第2話 苦悩! 助力と、女王に必要なものとは!?

 ランカシーレ女王は執務室に入り、公務に取り掛かりました。様々な税金を取り立て、公共事業を施し、貧しいものを助けるためにランカシーレ女王は持てる知識と才覚を充分に発揮して、女王としての公務をこなしていきました。

 ランカシーレ女王はふと一枚の羊皮紙に気付きました。その羊皮紙は、南の王国の王子との結婚の催促状でした。ランカシーレ女王はまだ結婚しておりません。国民の中には「ランカシーレ女王にも早く良き伴侶を、そしてお世継ぎを」と願う者も少なからずおりました。しかしランカシーレ女王はあまり気乗りがしませんでした。なぜなら斥候が言うには、その南の王国の王子は自分の城内に大きな後宮をこしらえて、毎晩とっかえひっかえ女性と身体の関係をもっていたというからです。英雄色を好むという言葉を知っていたランカシーレ女王も、さすがに節度を弁えぬ男に魅力を感じずにいたのでした。

 そう思ったとき、コンコン、とノックの音が響きました。ランカシーレ女王は慌ててその羊皮紙から目をそらせ、

「どうぞ、お入りなさい」

と言いました。すると扉が開いて、長い黒髪にスレンダーな緑のドレスを纏った女性が入ってきました。その女性は大きな金細工の髪飾りを付けており、にこやかにほほ笑んでランカシーレ女王に会釈をして扉を閉めました。

「いかがです、ランカシーレ女王陛下? お手伝いしましょうか?」

「いいえ、結構ですわ。ありがとう、レビア」

 ランカシーレ女王は安堵したかのように笑みをこぼしました。

 レビアはランカシーレ女王の幼馴染でした。そしてレビアはランカシーレ女王の良き友として、長きにわたって彼女を支え続けていました。ただ、レビアはあまり家柄がよくありませんでした。そのため王宮では、レビアはランカシーレ女王の小間使いとして扱われていました。しかしそのような身分の違いなど存在しないかのように、レビアはよくランカシーレを手伝いねぎらうために、こうして頻繁にランカシーレのもとに訪れていました。

 レビアが執務室の椅子に腰を掛けたのを見て、ランカシーレ女王は言いました。

「先ほど、南の王国の王子との縁談について考えておりました。南の王国の王子というのは、あの奔放で粗野な噂の絶えないあの王子のことです。しかし……いくら気が乗らないとはいえ、私もいつかは身を固めねばならない立場です。多くの民も、私の結婚を望んでいることでしょう。ですので国のことを思えば、私は南の王国の王子と結婚すべきなのでしょう」

 ランカシーレ女王が物憂げな溜息をついたのを見て、レビアはランカシーレ女王にこう告げました。

「南の王国の王子の話については、あたしにも聞き及んでいます。女王陛下、迷う必要なんてありません。女王陛下にはもっと相応しい方がいらっしゃいます。あんな、女なら誰でもいいような男に、女王陛下は勿体なさすぎます」

 レビアのその過ぎた言葉に、ランカシーレ女王は一瞬窘めるような表情を呈しました。しかしやがてランカシーレ女王は、レビアの言っていることももっともだという認識を抱くに至りました。

「分かっております。しかし王室の結婚など所詮は政略的なものにすぎません。ですので南の資源豊かな王国との縁談をまとめれば、やがてはこのゴットアプフェルフルス国も豊かになります。そう思えば、この期に及んで私一人の身など安いものです」

「女王陛下。そのような結婚で一体誰が喜ぶと思っているのです?」

 レビアはランカシーレ女王を見つめたまま言いました。

「たしかにゴットアプフェルフルス国は貧しい国です。もっと資源があれば、と思うことなど、このあたしですらたくさんあります。ですが今やゴットアプフェルフルス国は、農地も増え工業も発達し、国民が皆満足に食事を取ることができるようになっています。それらはほかならぬ女王陛下のおかげです。女王陛下が施された国策のおかげで、国民は飢えをしのぎ続けられています。女王陛下がいれば、他のどの国に頼らずとも、国民は皆満足して生きていけます。それは国民が一番よく分かっています。そんなおりに、女王陛下が嫌々他の国の王子と結ばれて、一体どれほどの国民が喜ぶと思うのですか? 国のためを思えば、と言うのであれば、まずは今の国民がどんなことを考えているかを最初に配慮してください」

