第254話 夜空のダンス

 超常現象同好会の会頭、拝さんが、朝礼台のステージに立った。


 膝まで届く拝さんの艶やかな黒髪には、キャンプファイヤーの炎のオレンジが映っている。

 透けるような白い肌で、夜の闇の中でも細面ほそおもての輪郭がはっきりと見えた。

 制服の長めのスカート、真鍮しんちゅうの鍵のペンダントと、肩に黒い子猫の縫いぐるみを乗せているのは、拝さんの普段の姿だ。



 拝さんの登場に、盛り上がっていた後夜祭の会場は、一旦静まり返った。

 問答無用もんどうむようで人を黙らせてしまうような迫力が、彼女にはある。


 拝さんは、司会の実行委員からマイクを受け取った。


「不思議は、常に私達のすぐ側にあります。それは、私達の生活のそこかしこにひそんでいます」

 拝さんが静かに始める。


「少し見方を変えるだけで、視線をちょっとずらすだけで、それは、私達の目の前に現れます。それが、妖精と呼ばれたり、幽霊と呼ばれたり、妖怪と呼ばれたり、あるいは宇宙人と呼ばれたりするのです」

 拝さんの話に、みんな聞き入っていた。


「それでは、ここで、そんな不思議の一つをお見せしましょう」

 拝さんが言って、空を指す。

 透き通るような真っ白な指で天を示した。


 みんなが釣られて空を注目する。


 今のところ、空には無数の星と三日月が見えるだけだ。


 拝さんは無言で天を指している。

 みんな、無言で空をあおいだ。



 僕は、笛木君と枝折がドローンを飛ばす校舎の屋上が気になって、チラチラと見ていた。

 みんなにバレたら大変だから、本当はあまり見てはいけないんだろうけど、気になって見てしまう。


 どうか、みんなが真上に注目している間に、上手くドローンを離陸させられればって、願った。



 天を指した拝さんは、目をつぶって身じろぎもしない。


 そのまま、何も起こらずに時間が過ぎた。

 たっぷりと、5分くらいの時間が経ったけど、空に目立った変化は見られない。

 夜空を横切る飛行機のライトの点滅とか、月をさえぎる雲さえ見えなかった。


 そのまま、10分を過ぎると、さすがにみんなざわざわして、落ち着きがなくなる。


「どうした! どうした!」

 野次が飛んだり、奇声を発する生徒がいて、それが、どっと受けたりした。


 空を見るのに飽きて、スマホを取り出す生徒がいる。

 立っていた生徒が座ったり、ブルーシートの上に寝転んだりして、緊張感が解けた。


 拝さんに対してブーイングも起こる。

 拝さんはそれに対して動ずることなく、目を瞑ったままだ。


 僕は、キャンプファイヤーの輪から抜けて、暗闇でスマホを取り出した。

 屋上にいる枝折に電話する。


 電話はすぐに繋がった。

「枝折、どうした?」

 僕が訊くと、

「お兄ちゃん! それが、ドローンが動かなくなっちゃったの」

 電話口から、枝折の悲痛な声が聞こえる。

 普段、感情をあまり外に出さない枝折の必死な息づかいが、電話からでも伝わってきた。


「モータとか配線とか完璧だし、バッテリーもちゃんと充電してあるのに、ドローンが全然動かないの!」

 枝折が泣きそうな声を出す。


「どうし……」

 言葉の途中で、枝折の声が聞こえなくなった。

 向こうから一方的に通話が切られた。


「枝折? 枝折!」

 僕が呼びかけるも、今度は僕の方のスマートフォンの電源が落ちて画面が真っ暗になる。

 スマホのバッテリーまだ十分残ってる筈なのに、どうしたんだろう?


