第6話:法則を探る
セイジはあれから、水、風、火、土の属性を確かめていった。
水の魔法を使った時と同じ手順で、己が納得するするまで試していた。これらの順は魔法に対する好みと、想像しやすさによるものであった。
「魔力、大丈夫か?」
「大丈夫、頑張れー!」
ラフィアルーンを気に掛けるセイジへ、彼女は褒めたりイメージの手助けをしたりしながら応答していた。
裏庭に持ち込んだ筆とインクで、筆記具を収納していた箱の上に紙を乗せ、魔女は絵を描き続ける。時折、セイジへ魔力を譲渡してはアドバイスをしていく。
「本当に?」
一方のセイジは、魔力を貰い続けていることで、魔女の負担が気になっていた。
多少の情けなさと心配、不安などにより、彼女の方を振り返って問い掛けた。
「見ちゃダメ!」
だが、見せられないと言う金髪の魔女は、体全体で箱ごと覆い隠した。
「見せられない、絵?」
――見せたくないのか。ってか、見せられるような絵だったっけ。
と、二つの意味で思わず心情を吐露してしまったセイジであった。
「……なんですか」
異なる世界の言葉を用いた彼に、ラフィアルーンはジトッとした目を向ける。
世界の解説用の絵じゃなかったのかとセイジは思う一方、
「悪かったです、ごめん」
ふて腐れて絵を隠す姿を微笑ましく思い、苦笑しながら謝るのであった。
火、水、風、土の属性は、この世界の魔法の基本となる属性である。
その四種類の属性魔法をセイジは(全て同じ放出方法とはいえ)成功させた。
安定するまで何度か回数を要したが、
「よっし!」
目標物に向かっていく風の塊を目視し、視界の先で歪む的を見て、彼は満足していた。
その後、自分自身で標的を再度設置する。
今は、ターゲットに確実に当てようと専念していた。目測と認識のズレの修正にこだわっているのである。
「……出来た」
一度発動さえ出来れば、という前提こそあったが、セイジは魔法の発現に関しては苦労しなかった。
それからは魔法の行使を安定させるべく、ひたすら反復練習をこなしていった。その甲斐あってか、発射間隔の調整もある程度は出来るようになっていった。
「これぞゲーマーの実力……!」
魔力さえあれば、特殊で複雑な操作は不要で、ただ思うがままに念じるだけで、魔法を発動させることが出来るという認識である。
任意のタイミングで即撃てるのは|デカ
直後、所詮は基本の属性で、魔法行使の初歩に過ぎないとセイジは自戒する。その傍らで、これからの魔法生活へ期待を膨らませていった。
「ん? あっ、魔力が必要?」
「い、いや、まだ大丈夫」
一人で盛り上がる彼の口から言葉がこぼれ、魔女からの言及に慌てて取り繕う。
だが、表面上では平然としながらも、内心では調子に乗って別の方法を試そうと企んでいた。
――あの時は失敗だと言われたけど。
自身の体から水蒸気を放った時のことを思い出す。
魔法式を構築し、魔力を注ぐことで魔法が発動するという概念。
――重要なのは魔道具を使う時だけなんじゃ……。
体内で自由に思い描くなら、あまり関係ないのではと、男は考えていた。
「試す価値は絶対にある」
絵描きに夢中な魔女を尻目に、セイジは試行錯誤を重ねていく。
魔法を撃ちたいという思い。それに乗じて、魔力の消費量が増え、効果が増す。
魔法を放とうと適当に念じても、魔力が不足すると発動しないことを彼は確認した。
――うおぉ……!
