第251話 ライバル
文化祭二日目の朝は、ひすいちゃんの不思議な行動から始まった。
朝食のあと、北堂先生の胸に抱かれたひすいちゃんが、寄宿舎の窓から校庭の空の方向を指さして「うーうー」って、僕達に何か訴えかけているのだ。
みんなでそっちの方向を見ても、薄曇りの空には、別段、何も見えなかった。
「どうしたの? ひすい」
北堂先生がひすいちゃんに話しかける。
すると、ひすいちゃんは「うーうー」って小さな指をいっぱいに伸ばした。
一生懸命、お母さんに何かを伝えようとしてるみたいだ。
その指の先に、何かがあるんだろうか?
それとも、僕達の映画が講堂で拡大上映されるっていう寄宿舎に流れる緊張感が、ひすいちゃんにも伝わって、いつもと違う行動をとらせてるんだろうか?
赤ちゃんって、謎で面白い。
その、僕達の映画、「僕とヨハンナ先生の秘密」は、講堂で午後三時過ぎに上映されることになった。
ステージの時間が押したり、ハプニングが起きたときのために、あらかじめ予定を入れていなかった予備の時間を使うらしい。
コピーした映画は、昨日のうちに生徒会に渡してあった。
予定していた寄宿舎食堂での上映も平行して続けることになったから、食堂での上映、100人×5回と、講堂の3200人、合わせて、最大あと3700人が見ることになる。
これは、喜んでいいのか。
それとも、僕のあんな姿が
すごく微妙なところだ。
文化祭二日目、一回目の上映も、定員一杯のお客さんが見に来てくれた。
上映中のお客さんは、笑ったり、驚いたり、ホロッとしたりしていて、楽しんでくれたと思う。
一回目の上映が終わったあとで、ヨハンナ先生が、僕達主夫部部員や寄宿生を廊下に集めた。
「あなた達、交代で他の部の展示とか、ステージを見てきなさい。私と北堂先生は、ずっとここにいるから」
ヨハンナ先生が、僕達に楽しんできなさいって言ってくれる。
やっぱり、ヨハンナはどんなときでもヨハンナ先生だった。
映画の上映拡大で僕達が舞い上がっていても、生徒に対する気遣いは忘れない。
僕達は、先生の言葉に甘えて、校内を見て回ることにした。
「それじゃあ、最初に、篠岡君と弩さん、行ってきなさい」
ヨハンナ先生が順番を指定する。
「その次が、錦織君と萌花ちゃんね」
先生が続けた。
「なんで、この二人なんですか?」
僕が訊いたら、
「いいから、行ってきなさい、順番だから、時間なくなるよ」
ヨハンナ先生が、僕に背中を向けて言う。
なんだか、変なヨハンナ先生だ。
僕は弩と二人で林の獣道を抜けた。
「弩は何か見たいところとかあるか?」
歩きながら僕が訊く。
「お腹が空いたので、何か食べたいのです」
弩が僕を見上げて満面の笑顔で言った。
それならと、僕達は校舎に入らずに校門に向かう。
校門から校舎に続く通路の両側には、部活や、クラス単位で出した屋台が並んでいた。
綿菓子の屋台に、かき氷の屋台、フランクフルトに焼きそば、たこ焼きに、お好み焼きの屋台と、色々そろっている。
食べ物の他に、金魚すくいや、射的の屋台もあった。
日曜日で、我が校の生徒の他にも、他校の生徒や、父兄、近所の子供なんかも走り回っていて、ちょっとした夏祭りって感じだ。
二人で何を食べようか迷っていたら、
「篠岡先輩!」
エプロンをした
「食べていってください」
そのまま、女子バレー部の屋台まで引っ張っていかれる。
女子バレー部の屋台では「うどん」を出していた。
「私達が踏んだうどんだから、こしがありますよ」
背が高い麻績村さんが、僕を見下ろして言う。
屋台の横で、女子バレー部員がビニールに入れたうどん生地を力強く踏んでいた(一部マニアに絶大な人気を得ている)。
「弩、うどんでいいか?」
僕が訊くと、
「はい、いいです」
弩もにっこりと頷く。
メニューの中から
「先輩達にはサービスです」
麻績村さんは、内緒で卵を二つ入れてくれる。
校庭に続く階段で、弩と二人、座ってうどんを食べた。
弩が、はむはむと、おいしそうにうどんを
御厨じゃないけど、やっぱり、女子がおいしそうに食べる姿を見るのは、こっちまで嬉しくなる。
女子に、お腹一杯食べさせたくなる。
文化祭準備期間中は忙しかったから、こんなにのんびりとした時間は久しぶりだった。
うどんは、強いこしがあって、
さすが、河東先生に
お腹も一杯になったところで、校内に戻って廊下を歩いてたら、枝折と笛木君が、超常現象同好会のチラシを配っていた。
「はい、お兄ちゃんも、これ」
僕も、枝折からチラシを一枚もらう。
渡されたチラシには、そんな文字が
UFOって……
超常現象同好会の会頭、
「枝折、大丈夫なのか?」
僕は他の人に聞こえないように、小声で訊く。
「なにが?」
制服姿の枝折が、無表情のまま訊き返した。
「いやだから、UFOだよ」
こんな堂々と宣言して、チラシまで配って宣伝しちゃっていいんだろうか?
