第270話 もう一つある

 肝試きもだめしに行ったヨハンナ先生と弩のペアは一時間待っても帰ってこなかった。


 砂浜のスタート地点で待っている僕達は、二人を待ってやきもきしている。

 新巻さんが発してたような悲鳴も聞こえなかったし、木々の間から蝋燭ろうそくの明かりが見えることもなかった。


 二人がいるであろう森は、静かなままだ。


「何か、あったんでしょうか?」

 萌花ちゃんが心配そうに森を見ていた。

 スマートフォンで連絡を取ろうとしたけど、この辺は電波が悪くて、そもそも繋がらない。


「みんなで探しに行こうか?」

 僕は萌花ちゃんと新巻さん、宮野さんを見渡して言ってみる。

 さすがに時間が掛かりすぎだ。

 弩が転んで怪我をしたとか、ヨハンナ先生が近道をしようとして道に迷ったとか、あるかもしれない。


「そうですね、行きましょう」

 萌花ちゃんが言って、砂浜に置いてあったLEDランタンを手に取った。

 宮野さんも、アメリカの警察官が持っていそうな、警棒みたいな大きさのマグライトを持ってくる(宮野さん、マグライト何本持ってるんだ)。


「警察とか、消防とかに電話したほうがいいんじゃないの?」

 新巻さんが言った。


「でも、ここは周りに何もない所だし、警察と消防を呼んだとして、来てくれるのにどれだけかかるか分からないし」

 探しに行って、案外けろっと二人が出てきたときに、大事になってたら先生も困るだろう。


「それはそうだけど……」

 新巻さん、不安そうだ。


「それじゃあ、新巻先輩はここで待っていてください。私達で探してきます」

 萌花ちゃんが言った。


「待って、私も行くから!」

 新巻さんが慌ててついてくる。

 新巻さんは、ビーチパラソルを立てるときに使ったスコップを手に取った。

 二、三回ブンブン振って、その感覚を確かめる。


 確かに、スコップは対ゾンビ用の兵器でもあるけど……



「ヨハンナ先生ー!」

「弩ー!」

「弩さーん!」

「先生ー!」

「弩先輩ー!」

「ヨハンナ先生ー!」

「う、うわああああ」

「きゃああああああ」


 みんなで思い思いに呼びかけながら、さっき通った道をもう一度歩く。

 だけど、ヨハンナ先生や弩からの反応はなかった。


 階段を上がって、だらだらと続く坂道に出る。

 ランタンやマグライトで道の先を照らしても、二人の姿はない。


「先生ー!」

「弩ー!」

 僕達は呼びかけを続けながら道を進む。

 草木が生い茂る中にも何か手掛かりがないか、辺りを照らした。



 おおやしろまで半分の距離を歩いたところで、

「せんぱーい!」

 かすかに、弩の声がする。


 すかさず宮野さんがマグライトの光を向けると、さっき見かけたコンクリートブロックの小屋の前に、弩らしき人物がいた。

 弩はぺたっと、地面に座っている。


「弩! どうした!」

 僕達は弩に駆け寄った。


「先生が! 先生が!」

 地面に女の子座りした弩が、泣きべそをかいている。


「どうした弩! 何があったんだ!」

「先生が! 先生が!」

 弩はそう言って小屋の方を指した。


「先生が! 先生が!」

 弩はそれを繰り返すばかりだ。


 ヨハンナ先生はこの小屋の中ってことだろうか?


