第248話 ぶっつけ本番

「先輩、編集、終わりました」

 ドアを開けて、弩が部屋から出てきた。


 202号室の前の廊下で、壁に寄りかかってうとうとしていた僕は、部屋から出てきて倒れそうになった弩の腕をつかんで支えた。


「これに、編集した映画が入ってます」

 弩が、手に持った外付けのハードディスクを僕にたくす。

 目が真っ赤で、髪もべったりと重たく見える弩。


 時間を見ると、朝の五時を少し過ぎたところだった。

 今日は土曜日で、数時間後には文化祭が始まる、ギリギリのタイミングだ。



「これから、皆さんに試写会してもらいましょう」

 弩はそう言って、疲れた表情に無理に笑顔を引っ張り出した。


「いいから、弩は始業時間までちょっと寝ろ」

 僕は、足がふらつく弩を支える。

「だけど……」

「少し寝よう。弩に倒れられたりしたら、そっちの方が迷惑だぞ」

 僕はそう言いながら、弩の背中と膝の裏に手を入れた。


「えっ? わっ、わっ」

 戸惑っている弩を、僕はそのままお姫様抱っこする。


「暴れたって無駄だぞ。絶対に寝かせるから」

 ちょっと強めに言ってみた。

 ここは、弩に抵抗されようと、大声出されようと、絶対に寝かせる。


「それじゃあ、お言葉に甘えます」

 弩はそう言って目を瞑った。

 すると、気を失ったみたいに、僕の腕の中で眠ってしまう。

 やっぱり、相当眠たかったみたいだ。


 編集室から一階の弩の部屋まで運んで、ベッドに寝かせた。

 すーすーと寝息を立てる弩に、布団を掛ける。


 危ない。

 無防備な弩の寝顔が可愛いから、花園とか枝折にしてるみたいに、ほっぺたすりすりするところだった。




 弩の部屋を出ると、廊下に部員と寄宿生、ヨハンナ先生や北堂先生まで、みんなそろっている(北堂先生に抱かれているひすいちゃんだけ、まだおねむだ)。


「僕達の映画、弩が完成させました」

 僕は、みんなの前で弩から預かったハードディスクをかかげた。


 みんなも、編集が間に合うか心配で、早起きしたらしい。

 みんな、まだパジャマとか寝間着のままだ。


「弩さんがどんなふうに編集したのか、確認のために、これから急いで試写会する?」

 新巻さんが訊いた。

 僕達はまだ一度も完成した映画を見ていない。

 本当に完成してるか確認したいし、それに、どこかおかしいところがあったら、直さないといけない。


「もう時間がないから、試写するなら急がないと」

 錦織が言った。

 僕達は、みんなで食堂の上映会場に向かう。


「ちょっと待ってください」

 ところが、子森君がそれにとなえた。


「弩が完成したって言ってるなら、弩を信じてあげればいいんじゃないですか?」

 子森君が言う。


「この映画作りに一番熱心だったのが弩だし、この映画のこと一番分かってるし、ひどい編集はしないと思います。弩は、中途半端な仕事とかしないから」

 子森君が続けた。

 子森君はそのあとで、「生意気言ってすみません」って謝って、小さくなる。


「そうだね。それじゃあ、弩さんを信じて、これをそのまま上映しましょうか」

 ヨハンナ先生が子森君の肩を叩きながら言った。

 僕も、みんなも頷く。


 確かに子森君の言う通りだ。

 弩は、無責任なことはしない。


 映画は、ぶっつけ本番で流すことになった。



「さあ、みんな。朝ごはん食べて、支度して、登校しましょう」

 北堂先生が言う。

「はい!」

 みんなが小気味よい返事をして、それぞれの部屋に散った。


 みんなが行った後、ヨハンナ先生が僕に近づいてくる。

「ところで、塞君は大丈夫なの? 弩さんに付き合って、起きてたみたいだけど」

 先生はそう言って僕の目を覗き込んだ。

 僕は、眠たそうな顔でもしてただろうか?