どう転んだって、UFOを呼ぶことなんて出来ないと思う。
「大丈夫に決まってるじゃない」
無表情で言ったけど、口の端が2ミリくらい上がってるから、枝折は自信満々だった。
枝折が拝さんに染められていくみたいで、ちょっと不安なんだけど。
枝折と別れて二人で校内を見て回ってたら、僕達と同じように、自主制作の映画の上映をしている教室を見付けて、弩が足を止めた。
映画のタイトルが、「ホントのおまつり」ってなっている。
普通の教室の窓を暗幕で塞いで、2、30人分の座席が置いてあるだけだったけど、かなり
「先輩、見ていきましょうよ」
弩が僕のシャツを引っ張る。
同じく映画を作った監督として、弩も気になったんだろう。
「そうだな」
僕達は、後ろの方の席に並んで座った。
その映画は、僕達の映画と違ってドキュメンタリーだった。
この学校の、文化祭準備期間の校内を撮った作品だ。
スクリーンに流される映像には、まず、演劇部のリハーサルや、バンドの練習風景が映っていた。
看板を作ったり、ポスターを作るのに夢中になっている生徒も映っている。
女子の委員長と、働かない男子が喧嘩してるところとか、逆に、男女が協力し合って、愛が生まれそうな場面もあった。
新体操部の可憐な演技が映っているかと思えば、徹夜続きで、廊下で死んだように眠る男子生徒の安らかな顔も映っている。
作業しながらカメラに向かってピースする生徒や、逆に、カメラから逃げてしまう生徒もいた。
夜食のカップラーメンをおいしそうに
映像は、文化祭準備期間の校内の様子を、時系列とか関係なく、テンポ良くつなぎ合わせている。
その中には、僕達の映画の撮影シーンもあった。
ディレクターズチェアに座った弩とか、カメラを構える萌花ちゃんも映っている。
シーンとシーンの間に、死んだように眠る男子生徒の顔が何回も出てきて、それがアクセントになっていて、笑ってしまう。
スクリーンからは、文化祭準備期間の楽しさが、溢れ出ていた。
この映画の「ホントのおまつり」っていうタイトルは、その通りだと思った。
これを見ていると、本当の文化祭は、開催期間より、その前だってことが分かる。
入ったのは途中からだったけど、結局、僕達はこの映画に最後まで見入ってしまった。
最後のスタッフロールは短くて、
監督・撮影・編集 黒ウサギ
ってなっていた。
黒ウサギって、あの、着ぐるみの黒ウサギだって、僕はすぐにピンときた。
カメラを持って校内を回っていた、あの黒ウサギに間違いないだろう。
監督・撮影・編集ってことは、あの黒ウサギが自分で撮って、それを自分で編集したってことだろうか?
そうだとしたら、あの黒ウサギ、相当なやり手だ。
上映が終わった僕達の周りでも、「もう一回最初から見ようよ」とか、「○○ちゃん、面白いのあるよ、来なよ」ってスマホで呼んでる声とか、たくさん聞かれた。
こっちもうかうかしてられないな、とか思ってると、弩がプロジェクターを操作している生徒のところにツカツカと歩いていく。
「あなたが、黒ウサギさんですか?」
弩が訊いた。
「いえ違います。僕は、吉岡先生に頼まれて上映のお手伝いをしてるだけで……」
その一年生の男子生徒が、弩の攻撃的な視線に戸惑いながら答える。
吉岡先生は、去年の文化祭で僕達の味方になってくれた先生だ。
「それじゃあ、この黒ウサギさんて、誰ですか? 何年生の、なんていう名前の生徒ですか? 性別は? 血液型は? 星座は?」
弩が、一年生男子を問い詰めた。
「すみません、僕、知らなくて……本当に、吉岡先生に頼まれただけなので……」
一年生の彼が困り果てている。
僕は、まあまあと、一年生に食ってかかりそうな弩をなだめる。
弩を手なずけるためにポケットに常備しているホワイトロリータを食べさせて、どうにか落ち着かせた(夏場だから、ちょっと溶けてたけど)。
弩は、黒ウサギの映画に、よほど
「今から、講堂での上映までに、映画を編集し直します。気になってたシーンがまだありますので」
そんなことを言い出す弩を説得するのに、また少し時間がかかった。
講堂での上映は、あと少しで始まる。
だけど、あの黒ウサギって、本当に誰なんだろう。
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