第292話 愛夫弁当

九品仏くほんぶつ、奴らを軽く料理してやれ」

 鉄騎丸君が言って、九品仏君が「おう」って悪い顔で返事をした。

 二人が、僕達を見てクスクス笑う。


 確かに、料理対決で料理してやれって、言葉がかかってるけど、全然面白くない……



「それでは、対戦する副将の二人は、家庭科室に移動してください」

 司会の新聞部女子がうながす。


 御厨と九品仏君が家庭科室に移動して、僕達は料理の様子を講堂から中継映像で見守ることになった。

 料理対決でこっちの代表が御厨なら、僕達主夫部は安心して見ていられる。



 二人が移動した家庭科室のテーブルには、料理道具と山のような食材が積み上げてあった。

 野菜、果物、肉、魚、調味料や、乾物の類も、料理に使いそうな材料は一通り揃っている。

 炊きたてのご飯も用意されていた。


「今回、この料理対決のための食材は、スーパー『まるごし』にご提供頂きました。創業35周年、地域に根ざした地元のスーパー。お買い物はスーパー『まるごし』、スーパー『まるごし』でよろしくお願い致します」

 さすが新聞部、スポンサーまで手配していたとは……



「さて、それでは副将戦の対決方法を発表します。副将戦は料理対決ということで、両校の代表者には『お弁当』を作ってもらいます。それも、主夫を目指す男子の戦いですから、『愛夫弁当』を作ってください。将来結婚したパートナーが、職場に持っていくお弁当という設定でお願いします。未来の妻が仕事場で、昼休みにほっと出来て、午後からの仕事にも力が入るような、そんなお弁当にしてください。制限時間は一時間です」

