第304話 ハッピーハロウィン

「とりっくおあとりーと」

 寄宿舎の玄関に可愛い声が響いた。


 魔女や吸血鬼、骸骨がいこつやミイラに仮装した子供達が、保育士の先生に連れられて寄宿舎にやってくる。

 園児20人と先生3人で、玄関の土間が一杯になった。


「トリート! おもてなしするから、みんな、上がって上がって」

 僕達主夫部と寄宿生は、可愛いおばけ達を玄関で出迎えて、食堂に案内する。


 廊下を歩きながら、園児のみんなはこの古い洋館に興味津々で、辺りを見回していた。

 だけど、最初はまだちょっと怖いみたいで、引率の先生にぴったりと張りついている。


「おばけ出る?」

 三歳くらいの、魔女のとんがり帽子を被った一人の女の子が、僕に訊いた。


「時々ね」

 僕がしゃがんで視線を合わせて答えると、女の子は先生のエプロンをぎゅってつかんだ。



 食堂には、低いテーブルを出して、人数分のクッションが用意してあった。


 テーブルの上には、御厨を中心に僕達で作ったかぼちゃおばけの形をしたシュークリームと、ココアが人数分並んでいる。

 一人一人に、おみやげ用のクッキーの包みも用意した。



「それじゃあ、お兄ちゃん達にありがとうを言って、いただきましょう」

 保育士の先生が言うと、園児のみんなが、

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがと」

 って声を揃えて言う。

 ここに来る前に、みんなで練習してくれたのかもしれない。



 今日、10月31日を前に会議をして、主夫部としては、このハロウィンというイベントに全力で取り組むことになった。

 たとえ誰かに乗せられてるって分かってても、こういうイベント事には全力で当たるって決めてるし、ただ単に、お祭りは多い方が楽しい。



 さて、ハロウィンで何をするかとなって、普通に仮装をしたり、パーティーをしたりするアイディアも上がったけど、主夫部らしいハロウィンの迎え方を考えて議論してたら、子森君が、

