第284話 ふわふわの布団

「篠岡君、あなたは誰と結婚するのかな?」

 鬼胡桃会長が真顔で僕に質問をした。


「あなたは誰と一緒に、主夫としての人生を歩んでいくの?」

 僕と会長は、布団の上で正座して向き合っている。

 ショートパンツを穿いた会長の膝小僧と、僕の膝小僧がくっつくくらいの距離だ。


 風呂場からは、母木先輩がシャワーを浴びる水音が聞こえている。

 先輩の鼻歌みたいなのも聞こえた。


「あなた、いよいよ進路を決めなくちゃいけなくなって、相談に来たんでしょ?」

「はい」

「あなたは主夫になるんでしょ?」

「はい」

 それは、絶対に間違いなく。


「だったら相手を決めないと。相手は弩さんなの? ヨハンナ先生? 新巻さんかな? 萌花ちゃん? それとも新しく寄宿生になった宮野さんっていう子? 北堂先生? ひすいちゃんは…………ないか。あっそうだ、あなたはバレー部の子にも優しくしてたっけ。あっ、バレー部っていえば、まさかとは思うけど、河東先生ってことはないよね? あと、そっか、サッカー部と野球部のマネージャーにも手を出してんだよね。それにそう、ヨハンナ先生の妹にも。ああ、超常現象同好会の不思議な子も、あなたの影響で髪型とか変えたんだってね。クラスメートの女子グループも、あなたにちょっかい出してくるんでしょ? それとも、女たらしのあなたのとこだから、どこかで私の知らない女の子に手を付けてたの?」

 鬼胡桃会長が、顔を近付けて訊く。

 会長の吐息が僕の顔にかかった。


「いえ、そんな」

 僕はぶんぶん首を振る。

 僕は女たらしではないし、女の子に手を出したりしない(できない)。

 だけど、そんなにたくさんの女子をあげられると、まるで僕が本当に女たらしみたいに聞こえる。



「みんな素敵な女性で、結婚してくれるなら、結婚したいですけど、僕なんかと結婚してくれるわけないっていうか……」

 僕が小さな声で言うと、鬼胡桃会長が溜息を吐いた。


「君は、自己評価が低いよ」

 会長は腕組みして背筋を伸ばして、僕を見下ろすようにする。


「私が知る限り、寄宿舎の女子達は君がプロポーズしたら『はい』ってうなずくよ。弩さん、ヨハンナ先生、萌花ちゃん、新巻さんは絶対にそう。私は彼女達をよく知ってるし、男子抜きの女子トークで何度も何度も話してるから保証する。本当は女子同士の秘密だから言ったらいけないんだけど、鈍すぎるあなたには、はっきりと言わないと分からないから言うの。彼女達は君のことが好き。ひかえめに言って、大好き。大大大、大好き」


「そんな、まさか……」

 鬼胡桃会長、何を言ってるんだ。

 いくらなんでも、冗談が過ぎる。


 弩とヨハンナ先生、萌花ちゃんと新巻さんが、僕のこと好きだとか……


「私だって、もし、みー君という運命の相手に出会ってなかったら、卒業と同時に君をこっちに連れ去ったかもしれないよ。ここで、あなたにパンツ洗ってもらってたかも」

 会長が言った。


 鬼胡桃会長はふざけてるふうではなかった。

 いたって真面目に言った。


「あなたの優しさと家事の能力、そして、女子を思いやる気持ちは、『魅力』だよ。それは、顔がカッコイイとか、背が高いとか、スポーツが出来るとか、勉強が出来るとか、そういうの以上に」