 先生に、何があったんだ。


「とにかく、中を見てみよう」

 僕達は小屋に近づいた。

 コンクリートブロックの壁で、屋根がトタンの小屋。

 コンクリートの壁はこけむしていて、木製のドアは下半分が腐っている。


「先輩、これ、使ってください」

 萌花ちゃんがLEDランタンを渡してくれた。


「何か出てきたら、私に任せない」

 新巻さんが、怖々、後ろでスコップを振りかぶる。

 宮野さんも僕の背中に張りついて、マグライトを打撃系武器みたいに持った。


 僕は、ドアを開ける。


 ドアは、ぎいいと、神経に触るような嫌な音を出して、外に開いた。

 小屋の中は一間ひとまで、畳で十畳分くらいの広さがある。


「ヨハンナ先生?」

 暗闇の中に、人影が見えた。


 その人影は部屋の真ん中にあって、何か、椅子のようなものに座っている。

 LEDランタンを高く上げて、小屋の中を照らしてみた。


「先生? ヨハンナ先生ですか?」

 その人影は、うつむいて座っている。

 間違いなく、ヨハンナ先生なんだろう。

 先生の白いシャツを着ているし、下もデニムだ。

 そして、髪の毛が金色だった。


「先生」

 僕がもう一度声をかけたとき、突然、ごろんと先生の首が落ちた。

 首が落ちた鈍い音が、コンクリートの床から足に伝わってくる。

 暗闇の中を、首がゴロゴロ転がる音がする。

 僕は、反射的に音のほうを照らした。


 体から落ちた首は、上を向いている。

「篠岡君、助けて……」

 その首が、僕にそんなことを言った。


 ヨハンナ先生の生首が、しゃべった。


「う、うわああああああああ」

 僕と萌花ちゃんと宮野さん、みんなで坂を下って逃げる。


 新巻さんだけ、スコップを構えたまま、仁王立ちで身じろぎもしなかった。

 新巻さん、怖がりだけど、いざという時は頼りになるのかもしれない。



 坂を下って逃げていたら、その先に誰か立っているのが見えた。

 僕達に背中を向けているから、顔が見えない。


「すみません! 向こうで先生が、ヨハンナ先生が!」

 僕はすがる思いでその人に助けを求めた。

「ヨハンナ先生って、だあれ?」

 後ろ向きのまま、その人が言う。

「僕の担任で、えっと……」


「もしかしてこんな顔?」

 その人が振り向いた。


 振り向いたその人は、ヨハンナ先生だった。


 一瞬、僕達はぽかんと立ち尽くす。

 僕も萌花ちゃんも宮野さんも、なにが起きたのか、分からなかった。


 すると、ヨハンナ先生が背中に隠していたプラカードを僕達に見せる。


 プラカードには、「大成功!」って書いてあった。


「はあ?」


 まさか……


「どう? びっくりした?」

 満面の笑顔のヨハンナ先生が言う。


 びっくりしたっていうか、唖然あぜんとして言葉も出なかった。


「先輩、ごめんなさい」

 弩が駆け寄ってくる。

 当然、弩も先生とグルだったらしい。


 とにかく、二人が無事でよかった。

 それを最初に思った。

 安心して、肩から力が抜ける。


「あれ? 新巻さんは?」

 先生が訊いた。

 そう言えば、新巻さんのこと、忘れていた。


 新巻さんは、小屋の前でスコップを掲げて仁王立ちしたままだ。

「新巻さん、もういいですよ。これは二人の悪戯でした」

 僕が声をかけても返事がなかった。


 前に回ってみると、新巻さん、仁王立ちしてたんじゃなくて、立ったまま気を失っていた。





「どうも、すみませんでした!」

 砂浜に正座されられているヨハンナ先生と弩が頭を下げる。


「まったくもう、先生ともあろう人が、大人げないですよ!」

 新巻さんが怒っていた。

 正座する二人の前に、腕組みして立つ新巻さん。


「いやあ、夏だし、こういう刺激も必要かと思って」

 先生が、頭を掻きながら言う。

「刺激どころじゃ、ありません! 本当に、心配したんですから!」

 新巻さんが声を荒げて、先生が「ごめんなさい」って縮こまった。


「弩さん、あなたも、私をだましたってことは分かってるでしょうね?」

 新巻さんが弩を向くと、弩は「ふええ」って頭を抱える。


「今度、私の小説に弩っていうキャラを出して、オークとかに襲われる『くっころ』的な場面に追い込んでやるわ」

 新巻さんが言った。


 新巻さん……仕返しが可愛い。


「それじゃあ、あのくじ引きも仕組まれてたんですか?」

 僕は訊いた。

