第315話 ワインディングロード
「おまたせ」
待ち合わせの駅のロータリーに、北堂先生のR34スカイラインが滑り込んできた。
ホワイトパールのボディに太いタイヤをはいて、エアロパーツを付けた走り屋仕様の車。
太いマフラーから、お腹に響くような野太い排気音がする。
「ごめんね、出掛けに、ちょっとトラブルがあって遅れちゃった」
四点式のシートベルトを外して車を降りた北堂先生が謝った。
待ち合わせは午前10時だったけど、15分過ぎている。
「トラブルってなんですか?」
僕が訊いた。
「うん、篠岡君とデートなんてずるい、私も連れてけって、ヨハンナ先生と弩さんがうるさくて、やっとのことで説得したと思ったら、いつの間にかヨハンナ先生がこの車のトランクに忍び込んでるし、弩さんが後席の足元の隙間に隠れてたりして、追い出すのに苦労したの」
北堂先生がそう言って肩をすくめる。
ヨハンナ先生がトランクに丸まって入ってる姿と、弩が丸まって隠れてる姿が浮かんだ。
まったく、あの二人は……
「それじゃあ、行きましょうか」
北堂先生は白いブラウスにチェックのフレアスカート、紺のカーディガンを羽織って、頭に
どこからどう見ても、僕と同年代にしか見えなかった。
GTRの運転席から降りた北堂先生を見て、僕と同じように待ち合わせをしていた周りの人達が、目を丸くしている。
「僕、お弁当、作って来ました」
僕は持っていたバスケットを
これは、朝起きて作ったサンドイッチのお弁当だ。
「嬉しい! ありがとう」
バスケットを見せたら北堂先生が目をキラキラ輝かせた。
「私、こういうの
お世辞でも、そんなこと言われると嬉しい。
「ほらひすい、篠岡のお兄ちゃんにお弁当作ってもらったよ」
ひすいちゃんは、後席のチャイルドシートに座っていた。
ベージュのダッフルコートを着て、赤い毛糸の帽子を被っている。
「にーに」
ひすいちゃんは僕が持つバスケットを取ろうと、手足をばたばたさせた。
「あとで、食べさせてあげるからね」
後席のひすいちゃんの隣にバスケットを置く。
僕は助手席に座って、先生に
「警察に通報される前に出発しようか」
北堂先生がゆっくりと車を発進させる。
確かに、周りの人がぽかんとした顔で見てるから、無免許の女子高生が車を運転してるって通報される前に出発したほうがいいかもしれない。
走り出すと、チャイルドシートの上でひすいちゃんはご機嫌だった。
僕からするとこの車はエンジン音も大きいし、足回りが固めてあって時々突き上げがあったけど、ひすいちゃんはご機嫌で外を見ている。
「ひすいは、本当にこの車が好きなの」
北堂先生が言った。
「この車はパパの匂いがするからかな」
北堂先生がそんなことを言う。
そういえば、北堂先生は以前、この車は旦那さんが大切にしてた車って言ってた。
先生の旦那さんて、どんな人なんだろう?
そして、北堂先生とひすいちゃんを残して、どうしたんだろう?
「今日は、誘って頂いてありがとうございました」
僕は助手席から横目で北堂先生を見ながら言った。
「なによ、あらたまって」
信号で止まって、北堂先生が僕の顔を覗き込む。
「あのね、篠岡君、あなた忘れてない? 私、こんな童顔だけど、一応、あなた達の教師なんだよ」
先生が笑いながら言った。
「生徒が元気なかったら、どうしたって気になるでしょ? それが君みたいに可愛い男の子だったら、こうやってデートにも誘いたくなるってものよ。ねー、ひすい」
先生がひすいちゃんに投げかけると、ひすいちゃんは「ぶー」って口を
「景色のいいところをドライブして、気分転換すればスカッとするよ。それに、あなたに見せたいものもあるしね」
北堂先生が言った。
「見せたいもの、ですか?」
「うん、あとでね」
先生は、紅葉した山を縫うワインディングロードを選んで、そこをのびのびと走る。
小さな先生が、こんな大きくて馬力のある車を手足のように扱うのが、見ていて気持ち良かった。
マニュアル車で、忙しくシフトノブを扱う動作もカッコイイ。
「なに?」
先生が横目に僕を見て訊く。
「いえ、別に……」
まずい、思わず先生をガン見してしまった。
だけど、ヨハンナ先生といい、北堂先生といい、助手席から見る女性って、どうしてこんなに綺麗なんだろう?
