第288話 道場破り

 食堂で、僕達主夫部は、学ラン姿の三人とテーブルをはさんで対峙たいじしている。

 部長の僕が真ん中で、僕の左に弩と錦織。

 右側に御厨と子森君が座った。


 突然、寄宿舎の玄関に現れた三人を、立ち話もなんだからと、僕達は食堂に招いた。


 学ラン姿の三人は、背筋を伸ばして手を膝の上に置いて、僕達を見下ろしている。

 背が高くて筋肉隆々で、力では絶対に敵いそうもないし、僕達は萎縮いしゅくしていた。

 主夫部の中で、弩だけが三人をにらみ付けて気を吐いている。


 やっぱり、先生か警備員さんに連絡して、お引き取り願うべきだっただろうか。



「私は、黒龍剣山高校家政部部長、鉄騎丸てっきまる剛健ごうけんだ」

 真ん中の一人が口を開いた。


 鉄騎丸剛健……


 すごい名前だ。

 文字にすると、どこまでが名字で、どこまでが名前か、まるで分からない。


「同じく、副部長、九品仏くほんぶつ道綱みちつな

「同じく、会計、巌誉いわおほまれ

 両隣の二人も名乗った。

 ここに来たのは部活の三役ってことらしい。


 鉄騎丸剛健君は、ツンツン頭で、彫りの深い色黒の強面こわもて

 九品仏道綱君は、坊主頭で、細い眉毛の細面ほそおもて

 巌誉君は、角刈りで薄いサングラスを掛けている。


 一応確認しておくと、彼らは僕達と同じ高校生だ。


 黒龍剣山高校っていえば、この辺りでも有名な硬派な男子校だけど、その家政部って、どういうことだろう?



「僕は、主夫部の部長、篠岡塞です」

 僕が名乗ると、三人がギョロリとにらむ。


「それで、ど、どのようなご用でしょうか?」

 同級生なのに、敬語を使ってしまった。



「そちらの主夫部と、我が家政部の決闘を申し込む」

 鉄騎丸君が言った。

「決闘って……」

 ここは、戦国時代か何かですか?


「家事の腕をきそって君達と対決をしたい。部活動によくある、練習試合と思ってもらえればいい」

 鉄騎丸君の横に座る九品仏君が言葉をえた。


「練習試合ってことなら、もちろん、歓迎ですけど」

 家事の腕を競うってことは、彼らも僕達と同じように部活で家事をしてるんだろうか? 

 家政部っていうからにはそうなんだろう。


「我ら黒龍剣山高校家政部は主夫を目指し、日々、家事の腕を磨くことに心血しんけつを注いでいる。鍛錬たんれんはげんでいる。そちらも、『主夫部』などと名乗るからには、それなりの覚悟を以て決闘にのぞんでもらいたい」

 鉄騎丸君が言った。


 やっぱり、彼らも家事をしているんだ。

 そして、僕達と同じように主夫を目指しているらしい。

 そんな部活が案外近くにあったことに、僕達主夫部全員が驚いている。


「でも、突然、どうして僕達と練習試合なんですか?」

 錦織が訊いた。

 いきなり現れて決闘(練習試合)って唐突すぎる。


「この学校に『主夫部』があるとの噂を聞いて、どのような活動をしているのかと、先の文化祭を覗いてみれば、なよなよと映画など作っている軽薄けいはくな集団がいる。そのいい加減な様子が、我らは腹に据えかねたのだ。主夫とは愛する女子を全身全霊を以て守る、崇高な精神を持っていなければならぬ。そんな軟派な集団が、『主夫部』などという名称を使っていることが許せなかったのだ」

 鉄騎丸君の言葉に、両脇の二人が頷く。


 僕達だって、一人の女性を守るために、命を捧げる覚悟だし。


「そこで君達を完膚かんぷなきまでに叩きのめすために、我らは夏休み、血のにじむような特訓をした。山ごもりして、さらに力をつけた。そしていよいよ、時が来た。決着をつけるために、こうしておもむいたのだ」

