第262話 竹取物語

 僕達が壁から引き抜いた立方体は、全ての面に彫刻がほどこされていた。

 六枚のレリーフを箱に組み合わせてあるみたいで、六つの面、全てに繊細な彫刻がある。

 20㎝×20㎝の大きさだけど、中身が詰まっていないから見た目よりも軽かった。


 彫刻は、たぶん、かぐや姫だと思われる女性が正面を向いてたたずんでいる姿で、六つの面、全部がそうだった。

 一見、同じ彫刻のように見えるけど、よく見ると、一枚一枚、少しずつ細部が違っているのが分かる。


 元から壁に出ていて僕達がずっと見てきたのが、十二じゅうにひとえ細面ほそおもての女性が、微笑んでこっちを見ている姿。


 その右隣の面も微笑んでいる同じ女性の姿だけど、十二単じゃない、ふわふわとした不思議な服を着ている。

 またその隣も、ふわふわした服を着ていて、ただし、こっちは微笑んでなくて無表情だった。


 壁に出ていた面の左隣は、十二単で、しかも微笑んでいない無表情の女性。

 壁に出ていた面の上にある面は、十二単の女性が大粒の涙を流していた。

 そして最後、下に当たる面は、ふわふわした服の女性が、涙を流している姿だ。


 わずかな違いだったけど、確かに、六面とも別の彫刻だった。


「いかにも秘密を解く鍵って感じで、わくわくするよね」

 新巻さんが引き抜いた箱を、愛おしそうに確かめる。

 弩がうなずいて、萌花ちゃんは首からげていた一眼レフカメラで、六つの面、六枚の写真を撮った。


 箱を引き抜いた場所は、二階に上がる直前の壁で、そこにはぽっかりと四角い穴が開いている。


「奥に何かありますね」

 箱を引き抜いたあとの四角い穴をのぞいて、宮野さんが言った。

 レリーフの面と同じ、20㎝くらいの深さの穴に、宮野さんが持っていたマグライトの光を当てる。

 奥の壁には、2㎝間隔で、縦に五列、横に五列の、細い木の棒のようなもの突き出ていた。

 壁から出ている部分は、1㎝くらいだろうか。


 宮野さんがその木の棒を指で押してみると、棒が引っ込んで、手を放すと、また飛び出した。

 棒の根っこのほうは、バネのような物で支えられてるみたいだ。


「分かった! これ、鍵と同じだよ」

 穴を覗いて新巻さんが言った。


「彫刻の、彫ってある部分と彫ってない部分、その凸凹をこの木の棒で感知して、仕掛けが解放されるんだよ」

 新巻さんの推理に、宮野さんも頷く。


 鍵のギザギザがシリンダーの中のピンと合うと回る鍵みたいに、彫刻の凸凹がぴったり合うと、仕掛けのロックが外れる仕組みなのかもしれない。


「この、六つの面のうち、今まで壁のレリーフとして見えていたのが、この面で、残り五つの面のうち、どれかを正面にして、壁に入れると、バルコニーのレリーフのスイッチが押せるってことでしょうか?」

 僕が訊いた。

「たぶん、そうだと思う」

 新巻さんが答える。


「だったら、他の五つの面を試しましょう。この五パターンくらいだったら、全部当たってもあんまり面倒じゃないし」

 弩が言って、自分がバルコニーのスイッチを押しますって、そっちに向かおうとした。


「ちょっと待って!」

 しかし、そんな弩を、新巻さんが止める。


「外れの面だった場合、この寄宿舎が崩れ落ちる……なんてことがあったらどうするの?」

 新巻さんが突然、そんな恐ろしいことを言い出した。


 その時僕の頭には、某国民的アニメの、「バ○ス」が頭に浮かんだ。

 弩がバルコニーのスイッチを押した瞬間、この寄宿舎が崩れ落ちて、瓦礫がれきの山になる姿が。


「もし私だったら、物語にそんな仕掛けを入れると思う。だって、その方が面白いもの」

 新巻さんが言う。

 バルコニーに向かおうとしていた弩が、急いで戻ってきた。


「まあ、建物が崩れ落ちるってのは大げさだけど、間違えるとロックが掛かって、もう二度と仕掛けが動かないようになるとかは、あるかもしれないよ」

「確かにそうですね」

 宮野さんが頷く。


「どの面を選んでスイッチを入れるかは、慎重に選ばないと」


 そのヒントがないか、僕達は彫刻を注意深く見てみたり、他のレリーフを調べた。

 けれど、他にヒントを与えてくれるようなものは見つからない。

 結局、結論が出ずに、その日の調査は終わった。




 夕方、ヨハンナ先生と、北堂先生、ひすいちゃんが帰ってきて、僕達は夕飯を食べながら、昼間あったことを話した。


 夕飯から晩酌ばんしゃくの流れで、先生達と一緒に、どの面が正解なのか考える(おつまみの枝豆を先生はすごく喜んでくれて、大げさにも僕を抱きしめた)。


 食堂のテーブルには、壁から引き抜いてきた立方体も置いてあった。

 北堂先生に抱かれたひすいちゃんが、手を伸ばして立方体に触ろうとする。


 

