第7話:代償
魔法を維持する為には、魔力量に応じて難しくなっていくという事実。
起こそうとする事象に対して、より正確なイメージを保つ必要がある点。
魔法使用後は発動の成否に関わらず、大小の反動が訪れること。
それから、魔力の消費による心身へのダメージと、考え込むセイジを見て、
「どうしたの?」
また無茶なことを企んでいるのではと、ラフィアルーンは表情を険しくしていった。
「考えてるだけ、気にしないで良い」
彼女に対して、無理もしない、と伝えていくセイジであった。
「……ふーん?」
前科持ちであるセイジに対して、魔女は目を細めて見定めていく。
その目は厳しかったが、何もしない彼の様子を確認し、
「なら、良いけど」
表情を普段通りに戻してから、中断していた絵描きを再開していった。
若干後ろめたい気持ちになりつつ、セイジもまた推察を再開していく。
込めた魔力の量により、魔力の波の色が変わったこと。
それらを含めて、起こり得る事象を推測していった。
「魔力を多く込めたら……」
――威力は上がるが、制御が難しくなる。更に反動も大きくなる。
男は独白し、自問自答を始める。
ラフィアルーンがチラッと窺うが、すぐに視線を紙へと下ろした。
「魔力をゼロまで使うと、気絶する」
強烈な風魔法を放った時を省みても、彼にとっては事実のように思えた。苦痛や不快感の訪れを反動とするなら、と考えてから黙り込む。
――あの時……。
気力や意識を失った過去を思い返し、己の推測を肯定した。
だが、命にかかわる可能性も否定出来なかった。その為、仮説に留め、ラフィアルーンの目を盗んで試そうと考えた。
――魔力を貰った時はどうだったか?
先程、ラフィアルーンに魔力を分けてもらった時。その際、痛みが無かったことを、セイジは思い返していた。
短い時間の内に、身を以て経験してきたことである。彼の体験とその前後のシーンが、ある結論を導き出す。
――魔力は、精神力なのか?
現時点では合っているとも間違っているとも思えた、セイジの出した答え。
知識も経験も足りないと感じ、魔法による検証を重ねていこうと改めて誓うのであった。
「頑張ってますね、はい!」
魔力の消耗が原因の頭痛を堪え、セイジは魔女から魔力の提供を受ける。
ありがとうと礼を述べると、魔女の腕から彼の腕へ、魔力の波が流れていく。
彼の頭から痛みが消え、魔力が満ちたことを確認する。改めて礼を言ってから、魔法の研究を続けていった。
どの魔法をどれぐらい使おうとも、その後に何らかの悪影響が生じる。
そのことを確証したセイジは、
「キャンセル出来ないのか?」
魔法行使の副作用、硬直を無くす手段を探していた。
元の世界へ戻る方法を探すには、ある程度の生きる力が必要という考えはあった。それは、誰かとの争いを想定しているのではない。
「毎回苦しんでたら話にならないし」
単純に不快感の予防や解消。
魔法発動後のリスク、つまり魔法反動の軽減方法を模索しているのであった。
セイジはまず、二つ以上の魔法を放とうと試みた。
「無理だこれ……」
初めに、右手に水を意識し、左手には風を念じた。すると、彼の体内では水属性の魔力が風属性へと変質していったのである。
次に試したのは、事前に魔力を分けておく方法であった。
「魔力。右手。魔力、左手……」
意識付けをする為に敢えて口に出して集中していく。
セイジは属性を決めず、魔力の流れだけを意識。
同時に脳裏に軋むような痛みが彼の頭に生まれた。
痛みを我慢しつつ、両手に異なる属性を付加させようと試みたが、
「……駄目か」
水色の魔力が緑色へと変わっていき、先程と同じ現象が繰り返される。
反動が先に来るか後から訪れるかの差。
体内の魔力の変化を確かめたセイジは、そういった結論に至った。
――合体魔法とか憧れてたんだけどなぁ……。
想定とは異なる結果を残念がったものの、二つの腕から風魔法を発現させ、標的を大きく揺らした光景を確かめた。
「まぁ、これはこれで収穫」
軽く痛む頭を振り、セイジはその顔を明るくしていった。
同時発動にもメリットがあるはずだと考えを改めていく。先に魔力を分割して、後で魔力を供給してもらえれば良さそうだと、前向きに考えた。
「セイジって、苦しいの、大丈夫?」
ふと、ラフィアルーンが視線を上げて語る。
苦しいとは、もしかして魔力残量を気に掛けてくれているのだろうかと、彼は疑問を抱く。
「どういう話?」
ラフィアルーンの発言をセイジは今一つ理解が出来ず、問い直した。
「んー……えっと、んー」
魔女は困惑したように眉を寄せ、絵を描こうとしてはその手を止める。
説明することが困難だとでもいうように、その様子はかなり悩んでいるようであった。
――俺の為、だよな……。恩返しもしたいし。
小振りな唇を閉じたり開いたりしている彼女を憂い、セイジは決断した。
「頑張る。ラフィアルーンさんの助け、なります」
覚えた言葉を一言一言噛み締めながら、彼女へ協力を申し出たのであった。
