第269話 岬のお社

「向こうの岬の先端に、おやしろが見えたでしょ? ここからあそこまで二人一組で行って、お社にお参りして帰ってくるの」

 夕食のあとで、ヨハンナ先生が肝試きもだめしの方法を説明した。


 僕達が立っている浜辺から、コテージと反対の岬にあるお社までは、細い道が続いている。

 暗闇の中にポツポツと外灯の弱々しい光が見えた。

 周囲にそれ以外の明かりはない。

 鬱蒼うっそうとしたとした木々が、黒々と岬をおおっているだけだ。


「ちゃんとお参りしてくるんだよ。一人一人の頭にアクションカムを着けるから、ずるしてお参りしなかったら、後ですぐに分かるからね」

 ヨハンナ先生は、GoPro二台と、それを頭に装着するストラップも用意していた。


 先生、なんでこんなに肝試しに全力投球なんだ……


「楽しみですね! 写真になんか写らないかなぁ」

 首からげたカメラを持って、萌花ちゃんはノリノリだった(でも心霊写真はやめてほしい)。


「わ、私は、こ、こんなの全然平気。だって、ちょっとホラーっぽい小説も書いたことあるし。幽霊とか信じないし、お化けなんていないし、全然、全然、怖くないし!」

 新巻さんが、分かりやすいフラグを立てていく。


「さあ、それじゃあ、順番とペアは、くじ引きで決めましょう。うらみっこなしの一発勝負よ」

 先生は1から3までの数字を書いた三角くじを二枚ずつ用意していた。

 それを箱に入れてかき回す。


 くじ引きの結果、最初の組は1番を引いた新巻さんと萌花ちゃんのペアになった。

 そして、二組目は僕と宮野さん。

 最後がヨハンナ先生と弩のペアだった。


「残念だわ、幽霊にびっくりして篠岡君に抱きついてやろうと思ってたのに」

 ヨハンナ先生がふざけてそんなことを言う。

「私も、気を失ったふりをして、先輩にお姫様抱っこされようと思ったのに」

 弩まで悪ノリした。



 さっそく、一組目の新巻さんと萌花ちゃんの頭にカメラが着けられる。

 手元の明かりとして、蝋燭ろうそくを一本乗せた燭台しょくだいが渡された。


「はい、それじゃあ、頑張ってきて」

 ヨハンナ先生がそう言って、新巻さんの背中を軽く叩く。

「ひゃ!」

 それだけで、びっくりして飛び上がる新巻さん。


「い、いってきます」

 新巻さんは萌花ちゃんとがっちり腕を組んで、真っ暗な浜辺を歩いて行く。


「ぎやぁぁぁぁぁぁぁ」

 新巻さんの声が浜辺にこだました。

 まだ十メートルくらいしか歩いてないのに、先が思いやられる。



 浜辺を歩いて、岬の稜線りょうせんに上がる階段のところで、二人の姿が見えなくなった。

「きゃあああああああ」

 だけど、新巻さんが十メートル間隔で悲鳴を上げてくれるから、二人がどこにいるか、すぐに分かる。

 この悲鳴が聞こえているうちは、二人とも無事ってことなんだろう。


「うっ、うわああああわ」

 岬に悲鳴がこだまする。

 木々の間で休んでいた鳥の群れが、びっくりしてバサバサと飛び立った。

 眠りを邪魔された鳥がかわいそうだ。




 二十分後、ヘトヘトになった新巻さんと、終始笑いっぱなしの萌花ちゃんが帰ってきた。


「まあ、全然怖くなくて拍子ひょうし抜けだったわ」

 新巻さんが震える声で言う。

 フラグを立てるところからオチまで完璧な新巻さんは、やっぱり物語の作者だと思う。

「きっと私の頭のカメラに面白い映像が映ってると思います」

 萌花ちゃんが言った。


 新巻さんが何をしでかしたのか、後で上映会が楽しみだ。



「じゃあ次は、篠岡宮野ペアね」

 ヨハンナ先生が言って、二番目の僕達がGoProを頭に装着する。


 Tシャツにショートパンツの宮野さんは、なんか落ち着かない感じだった。

 僕と二人っきりになるの、心配なんだろうか?