 面と向かってそんなふうに言われると、嬉しくて顔が真っ赤になってしまう。

 でも、まだ信じられない。


「それに、私達女子をめないでほしいな。チャラチャラした見掛けだけの男子より、もっとちゃんとその人の本質を見てるから」

 本質、って言われてちょっとドキッとした。

 僕の本質なんて見られたら、嫌われるんじゃないかって思う。


「あなただって、少しは彼女達の気持ちに気付いてたでしょ?」

「いえ、あの、今聞いて、まさかって感じで……」

「全然?」

「はい」

「あらあら」

 鬼胡桃会長は、あきれすぎてぽかんとした顔をしていた。


「統子、篠岡をあんまりいじめるな」

 母木先輩がいつの間にかお風呂から出ている。

 先輩は濡れた髪をタオルで拭きながら僕達がいる部屋に入って来た。

 Tシャツにスエット姿の先輩は、ラフな服装でもカッコイイ。


「篠岡のこと鈍感だとか言ってるけど、僕達だって、篠岡が『主夫部』を作ってくれて、僕と統子をもう一度出会わせてくれなかったら、すれ違ったままだっただろう? こんなふうに一緒になることはなくて、別々の道を進んでたかもしれない。少なくとも、こうなるまでにもっともっと時間が掛かったはずだ」

 母木先輩が言って、向かい合って正座する僕達の横に胡坐あぐらをかいて座った。


「うん、それはそうだけど……」

 鬼胡桃会長が、先輩の膝に手を置く。

「まあ確かに、篠岡は鈍すぎる嫌いはあるけどな」

 母木先輩はそう言って笑った。



「それで、な、統子」

 先輩が会長の手の上に自分の手を重ねる。

「うん、そうなの。それで、これからのことなんだけど、もし篠岡君が、まだ相手が見付けられなくて、当面の進路が決まらないなら、私、就職先をお世話してあげられるかと思って。ほら、私の父は市議会議長とかやってるでしょ? あんな頭の固い人でも、無駄に顔だけは広いから就職先はたくさん紹介出来ると思う。篠岡君なら働き者だから、紹介する方としても太鼓判を押せるしね。それに、篠岡君は、花園ちゃんと枝折ちゃんのお世話もあるから、働くにしても近い方がいいでしょ?」


「遠慮なく、統子のお父さんに世話になって、そこでゆっくりと相手を見付けれいいよ。それは、寄宿舎の女子達の誰かでもいいし、職場で出会う相手でもいいし」

 母木先輩が言う。

「ダメ! 寄宿舎の女子以外は絶対ダメです!」

 鬼胡桃会長が言って、母木先輩が分かった分かったって、引っ込めた。


「ありがとうございます」

 二人が僕の将来について真剣に考えてくれてるのが、涙が出るくらい有り難かった。

 鬼胡桃会長は結婚の事でお父さんとめてたのに、僕のために頭を下げてくれたのかもしれない。

 ここに来て本当によかった。

 頼れる先輩を持って、本当によかった。



「だけど篠岡君、これだけは約束して」

 鬼胡桃会長が、僕に向き直る。


「もし、この人だってピンと来たときは、すぐにその人にプロポーズするの。それがいつでも、どんな場所だとしても。相手にとって自分はふさわしくないとか、僕のこと好きなわけないとか、そんなこと考えないですぐに。自分の気持ちに正直に。それは逃したらいけないよ」

 会長が一言一言、丁寧に言い含める。

「分かったか?」

 母木先輩が確認する。


「はい」


「絶対だよ、約束して」

 鬼胡桃会長が小指を出して、僕と会長は指切りげんまんした。


「指切りげんまん~嘘ついたら、私が祖母から受け継いだ短刀で、5ミリ角に切り刻んでやるからね~。指切った」

 会長、歌詞が過激すぎます……



 話が終わったら、もう、夜中の二時を回っていた。


 いつまでもこうしていたかったけど、鬼胡桃会長には明日もアルバイトがあるから、僕達は電気を消して床につく。


「それじゃあ、お休み」

 鬼胡桃会長がそう言ってふすまを閉めた。


 母木先輩が敷いてくれた布団は、ふわふわで太陽の匂いがして心地いい。


 鬼胡桃会長と母木先輩の家で横になりながら、僕は、心から結婚したいって思った。

 僕も、いつか誰かと、こんな幸せな空間を作りたいって、心から思う。


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