一方で、魔力を注ぎ過ぎると魔法の維持に苦労することも学んでいた。
水属性ならば、水、流れる、胸から手へ、放つ、という思考行程で発動していた。
だが、最初の水を思い描く段階ですら躓いていた。この段階で強く念じ過ぎると、水属性の魔力が全身へと暴れ回るのを感じたのである。
セイジの意志を無視し、彼の腕が小刻みに震え出す。
「っはー……」
男が魔法を想像することを中断すると、駆け巡っていた魔力が霧散し、腕の震えも治った。
同時に、魔力の喪失感と疲労感を心身に覚えたのである。
「怖っ……!」
腕を擦りながら呟くセイジであった。
別の魔法へ姿を変えて発動するのか、そもそも発動しなくなるのか。
後者なら魔力の無駄遣いで済ませられると思えた。
しかし前者であれば術者の意図しない効果や範囲になる恐れがあった。
ここまでの理屈を学んだ彼は、リスクを考慮しつつも魔法改変の可能性を探ろうとした。
「風、風……」
強く思い描くようにと、セイジは言葉にすることで意識していった。
心の中に思い浮かべたイメージに魔力を流す。心臓から生み出された白く淡いグリーンの波。
「風……!」
彼の思いに比例し、意識の下で濃い色合いへと変わっていくのを確かめた。
体内を流れる血潮のように、発動したい場所の隅まで隈無く注いでいくセイジ。
魔力が十分回ったら、発射口となる身体の末端――今回は拳――に意識を向ける。
――心臓、肩。……腕から、手……!
彼の心臓付近から肩、腕、肘、そして拳へと魔力の潮流が迸る。血液の流れよりも明確に感じたそれが、彼の指先目掛けて向かっていく。一つの塊となって、拳全体から飛び出そうとする。
「くっ!」
そこで維持しようとし、難航する。
――無理矢理留めず、魔力を魔力で覆う感じで……!
握り締めたセイジの拳の内側。
風と風が衝突しては、次々と生み出される新たな風に押し込まれる。
行き場を無くした魔力が、手と心臓の間で暴れ回るのを悟った。腕が痙攣したかのように震動していく。
荒れ狂う風を周囲から包み込むように。掌を基点に、周囲を巻き込むような渦の如く。
「づああぁっ!!」
堪え切れず、セイジは上空に向かって手を掲げた。
直後、唸りを伴い空気を切り裂く風が、彼の掌から放たれた。強烈な音を立てながら、天へと突き進む。
「セイジ!?」
放った直後、魔力の流れを失い、男の手首から肩、心臓に虚無が訪れる。
轟音に驚いたラフィアルーンが見上げるも間に合わず、セイジは地面へと倒れ込んだ。
反動により、指先から肩、胸にかけて、セイジは痛みを覚えた。倒れた衝撃で後頭部や背中も痛んだ。頭痛や眩暈、吐き気に怯えていたが、それらの苦痛は彼の身に訪れなかった。
「セイジ!!」
目を大きく開き、取り乱したラフィアルーンがセイジへと呼び掛ける。
「ああ」
何とか声を出せた彼が、目だけで魔女の姿を見る。
意識はあったが、動けずにいた。至近距離でラフィアルーンから香りが、男の鼻を打つ。
――桃の匂いにしか思えねぇ。
男は取り留めのない思考しか思い浮かばず、考えて喋ることを諦めた。
「大丈夫!?」
セイジの首の下に手を差し込みながら、魔女は不安げな顔で気遣った。
「……ああ」
返事をするのも面倒だ。満足した。すまん。
セイジは視線だけで謝ろうとするが、通じるかすらも考える気力が無かった。
そんな心境の中、彼はただひたすらに無気力であった。
「驚かせないでよ、もう……!」
魔女に頭を支えられ、ついでに魔力の提供を受け入れたセイジ。
何も考えたくなかった状況から一転、体内の魔力が回復してからは即座に起き上がり、
「ごめん、悪かった。本当にすまん」
と、心から詫びを入れた。同時に、苦痛が来なかったことを発見し、運が良いとさえ思っていた。
――魔力が一気に無くなると苦しまずに済むのか?
苦しみのたうち回るぐらいなら、それすら越えて無気力になった方がマシだ。男は反省しつつも、そう考えていた。
「聞いてる? 聞いてないよね? 聞いてよ!」
「わ、悪かったって!」
「……まったく」
たたみ込むように語る魔女へ、セイジは頭を下げて謝り、許しが出るまで同じ姿勢を保つ。
何とか謝罪を受け入れてもらった彼は、再び思考の海へと旅立っていた。
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