第252話 乾杯

 エンドロールが流れたあとの講堂では、拍手が止まなかった。

 3000人超入ったお客さんが、立ち上がって拍手をしている。


 鳴り止まない拍手の中で、僕達はステージに上げられた。

 講堂の一番後ろで見てたのに、スポットライトまで当てられて、みんなの前に引き出される。


 なんだか、映画の試写会みたいな光景だ。


 僕達出演者と、監督の弩をはじめとしたスタッフが、ステージ上に一列に並んだ。

 生徒会長の柏木さんからインタビューを受ける。


 だけど、ここにはメインキャストの二人の先生がいなかった。

 二人とも、「講堂の大きなスクリーンで見られるなんて恥ずかしいよぉ」とか言って、逃げてしまった。


 恥ずかしいとか言ってるけど、本当は、文化祭の主役は生徒だから私達がステージに上がるべきじゃないって、二人は話し合ったんだと思う。


 ヨハンナ先生も北堂先生も、そういう先生だ。


 二人は今頃、平行して上映している寄宿舎食堂の会場を仕切ってる。



「それでは、まず、監督の弩さんの話を聞きます」

 柏木さんが、弩の横に立った。


「今回、主夫部として映画を撮ることを提案したのは弩さんだという話ですが、どうして映画を撮ろうと思ったんですか?」

 柏木さんは弩にマイクを向ける。


「はい、主夫部の男子のことをみなさんに知って頂こうって思って、この映画を撮りました」

 ステージの上で、大勢の人の前でマイクを向けられたら、「ふええ」とかいって固まってしまうかと思ったのに、弩は堂々と答えた。


「私は、主夫部唯一の女子部員として、日々、寄宿舎で家事に励む男子部員を見ています。主夫になろうと一生懸命な彼らの真摯しんしな姿勢を、みなさんに知って頂きたかったのです」

 弩は流暢りゅうちょうに続けた。


 弩がそんなふうに考えてくれていたことが嬉しかった。

 そして、恥ずかしがり屋の弩が、人前で堂々と意見を言えることに、重ねて感動した。

 なんだか、妹の成長を見ているような気持ちになる。

 ここがステージ上であることを忘れて、もうちょっとで弩の頭を撫で繰り回すところだった。



「続いて、脚本を書いた新巻さんに聞きます」

 柏木さんが、新巻さんの横に立つ。


「あの、ヨハンナ先生に生活力がないっていう、奇抜きばつな設定は、どのように思いついたんですか?」

 き、奇抜?

「はい、あり得ない設定のほうが、より面白いと思いまして」

 新巻さんが、無風の湖面くらい起伏きふくのない声で言った。

 明鏡止水めいきょうしすいってくらい、感情がなかった。

「今回、それが見事に成功したんですね」

「はい、普段のヨハンナ先生と逆にしたら、面白いキャラクターを生み出すことが出来ました。逆です。本当に逆です」

 新巻さん、ちょっとは言葉に心を入れよう。



「それでは、次に主演の篠岡君に訊きましょう」

 柏木さんが、そう言って僕の前に立った。


「ヨハンナ先生の結婚相手という役でしたが、演じてみてどうでしたか?」

 柏木さんは僕にマイクを向ける。

「はい、ホントならあり得ないことで光栄でした」

 僕はそう言って微笑んでみたけど、ステージ上から見える男子からの視線が怖かった。

 校内にはヨハンナ先生のファンクラブもあるし、講堂のあちこちから殺気に似た視線が浴びせられる。


「キスシーンがありましたが、ヨハンナ先生の唇の感触は、どんな感じだったでしょう?」

 柏木さんが訊いて、男子からブーイングが起きた。

 重い、地の底から響いてくるようなブーイングだ。


「あれは、カメラの角度でキスしてるように見えるだけで、実際にはしていません」

 僕は、引きつりながら答える。

「本当に?」

 柏木さんが僕を追い込んできた。

「はい、本当です」

「へえ、それじゃあ、まあ、そういうことにしておきましょう。でも、最後の方のシーンで抱き合ったのは本当ですよね」

 柏木さん、ドSなのか?

