第247話 ポストプロダクション

 コンピューター研から借りたパソコンを置いた202号室が、今、僕達が作る映画の編集室になっていた。


 放課後、校舎から寄宿舎に戻って部屋をのぞくと、そこには弩と妹の花園が詰めている。

 パソコンのディスプレイは、壁際に置いたテーブルの上に据えてあって、Tシャツにショートパンツの弩が、座布団に座って作業していた。

 その横で、水色のワンピースの花園も、ディスプレイを覗き込んでいる。


「弩、一息ついたらどう?」

 僕が背中から話しかけると、弩はびくっと背筋を伸ばしてこっちを向いた。

 編集に夢中で、僕が部屋に入って来たことにも気付かなかったみたいだ。


「ほら、のどかわいただろ?」

 僕は、冷たい麦茶を持参していた。

 お茶請けはもちろん、弩が大好きなホワイトロリータだ。


「はい、ありがとうございます」

 おでこに冷えピタを貼った弩が、かすれ声で答えた。


 弩の目の下には、くまが出来ている。

 眠そうな顔をしてるし、髪もアホ毛が跳ねていた。


「今日も朝方まで作業してたみたいだけど、大丈夫か?」

 文化祭準備期間中でも授業はある。

 弩は昨日から徹夜して、昼、授業を受けて、放課後また編集作業をしていた。

 監督として、編集作業を買って出た弩は、最後まで続けるってかたくなだ。


「さっき、三十分くらい仮眠をとったので、大丈夫です」

 弩はそう言って、気丈きじょうに笑顔を見せた。


 その姿が健気けなげだったから、僕は特別にホワイトロリータの包みをいて、弩に食べさせる。

 弩は、僕の手からポリポリと子リスみたいにホワイトロリータをかじった。

 放っておくと、僕の指まで囓りそうだ。


「お兄ちゃん、花園にも」

 花園が口をパクパクさせて、ホワイトロリータをねだった。


 花園は、ここのところ中学校から帰ると、すぐにこの編集室に来て、弩と一緒にいる。

 弩の横からパソコンのディスプレイを覗いて、編集作業をじっと見ていた。


 先日までは、学校から帰ると御厨の母親の天方リタとか、新巻さんとかにじゃれついてたのに、どうしたんだろう?


