第291話 弟子

「見てろよ! ぎったぎたに叩きのめしてやる!」

 いわお君が、錦織に顔を近付けて言った。

 角刈りで、薄いサングラスを掛けたいわおほまれ君。


 錦織も巌君の目を見て一歩も引かない。

 二人の視線が、講堂のステージ上で火花を散らした。


「まあまあ」

 司会の新聞部女子が、間に割って入る。


 だけど、お裁縫さいほうでぎったぎたに叩きのめすって、どうするんだろう?



「それでは、今回の中堅ちゅうけん戦、『裁縫』の対決方法を説明します」

 司会者が二人を落ち着かせて説明する。


「十月に入って衣替ころもがえも終わり、しばらく使わなくなる夏服を、二人に直してもらいます。主夫志望の男子の対決なので、直してもらう夏服はもちろん、女子のセーラー服です」

 司会の女子の言葉に、黒龍剣山高校側の応援席から「おおおっ」と、地響きのような声が上がった。


「あらかじめ呼びかけて、我が校の女子達には夏服を持参してもらいました。一夏を過ごしたセーラー服はくたびれていて、ほころびもあるでしょう。それを直してもらいます。制限時間の一時間内に、より多くの制服を直した方が勝ちです。ただし、直し方が雑だったり、直しきれていない夏服はカウントされません。逆に、綺麗に直されていると、ポイントが加算されます。そこは、審査員の清廉乙女学園の皆さんに厳正げんせいに審査して頂きます。それなので、スピードだけが勝負ではありません。直しの綺麗さも審査の対象になりますので、注意してください。よろしいですか?」

