第8話:進む意思疎通

 身体の怠さを伴わせながら、セイジは目を覚ました。

 彼のぼやけた視界には、陽の光りで輝く金色の髪が映った。

 随分近くに顔があったことに彼は驚き、咄嗟に声が出せずにいた。

「起きた?」

 ラフィアルーンより後に目覚めた彼の耳を、彼女の優しい声が打つ。

 今までの出来事が夢だったなら、ショックで気絶して回復した時に現実へ戻されているはずだと、根拠も無く考え、それから言葉を返す。

「起きたよ、ラフィアルーン」

 うっかり前の世界の言葉を混ぜて話してしまい、彼女に微笑まれた。

 えっ? と言いながら、セイジは思わず身体を飛び起こした。

「セイジ、?」

 変わらぬ表情で語るラフィアルーン。

 その様子に、男の寝惚けていた脳が急速に活性化していった。

 何でここに、という疑問すら、セイジの頭から抜け出ていった。


 唐突に彼の居た世界の言葉を使い始めた魔女。

「勝手に魔力を貰いました」

 と前置きし、魔力から記憶を読み取ったこと、早く会話をしたかったことを説明していった。

 そんなことが出来るのかと重ねて驚く彼にラフィアルーンは、

「ごめんなさい」

 と、セイジが知っている言葉で謝罪した。

 むしろ手伝うからと、安堵感と喜びを隠せず、セイジは協力を申し出る。

 馴染みの言葉を聞くだけで、彼の胸中は急激に晴れ渡っていった。

「何回もするのは駄目!」

 喜色満面の彼とは対称的に、ラフィアルーンは咎めるような表情で諭す。

 続けて魔女はいくつかの注意事項を語っていった。

 眠っている時が一番やりやすい、一度に魔力がたくさん減ると大変、と言い包めた。

「魔力くれたら」

 魔力を譲渡して繰り返せば手っ取り早いのでは、というセイジの言葉を、 

「そんな余裕ないの!」

 言葉通り余裕を感じさせない態度でラフィアルーンは遮った。

 種族の使命のような、崇高な儀式に近いという補足を受け、

「そんなもんなのか」

 と、セイジは軽く受け止めるに留めた。

 頼れる人は世話を焼いてくれる彼女しかいなかったから、という理由もあった。


「セイジは、違う世界の人間なんだね」

 男が散々考えた悩みの一つに、ラフィアルーンが触れた。

 ――その言い方だと、記憶とかまで読み取れるのか?