「それじゃあ、頑張って」

 僕達はみんなに送り出された。

 僕が蝋燭を持って、二人で暗い浜を歩く。


「先輩……」

 浜から岬の斜面にかかる階段で、宮野さんが僕のTシャツの裾を引っ張った。


「ん、どうした?」

「あの、僕と手をつないでもらってもいいですか?」

 宮野さんが、急にそんなことを言う。


「えっ?」

 下級生女子から手を繋いでくださいって言われた感動で、僕は打ちふるえた。


 だけど、よく見ると宮野さんは、不安そうに辺りを見回している。

 あれ? これは……


「もしかして、宮野さんも、お化けとか苦手?」

 僕が訊くと、宮野さんがコクリと黙ってうなずいた。


「おかしいですか?」

「いや」

 お化けが怖いボクっ娘とか、萌えるだけじゃないか。


 僕達は手を繋いだ。

 僕が握ると、宮野さんは、ぎゅって握り返してきた。

 宮野さんの手、ちょっと冷たい。


「放さないでくださいね」

 宮野さんが言う。

 ボクっ娘のカワイイ台詞せりふ、マジ危険だ。



 階段を上がると、だらだらと坂道が続いた。

 道の両側から木々の枝が張りだしていて、頭の上は、わずかに星空が見えるだけだ。


 しばらく歩くと、道の脇に、いかにも何かいそうな、コンクリートブロックの小屋があった。

 トタンの屋根は穴が空いていて、木製のドアが半分腐っている。


「中をのぞいて行こうか?」

 僕が訊くと、宮野さんがぶるぶる首を振った。

 握った手に、ぎゅっと力が入る。


 そのとき、小屋の横の草むらがガサガサと揺れた。

「きゃ!」

 宮野さんが僕の腕につかまってくる。


「あの、ごめんなさい!」

 僕の腕に掴まったまま、宮野さんが言った。

 蝋燭の明かりでも、その目がうるんでいるのが分かる。

「ううん、それじゃあ、このままで行こう。僕もちょっと怖かったし」

「はい」

 僕達は、体をぴったりとくっつけて歩いた。



 木々の間を抜けると、急に見晴らしがよくなる。

 森を出ると、岬の崖の上は広場のようになっていて、その真ん中にお社があった。

 石で出来たお社は大海原を背にして立っている。

 同じように石で作られた狛犬こまいぬが二匹、お社の前に仲良く座っていた。


 そこにはお化けも寄りつかないような、神聖な雰囲気がある。

 後ろの海に映る月明かりが、光の筋になってお社まで続いていた。


「きれいですね」

 おびえていた宮野さんも、目の前の光景に見とれている。


 僕と宮野さんは、並んで二拝二拍手一拝の参拝をした。


 僕は、全ての妻と、二人の妹、両親、そして、主夫部部員の健康を願う。


「宮野さんは、何をお願いしたの?」

 二人でお参りして、「○○は何をお願いしたの?」って訊くとか、僕、今、リア充のど真ん中みたいなことしていた。

 リア充過ぎてリア充がやらないくらいのことしている。


「秘密です」

 宮野さんの返しも、完璧だった。




 お参りを済ませて、帰りも宮野さんと手を繋いで砂浜に戻る。

 みんなのところに戻る直前で、僕達はそっと手を放した。


「先輩、宮野さんにいかがわしいこと、しなかったでしょうね?」

 弩が僕をジト目で見ながら言う。

 ヨハンナ先生まで、ジト目をしている。


「するか! カメラ回ってるのに」

 いや、カメラ回ってなくてもしないけど。


「宮野さん、篠岡君に何かされなかった?」

 新巻さんが宮野さんに訊く。


「あの、えっと……」


 宮野さん、そこは口ごもらないように!




「さあ、それじゃあ、弩さん、次、私達も行くわよ! 最速タイムを叩き出してやるわ!」

 ヨハンナ先生がシャツを腕まくりした。


 最速タイムって、肝試しはいつからタイムトライアルになったんだ……


「はい、行きましょう!」

 弩も張り切っている。


 弩は幽霊とか苦手で、以前は古品さんにホラー映画を見せられては夜トイレに行けなくなっちゃってたのに、なんだか今日は余裕よゆうだった。


 弩も少しずつ成長してるってことだろうか?


 頭にカメラを着けた二人が、いさんで砂浜を歩いて行く。

 いつもみたいに、白シャツにデニムのヨハンナ先生と、ワンピースの弩。


 残された僕達は、浜辺で夜の海を眺めながら待った。

 ヨハンナ先生が最速を目指すっていうから、二人は十分足らずですぐに帰ってくると思っていた。



 だけど、そのまま一時間待っても、二人は帰ってこなかった。

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