 司会が説明する。


 愛夫弁当か……


 それはすごく、幸せな響きだった。

 聞くだけで、わくわくする。



 御厨と九品仏君が、エプロンを身につけた。

 渋い深緑のエプロンの御厨に対して、九品仏君はフリルが付いたピンクのエプロンだ。

 なぜ、新婚さんみたいなエプロン……

 丸坊主のいかつい九品仏君には、全然似合っていない。



 二人は、ガスコンロが二口にシンクが付いた、隣り合う調理台に陣取った。

 調理台には、マイ包丁やマイまな板、それぞれが普段使っている調理道具が並んでいる。



「それでは、副将戦、始め!」

 司会がホイッスルを鳴らして、対決が始まった。

 スポーツタイマーが一時間のカウントダウンを始める。


 二人は、テーブルの上の食材から必要な物を取って、早速料理を始めた。


 図らずも、二人ともタマネギを切るところから調理が始まる。


 トントンと小気味よい音を立てて、包丁が踊った。

 二人の包丁さばきに、両校の観覧者が感嘆の声を出す。


「上手いね」

「カッコイイ」

 女子達のそんな声も聞かれた。


 僕はいつも台所で見てるから御厨の実力は知ってたけど、九品仏君の包丁の使い方も上手い。


 包丁さばきだけではなかった。


 材料を刻みながら、横でお湯を沸かしたり、豚肉をすりおろしたパイナップルに漬けていたり、段取だんどりの方も見事だ。

 これは、毎日台所に立っていないと出来ない身のこなしだった。

 もしかしたら、九品仏君も僕みたいに、毎日部活や家で、料理をしてるのかもしれない。


 競技内容はさっき知らされたばかりなのに、二人とも、お弁当を作るのに迷いがなかった。

 おかずの献立こんだてをその場で決めて、だまって手を動かした。

 急な要求にも応えて忙しい中でお弁当を作る。

 主夫には、こういう能力も求められるんだろう。


 観客の女子の言葉じゃないけど、二人とも、すごくカッコよく見える。



 三十分が経過すると、御厨が仕上がったおかずを重箱に詰め始めた。

 お重は三つ用意されているから、御厨は三段重の豪華なお弁当にするつもりみたいだ。

 圧倒的に差をつけて、九品仏君を徹底的にやり込める作戦なんだろう。


 一方の九品仏君は、小さなお弁当箱に、ピンセットを使って、緻密ちみつにおかずを詰めていった。

 ハサミで海苔を切ったり、何か細工もしている。


 豪快なお重のお弁当と、小さくて繊細なお弁当。

 なんだか、二人の体つきとお弁当が逆だった。



「はい、そこまで!」

 司会の女子がホイッスルを鳴らす。

 出来上がったお弁当を包んでいた二人が、手を止めた。


 戦い終わった御厨も九品仏君も、清々しい顔をしている。

 二人は、どちらからともなく握手した。


 観戦していた僕達も、ほっと息を吐く。



 調理を終えて講堂に戻って来た二人が、ステージに拍手で迎えられる。

 二人が作ったお弁当は、ステージで待つ清廉乙女学園の三人の元へ運ばれた。


「これから審査に入ります。清廉乙女学園のみなさん、よろしくお願いします」

 司会者が呼びかけて、西京極さん達がお箸を手に取る。


 三人は、まず、お弁当のたたずまいを眺めた。


 九品仏君が作ったお弁当は、楕円形だえんけいのパステルピンクの弁当箱に入っている。

 おかずは、卵焼きに、豚肉の甘辛焼き、鮭のカレーソテー、ブロッコリーのチーズ炒め、枝豆ポテトサラダに、プチトマトっていう布陣ふじんだった。

 ご飯のほうには桜でんぶが敷き詰めてあって、上に海苔で「ごごもがんばって」って書いてある。

 九品仏君は、やっぱり、見掛けによらず細かいところまで気を配っていた。


「九品仏君カワイイー!」

 我が校の女子から声が掛けられたけど、九品仏君は動じない。



 一方で、重箱に詰まった御厨のお弁当は、豪華だ。


 一番下のお重にはおにぎりが入っていて、海苔や、薄焼き卵、とろろ昆布の衣をまとっていた。

 二段目は肉料理のお重で、照り焼きチキンに、ミニハンバーグ、豚肉の生姜焼き、エビフライ、ベーコンアスパラなんかが詰まっている。

 三段目には、だし巻き卵やポテトサラダ、かぼちゃの煮物、プチトマトや、カットフルーツなんかが入っていた。


「食べさせてー!」

 女子からそんな声が飛んで、御厨が顔を赤くして頭をく。



 しばらく眺めていろどりを審査したあと、三人は実際に食べて味を確かめた。

 それぞれ、小皿に取って味わう西京極さん達が、審査を忘れて思わず笑みをこぼす。

 講堂からは唾を飲む音が絶え間なく聞こえた。

 ステージ上にいる僕達のところにもいい匂いが流れてきて、唾が湧いてくる。



 はっきり言って僕は、御厨の勝ちを確信していた。

 西京極さんたち清廉乙女学園の三人は御厨のお重から離れないし、三人でお重三段を空にしてしまう勢いで食べている。

 弩や錦織、子森君、部員のみんなを見ても、勝ちを確信してるみたいだった。


 相手の鉄騎丸君や、巌君も、目をつぶって渋い顔をしている。


 最終戦を待たずに、我が主夫部の勝利だ。



「さあ、それでは判定をお願いします」

 司会の彼女がそう言って、柔道みたいに、白と青の旗を西京極さん達、三人の審判に渡した。


 白が僕達主夫部で、青が黒龍剣山高校家政部。


「審査の結果、料理対決勝者は………」

 司会が言って、西京極さん達がサッと旗を上げる。


「青三本、家政部です!」


 その瞬間、黒龍剣山高校側の応援席から「うおお」って喜びの雄叫おたけびが上がった。

 みんな、大はしゃぎで抱き合ったりしている。

 夢じゃないかって、お互いを殴ったりした。


 一方で我が校の応援席は、みんな、信じられないって顔で、お互いに目を見合わせる。


 それは、僕達主夫部も同じだった。

 御厨が負けたことが、信じられない。



「それでは、審査員の西京極さんのお話を聞きましょう」

 司会が、西京極さんにマイクを渡した。


「さて、今回作ってもらったお弁当、確かにどちらも素晴らしいものでした。特に主夫部の御厨君が作ったお弁当は、見た目も、味も完璧と言ってよかった。料理として完璧でした。いつか、こういう場でないところで、また、ご馳走になりたいくらいです」

