第250話 カレーライス

「ヨハンナ先生が頼もしかった」

「北堂先生が可愛かった」

「子森君がカッコイイ!」

「素敵な話で感動した」

「映像が綺麗!」


 映画を見終わったあと、みんなが興奮気味に感想を話してくれた。

 僕達、出演者やスタッフは、上映会場の出口で、見てくれたお客さんのお見送りをしながら感想を聞く。


「篠岡君って、ホントに家事出来るんだね」

「包丁の使い方とか、洗濯物を干す手つきとか、実際に家事してないと出来ないもの」

 複数の女子が、そんなふうに僕の家事の腕に注目してくれた。

 演技を褒められるのよりも、それが嬉しい。

 見てくれる人は見てくれてるんだな、と思った。


「今度うちに掃除に来て」

「篠岡君の料理、食べたいな」

 クラスメートや知り合いの女子達が、そう言って会場を出て行く。

 女子達に囲まれる僕を、ヨハンナ先生や寄宿舎の住人が、ジト目で見ていた。

 あとでまた、新巻さんに「女たらし」とか、言われるかもしれない。


 身近な人達の感想だから割り引いて聞く必要はあるけど、映画はおおむね好評だった。


 一方で、こんな感想もあった。

「ヨハンナ先生がだらしなくて、ぐうたらっていう設定が笑えた」

「ヨハンナ先生が篠岡君のお世話がないと生活出来ないっていうのが、あり得なくて面白かった」

 同じような感想を他にもいくつか聞いたから、みんなそのギャップを楽しんで映画を見てたんだろう。

 教室での、ヨハンナ先生の「クールでスマートな教師」っていうイメージは、未だ健在みたいだ。


 だけど、あの、家ではだらしないところとか、ほぼノンフィクションなのに。


 先生は服脱ぎ散らかすし、キャミソール一枚で歩き回ってるし、寄宿舎の部屋は僕が毎日掃除しないとゴミ屋敷になるし。


 ヨハンナ先生は周りを囲んだ生徒に、

「そうでしょ? 演技するのに苦労したよ」

 とか、したり顔で言っている。

 僕がジト目で見ると、先生はばつが悪そうに目を逸らした。



 二回目の上映も、食堂の上映会場は一杯になった。

 一年生の北堂先生のクラスの生徒がたくさん見に来てくれたし、子森君がいたサッカー部の男子や、弩の友達やクラスメートも来てくれる。

 映画はみんなにも好評だった。



 午後の三回目の上映になると、前の二回を見たお客さんからの口コミが広まって、幅広い生徒が見に来てくれるようになった。

 会場に、我が校の生徒以外のお客さんも、ちらほら見られるようになる。


 寄宿舎は校舎裏の林の中で、校外から来るお客さんには分かりにくい場所にあったけど、その案内を買って出てくれたのは、コンピューター研の部員だった。

 ゲームで完敗して、弩を姐さんとあおぐコンピューター研のメンバーが、交代で看板を持って案内してくれたのだ。


 僕は、去年の文化祭で、三年生が僕達のために道案内してくれたことを思い出した。

 こんなふうに手伝ってくれる人が現れるのは、弩が人をきつける何かを持ってるからだと思う。



 四回目の上映のあとでは、出演者がお客さんから写真を頼まれたりした。

 僕のところにも、下級生とか、他校の女子とかが「一緒に写真撮ってください」って頼みに来る。

 初めての経験で、緊張して引きつった笑顔で写真を撮ってしまった。

 子森君は、僕の30倍くらい写真頼まれてたのに、自然な笑顔で撮影に応じてたのは、さすがだと思う。



 五回目の、今日最後の上映ともなると、用意したパイプ椅子はもちろん、立ち見のスペースにもたくさん人が入って、食堂からあふれるほどになった。

 知り合いが殆ど見てしまって、入りを心配してたけど、それは杞憂きゆうだった。


 お客さんを送り出したあとで、これだと、明日は整理券とか作って入場を制限しないといけないって、みんなで話し合う。

 一回ずつの間隔かんかくを詰めて、昼休みを返上すれば、あと二回は多く上映出来るとか、アイディアも出し合った。

 嬉しい誤算で、そんな対策を話し合う会議も楽しい。


 台所からは、御厨が作るカレーのスパイシーな香りが漂ってきた(やっぱりこういうイベントのときはカレーだ)。


 文化祭はあと一日を残すのみになったけど、寄宿舎の盛り上がりは最高潮に達する。




 だけど、多くの人が見に来てくれたことは、いいことばかりではなかった。


 日も暮れて、僕達が中庭でランプの明かりの下でカレーを食べてたら、

「ちょっと、よろしいでしょうか?」

 文化祭実行委員会と生徒会の代表が、突然、僕達のもとを訪れる。


 文化祭実行委員の二年生男子と、生徒会長の柏木さんっていう同級生だった。


 実行委員の二年生も、生徒会長の柏木さんも、けわしい顔をしている。


「主夫部が上映している映画について、お話があります」

 柏木さんが、重々しい声で言った。

 柏木さんは、往年の鬼胡桃会長ほど怖くないけど、それでも、キリリと鋭い視線で周囲を動かす、威厳に満ちた生徒会長だ。


「私達は、このままでは大変なことになると危惧きぐしています」

 柏木さんが言って、実行委員の二年生も頷く。


 もしかして、僕達が作った映画の内容がまずかったんだろうか?


 僕とヨハンナ先生のキスシーン(してないけど)もあるし、抱き合ったシーンもある。

 それとも、僕が北堂先生にビンタされる場面が暴力的だとか、理不尽なクレームでも入ったのか?


 あるいは、ラストシーンが、僕が学校を捨てて、ヨハンナ先生との愛に生きるみたいな内容だったから、学校関係者から待ったがかかったのか。

 父兄や校外のお客さんも見に来てるし、そこで、問題になったんだろうか?


 このまま上映禁止なんてことは……


 僕達は、カレーのスプーンを置いた。

 盛り上がっていた空気が、一気に萎んでしまう。


 固唾かたずを飲んで見守る僕達に、柏木さんが言った。

「主夫部の映画が好評で、見たいという生徒が大勢います。学校中、その話題で持切りです。明日の上映に、この寄宿舎だけでの対応では、狭すぎて混乱が生じる恐れがあります。生徒会、文化祭実行委員双方は、会場が混乱したり、怪我人が出たりすることを望みません」

 上映にかかりきりになってたから校内の様子が分からなかったけど、映画の評判、そんなことになってたのか。


「そこで、生徒会として、あなた達の映画『僕とヨハンナ先生の秘密』の、講堂での拡大上映を提案します!」

 柏木さんが言った。


「えっ?」

 そこにいた全員が、どこから出したか分からない変な声を出す。

 カレー食ってる場合じゃなかった。


「安心してください。映像を貸してもらえれば、講堂での上映は生徒会と実行委員が仕切ります。あなた達の負担にはなりません」

 柏木さんが続ける。


 とんでもないことになった。

 講堂での拡大上映って……


 うちの学校の講堂、最大で3200人入るんだけど。


 より多くの人に、僕の演技、見られてしまう。

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