声が聞こえた途端、セイジの目の前に真っ白な壁が出現した。

「……前が見えねぇ」

 彼が今まで生きていた常識を超える現象。

 度重なる事象を目にしたセイジは、見たままの感想を口にしたのであった。

「壁に触ってみて」

 魔女に言われずとも触れようとしていた彼は、ゆっくりと壁に手を当てた。

「……見えたわ」

 白い壁が一瞬にして消え、先程と同じ光景が彼の視界に入ってきた。


「人間でも魔族でも、いつかは……仲良く出来ると思うんだ」

 だからそれまでの我慢だと言いながら、彼女は色を元に戻していった。

「人間への侵攻、魔族への差別」

 ラフィアルーンは表情を消し、独り言のように語る。

「無くなればいいなぁ」

 願いを込めつつ、机に肘を突いて手の上に顔を乗せた。

 その表情は男を見ているようで、どこか遠くを見ているような雰囲気であった。

 ――そうだな。

 想いを汲み取り、セイジは同意するように頷いてみせた。

「あっ」

 外でこういう話をしたら駄目だからね、とラフィアルーンは忠告する。

「母親か!」

 思わず立ち上がって突っ込んだセイジであった。

 先生と呼びなさい! と生真面目な顔で返され、その後、二人揃って吹き出すのであった。

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