 司会者が訊いて、錦織も巌君も、お互いにらみ合ったまま頷く。



 ステージ上に、椅子が二つとテーブルが二つ置かれた。

 右手に錦織、左手に巌君が座って、テーブルの上に裁縫道具を広げる。


 夏服を持った女子達が、二列になって二人の前に並んだ。



「それでは、中堅戦、『裁縫』対決始め!」

 講堂にホイッスルが響く。

 ステージ上には陸上部に借りたデジタルスポーツタイマーがあって、一時間のカウントダウンが始まった。


 錦織と巌君は、並んだ女子から夏服を受け取って、直し始める。


 僕は巌君の実力が気になって、彼に注目した。


 巌君は、女子から夏服を受け取ると、一着一着確認しながら、取れかけたボタンやホック、裾のほつれを直す。


 あれだけの大口を叩いていただけあって、その手つきは見事だった。

 大きな手で、上手く針と糸を操っている。

 針仕事に慣れていた。

 山ごもりの合宿っていうのも、嘘ではないみたいだ。


 最初、サングラスで強面こわもての巌君の前で、おっかなびっくりだった女子達も、「すごいね」って感じで表情が変わって、興味深くその手先を見ていた。


 だけど、巌君の方はかたくなだ。

「お願いします」

 って女子が夏服を渡しながら頼んでも、「ああ」とか「おお」、みたいな、ぶっきらぼうな返事しかしない。


 目を伏せて、なるべく女子の視線から逃げるようにしていた。


 そんな巌君を見て、うちの学校の女子から、

「かわいい」

 なんていう声が上がる。


 それを聞いた巌君の耳が真っ赤になった。

 サングラスの下の目が、キョロキョロし始める。


 なんという精神攻撃……


卑怯ひきょうだぞ!」

「巌! 平静を保て!」

「目を覚ませ! 針で指を突け!」

 黒龍剣山高校サイドから野次やじが飛ぶ。


 なにも、針で指を突かなくても……


 巌君は煩悩ぼんのうから逃れるように、直しのペースを上げた。

 巌君の前の行列が、どんどん進む。


 そうかといって、別に巌君の作業は雑ではなかった。

 ボタン付けも、裾の直しも丁寧で、見えないところの糸の処理も完璧だった。


 それに対して、錦織のペースはゆっくりに見える。

 錦織だって、糸と針の使い方は上手いし、作業のスピードは変わらないように見えるのに、差が徐々に広がっていった。


 まずい、錦織が負けるのか。


「錦織君がんばれー!」

「錦織君ファイトー!」

 講堂の女子達が声を掛けてくれる。


「巌! その調子だ!」

「やっちまえ!」

 黒龍剣山高校側からも、太い声が掛かった。



「はい! そこまで」

 一時間の制限時間が終わる。

 ホイッスルが鳴って、二人が手を止めた。


 二人が直した制服を、清廉乙女学園の西京極さん達が手に取って確かめて、数を数える。


「主夫部、錦織君、十着。家政部、巌君、二十三着」

 司会が結果を読み上げた。


「結果、この中堅戦の勝者は……」

 司会が言いかけたところで、


「ちょっと待ってくださるかしら」

 審査員の西京極さんが手を挙げた。


「数で勝敗を決めるのは、早計そうけいかもしれません」

 腕組みした西京極さんが言う。

 そして、ツカツカと錦織に歩み寄った。


「錦織君、あなた、ボタンや裾のほつれを直すだけじゃなくて、何かしてたわよね」

 西京極さんは腕組みのまま訊いた。


「はい、制服を直すって言われたので、持ち主の女子達の体に合わせて、幅を調整したり、裾を詰めたりして直しました」

 錦織が言う。


 なるほど、それで錦織の作業が巌君より数段遅かったのか。

 同じように手を動かしていても、作業量が違ったんだ。


「やっぱりそうですか。錦織君は、制服を女子達に合わせて完璧に仕上げていたようね」

 西京極さんが頷く。


「う、嘘だ! 女子の体に合わせたって言ってるけど、見たところ、奴は採寸さいすんなんてしてなかったぞ! 測りもしないで、どうやって女子の寸法が分かるんだ!」

 巌君が、唾を飛ばして反論する。


「ちょっと、あなた達、その制服、着てみてもらっていいかしら」

 西京極さんが、制服を提供した女子達に言った。

 彼女達は一旦ステージそでに引っ込んで、夏服に着替える。


 着替えて出てきた彼女達を見たら、もう、説明はいらなかった。


 錦織が直した夏服は、オーダーメイドしたみたいに彼女達の体にピッタリと合っていた。

 女子達が、より、輝いて見える。


「なぜだ! どうして……」

 巌君が、信じられないっていう表情で固まる。


「主夫部で練習を重ねた結果、僕くらいになると、女子の体の寸法くらい、見ただけで分かってしまうんですよ!」

 錦織が言って、みんなが「おおお」と感嘆の声を上げた。


 錦織……


 カッコよく決めゼリフみたいに言うのはいいけど、その言葉、一歩間違うと危ない奴だぞ!



「完全に俺の負けだ」

 巌君が、その場に膝から崩れ落ちた。

 巌君は素直に負けを認めた。

 くやしそうに拳を握りしめて、下唇を噛んでいる。

 そうかと思ったら、突然立ち上がって錦織に迫った。


 殴りかかるのかと思って僕達が止めようとしたら、

「弟子にしてくれ」

 巌君がそんなことを言う。


「俺も、見るだけで女子の寸法が分かるようになりたいんだ」

 巌君が錦織の手を取った。

「ああ、もちろん。僕に教えられることは教える。君も、見るだけで女子の寸法が分かるようになろう!」

 錦織が白い歯を覗かせて答えた。


 殴り合った後に友情を確かめ合う青春映画みたいで、絵面えずらは爽やかだけど、二人とも気持悪いことしか言ってない……


 女子達がちょっと引いていた。

 まあ、二人が仲良くなったんだから、いいか。


 観客からは二人に拍手が送られた。

 でも、鉄騎丸君と九品仏君は、苦虫にがむしを噛み潰したような顔で見ている。



「それでは次の副将戦に参りましょう。副将戦は、『料理』対決です!」

 司会が言って、御厨が恥ずかしそうに立ち上がった。



 僕は、この勝負に関しては、少しも心配していない。

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