第四章 秘するを求め世界は集った
1 追憶の壱
剣術はいい。剣一つで理を学べる。剣一つで己を語ることができる。
無我夢中で木剣を振り回している、それが私の最初の記憶だ。
それはどうしようもなく性に合い、都合の良いことに才もあった。
月が満ちるように若葉が芽吹くように私は腕を上げ、しかしそれを表す場にだけは恵まれなかった。そればかりか、成長すると共に周囲から咎められるようにさえなったのだ。
それは分かる。道理は彼らにある。だが、一度くらい己を試したっていいじゃないか。
その機会を誰も与えてくれないなら、自分で作るしかない。だから私は無茶で無謀だと知りながら、その日かねてからの計画を実行に移したのだった。
「ほう、お主も剣術大会に。某以外にも女の出場者がいようとは思わなんだ。腕試しか」
「そんなところだ。そういうお前こそ、なぜわざわざ人間の催しに参加するのだ?」
「某、故あって騎士を目指しておる。騎士といったら剣術は欠かせまい」
年に一度の祭の日。城下で開催される剣術大会の出場者たちの中に、私の名もあった。
偽名である。事前に用意した異国風の装束に身を包み、見た目でバレる心配も無い。
一度でいい、思い切り剣を振るってみたい……その夢が叶う時がついに来たのだ。
だが、しかし。そんな私の望みは予想外の形で、即座に裏切られることとなった。
「……この程度か?」
身近な指南役はとっくに追い越し、咎められるようになってからは一人でこっそり修行に励んでいた私は、自分の実力がどの程度のものなのかよく分かっていなかった。
ある意味幸運、ある意味で不運なことに、私の腕前は相当な領域に達していたらしい。それは例えば、この規模の大会ではまったく敵がいなくなってしまうほどに。
これでは欲求不満が増すだけだ。一世一代の覚悟で臨んだ結果がこれでは泣けてくる。
せめて残りの相手に隠れた遣い手がいるといいが……などと考えていた時だった。
「飛び入りでの参加は受け付けているか?」
たった今到着したばかりといった風体の、金髪蒼眼の剣士が現れたのだ。
歳は恐らく十代の後半、私とそうは変わらないだろう。一目で分かった――強い。
立ち居振る舞いに隙は無く、眼光には強靭な意志が宿る。どんな剣を遣うのだろう。
「今さら飛び入りなど認められるわけがなかろうが。これから某の試合なのだ、退け」
「そうか、では二人まとめてかかってこい。俺が勝ったらそのまま参加させてもらうぞ」
「おいコラ! 某の話を聞いているのか!?」
最初からそうやって強引に参加するつもりだったのだろう。問答無用とばかりに少年は木剣を構え、二人の剣士を同時に敵に回し、そして瞬く間にそれを叩きのめした。
見物人は大興奮だ。私もまた強敵の出現に心躍らせていた。
「大したものだな。お前、師は? 生まれはどこだ?」
「我流だ。故郷は戦で滅んだと聞いている」
「そうか……嫌なことを聞いてしまったな、許せ」
「気を遣われても、俺にすれば物心つく前の話だからな。今は天涯孤独だ。それで、お前は? こちらは名乗ったのだから、そちらも名乗るのが筋だろう」
「む、そうか……そうだな、では私に勝ったら教えてやろう」
「出場者名簿を見れば分かることだと思うが……ああ、ひょっとして偽名なのか?」
「……鋭いのは剣先だけではないようだな」
内心の動揺を悟られまいと唇を引き結ぶ。そんな私を珍しいものでも発見したかのようにしばらく眺めて、彼は小さく笑った。
「ぶ、無礼者め……詳しくは話せないが、私にもいろいろと事情があるのだ!」
「悪かった。ぶつかるとしたら決勝だな……それまで負けるなよ、秘密の女剣士さんよ」
試合の合間を縫って、私はそれから積極的に彼へ話しかけた。
剣術のこと、この国のこと、彼自身のこと――話題はいくらでもあった。
他の者の目から見れば、私はずっと上機嫌だったように思う。向こうがどう感じていたのかは分からないが、私と同じ気持ちでいてくれたのなら、嬉しい。
その後も試合は順調に消化され、私たちは共に勝ち続け、決勝へと駒を進めた。
「俺が勝ったら名前を教えるという話だが、負けたら何をすればいいんだ?」
木剣を構えながら、彼が問う。
「そうだな……祭見物に付き合ってもらおうか。飲み食いする分くらいは出してやろう」
「となると負けた方が得できそうだな」
「それは許さない。殺す気で来い、私はそうする。今の私を女とは思うな」
こちらも木剣を構えて殺気を放つ。それを感じ取ったか、彼の顔にも緊張が走る。
そして、剣戟の音が鳴り響いた。
永らく夢見ていた時間がそこにあった。
何一つ患うことなく剣を振るってみたい。己の全てを受け止めてくれる相手が欲しい。
そんな私の我がままに、彼は全力で応じてくれた。そして彼の剣撃を受け止めるだけの力量を、私は十分に備えていた。何よりそれが誇らしかった。
実力は伯仲、戦力は拮抗、戦いは激しさを増していく。いつしか私の口の端には笑みが浮かび、互いの切っ先以外のことへの注意が疎かになっていった。
見物人たちが騒ぐ。真白の長髪が、あまりにも特徴的なそれが、頭に巻きつけた布の中から零れている。まずいと動揺した瞬間、彼の木剣が私のそれを高々と跳ね上げていた。
「……卑怯者め。こんな卑劣な不意打ちでの決着など認めないぞ」
「俺の台詞だ。どういうことだよ、姫様ってのは」
居心地が悪そうな顔で、彼が見物している民たちを見回す。どことなく逃げ場を探しているように見えたので、それを封じてやることにした。
「先に聞かせてもらおうか。お前、名は?」
「……ライゴウ=ガシュマール」
「そうか。ではライゴウ=ガシュマールよ、我が名においてお前に命じる」
木剣を拾い、彼の肩に当てる。何事かと見守る者たちの前で、私は高らかに宣言した。
「その剣は私が預かろう。このユキナ=エウクレイデスの騎士となるがいい!」
きっとこの時、私はもう恋をしていたのだと思う。
強さと寂しさを抱えた、ライゴウ=ガシュマールという少年に。
○ ○ ○
不思議な夢を見た。
妙に現実感のある、自分が自分でない夢。
なのに知っている人物が出てきた。空想と現実が混ぜこぜになっている。
「…………」
まぁ、考えるのは後にしよう。もう朝だ、起きなければ。
窓を開ける――部屋に入り込んできた潮風を、慈乃は肺いっぱいに吸い込んだ。
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