剣よりも強し! ほとばしる芸術よ、氷を穿て!
@pacricorn
第1話 急襲! 女王の矜持と蠢く触手!
昔々あるところに、雪と氷に閉ざされたゴットアプフェルフルス国という北国がありました。
ゴットアプフェルフルス国は、代々アッペンツェラー王室によって支配されていました。そして現在ゴットアプフェルフルス国を治めているのは、ランカシーレという名の女王でした。幼いころより学問に造詣が深く、多くの言語を操るランカシーレ女王は、齢二十三歳にして立派にゴットアプフェルフルス国を統治していました。国民はランカシーレ女王の慎み深い賢さに惹かれ、よく彼女の命に従っていました。それにランカシーレ女王の絹のような金髪、白磁のようなきめ細かい肌、薄紅色の唇、そしてぱっちりと見開いた理知的な目は、ゴットアプフェルフルス国の女王としてこの上なく相応しいものでした。
ランカシーレ女王の両親は既に死んでしまっていました。独りぼっちになってしまっていたランカシーレ女王でしたが、多くの臣下に支えられながら、堅実に日々を送っていました。
朝の空気が澄み渡る中で、ランカシーレ女王は城内にある古びた聖堂のそばを通りかかりました。ランカシーレ女王の纏う水色の豪奢なドレスや紅色の重厚なガウンに似合わず、その聖堂はあまりにも朽ち寂びていました。しかしランカシーレ女王はちょっとした好奇心と不思議な胸騒ぎに惹かれて、その聖堂の中へと歩を進めていきました。
ランカシーレ女王がその聖堂の中に入ると、不思議なことに聖堂の扉はガチャリと閉まってしまいました。驚いたのはランカシーレ女王です。なにしろ扉の隙間にドレスが挟まってしまったため、身動きが取れなくなってしまったからです。誰かを呼ぼうにも、このがらんとした聖堂には人の影ひとつありませんでした。
ランカシーレ女王は途方に暮れ、いっそドレスを脱ぎ捨ててしまおうかと思いました。するとそのときランカシーレ女王は、ふと聖堂の中央に不思議な黒い影のかたまりが浮かんでいることに気づきました。その影のかたまりはやがて輪郭を整え、身の丈二メートルはあろうかという人影になりました。
ランカシーレ女王が驚いていると、その人影はランカシーレに問いかけました。
「お前がこの国を治める女王か。なれば、お前に我が子を孕ませようぞ」
しかしランカシーレ女王はその声に怖気づくことなく、
「私は女王に違いありません。しかし誰一人として、私に触れることなど許しません」
と言い放ちました。するとどうでしょう、人影は自らの身体から一本の触手を作り上げました。その触手は黒くて蠢いており、直径はおよそ五センチほどの、男根を象徴としているかのような質感を放っていました。触手は聖堂の絨毯の上でべたりべたりとのたうっていました。
「その口調もどこまで持つかな」
人影はそう言い、触手をランカシーレ女王に向けて這わせました。触手はにゅるりにゅるりと大理石の床を這い、ランカシーレ女王めがけて近づいてきます。ランカシーレ女王はドレスを扉に挟まれているため、逃げることができません。しかしランカシーレ女王は毅然とその触手を睨み付けたかと思うと、ドレスを思いきりたくし上げました。
「馬鹿め、自ら犯されようというのか」
人影は高笑いをしました。しかしランカシーレ女王はおもむろに右足を振り上げたかと思うと、近付いてきた触手めがけてハイヒールを勢いよく踏み下ろしました。ライチの実がすりつぶされるような音が響き、触手はタールのような粘液を分泌して動かなくなりました。
「ぐうううっ……我が触手を踏み抜くなど……ぐああああっ!」
人影は苦痛に悶え、やがてぽんという音とともに消滅してしまいました。
ランカシーレ女王はハイヒールにねばりついていたタールのような粘液を聖堂の絨毯でふき取り、ドレスの裾を正しました。そのとき、聖堂の扉がガチャリと開いて、兵士たちがなだれ込んできました。
「女王陛下! ああ、こちらにいらっしゃりましたか! というのも、先ほどこの聖堂より邪悪な気が天に昇り、南の海のむこうへと消えていったのです! 女王陛下はご無事でしたでしょうか!?」
「ええ、私は大丈夫です。お気になさらず。お気づかいありがとうございます」
ランカシーレ女王は兵士たちに対し、ドレスの裾をつまんで深々と頭を下げました。そんなランカシーレ女王の姿を見て、兵士たちは一生彼女に従っていこうと決意したものでした。しかしどんなに目の良い兵士でも、ランカシーレ女王のハイヒールにいまだ黒いタールのような粘液がこびりついていることに気付いていませんでした。
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