「うん、くじを入れた箱の底が本みたいにめくれるようになってて、3番は私と弩さんが引くように仕組んでたの」

 ヨハンナ先生が答える。


 話を聞いていたら、なんだか自然と笑ってしまった。


 くじといい、あの小屋の人形といい、準備するのにどれだけ時間が掛かったんだろう。

 先生は、このバカンスの直前まで、研修に行っていたのだ。

 それなのに、これだけった肝試きもだめしをしてくれる。

 これだけ一生懸命イベントごとをやってくれるヨハンナ先生。


 そう考えたら、怒るどころか、感謝したくなった。


 きっと、ヨハンナ先生が結婚して家庭を持ったら、子供達と一緒に、ひな祭りとか、端午たんご節句せっくとか、七夕とか、十五夜とか、イベントを全力でやるんだと思う。


 そんな、ヨハンナ先生のお母さんっぷりが見えた気がする。



「さあ、コテージに帰って、カメラの映像見ましょうか。夜食に何か作りますから、それを見ながら食べましょう」

 僕は言った。

 とりあえず、食で女子達を落ち着かせよう。



 コテージに戻って女子達がシャワーを浴びている間に、僕は簡単に出来る夜食を作った。

 先生用に、冷えたビールと枝豆もえる。



 みんなで二階の広間に集まって、プロジェクターで映したGoProの動画を見た。

 ソファーの上に寝っ転がったり、クッションで床に転がったり、各々、自由な恰好でスクリーンの前に並んだ。


「きゃあああああああ」

 萌花ちゃんのカメラには、終始、叫んでいる新巻さんが映っていた。


「し、篠岡くーん!」

 と思ったら、新巻さんがそんなふうに叫んでいる。


「なんか、特定の人の名前を呼んでますけど」

 ヨハンナ先生が、意地悪く言った。

「こ、これは別に、身近な人の名前を呼んだだけです!」

 新巻さんが、顔を真っ赤にする。


「ふーん」

 他の女子達が、いぶかしげな顔で見た。


 新巻さんが萌花ちゃんにぴったりとくっついているから、新巻さんのカメラの映像は、萌花ちゃんの横顔のどアップだけだ。



 僕と宮野さんのカメラには、僕達が手を繋いでいる所も映っていた。

「ふーん、お二人さん、初々しいカップルみたいね」

 ヨハンナ先生が僕と宮野さんを茶化す。


 だけど、お互い頭にカメラを着けているから、宮野さんが僕に抱きついた場面は、上手く撮れてなかった。

 抱き合ってるから、どっちのカメラにも暗い森が映ってるだけだった。


 宮野さんが、ちょっとほっとしたような顔をする。



 そして、最後は問題のヨハンナ先生と弩のペアの、ドッキリ映像だった。


 二人は、GoProの他に、小屋の中に固定のカメラも仕掛けていた。


 ヨハンナ先生の人形の首が落ちるのを見て、びっくりして目をいている僕や、逃げ惑う宮野さん、萌花ちゃんが映っている。

 そして、立ったまま気を失った新巻さんも。


 だけど、あらためて冷静に見ると、弩が泣きながら座っている下に、レジャーシートが敷いてあったり、小屋の中に座っていたヨハンナ先生の人形が、いかにも作り物っぽかったり、色々とあらが見えた。

 それでも、あの時はあの雰囲気だったし、暗闇だったし、人形が本当にヨハンナ先生に見えたのだ。


 怒っていた新巻さんもすっかり機嫌を直して、みんなの動画を笑いながら見た(まあ、怒っていたと言っても、怖いのを誤魔化すためにそんな態度をとってたんだろうけど)。


 夜食やお菓子を食べながらの上映会で、今晩も、楽しい夜が深まっていく。



「それでこの、二つ目の生首なまくびはマネキンの頭に特殊メイクでもしたんですか?」

 僕は、プロジェクターの映像を指して訊いた。

 金色の髪の頭の他に、もう一つ頭が転がっている。


「二つ目の生首? そんなもの、用意してないけど」

「えっ?」

 僕達は、もう一度映像を見る。


 ヨハンナ先生の頭の横に、確かに、もう一つ、頭が転がっているのが映っていた。

 まげが切れた、落ち武者みたいな青白い頭が、確かにある。


「こんなの、知らないけど……」

 ヨハンナ先生が言う。

 みんなが弩に注目すると、弩も首を振った。


 僕達は顔を見合わせる。


「う、うわああああああああ」



 その夜は、一つの部屋で、みんなでくっついて寝たのは、言うまでもない。


 僕は、一人でトイレに行けなくなった弩と新巻さんに、トイレまで付き合わされたのだった。

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