第253話 特別賞
後夜祭のグラウンドへ向かう生徒の波に逆らって、僕は屋上へ急いだ。
最愛の妹が助けを呼んでいる、それだけで、僕が命をかける理由になる。
僕が階段室の扉を開けて、枝折が呼んだ校舎の屋上に出ると、そこには、枝折と超常現象同好会の笛木君がいた。
薄暗い屋上で、枝折が仰向けに寝ていて、その上から笛木君が
「枝折! 待ってろ!」
枝折に襲いかかる笛木君を掴んで押し倒そうとしたら、逆に、笛木君に腕を取られて反対方向に曲げられた。
僕は、笛木君に屋上にねじ伏せられる。
喧嘩慣れしていない自分がふがいない。
どっちが速く綺麗に洗濯出来るかっていう勝負だったら、絶対負けないのに。
「どうした篠岡、落ち着け」
笛木君が言った。
オールバックの髪型で、
「お兄ちゃん、なにしてるの!」
枝折もそんなふうに言って、寝ていた姿勢から起き上がる。
「もう、手伝ってもらおうと思って呼んだのに、逆に
枝折に怒られた。
「へっ? 手伝うって?」
笛木君が解放してくれて、僕は立ち上がった(ねじられた腕が痛い)。
枝折の足元には、プロペラが六つ付いた機械がある。
これって、空撮とかするドローンだろう。
僕達も映画の撮影でラストシーンに使ったけど、これはそのとき使った機体よりも大きくて、性能も高そうだった。
よく見ると、ドローンにはカメラの代わりにLEDライトと、バッテリーが積んである。
骨組みにも、小さなLEDライトが幾つも取り付けてあった。
あれ?
超常現象同好会は、後夜祭で夜空にUFOを呼ぶとか宣伝してたけど、もしかして……
「訊いたらいけないのかもしれないけど、これがUFOの正体?」
僕が訊くと、
「まあ、そういうことだ」
笛木君がそう言って
「これから飛ばすからチェックしてたんだけど、モーターの一つが壊れて、修理するのに人手が必要だから、お兄ちゃんを呼んだの。他の人には頼めないし」
枝折が言った。
さっき枝折が寝っ転がってたのは、組み立てたドローンの下に潜って配線を見ていたらしい。
笛木君は枝折に襲いかかろうとしてたんじゃなくて、枝折が見やすいように、ライトを当てていただけだった。
だけど、超常現象同好会の会頭、
ちょっと期待してただけに、拍子抜けだ。
「それじゃあ、そのアームを持って支えてくれるか?」
笛木君に頼まれて、僕はその通りにした。
「このことは、拝さんは知ってるの?」
修理を手伝いながら、僕は笛木君に訊く。
「いや、会頭は知らない。これは、俺達が勝手にやってることだ」
笛木君が言って、枝折も頷いた。
「会頭は、自分がUFOを呼ぶから心配するなって言ってる」
笛木君は笑いながら言う。
「このUFOだけじゃなくて、今までの学校の心霊騒ぎも、こんな感じで、笛木君が仕組んでたりして」
僕は、怒られるのを覚悟で訊いた。
学校に現れた幽霊や妖怪に関する事件を拝さんが解決したっていうのも、実は仕組まれていたとか。
「いや、それは本当だよ。あの人は何かを持っている。あの人には俺達には見えない何かが見えてる。それは確かだ。でも、その能力が必ず出現するわけじゃないんだ」
笛木君は、ドライバーでモーターマウントのネジを外しながら言う。
「手品みたいなトリックだったら、100%いつだって能力を発揮するだろう? でも、会頭の力は本物だからこそ、波があるし、不思議な力が現れないことがある。だからこんなふうに、俺達がするインチキな仕掛けも必要なんだ」
笛木君は、そんなふうに言った。
「会頭の本当の力と、俺達のインチキで、会頭を完璧にするのさ」
なんだか、笛木君も、僕達主夫部部員みたいだと思った。
僕達が寄宿舎の女子達のために精一杯頑張ってるように、笛木君も拝さんのために、一生懸命なのだ。
そして、拝さんの不思議な力をサポートしている。
僕達は三人がかりで20分くらいかけて、ドローンを直した。
「篠岡、ありがとう、助かった」
笛木君が言った。
見た目はワイルドだけど、やっぱり笛木君はいい奴だ。
「それじゃあ、頑張って」
笛木君と枝折に言って、屋上を去ろうとしたら、
「お兄ちゃん」
枝折が僕を呼び止めた。
「来てくれて、ありがと」
枝折は無表情で言うけど、口の端が2ミリくらい上がってるから、笑っている。