「私、どの面が正解なのか、分かっちゃったかも」

 僕達の話を聞いていた先生が、枝豆をさやから出しながら言った。


「ええっ!」

 びっくりして、みんながヨハンナ先生の周りに集まる。


「分かったって、本当ですか?」

 新巻さんが訊いた。

「ええ、『竹取物語』の話を知ってれば、おのずと分かるよ」

 先生はそう言って、涼しい顔で、枝豆をつまむ。


「どの面なんですか?」

 宮野さんが単刀直入に訊いた。


「私が正解を言ったら、あなた達のためにならないじゃない。自分達で考えなさい」

 先生はそう言って、ビールのグラスを傾ける。


「いじわる」

 僕が枝豆の皿を下げようとすると、ヨハンナ先生がそれを奪い取った。


「それじゃあヒントをあげます、『竹取物語』のストーリーを振り返ってみなさい。篠岡君、そのあらすじを話してみて。先生、君に教えたはずよね」

 ヨハンナ先生が、ちょっとだけ先生の顔を見せる。


「え、ええと……」

 竹取物語のストーリーってなんとなく知ってるけど、あらためて訊かれると上手く話せない。

 確かに、先生に教えてもらったけど……


 すると、僕の代わりにヨハンナ先生がそらんじ始めた。


「その昔、『竹取のおきな』という竹を採って生活しているお爺さんがいました。ある日、お爺さんは竹林の中で光る竹を見付けて、近づいてみると、その竹の中には可愛い女の赤ちゃんが入っていました。その女の子は、僅か三ヶ月ほどで成人の姿になるまでに成長して、『なよ竹のかぐや姫』と名付けられます。かぐや姫の美しさは方々に広まって、やがて五人の貴公子の求婚を受けました。しかし、結婚する気のないかぐや姫は、その五人に「仏の御石の鉢」、「蓬莱ほうらいの玉の枝」、「火鼠の皮衣」、「竜の首の珠」、「燕の子安貝」という、伝説でしか聞いたことがない宝物を持ってくるように無理難題を吹っかけてそれを断ります」

 そこまで話して、先生はそこでビールを一口飲んで喉を湿らせる。


「やがて、かぐや姫の噂はみかどにまで伝わり、帝がわざわざ家まで来ますが、かぐや姫はその求婚も断ってしまいます。それから三年が過ぎた頃、かぐや姫は月を見て悲しい顔をするようになりました。心配した翁がわけを聞くと、かぐや姫は、自分は本当は月の人間で、八月十五日に月から迎えが来て、帰らなければならないと話します。翁は慌てて帝に相談し、帝はかぐや姫を月の使者から守るために、兵を出しました。しかし、月の使者の空飛ぶ車を見ると、兵は戦意を喪失そうしつし、戦うことが出来ません。月からの使者を容易に迎え入れてしまいます。別れ際、かぐや姫は帝に手紙と天の羽衣はごろも、不死の薬が入った壺を残しました。地上で着ていた服を脱ぎ捨てて、月の衣に着替えると、かぐや姫は今までの記憶を失って、完全に月の人になってしまいます。そして未練みれんもなく、空飛ぶ車に乗って月に帰りました。帝は、かぐや姫がいなくては不死になっても仕方がないと、駿河するがの国の、月に一番近い山で、手紙や不死の薬を焼かせました。それ以来、その山は『不死ふしの山』、富士山と呼ばれるようになったのです」

 先生は、ビールを飲みながらも、すらすらと語った。


 さすが、国語科の先生だ。



「私、分かったかもしれません!」

 先生の話に聞き入っていた弩が、そう言って立ち上がった。

「先生の話を聞いていたら、六つのうち、どの面を正面にしたらいいか、分かりました。そして、バルコニーにどんな『からくり』があるのか、それも分かりました!」

 弩が、いつになく自信たっぷりで言う。


「うん、私も分かった」

 新巻さんも頷いた。

 そして、萌花ちゃんも、宮野さんも、うんうんと頷く。


「さすがは優秀な寄宿生達、かんが良いね。篠岡君、もちろん君も分かったでしょ?」

 ビールで少し顔が赤くなったヨハンナ先生に訊かれた。


 え? 分かってないの、僕だけ?

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