 彼は言葉にこそしなかったが、内心で気に留めながら首肯した。

「でも、こことそんなに変わらないと思う」

 だって勝手に動く道具もあったし、箱の中で動くものもあったから、と魔女は言った。

「手元で操作するの? 勝手に動くの?」

 便利そう、と連続で投げ掛けられた質問。

 それらは、セイジの脳内にあった、この世界の文明という謎を早速解決してくれた。

「そりゃ便利だけど」

 全然違うだろうと、セイジは突っ込まずにはいられなかった。

 この世界の魔道具や生活環境を見た彼が気付いたこと。

 それらは、電力やガスといったエネルギーを、魔力に置き換えたといっても過言ではなかった。

 電気や天然資源といった事象を、男は元世界の言葉で説明していく。

「何を言っているのか分かりません。絵でお願い」

 しかし、機械翻訳されたような返し方をされ、彼は閉口するしかなかった。

 所詮は概念として何となく知っているだけである。詳しい仕組みの説明となると、細部まで解説することは難しかった。

「これが電力で、そこから……」

 電力を生み出すものを発電所や電源とし、電力で作動する機械を作る。

 それを人間達が操作する、といった手順を説明していく。

 理解が及ばなかったのか、それとも微妙な絵を見たからか。変なの、という感想に加え、

「魔力は無いの?」

 彼の説明は一言で切り捨てられるのであった。

「…………」

 魔力が何なのか、その理解に及んでいなかった彼は何も言えずにいた。

 前の世界で魔力が存在していたかと問われれば、確実に否定するだろう。

 だが、この世界に来てからは、己の中に魔力が存在していると聞かされたのである。また、自分自身で魔力を確かめたばかりであった。

「もしかしたらあったかもしれないけど」

 と仮定しながらも、使えた人は居なかったと答えるに留まった。

 男はそのまま黙り込み、元の世界のことを思い出していた。


「前の世界に、帰りたい?」

 魔女から発せられた言葉。

 彼女の一言が、セイジの頭と心へと深く突き刺さった。

「――……帰る方法は知っておきたい」

 封じていた思いが蘇り、この世界での発見や生活と比較した彼は、そう答えた。

「そっか」

 短く話す魔女を見て、セイジは問わずにはいられなかった。

「知ってるのか?」

「ごめん、分からない」

 問われたラフィアルーンは目を伏しつつ、申し訳なさそうに語った。

「だよな」

 魔女に同じく、セイジは短く返した。落ち込んでいく感情を、表情には出さないように心掛けながら。

 内心では分かってはいたのだ。そんな方法があれば、とっくに戻れただろうと。

 一方的に飛ばされたのか、それともこの世界に呼ばれたのか。

 なぜ自分が、という思いが、またしてもセイジの胸中へと込み上げていった。

 突然、ラフィアルーンが顔を上げ、口を開く。

「……この世界のことも知っていかないと!」

 言葉も魔法も歴史も、と両手を握りながら続け、

「もしかしたら、戻れる方法が見付かるかもしれないし」

 だから頑張ろう、と伝えようとしていた。

 ――ある訳ねーだろ。

 励まされたセイジは嘲笑いたかった。

 そんなものがあるならとっくに、と考えたところで思い直す。

 セイジがこの世界に迷い込み、未知の存在に触れたこと。

 異種族と、魔力と魔法に触れた短い時間が思い起こされた。それをきっかけに、彼女との出会いまで遡っていく。

 ふと、彼の脳裏に一つの疑問が浮かぶ。

「ラフィアルーンさんは、その」

 言い淀むセイジに、魔女は努めて明るく振る舞おうとし、

「ラフィアルーンとか、ラフィでいいよー!」

 名の呼称をくだけたもので良いと提案した。そんな彼女に、セイジはありがた半分、申し訳なさ半分で感謝し、 

「人間じゃない……のか?」

 と、恐る恐る問い掛けた。

「え? うん。あ、うーん……」

 予想とは異なる反応に、男は肩透かしを食らった気分になった。

 言い悩む彼女の言葉をそのまま待っていると、

「人間と長寿族の子孫の父と、吸血一族の母から生まれました」

 それが自分だ、とセイジへ説明した。

「え? いや、そうじゃなくて」

 魔法を使えるなんて、本当に人間なのか。

 そう問いたかったセイジは、新たな言葉に混乱するのを自覚した。

 彼が居た世界の言葉で話しているからこそ、生まれた疑問であった。

「魔族の血を引いた人間、かな?」

 最も適切であろうと判断した魔女が、そう答える。

「セイジの国の人とそこまで違う?」

 どう返せば良いのか決めかねていたセイジへ、ラフィアルーンが重ねて問い掛ける。

「その、目の色が違う」

 咄嗟に思い付いたことを言葉で表す。

 色付きのコンタクトレンズでも装着していなければ、彼は紅い瞳というものを見たことがなかったからだ。

「あ、これはね」

 自分の目を指差しながら、ラフィアルーンは話す。

「この髪の色と一緒です。魔族の血が、先祖から流れている証拠!」

 瞳から髪へと手を動かし、梳くように触れて答えるのであった。

 彼女はそれらを魔族の子孫の証だと解説した。

「証拠って」

 国内でこそ数が少なかったが、セイジの居た世界では珍しくなかった金髪。

 一方、人間以外の動物でしか見た記憶しか無かった、紅い瞳。

「常識だから!」

 と張り切る彼女を見て、この世界に関しての疑問が、セイジの中で一気に湧き起こっていく。

 どんな種族が居るのか。

 どれぐらいの言葉を読み取れたのか。

 自分にも相手の言葉を読み取れないのか。

 どうしてここまで魔法が広がっているのか。

 食べ物や飲み物はどうなっているのか。

 前の世界との行き来は可能なのか。

 数字は、暦は、機械は、常識は、学問は、化学は、宇宙は……。

 と、彼の脳内が疑問で染まっていった。

 焦燥感を伴うような表情になっていたからか、

「あ、お腹空いた?」

 セイジは魔女から見当違いの指摘をされた。

 直後にセイジが本当に空腹感を覚えた為、彼が抱えた多くの疑問は霧散していった。

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