「しかし……」

 ランカシーレはやつれた表情で溜息をつきました。

「この国にも世継ぎは必要でしょう? たとえ相手が誰であっても、結婚して、世継ぎを作って、未来のこの国を任せられる王を育てなければなりません……。なぜならそれが私の一番の使命ですから……」

 ランカシーレは再び重い溜息をつきました。ランカシーレの溜息を聞いて、レビアはすっくと立ち上がりました。そしておもむろにランカシーレの机の前に立ったかと思うと、ランカシーレの王冠を乱雑に取り上げました。

「何をなさるのです!?」

「さあ、もうこれであなたは女王じゃなくなったわよ、ラン!?」

 ランカシーレ女王は何も言えませんでした。レビアは続けます。

「少しの間だけでいいから、女王という身分に縛られるのはやめて! そして目の前の問題から一旦目をそらせて! いい!?」

「ですが……!」

 ランカシーレは反駁しようとしましたが、レビアがきりっとした眼でこちらを見つめているので結局口をつぐみました。

「ラン」

 レビアは静かに言いました。

「もしあたしが、嫁ぎたくもない相手と嫁がなきゃならない、と悩んでいたら、一体どんな声をかける? 相手のことは好きでも何でもないけれど、ただ結婚によってあたしの家がお金持ちになるから、という理由と、相手など誰でもいいから子供を作らなきゃならない、という理由であたしがいけ好かない男と結ばれようとしていたら、ランちゃんならどんな声をかける?」

「それは……」

 ランカシーレは分かりきった答えを口に出せずにいました。レビアに見つめられたままランカシーレはしばらく俯いていましたが、やがてレビアに小さな声でこう言いました。

「……もう少し考えろ、頭を冷やせ、と申しあげるでしょう。子供が大事だと思うのであればこそ相手を選べ、目先の金銭にとらわれるな、という忠告をいたします」

「うん」

 レビアはランカシーレの頭を撫ぜた。ランカシーレは続けた。

「しかし……現に相手の要求が日に日に差し迫ったものになってきているのです。手紙だけで断れるようなこともできず、やがては貿易を介してゴットアプフェルフルスごと乗っ取るぞ、と言わんばかりの圧力もかけられております。そのような中で……私一人の我が儘で民を困らせたくございません……」

 ランカシーレの消え入るような声を聞いて、レビアはランカシーレの頭に王冠を乗せました。

「ランカシーレ女王陛下。でしたら一度南国の王子をゴットアプフェルフルス国に招きましょう。ランカシーレ女王陛下の気心の知れた臣下の前で、南国の王子がどのような人物であるかを見てもらいましょう。……結論が先に決まっていても構いません。結論など、後でいくらでも変えられるのですから。それに……今の女王陛下に必要なものは、女王陛下以外の人の客観的な忠告の言葉ですもの」

「はい……」

 ランカシーレは再びともし火のような声で返答しました。レビアはそんなランカシーレの顔を心配そうな表情で見やります。

「女王陛下、大丈夫です。何故ならゴットアプフェルフルス国にはランカシーレ女王という素晴らしい女王がいらっしゃるからです。国民は女王は愛しています。なればこそ、相手の王子が女王に相応しいかどうかなんて、皆すぐに見抜いてくれますよ」

「はい……」

 ランカシーレはしゅんと鼻をすすりました。やがてランカシーレ女王は大きく息を吐き、まっすぐにレビアを見ました。

「ありがとうございます、レビア。一度南の王国の王子を招いて、品定めをいたしたいと思います。その際には、ぜひともレビアのお眼鏡にかなうかどうか、お教えください」

「はい、もちろんです。女王陛下」

 レビアの声に、ランカシーレ女王はふっと笑みをこぼしました。レビアはそれを見て、安心したかのように小さくうなずきました。

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