「本当に?」
「ああ、お願いします」
下からセイジを覗き込むように言う魔女。彼女の紅い瞳を見返しながら、彼は改めて願い出た。
「分かった」
そう答えた彼女は、セイジの前へと立ち上がった。
「かなり、覚悟が必要です」
「……え、ちょっ待て待て!!」
物騒な物言いが訳され、セイジの頭へと入り込む。
両手を前に出して焦りながら後ずさるが、距離が変わらないでいた。男は己の両足を動かせないことに気付く。
「おい、おいってば!」
彼がラフィアルーンをよく見ると、掌を男へと向けていた。
「またこの魔法かよ!」
「頑張ります!」
異なる世界の言葉により、既に会話が成り立っておらず、
「良い考えが浮かびました!」
「話を聞けえぇぇ!!」
男の渾身の叫びが空しく響き渡る。
彼が最後に確認したのは、良い表情の魔女が、ゆっくりと近付いてくるところであった。
庭の敷物の上に座る、二人の男女。
一人は横たわっており、魔力を吸われて意識を失っていた。もう一人の魔女はというと、男の頭を自身の足へと乗せて眺めていた。
体調や夢見が悪いのか、男の瞼がやや強く閉じられる。少しすると表情こそ緩やかになったが、薄っすらと涙が滲む。
その姿に魔女の胸が痛み、頭を一撫でしてから気を引き締める。己の悲願達成の為に、心を鬼にして魔力解析を試みるのであった。
魔女の手が淡く光り、眠っているセイジの体へと伸びる。一つは、魔力の宿った生物から記憶を読み取る為の、継承魔法。もう一つは、彼女の先祖の種族が下僕を集う為に使う、魅了の魔法。
「……ごめんなさい」
寝ている男に届かぬ詫びを述べ、彼の持つ魔力へと接触を試みる。
セイジの弱った精神なら、抵抗も少なく容易く介入出来る。そう考え、魔力に触れたまでは良かった。
想像を絶する量の情報が未知の茨棘となって、彼女の脳へと殺到した。
「あっっ!」
一瞬の衝撃。痛みを超え、ラフィアルーンの感覚が麻痺していく。
脳が無意識の内に魔法の維持を中止させ、魔女はその場に倒れ伏した。辛うじて抱え込んでいたセイジに衝突することは免れた。
「うぁ……」
明滅する視界、力の籠らない身体。弾かれたのではなく、自らが弾いたという感覚をラフィアルーンは知覚した。
セイジに拒絶されたのではない。
異なる世界の言語や知識といった情報を、魔力と血液越しに吸収しようとする。結果として、脳の許容量を超える情報群を、彼女の脳が拒んだのであった。
時間が経ち、どうにか体を起こした魔女は、再び魔力の介入を試みる。
まだ何も読み取れていない。魔女はそのことを悔やみ、その理由を改めて考え直した。
一度に両方を吸収しようとしたから失敗したと判断し、次は血液から同化させることを決意する。微かに震える指先から、目に見えざる糸が紡がれ、男の体内へと痛みもなく侵入していった。
「少しだけ、ほんの少しだけだから」
詫びと弁明を兼ねるように呟き、血液を採取しようと決心する。
敢えてセイジの顔を見ないように、彼の腕へと再び手を伸ばす。彼女は罪悪感に押し潰されそうになるのを必死に堪えていた。
血は生物全てにとって重要である。この認識は、この世界でも共通であった。
大量に失えば生命が危うくなる。魔力以上に、安易に奪うものではない。
その情報を知ったのは彼女が幼い頃であり、それ以来、採血に関しては忘れていた。
魔女の指と男の皮膚の間に、赤い線が生じる。しかしながら、線が発生した時間は一瞬であり、すぐさま消え失せた。その後、またもや彼女は痛みに抗うこととなった。
「くぁぁ……あああっ!」
声を出さないようにと意識するラフィアルーン。その抵抗空しく、か細く高い声が漏れ出る。
頭が割れるような激痛。最初に魔女を襲ったのは痛みであった。
次に訪れたのは、甘く痺れるような、快楽に似た感覚。それらが理性を溶かし、身体へと流れていく。
「これは……」
身体の奥底から湧き出てくる高揚感。
直後に、体内で男の血を通じて解析されていく感覚を魔女は認識する。
全身を襲う複数の感覚に、頭と体の境界が曖昧になっていくのを自覚した。
――いたい……。
本能が訴える。痛みに耐え、種の役目を果たせ、と。
――吸いたい……!
理性が呼び掛ける。欲望に耐え、己の本分を見失うな、と。
庭に広げられた布を掴み、彼女は足の指先に力を込める。目をきつく閉じ、本能へと必死に抗っていた。
瞳孔の形を変えるほど刮目しつつ、得られた情報を冷静に分析しようとする。そうすることで、彼女は本能的欲求から耐えていた。
「これは、ダメだぁ……」
痛みの成分が薄れ、ラフィアルーンは酩酊状態のように譫言を呟いた。
彼女の白い肌に透明の雫が浮かび上がっていく。
「……もうちょっとだけ」
未知への研究という命題を優先し、再びセイジへと手を伸ばしていく。
魔女の研究は、セイジが目覚めるまで行われていった。
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