「花園、弩の編集見てて面白いか?」

 僕は訊いてみた。


「うん、面白いよ。ヨハンナ先生綺麗だし、お兄ちゃんの演技笑っちゃうし、ゆみゆみを見てると、動画編集ソフトの使い方覚えられるしね」

 花園が、目を輝かせて言う。


「動画編集ソフトの使い方覚えてどうするんだ?」

「えっ? うん、だって、今までスマホで撮ってた動画とか、編集できたら面白いでしょ」

 花園の目が泳いだ。


 花園が何か隠し事をしているのは、一目で分かる。

 冷静沈着れいせいちんちゃくな枝折と違って、花園は分かりやすかった。

 何か、たくらんでるのかもしれない。


「弩の邪魔するなよ」

 一応、花園にはそう言っておいた。

 企んでるっていっても、花園の企みなら、きっと可愛い企みだと思うから。


「分かってるよ、お兄ちゃん」

 花園はほっぺたを膨らませた。


「弩、花園が邪魔だったら、追い出していいから」

「いいえ、花園ちゃんがいてくれて助かりますよ。花園ちゃんの意見を聞きながら、編集してますし」

 弩が言う。


 花園に、弩が無理しないように見守れって言いふくめてから、僕は部屋を出た。




 弩が編集している間に、僕達残りの主夫部や寄宿生は、上映会場の設営に取りかかる。


 映画の上映会場になるのは、寄宿舎の食堂だ。

 会場の抽選で、競合がなさそうな寄宿舎を選んで、ここに決まった。


 食堂はそこそこ広いし、部屋自体にノスタルジックな雰囲気があって、そこで上映する映画に重みを与えてくれそうな気がする。

 そして、何と言ってもここは僕達のホームだ。


 まずは、普段食堂にある椅子やテーブルを全部廊下に出した。

 床を雑巾掛けして綺麗にする(毎日掃除してるから、そんなに汚れてなかったけど)。


 掃除が終わると、レンタルしたプロジェクターと、映像を映すスクリーンを設置した。

 窓は暗幕でふさぐ。

 スクリーンは150インチで、壁一面を占めた。

 試しに「Party Make」のライブ映像を流してみたら、メンバー三人が実際に目の前にいるような大迫力だった。


 あとは、パイプ椅子を並べて観客席を作る。

 パイプ椅子はとりあえず五十席分並べた。

 これで足りるとは思うけど、予備の椅子もあるし、後ろで立ち見をすれば、全部で百人くらいは見られると思う。


 計画では、上映は午前に二回、午後三回の予定だ。

 それを、文化祭の二日間で行うから、計十回上映する。

 全部の回で会場が満杯になったとして、最大一千人が見てくれることになる。


 まあ、全部満杯になることなんて、ないだろうけど。




 会場の設営が終わったら、みんなでチラシを作った。


 萌花ちゃんが撮影の合間に撮った写真を元に、タイトルや出演者、上映時間の案内を載せていく。


 元になるのは、ヨハンナ先生と僕が並んで立っている写真だった。

 パリッとしたスーツ姿のヨハンナ先生と、ネクタイを緩めに巻いた制服姿の僕が、校門をバックに手を繋いで立っている。


 写真を見る限り、夫婦っていうより、保護者と子供って感じだった。


「この、まったく釣り合ってない感が、ねらいなんだよ」

 脚本の新巻さんが言う。

 そんなにはっきり言わなくても……

 でも、確かにまったく釣り合ってないから、言い返せない。


 写真の下には、映画のタイトルが入った。

 映画のタイトルは、正式に仮題だった「僕とヨハンナ先生の秘密」に決まっている。

 昨日、みんなで話し合って、最終的にこのタイトルに決めた。

 新巻さんの最初のアイディアでは、「あこがれのヨハンナ先生の婿むこになって、毎日、家事してるんだが」だったのを、弩が強くしてこのタイトルにした。


 出来上がったチラシは、近くの印刷所に持っていって、1000部印刷してもらう。

 我が校のOBがやってる印刷所で、文化祭関連の仕事は、破格値で引き受けてくれた。


「早速、チラシ廊下に貼ってきますね」

 宮野さんと子森君が、出来上がったチラシを持って、校舎に向かう。


 これから文化祭終了まで、あの写真が校内に貼られていると思うと、ちょっと恥ずかしい。




 設営やチラシ作りを終えて、もう一度編集室を覗きに行くと、力尽きた弩が、部屋のすみに敷いた布団の上で眠っていた。


 仰向けで大の字に眠っている弩は、良い夢でも見ているのか、口元がにんまりとしている。

 Tシャツがめくれておへそが見えていたから、タオルケットを掛けておいた。


 編集用のパソコンには、弩の代わりに花園が向かって、マウスを動かしている。

「花園ちゃん、なにしてるの?」

 僕が声を掛けると、花園はウインドウを最小にして、使っていたソフトの画面を隠した。


「ちょっと、友達と撮ったスマホの動画使って、編集ソフトをいじってただけ」

 花園が言う。


「パソコン弄って、弩の編集データ飛ばすとか、そんなことになると困るから、あんまり触ったらいけないよ」

 そんなことになったら、取り返しがつかない。


「もう! 分かってるよお兄ちゃん」

 花園が口を尖らせる。


「弩は、まだ編集続けるみたいだった?」

「うん、十五分したら起こしてって、頼まれた」

「それじゃあ、三十分寝かせてから起こしてあげて」

「分かった」

 花園が頷く。


 今日は、弩が寝るまで僕も起きていて、見守ることに決めた。

 後でまた、飲み物とか、夜食とか持っていこう。



 こうやって文化祭の準備はどんどん整ってるけど、終わりが近づいてるみたいで、なんか寂しい。

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