お昼少し前に、眼下に湖を見下ろす駐車場に車を停めて、そこのベンチでランチにすることになった。
バスケットからサンドイッチの包みを出して、温かいコーヒーを注ぐ。
ひすいちゃんにはホットミルクを用意した。
僕達用のサンドイッチは、パストラミサンドとタンドリーチキンサンド、ひすいちゃん用に、卵サンドとバナナサンドを作ってきた。
北堂先生は、スパイス多めでピリ辛にしたタンドリーチキンのサンドイッチを気に入ってくれる。
ひすいちゃんは卵サンドを三切れも食べてくれた。
「本当に君達は美味しいご飯を作るよね。ひすい、将来結婚するなら、こういう男の子を選びなさい」
北堂先生が言って、ひすいちゃんがこくこく頷く。
「それじゃあ、お腹も一杯になったし、腹ごなしに散歩でもしようか。篠岡君に見せたいものがあるって言ったでしょ? それは、この先にあるから」
北堂先生が言った。
駐車場から、山道をさらに20分くらい走った。
道路沿いに車5、6台が止められるスペースがあって、先生はそこにGTRを停める。
そこから山へ分け入る道が奥に続いていた。
「ここから歩くよ」
先生が言って、僕達は車を降りる。
細い山道を、ひすいちゃんを真ん中にして、両側から僕と北堂先生が手を繋いで三人で歩いた。
紅葉した木の葉と、昼下がりの
そこは僕達が踏みしめる落ち葉の音しかしないような、静かな場所だった。
僕達は三人で手を繋いで歩く。
ひすいちゃんは目に入る全部が目新しいみたいで、落ちているどんぐりとか、枝についたカマキリの卵とか、一歩ごとに興味を示した。
北堂先生は、その一つ一つをひすいちゃんに丁寧に説明する。
意味を理解してるのかは分からないけど、ひすいちゃんはお母さんの言葉を静かに聞いていた。
さっき、どう見ても僕と同年代にしか見えないとか、そんなこと思ってたけど、やっぱり、北堂先生は立派なお母さんだ。
そんなふうにしばらく歩いてたら、
「いーや」
疲れたのか、ひすいちゃんがぐずり始めた。
「どうしたの? ひすい」
北堂先生が訊いても、ひすいちゃんはそこに座ってしまって、もう歩こうとしない。
「それじゃあ、お兄ちゃんが抱っこしてあげようか」
僕がしゃがんで手を広げると、ひすいちゃんが「だっこー」って言いながら僕に抱きついてくる。
「篠岡君ごめんね、目的の場所はもうちょっと先だから」
北堂先生がひすいちゃんのコートについた葉っぱを払いながら言った。
「いえ、僕は大丈夫です」
妹の花園や枝折が小さい頃、こんなふうにぐずってよく抱っこしたのを思い出す。
その頃はまだ僕自身も小さくて、抱っこしようにも重たくて仕方なかった。
「ひすいはいいねぇ、にーにに抱っこしてもらって」
北堂先生が言って、ひすいちゃんが僕にほっぺたすりすりしてくれた。
最高のご褒美だ。
それにしても、ひすいちゃんはこうやって抱っこするたびに重たくなっている。
そのまましばらく歩くと、山腹に
展望台でもあるのかと思って進むと、そこは、墓地だった。
五十基くらいのお墓が、集まって立っている。
「ここに、私の旦那さんだった人のお墓があるの」
北堂先生が言った。
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