「ひすいちゃんが通ってる保育園の園児を寄宿舎に招いたらどうでしょう?」

 そんなアイディアを出した。


「この洋館はハロウィンの雰囲気にぴったりだし、仮装した可愛い園児達を、お菓子でおもてなしするんです」

 そのアイディアは、主夫部、満場一致まんじょういっち採択さいたくされた。


 北堂先生がひすいちゃんを迎えに行くときに僕達もついていって、保育園の園長先生に話したら、園長先生、僕達の招待を喜んで受けてくれた。

 普段、僕達の可愛い娘であるひすいちゃんがお世話になってることもあるし、恩返しも出来て嬉しい。


 僕達の招待には、こうして仮装した三歳から五歳の園児達20人が来てくれた。

 館内は、紙で作ったカボチャやコウモリ、シーツのおばけや蜘蛛の巣で飾り付けして、雰囲気も出してある。



「おいしー!」

 園児のみんなが、ニコニコでかぼちゃのシュークリームを頬張ってくれた。

「食べるのかわいそう」

 シュークリームにはかぼちゃおばけの顔がついてるから、食べちゃうことを躊躇ちゅうちょする子もいて、微笑ほほえましい。


 おやつを済ませたあとで、園児のみんなに寄宿舎の中を案内したり、食堂で遊んだりした。

 みんなは、段々この場所に慣れてきて、保育士の先生から離れて飛び回る。


 僕達は、抱っこやおんぶをせがまれて、それに応じた。

 真琴まことちゃんっていう五歳の女の子が僕のことを気に入ってくれて、まとわりついてきた。

 真琴ちゃんは、三つ編みの髪で、不思議の国のアリスの、水色のエプロンドレスで仮装している。


「ああ、おいしい。しゅん君が作ったご飯、おいしいね」

 弩は、男子の園児を相手におままごとをしていた(主夫の英才教育か)。


 萌花ちゃんは、コスプレしたみんなの写真を撮ってあげている。


「ないるのお姉ちゃん、向こう行こう」

「お姉ちゃん、こっちこっち」

「ないるちゃん、ご本よんで」

 新巻さんは、園児達に囲まれてたじたじだった。


 宮野さんは、この日のために手作りした積み木で遊んであげている。


 錦織は、コスプレ衣装のほつれを直してあげていた。



「おっ、やってるねー」

 職員会議を終えたヨハンナ先生が、様子を見に来る。

 今はスーツでカッコイイ、教師モードのヨハンナ先生。


「きれいー」

 女の子3人が、ヨハンナ先生の前に立って、見上げて口をぽっかりと開けた。


「うんうん、素直な良い子達ね」

 ヨハンナ先生が3人を撫でる。


 すると、一人の男の子が、

「先生のおっぱい大きい!」

 そう言ってヨハンナ先生の胸に跳び込んだ。

「もう、おませさんなんだから」

 先生はその園児を抱きしめる。


 なんか、羨ましい。

 すごく、羨ましい。


「なに? 篠岡君」

 僕が見てたら、先生が目敏めざとく見付ける。


「ほら、篠岡君も先生の胸に跳び込んできていいんだよ」

 男の子を抱きながらヨハンナ先生が言った。


 先生は、そういう意地悪を言うからずるいんだ。



「子森のお兄ちゃん、おしっこ」

「うん、それじゃあ、トイレ行こうか」

 子森君は、小さい子の扱いが上手かった。

 さすが、家で歳の離れた兄妹をみていただけある。

 主夫部と寄宿生の中で、園児から一番の人気者になったのは、子森君だった。



 この前、子森君が事実上、弩に告白したけど、弩はそれに気付いてないみたいだ。

 だから、あれ以降、なんの進展もなかった。


 弩はケロッとしてるし、子森君も、学校でも寄宿舎でも、今までと変わらず活動している。


 なんか、僕達、まわりのほうが気を使う感じだった。



 でも、あらためて考えてみると、子森君が弩のこと好きって、どういうことだろう?


 確かに、弩は可愛いし、髪が長くてサラサラだし、頭の撫で心地もいいし、先輩先輩ってちょこちょ付いてきて愛らしいし、ほっぺたぷにぷにだし、素直だし、礼儀正しいし、何事にも一生懸命だし、頭もいいし、アイディアマンだし、ゲームがめちゃくちゃ上手いし、柔道の使い手だし、この前まで電車に乗ったことがないくらいの筋金入りのお嬢様だし、ものすごい資産家の娘だし、将来、大弓グループを率いる後継者だし、それなのに無駄遣いとかしないし、ちょっと寂しがり屋だし、放っておけない感じかもしれないけど、子森君はどうして弩のこと好きになったんだろう?


 弩のどこが魅力的っていうんだろう?


 あれ以来、子森君のこともそうだけど、どうしても弩を意識してしまう自分がいる。



「ねえ、とりでお兄ちゃん、どうしたの?」

 僕の膝の上に乗っている真琴ちゃんが訊いた。

 僕は、弩が男の子とおままごとする様子に無意識のうちに見とれてたらしい。


「ううん、なんでもない」

 僕は誤魔化した。


「ねえ、とりでお兄ちゃん、お兄ちゃんは、この中に好きな人いるの?」

 膝の上の真琴ちゃんが訊く。

 いきなり、何を言い出すんだ。


 一瞬、辺りが静かになった。


 みんなが僕に注目する。

 みんなが僕と真琴ちゃんの会話に耳を傾けてるのを感じる。


 なんだこのプレッシャー。

 なんなんだ、このすごいプレッシャーは。



「うん、いるよ」

 僕は答えた。

「だあれ?」

 真琴ちゃんが突っ込んで訊いてくる。


 すると、みんなからのプレッシャーがさらに迫ってきた。

 それで食堂の中が一杯になって、押しつぶされそうだ。

 

「僕は、この中で真琴ちゃんが好きかな」

 仕方なく、僕はそう答えた。


 どこからともなく舌打ちが聞こえる。

 は~あ、とか、溜息も聞こえた。

 僕に向けられていたプレッシャーが一気にしぼむ。


「ごめんなさい、私、もう彼氏いるの」

 そして、真琴ちゃんにも振られた。


「とりでお兄ちゃん、はっきりしない男はもてないのよ」

 僕は真琴ちゃんから、そんなありがたい言葉をもらう。

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