 西京極さんはそう言って御厨に微笑みかける。


「しかし、御厨君は料理の腕を見せたいがあまり、たくさんのおかずを作りすぎました。たくさんのお重を揃えたお弁当は、重すぎたのです。これが職場に持っていくお弁当だということを忘れています。お昼休みにこんな大量のお弁当を食べる女子が、いるわけがありません。料理対決なら御厨君の完全勝利でしょう。ですが、これは妻が職場に持っていく『愛夫弁当』なのです。ですから、これは認められません」

 西京極さんが言った。


「一方で九品仏君のお弁当は、手堅てがたくまとまっていて、妻への愛情が感じられる最高の『愛夫弁当』でした。お昼にこんなお弁当を食べたら、女子は誰だって午後からの仕事を頑張れると思います」

 それは、認めざるを得ない。


 だけど僕は、お昼休みにこんな大量のお弁当を食べる女子を一人知っている。


 そう、縦走先輩だ。


 御厨は、縦走先輩を想像して、このお弁当を作ったのだ。

 将来、縦走先輩のお婿むこさんになることを想像して、あのお弁当を作った。

 縦走先輩なら、あの量のお弁当もペロリと平らげて、デザートまで要求するに違いない。

 これは、縦走先輩にとっては最高の「愛夫弁当」なのだ。

 でも、それが西京極さん達に通じるはずもなかった。



 九品仏君に拍手が送られる。

 それは、黒龍剣山高校側からも、うちの学校の生徒からも、講堂全体から惜しみない拍手喝采はくしゅかっさいが送られた。



「すみません」

 僕達の所に帰って来た御厨が、頭を下げる。

 御厨は言い訳したりしなかった。


「なにも謝ることはないよ」

 主夫部部長なのに、そんな言葉しか掛けられない自分がもどかしい。

「そうだよ、料理では勝ってたし」

「圧勝だったよ」

「西京極さんが縦走先輩のこと知ってれば、勝ってた」

 主夫部のみんなも、御厨をなぐさめた。


「ありがとう」

 御厨はそんな部員に、下を向いたまま礼を言う。


 その時、御厨のポケットのスマホが鳴った。


 落ち込む御厨に何かメッセージが届いたみたいで、御厨は僕達に背中を向けてスマートフォンを確認する。


 悪いとは思ったけど、僕は背中越しにスマホの画面を覗いてしまった。



 御厨の作った料理なら、私がいくらでも食べる。

 だから、作りたいだけ作って私のところへ持ってくればいい。



 それは、縦走先輩からのメッセージみたいだった。

 それを読んだ御厨が鼻をすする。


 御厨が負けたこの結果を、誰かが縦走先輩に伝えてくれたんだろう。

 僕が舞台袖のヨハンナ先生を見たら、ヨハンナ先生がぷいって顔を逸らした。


 なるほど、先生が伝えてくれたらしい。

 本当は、こういうことは、部長の僕がしないといけなかったのかもしれない。


 それにしても、縦走先輩と御厨、相変わらずラブラブみたいで、うらやましかった。



「さあ、それでは最終戦、次は『洗濯』対決です!」

 司会が声を張る。


 僕が次の洗濯勝負に負けると、同点になって決戦に持ち込まれてしまう。


 ここは、主夫部部長として、気合いを入れていどまないといけない。

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