第278話 パパラッチ

「古品さんと、錦織先輩が、ホテル……」

 弩はそう言ったかと思ったら、顔を真っ赤にして、全身の毛穴から蒸気を噴き出した。

 そのまま床に倒れそうになったから僕が支える。

 とりあえず食堂の別のテーブルに寝かせて、頭に濡れタオルを置いて冷やした(タオルは三十秒もしないうちにカラカラに乾く)。


「まさか、錦織先輩と古品さんが、そんな仲になってるなんて……」

 御厨も動揺を隠せない。

 水を飲もうとして、隣に座ってた宮野さんのコップを手に取った。


「私は、現役アイドルを射止いとめるなんて、でかした! って言ってあげたいけどね」

 ヨハンナ先生が苦笑いで言う。



「みんな、ちょっと待った。僕は古品さんとそんな仲になってるわけじゃないから!」

 錦織が強く否定した。


 とりあえず錦織を椅子に座らせて、僕達もテーブルに着いた。

 御厨がお茶を持ってきて、錦織がそれを手に取る。



「それじゃあ、まず、整理しましょう。週刊誌にどんな記事が出るの?」

 ヨハンナ先生が訊いた。

 こういうとき、落ち着いて筋道を立てて訊く先生は、やっぱり大人だ。


「はい、人気アイドルグループ『Party Make』のふっきーこと古木ふるきあんがファンの男性と付き合っていて、ライブ当日、会場近くのホテルで密会していたっていう記事です」

 錦織が答える。

 錦織は、「Party Make」のマネージャーさん経由でそんな記事が出るって聞いたらしい。


「それは、事実なの?」

 先生がズバッっと切りつけるみたいに核心かくしんいた。


「事実じゃありません!」

 錦織がはっきりと言い切る。


「あの日、7月の末でした。地方で『Party Make』の2日連続のライブがあって、その一日目の終わりに、古品さんから電話がかかってきたんです。新しい衣装が動きづらいから直してもらえないかって頼まれました。普段『Party Make』を担当してる衣装さんが、その時、他の仕事で現場を離れてて、古品さんは僕がライブに来てることを知ってたから、それで頼んだんだと思います。僕なら三人の動き方のくせとか知ってるし、三人がどんなふうに直して欲しいか、言われなくても分かりますから」

 錦織は三人がメジャーになるまで衣装を担当していた。

 メジャーになった今は本職の衣装さんがいるけど、錦織ならその代わりが十分務まる。


「だから、夜だったけど、僕は三人が泊まってるホテルに行ったんです。もちろん、古品さんと二人っきりになったことはありません。ホテルの部屋には、な~なとほしみかもいたし、マネージャーさんとかスタッフさんもいました。ただ、帰るときに、古品さんが僕をホテルのロビーまで送ってくれたんです。ありがとうって、手を振ってくれました。そこを撮られたみたいなんです」

 錦織が言って、お茶をガブ飲みした。


「それなら何も問題ないじゃない」

 ヨハンナ先生が言う。

「いえ、私は別に、二人が付き合ってたって問題ないと思うけどね。お年頃の、男子と女子なんだし」


「僕と古品さんが付き合うなんて、そんな! 全然、釣り合わないし!」

 錦織が狼狽うろたえて、首を大きく振った。


「まあ、大丈夫だよ。『Party Make』は実力で人気を獲得かくとくしてきたんだし、ファンだってスキャンダルごときで騒いだりしないでしょ。騒いだとしても、一ヶ月もすれば、みんな忘れるよ」

 先生の言う通りになってくれればいいけど……


「さあ、みんなは支度したくして、私達は学校だよ!」

 先生が手を叩いて僕達を追い立てる。


 そうだ、朝食の最中だってことすっかり忘れてた。


 僕は、興奮してテーブルの上で伸びている弩を抱きかかえて、風呂場までシャワーを浴びに行かせる。





 ヨハンナ先生は大丈夫って言うけど、登校して授業を受けている間も、スキャンダルのことが気になって仕方なかった。

 それは騒動の本人にはもっと深刻なようで、錦織は放課後の部活が始まっても心ここにあらずって感じだった。


 弩にブラウスのそでを直してって頼まれて、袖口を縫い付けてしまったりする。

 ヨハンナ先生に友人の結婚式のコーディネートを頼まれたのに、喪服もふくを用意したりした。


 きっと、錦織は自分のことよりも古品さん達のことを心配してるんだと思う。

 「Party Make」の活動に支障ししょうがあったらいけないって考えている。


「錦織、気にするな。古品さんの事務所だってプロなんだから、何か対策を打ってるよ」

 そんな当たり前のことしか言えない自分が歯がゆかった。

「ああ、分かってる。ありがとう」

 錦織は、僕の2メートルくらい後ろに目の焦点を合わせて言う。


 働いてたほうが気が紛れるだろうから、僕は部活のあいだ、なにかと仕事を探しては、錦織にあてがった。




「先輩、学校の外に、大きな望遠レンズを付けたカメラを持って、パパラッチみたいな人がいます!」

 夕飯前、寄宿舎に駆け込んできたのは萌花ちゃんだった。

 写真展の打ち合わせで外に出ていた萌花ちゃんが、学校近くに停まっている不審な車の横を通るときに気付いたみたいだ。


 それを聞いたヨハンナ先生が飛んでいった。

 話を訊こうと近づいたら、その不審人物は車を急発進させて逃げてしまったらしい。


「ここは学校の敷地内だから大丈夫だとは思うけど、みんな注意したほうがいいわね。特に、錦織君」

 先生が言う。

「未成年だし、一般人だし、写真を撮っても顔を出したりはしないはずだけどね」


「用心のために、僕達で錦織を家まで護衛して行こう」

 僕が提案すると、御厨も子森君もこころよく賛同してくれた。

「侵入者がいないか、寄宿舎の戸締まりも気を付けよう」

 僕が言って、みんなが頷く。




 夕食の片付けを終えて、帰ろうとしたときだ。


「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 寄宿舎に、悲鳴が響き渡った。


 廊下の向こうから新巻さんが走ってきて、僕に抱きつく。

 新巻さん、ひしと僕を抱きしめた。

 ドクドクと、胸の鼓動が体を通して伝わって来る。


「どうしたの? 新巻さん!」

 僕は新巻さんに抱かれたまま訊いた。


「あ、開かずの間の中から、なんか声が聞こえて、ドアを叩く音が!」

「えっ?」

 新巻さんが、廊下の先を指す。

 そして、勢いで抱きついたことに気付いたみたいで、パッと僕から離れた。

 小さな声で「ごめん」って言う。


 みんなが廊下に出て来た。


 新巻さんが指す方を確認すると、確かに、111号室の方からドアを叩く音が聞こえる。

 111号室は地下通路に繋がってるから、部屋の中から開かないよう、廊下側から鍵が掛けてある。



 ヨハンナ先生が、事務室から鍵を持ってきた。

 僕と子森君がモップで武装する。

 宮野さんが自分の部屋からチェーンソーを持ってきた(何に使うんだ!)。


 先生がドアの鍵を開ける。

 ドアノブを回す。

 僕と子森君がモップを構えて、宮野さんがチェーンソーを構えた。



「古品さん!」

 開かずの間の中にいたのは、古品さんだった。


「みんな、久しぶり」

 パーカーのフードを被って、マスクで変装してるけど、そこにいたのは、確かに古品さんだ。


「なんか、お騒がせしてゴメンね」

 古品さんはそう言って、アイドルらしい屈託くったくのない笑顔を見せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る