「はい、大丈夫です。僕は見守るだけでなんにもしてなかったし、うとうと廊下で眠ってましたから」

 僕が言うと、ヨハンナ先生が僕の頭をわしゃわしゃって、撫でた。

「無理しちゃだめだよ」

 ヨハンナ先生が言う。


 なんか、これだけで、眠気も疲れも吹っ飛ぶ気がした。





「文化祭にのぞんで、私が言いたいことはただ一つだけだよ」

 登校すると、朝のホームルームの教室で、ヨハンナ先生がクラスのみんなを前にして言った。

 教卓に両手をついて、クラス全員を見渡す、スーツ姿のヨハンナ先生。


「高校生活最後の文化祭、思いっきり楽しみなさい!」

 先生の言葉に、教室中から「おおー!」って、雄叫びが上がる。

 これが終わると、三年生は受験一色になるし、文化祭は、高校生活で最後の大きな行事だ。


いのないようにね」

 先生が言って、僕達は「はい!」って揃った返事をした。


 クラスメートは、それぞれの部活のユニフォームを着ていたり、メイドの衣装を着ていたり、バンドのステージ衣装を着ていたりする。

 みんな、それぞれの部活や団体で活躍するみたいだ。


「それから、女優、霧島ヨハンナが出演した映画の鑑賞もお忘れなく」

 ヨハンナ先生がそう言って、ウインクした。

 先生、ちゃっかりと宣伝してくれる。




 ホームルームが終わると、講堂での開会式もそこそこに、僕は寄宿舎に戻った。


 校舎裏から寄宿舎に続く林の獣道には、案内の看板と、ガイドロープが渡してある。

 玄関には、観客用にスリッパを並べた。

 映画を再生するパソコンをプロジェクターに繋いで、これで上映の準備は整った。


「私、もう一回、顔洗って来ますね」

 監督の弩は、さっきから落ち着かない。




 午前九時からの一回目の上映を前に、観客が少しずつ集まって来た。


 最初のお客さんは、僕のクラスメートの長谷川さんと、菊池さん、松井さん、蒲田さんの四人だ。


 僕は、四人に囲まれて小さな花束を渡された。

「篠岡君とヨハンナ先生の勇姿を見に来たよ」

 長谷川さんが言って、あとの三人がクスクス笑う。

 花束は、主演俳優に対するお祝いってことらしい。


 普段から一緒にいるクラスメートを前にして、今頃になって急に恥ずかしさが込み上げてきた。

 作ってる時は必死だったからあまり考えなかったけど、僕とヨハンナ先生のあんなシーンが満載の映画、本当に上映していいんだろうか?


「篠岡先輩、おはようございます!」

 続いて、女子バレー部の麻績村おみむらさん達も来てくれた。

 麻績村さんは、駅伝のとき僕がお世話したメンバーとか、バレー部員を引き連れて来てくれる。


「先輩が主役って聞いて、楽しみにしてました」

 バレンタインデーのときチョコレート作りを手伝った、サッカー部のマネージャー宝諸ほうしょさんと広瀬さん、野球部マネージャーの君嶋さん、藤田さん、沖さんも来てくれた。


「篠岡君、大丈夫、この周囲には何もいないわ。不穏な影は、なにもない」

 超常現象同好会のおがみさんも、部員の笛木君と、枝折と一緒に来る。



 クラスメートやみんなのおかげで、一回目の上映は、五十席が埋まって、追加のパイプ椅子を出す盛況せいきょうぶりだった。


「篠岡君の女たらしが、こんな時には役に立つじゃない」

 新巻さんが、ひじで僕を突っついた。

「僕は、女たらしじゃないし」

 僕が強く抗議すると、

「まったく、自覚がないのが困りものなんだよね」

 新巻さんが笑いながら言う。

 自覚って、なんなんだ。


 でも、こうやってみんなが来てくれて、嬉しい。



「それでは、主夫部と寄宿生、共同制作の映画、『僕とヨハンナ先生の秘密』の、上映を始めます」

 予定の午前九時になって、監督の弩が挨拶した。

 食堂の照明が消される。

 みんなが拍手をして、スクリーンにタイトルが映った。



 映画は、僕とヨハンナ先生の食事シーンから始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る