兄として、妹の笑顔を見るくらい嬉しいものはない。
僕は、屋上をあとにして、後夜祭に参加するために校庭に下りた。
日が落ちた校庭では、丸太の
みんな、地面に敷いたブルーシートの上に座って、パチパチと弾ける炎を眺めていた。
文化祭が終わった開放感からか、そこにはまったりとした空気が流れている。
どの生徒も満足そうな顔で、周りの仲間と
その中には、主夫部部員と寄宿生の姿もある。
弩や錦織、御厨や子森君が、新巻さんや萌花ちゃん、宮野さんと一緒に、固まって座っている(教師抜きの生徒だけの
僕も、みんなのところに行って座った。
「先輩、枝折ちゃんの用事、なんだったんですか?」
弩が近付いてきて僕の隣に座る。
「うん、ちょっとな」
僕はあくびをして誤魔化した。
これから現れるUFOのことを、バラすわけにないかない。
「それでは、只今から、今回の文化祭、最優秀展示賞を発表します!」
朝礼台のステージに文化祭実行委員の二年生女子が立って、司会をしていた。
ポニーテールの彼女は、制服の上に実行委員の青い
今年も、最優秀展示賞は、入場時に配られるアンケートの集計結果によって決まる。
「集計の結果、今年の最優秀展示賞は……」
司会の二年生は、そこで溜めを作った。
「主夫部の映画『僕とヨハンナ先生の秘密』です!」
彼女が声を張り上げた。
おおお、という歓声と共に、輪の中から拍手が沸き起こった。
みんなが温かい拍手を僕達に向けてくれる。
こんなことを言ったら
だから、僕は正直、あまり驚かなかった。
「主夫部の代表者はステージに上がってください」
司会の彼女が促す。
「弩、行ってこい」
「でも……」
弩は、三年生で部長の僕が行くべきだって、目で言った。
「弩は映画の監督なんだから」
僕は弩の背中を叩く。
「分かりました。行ってきます」
弩は立ち上がって、朝礼台に向かった。
ステージ上で、弩は生徒会長の柏木さんからトロフィーと賞状を受け取る。
去年、弩は受け取ったあとすぐに朝礼台から下りて、逃げるようにこっちまで帰ってきたのに、今年は拍手に手を挙げて答えたりしている。
受賞のインタビューにも余裕で答えた。
弩の大物っぷりも、板に付いてきた感じだ。
これで、主夫部は文化祭を二連覇した。
来春、僕達三年生は卒業するけど、この弩がいれば、三連覇も夢じゃないって思う。
「それから、今年は最優秀展示賞の他に、生徒会長の私から、特別賞を
柏木さんが、司会からマイクを奪って言った。
「私達の文化祭を、みずみずしく切り取ったドキュメンタリー作品を撮った、黒ウサギさんの『ホントのおまつり』を、表彰します」
柏木さんが言って、焚き火を囲む生徒から当然だっていう感じの拍手が上がった。
みんなが納得している温かい拍手だ。
確かに、僕もあれは評価されていいと思う。
「黒ウサギさん、ステージにどうぞ」
司会の彼女が言うと、焚き火を囲んで僕達の対面に座っていた黒ウサギの着ぐるみが、立ち上がってステージに上がった。
生徒会長の柏木さんから、賞状を受け取る。
「おめでとうございます」
黒ウサギは、マイクを向けられても一言も話さなかった。
着ぐるみのまま、顔を覆って、恥ずかしそうな素振りをする。
結局、何年生の、どこのクラスの生徒かは、最後まで分からなかった。
体つきから、たぶん女子だとは思うんだけど。
背丈が、妹の花園くらいの。
あの黒ウサギ、本当に、一体誰なんだろう?
「さあ、表彰が終わって、もう、堅苦しいことは言いません。皆さんお待ちかね、大演芸大会のスタートです!」
司会の彼女が声高に宣言した。
「さあ、トップバッターは!」
彼女が
そこからはもう、芸とは呼べないような生徒達の出し物が延々と続いた。
だけど、疲れているからか、それが楽しくてたまらない。
下手な歌を聴かされたり、噛み噛みの漫才を見せられたりした。
微妙に似ている先生のモノマネとかを見せられる。
密かに想いを寄せる彼女に告白をするという生徒が今年も出てきて、やっぱり、見事に撃沈した。
そんな、ゆるい出し物が続いたあと、ついに、あの人がステージに立った。
僕にとってのこの後夜祭の
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