第289話 高貴な審査員

「篠岡先輩ファイトー!」

 講堂に、麻績村おみむらさん達バレー部の掛け声が響いた。

「先輩、がんばー!」

 ジャージ姿の女子バレー部員二十人くらいが、ステージの僕達に向けて手を振ってくれる。


「篠岡君がんばれ!」

 長谷川さん達、クラスメートの声も聞こえた。

 いつもの四人組を中心に、クラスメートがステージ下で僕達を見守っている。


 他にも、サッカー部や野球部のマネージャーのみんなが「主夫部がんばれ」っていう横断幕を掲げていた。

 拝さんや、妹の枝折、笛木君の超常現象同好会もいる。


「キャー、子森くーん!」

 子森君ファンの女子達や、弩のクラスメートも講堂に駆け付けていた。


 そして、黒龍剣山高校側の、男子生徒も大勢いる。

「黒龍! やっちまえ!」

「叩きのめせー!」

「負けたら、生きて帰れると思うなよ!」

 講堂の座席左側に、学ランの生徒が陣取って、野太い声援を送っていた(内容が怖いんですが)。


 3000人以上入る我が校の講堂は、ほぼ半分が埋まっている。

 カメラマン十数人が写真を撮っていて、カメラのフラッシュをパシャパシャといた。



 なんで、こんなに大事おおごとになっちゃったんだろう……



 鉄騎丸てっきまる君達が「道場破り」と称して僕達主夫部に決闘を申し込んだのを、新聞部が耳聡みみざとく聞きつけて、仕切らせてくれと言ってきた。

 決闘なんてしたことないし、鉄騎丸君達との交渉も大変そうだったから任せたら、向こうの新聞部を巻き込んで、こんなことになってしまった。


 廊下にはこの「決闘」を告知するポスターが貼ってあるし、新聞部のホームページには専用ページまで作られた。


 両校の新聞部の他に、周辺高校の新聞部や、タウン誌の記者まで取材に来ている。


「これ、お金取って毎月やろうよ。そうすれば部費もまかなえるし、余ったお金で美味しいものでも食べに行こう」

 舞台袖で、ヨハンナ先生だけが、のんきなことを言っていた。



「それではこれより、主夫部対家政部の決闘を始めます」

 司会進行の新聞部女子が、マイクを握った。


 ステージ上には、上手かみてに僕達主夫部、下手しもてに鉄騎丸君達家政部が並んで、パイプ椅子に座っている。


「この決闘は、『主夫部』の看板を巡っての真剣勝負です。勝った方が『主夫部』を名乗り、負ければ今後一切、『主夫部』の名称は使えません。両校には家事でそれを争ってもらいます。家事の腕については、いずれ劣らぬ猛者もさ達の妙技みょうぎを、とくとご覧ください」

 司会の新聞部女子が、そんなマイクパフォーマンスで観客をあおった。

 1000人以上いる観客から、黄色い声と、地響きのような歓声が上がる。


 こんな派手なイベントになるなんて思ってなかったから、主夫部の僕達は戸惑っていた。

 紹介されても、恥ずかしくて下を向いてしまう。


 対照的に、下手の鉄騎丸君達は、背筋を伸ばして腕組みして、微動びどうだにしなかった。



「なお、今回の決闘に当たりまして、公平に審査をして頂くために、両校と関係のない、第三者のゲスト審査員をお招きしてあります。どうぞ、ステージにお上がりください」

 司会の女子が言って、ステージに三人がまねかれる。


 臙脂えんじ色のブレザーを着た三人の女子高校生が、優雅に階段を登って、ステージに上がった。


「このお三方は、清廉乙女せいれんおとめ学園、起業きぎょう部のみなさんです」

 司会の紹介に、ステージの真ん中に立った三人が、軽く会釈を返す。


 清廉乙女学園っていえば、良家の子女が通う私立の女子校だ。

 新聞部は、こんな人達をブッキングしたのか……


「みなさん、ごきげんよう。私、清廉乙女学園起業部部長、西京極にしきょうごく鞠子まりこと申します」

 その人が向けられたマイクに答えると、「おおお」と、観客からどよめきのような声が上がった。


 栗色のウェーブがかかった髪に、細い眉毛、勝ち気な目元、口の端に上品な微笑みをたたえた、背の高い女子だ。

 ステージの上から観客を見下ろしているけれど、こうして人を見下ろすことに慣れてる感じだった。


 それまで微動だにしなかった鉄騎丸君達も、西京極さんたち三人を見たら、顔を真っ赤にして挙動不審きょどうふしんになる。


「私達、起業部として、すでに高校在学中から会社を経営しておりますので、働く女性としての視点から、主夫になろうという男性方の審査をしたいと思います」

 西京極さんはそう言って微笑む。


 その微笑みで、ここにいる男子の80パーセントくらいは恋に落ちたと思う。


「ひょっとしたら今日ここで、将来のパートナーが見つかるかもしれないと、期待して参りました」

 西京極さんが言うと、他の二人が口を押さえてクスクスと上品に笑った。

 少しも面白くなかったけど、何がツボだったんだろう?

 もしかしたらあれは、高等なお嬢様ギャグだったのかもしれない。


 こんなお上品なお嬢様方が審査員って、大丈夫だろうか?


 でも、大丈夫、良家のお嬢様だったら、こっちにだって弩がいる。


 そうだ、弩は、お嬢様もお嬢様、あの大弓グループの箱入り娘なのだ。

 高校に入るまで電車に乗ったことがなかったし、いまだにサンタクロースを信じているくらいの箱入りだ。

 これ以上のお嬢様はいないってくらいの、お嬢様なのだ。


 そんなお嬢様である弩に対して毎日家事をしている僕達は、お嬢様の扱いに慣れている。

 お嬢様のハートを鷲掴わしづかみに出来るはずだ。


 僕がそう考えながら見ていたら、それに気付いた弩が、

「ふえ?」

 って、とぼけた声を出した。

 よく見ると弩の口の端に、ホワイトロリータのホワイトチョコが少しついている。


 だ、大丈夫。

 たぶん、大丈夫。


 と、思う。



「さて、それではこの決闘の対戦形式ですが、双方から一人ずつ代表を出して戦い、その勝ち数が多い方を勝ちとする、星取り戦とします。柔道や剣道の団体戦と同じと思ってください。今回、主夫部の男子が四人ということで、先鋒せんぽう中堅ちゅうけん、副将、大将の四試合を行います。2対2の同点となった場合は、決勝でさらに一試合行って優劣を決めます」

 司会の女生徒が説明した。


「各試合ごとに、種目が異なり、第一試合は『掃除』対決、第二試合は『裁縫』対決、第三試合は『料理』対決、そして、第四試合が『洗濯』対決です」

 それを書いた紙が、ステージ上のホワイトボードに張り出される。


 自分達から名乗りを上げたくらいだから、新聞部の仕切りは完璧だった。



「それでは、さっそく、第一勝負、掃除対決を始めたいと思います。双方の代表は、立ってください」

 司会に言われて、こちらからは子森君が立ち上がる。


 子森君、頑張れ。


 僕が目を見ると、子森君も黙って頷いた。


 母木先輩の技を受け継ぐ僕達なら、掃除で負けることは絶対にないと思う。

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