 どうか、男子のみんなをあおらないでください。


「それから、篠岡君達の主夫部は、寄宿舎で家事をしているそうなんですけど、食事を作ったり、掃除をしたり、それから、洗濯もするんですか?」

 柏木さんが訊いた。


「はい、もちろん洗濯もします。ですが、僕は家でも家事をしていて、毎日、妹のパン……」

 そこまで言ったところで、背中に激痛が走る。

 僕の両側にいる弩と新巻さんが、両側から僕の背中をつねっていた。

 ステージの下から見えないように、笑顔で僕をつねる弩と新巻さん。


「そうなんです。先輩は洗濯も得意なんです」

 僕からマイクを奪って弩が言った。

「そうなんです。篠岡君は、柔軟剤に精通していて、き柔軟剤なんかも出来るんですよ。オホホホ」

 新巻さんが続ける。

 オホホホって、変な笑い方をする新巻さん。


 二人とも、僕にあのセリフは絶対に言わせないみたいだ。



「それじゃあ、次は、恋敵こいがたき役の子森君」

 柏木さんが子森君にマイクを向けると、会場から、女子達の黄色い歓声が沸き上がった。


 なんか、僕のときと全然違うんですけど……



 こんな調子で、僕達主夫部と寄宿生の映画スタッフ全員がインタビューを受けた。

 最後に、大きな拍手に送られてステージを下りる。


 主夫部が一番注目された瞬間だったと思う。

 主夫部の僕達をみんなに紹介したいっていう弩の目論見もくろみは、大成功したのだ。




 意気揚々と寄宿舎に帰ると、ちょうど、食堂での最後の上映が終わったところだった。

 ヨハンナ先生や北堂先生と一緒に、最後のお客さんを見送る。


 最後の一人を寄宿舎の玄関まで見送って、これで、僕達の文化祭は終わった。


 一旦、寄宿舎の扉を閉めたら、みんな玄関ホールにへたり込むみたいに座ってしまう。

 僕もそうだけど、緊張が一気に解けたって感じだった。


 元気なのは、天方リタに抱かれていたひすいちゃんだけだ。

 ひすいちゃんは、相変わらず、校庭の上空を指さしていた。


「それじゃあ、みなさん、とりあえず乾杯しましょう!」

 御厨が、お盆に飲み物を載せて持ってくる。


「やったー! さすが御厨君、気が利くね」

 その、シュワシュワと発泡する黄金の液体を見て、ヨハンナ先生が急に元気になった。


「自家製ジンジャーエールです。ハチミツとレモンも入っていて、疲れがとれますよ」

 御厨がみんなにグラスを配る。


「なんだ……」

 ヨハンナ先生が急にしょぼくれた。

 なんて、分かりやすい人なんだ。

 大体、御厨が僕達にビールを配るわけがないじゃないか。


「まあまあ、明日の振替休日の打ち上げでは、お酒もおつまみもたっぷりと用意しますから」

 御厨がそう言って先生にグラスを渡したら、先生、急に元気になった。

 クルクルと表情が変わって、本当に可愛い人だ。



 乾杯の音頭は、主夫部部長である僕がとった。


「みなさん、二週間の準備期間から今日までご苦労様でした。おかげで、講堂での映画上映っていう、最高の展示が出来ました。多くの人に僕達のことを知ってもらえたし、なにより、みんなですごした時間が楽しかったです。主夫部部員も、そして、寄宿舎のみなさんも、本当にありがとう」

 僕はそう言って、みんなを見渡す。

 みんな、疲れていたけど、やり切った顔をしていた。

 満足そうな顔をしている。

 部長として、僕も大役が果たせた。


「乾杯!」

 僕はそう言って、グラスを掲げる。

「乾杯!」

 みんなもグラスを掲げた。

 喉が渇いていたから、みんな、ゴクゴクと喉を鳴らして飲み干す。

 御厨の自家製ジンジャーエールは、すっきりした飲み口でおいしかった。


 飲みながら、遠く校舎の方からも、歓声や拍手が聞こえてくる。

 ほかの部や団体も、僕達みたいに文化祭の締めをしてるんだろう。

 万歳三唱や、手締てじめの音も聞こえてきた。


 だけど、これから朝まで後夜祭があるし、まだまだ文化祭は終わらない。



「それじゃあ、僕達も後夜祭に行こうか」

 みんなで連れ立って、校庭に向かおうとしたときだった。

 ポケットに入れていた僕のスマートフォンが鳴る。


 確認すると、枝折から電話が入っていた。


「お兄ちゃん大変! お願い、こっちに来て!」


 冷静な枝折が、いつになくあわてて僕を呼んでいた。

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