 ピンチの枝折のところへ駆け付けようと、僕が走り出したときだ。


「あれっ!」

 一人の生徒が、空の一点を指して、大きな声を出した。


 その方向に、光の球が浮かんでいる。


 最初、星々と同じくらい小さな光点でしかなかったそれは、段々と大きくなって、輝きを増して、直視できないくらいの明るさになった。

 僕達の頭上に、大きな光の球が浮かんでいる。

 その光に照らされて、校庭には僕達の真っ黒な影が伸びた。


 目を瞬かせながら見ていたら、その光の球が七つに分裂する。

 七つの球は、ゆっくりと等間隔に広がって、夜空に大きな輪を作った。

 広い学校の敷地をはみ出すほどの、大きな輪だった。


 やがてその輪が上空でぐるぐると回り出す。


 急に速くなったり、急に遅くなったり、それでも光の球の間隔は変わらずに、綺麗な円を描いていた。

 そして、横方向に回っているだけだった光の球が、上下に動いたり、輪の大きさを狭めたり、逆に大きく広がったり、躍動やくどうし始める。


 空の上で、光の球がダンスを踊っているみたいだ。



 これは、笛木君と枝折が用意していたドローンなどではない。

 二人が用意していたドローンは一機だけだったし、LEDの光も、こんなに強くなかった。

 それに、どんな高性能なドローンだって、こんなに速く飛んだり、規則正しく動いたりは出来ないだろう。

 ドローンが飛ぶときの甲高かんだかいモーターの音も聞こえないし、光は、機械的ではない、生き物のようななめらかな動きをした。



 そこにいた大勢の生徒が、写真や動画を撮ろうと、空にスマートフォンを向ける。

「えっ?」

「あれっ?」

 ところが、次の瞬間、みんな戸惑った声をあげた。

 写真を撮ろうとしても、スマホのシャッターが下りないみたいだ。

 何度もシャッターを押すうちに、みんなのスマホの電源が落ちた。

 夜の闇の中に、点々と輝いていたスマホの画面の光が、次々に消えていく。


 夜空の光は、スマホなんかいじるなよ、って言ってるみたいに、優雅ゆうがに飛んだ。


 最終的に、みんな、光に向かってスマホをかざすのを止めた。

 みんな、素直に夜空に繰り広げられる壮大なショーを楽しんだ。



 光の球が飛んでいたのは、5分くらいだっただろうか?

 校舎の壁に設置してある時計では5分だったけど、30分くらい見とれていた気がする。


 七つの球はすっと、音もなく集まって、元の一つの球に戻った。

 すると、瞬間移動するような速さで、一瞬で天に昇って、そのまま消える。


 光が消えて、元の、焚き火の明かりが照らすグラウンドに戻った。


 焚き火の丸太が大きくはぜて、火の粉が舞う。


 それで、みんな元に戻ったんだって気付いた。


 誰もが、狐につままれたような顔をしている。


「どうでしょう、楽しんで頂けましたか?」

 朝礼台のステージの上で、余裕の拝さんが言った。

 みんな、無言で頷く。


 今はそれしか出来なかった。



「それでは、超常現象同好会の出し物でした。どうもありがとうございました」

 司会の女子がどうにか自分を取り戻して進行して、拝さんが悠然ゆうぜんととステージ下りる。

 全てに対して呆気にとられていた皆が、少し遅れて拍手をした。

 そこから、焚き火の周りは後夜祭で一番の拍手に包まれる。


 拝さんは、しばらく手を挙げて拍手に答えた。



「さあ、次は誰がステージに上がりますか?」

 司会者が声を張る。

 ハイハイ、と複数の手が上がった。

 そこからみんな、じゅつが解けたみたいに、前の後夜祭の雰囲気に戻る。

 みんな、下手なカラオケとか、寸劇すんげきとかで大騒ぎだ。


 今見た光が何かのトリックだって、みんな自分を納得させたんだろうか?

 深く考えたら怖くなるから、逆に、大騒ぎして誤魔化してるんだろうか?




 屋上にいた枝折と笛木君が、校庭に下りてきた。


「今確かめたけど、ドローンはなんの問題もなかったの。でも、あのときは飛ばなかった」

 枝折が言う。

「俺達が、小細工する必要はなかったよ」

 笛木君も言った。


 やっぱり、あれはドローンなんかじゃなかったんだ。


「まあ、あの人はそういう人だ」

 笛木君がそう言って笑った。



 だとしたら、あれは一体、なんだったんだろう?

 もしかして僕は、枝折や笛木君、そして拝さんにかつがれているんだろうか?



 そういえば、UFOが現れた校庭の空の辺り。


 それは、今朝、ひすいちゃんがしきりに指さしていた方向だった。

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