 鉄騎丸君が続けた。


 夏休み、山に籠もって合宿してたのか。

 僕、夏休み、海沿いのコテージで女子達と思いっきり楽しんでて、なんかすみません。



「そこで一つ、提案がある」

 鉄騎丸君が、指を一本、顔の前に出す。


「この決闘に勝ったほうが『主夫部』を名乗る。負けた方は、今後一切、主夫部という名称使うことが許されない。そういうルールで戦おうではないか」

 鉄騎丸君がそう言って僕達を見渡した。


「つまり、我らは道場破りに来たわけだ。勝って我らが『主夫部』の看板をもらい受ける」

「そ、そんな、どっちも主夫部で、いいと思うんだけど……」

 僕は言った。

 せっかく同じ道を目指して進んでるんだから、二校とも「主夫部」でいい。

 両校の主夫部で切磋琢磨せっさたくましながら活動できたら最高なのに。



「たっだいまー!」

 緊迫した宿舎に、ヨハンナ先生の声が響いた。


「あーあ、今日も疲れた疲れた。頭の固い先生達の相手をして、疲れたなりー」

 先生の声が玄関のほうから聞こえる。


 やがて廊下を歩く足音がして、ドアが開いている食堂の前を、先生が通る。


「汗かいたから、夕飯の前にシャワー浴びちゃうね」

 先生は服を脱ぎ散らかしながら、脱衣所に向かった。


 先生……お客さん来てるのに。

 それも、飛び切り厄介やっかいなお客さんが……


「今なにか、金色の髪の、半裸の女性が廊下を歩いて行った気がするんだが」

 鉄騎丸君が訊いた。


「ああ、あれ、うちの部の顧問のヨハンナ先生です。すごく立派な先生なんだけど、ここに帰って来ると、どこでも服を脱いじゃう癖があって……いつも注意はしてるんですけど、なかなか直らなくて……」

 僕が言うと、鉄騎丸君達のいかつい顔から、少しだけ戸惑いの表情が読み取れる。


「あら、お客さん? いらっしゃい」

 脱衣所に入ったと思ったヨハンナ先生が、食堂にひょっこり顔を出した。

 鉄騎丸君達三人は、先生を見て顔を真っ赤にしている。


「ねえ篠岡君、ちょっと頭洗ってくれる? さっぱりしたいんだよね」

 スリップ一枚のヨハンナ先生が僕に言った。


「はい、いいですけど……」

「じゃあ、お願いね。お湯出して待ってるから」

 ヨハンナ先生はそう言い残して、食堂から出ていく。


「き、き、き、君達は、女性の髪を洗ったりしているのか!」

 鉄騎丸君が訊いた。

 鉄騎丸君の膝に置いた手、ワナワナと震えていて、極太の血管が浮き上がっている。


「あ、えっと、はい。でも髪を洗うと言っても、ちゃんと服を着てるし、洗髪台の上でのことだし。これも部活の練習のうちだから」

 僕は誤解なきよう、説明しておいた。


「先輩の髪の洗い方は、本当に上手いんですよ。頭皮のマッサージとか気持ちよくて、とろけてしまいそうになるんですから!」

 弩が鉄騎丸君に食って掛かった。


「女性の体に触れるとは、は、は、は、破廉恥はれんちな!」

 鉄騎丸君が勢いよく立ち上がる。


「破廉恥じゃありません。先輩は、洗髪だけじゃなくて、時々お姫様抱っこしてくれて女子の体に触れますけど、すっごく紳士的です。先輩とはこの前一緒にジャグジーに入って、体と体がくっつきましたけど、その時、女子は全員ビキニを着てましたし! 全然破廉恥じゃありません」

 えっと、弩、余計なことを言うのはやめようか。


 鉄騎丸君、血がにじむくらい拳を固めてるし。

 九品仏君は、なんか、呪詛じゅその言葉をつぶやいているし。

 巌君は、サングラスの下で、親のかたきみたいに僕を睨み付けてるし。


「決闘だ! 我らと尋常に勝負してもらおう!」

 鉄騎丸君が、僕の眉間に指を突きつけた。


 なんか、ヨハンナ先生と弩が、火に油を注いでしまったみたいだ。


 ってゆうか、火に水素ボンベ投げ込んだみたいな感じなんですけど。

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