第244話 ヘッドショット

「雨、いやですね」

 サンルームの窓から空を見上げて、弩がぽつりと言った。


 梅雨の時期なのに雨が少なくて洗濯がはかどるとか思っていたら、昨日から、しとしとと雨が降り続いている。

 サンルームの窓ガラスを、細かい雨粒が絶え間なく叩いた。



 雨のせいで、今日の撮影は、一シーンしか撮れていない。

 僕との結婚がバレて、謹慎きんしんになったヨハンナ先生が、学校を出て行くシーンだけだった。


 傘をさした先生が、生徒達の慰留いりゅうの声を背中に聞きながら校門を抜ける寂しげなシーンに、この曇り空と止まない雨は、ぴったりと合ってたけど。



 主夫部部員も、寄宿舎の住人も、食道に集まっている。

 文化祭の盛り上がりで撮影したくてうずうずしてたから、みんな手持ち無沙汰ぶさたで詰まらなそうにしていた。

 みんながかまってくれるから、中学校から帰ってきた花園だけが嬉しそうだ。



「撮影できないってなげいててもしょうがない。撮影出来なくてもやることはあるよ。映画のチラシ作ったり、今まで撮ったシーンを編集したりしよう」

 僕は言った。

 主夫部部長として、みんなのテンションを維持しないといけない。


「それが、その……」

 ところが、監督の弩がもじもじしていた。


「宮野さんに作ってもらったセットとか、御厨君に用意してもらった小物とかにお金がかかって、編集用のパソコンに掛ける予算が、なくなってしまったのです」

 元々小さな弩が、もっと縮こまって言う。


「動画を編集できるパソコンがないのです。私のノートパソコンは、動画編集とか出来るスペックがないし、萌花ちゃんのパソコンはお仕事で使うから、借りられませんし」


「私が執筆に使うパソコンも、動画編集には心許ないよね」

 新巻さんが言う。

 それ以前に、新巻さんの創作の全てが詰まっているパソコンを大勢で使うのは申し訳ない。



「それなら、コンピューター研究会に一台借りたらどうだろう? あそこなら、高スペックなパソコンがあるし、型落ちとか、余ったパソコンの一台くらい貸してくれそうだよ」

 食堂のテーブルに寄りかかって、腕組みしていた錦織が言った。


「そうですね! お願いしに行きましょう!」

 しょげていた弩が弾んだ声を出す。


 僕達主夫部は、部員全員でコンピューター研にお願いに行くことになった。





「そういうことなら、貸さないこともないが」

 文化部部室棟の二階、コンピューター研の部室で、部長の坂村君が言った。

 僕と同じくらいの背丈で、せ型。

 少し神経質そうな目付きの、坂村君。


 コンピューター研の部室の両側の壁には、十台くらいのデスクトップパソコンが並んでいた。

 真ん中のテーブルには、ノートパソコンとかタブレットとか、何台もある。

 部室には、坂村君の他に七人の部員がいて、みんなパソコンの画面に向かっていた。

 ゲームをしたり、プログラムのようなものを書いたりしている。

 パソコンが轟音を上げているからか、室内は廊下よりも暑かった。


「貸すことにやぶさかではないが、ただし、条件がある」

 坂村君が、弩を見下ろして言う。


「我々にゲームで勝ったら、パソコンでもなんでも貸そうじゃないか」


「ゲームで、ですか?」

 弩が訊き返した。


「ああそうだ。我々が指定するPCゲームで勝ったら、動画を余裕で編集できるスペックのPCを貸そう」

 坂村君はそんな条件を出す。


 なんでそんな条件なんだって考えてたら、

「そしてもちろん、負けた場合には、そっちに罰ゲームを受けてもらう」

 坂村君がそんなことを言い出した。


「罰ゲームってなんですか?」

 弩が訊く。


「文化祭の間、ヨハンナ先生、そして寄宿舎の女子達に、コスプレをしてコンピューター研の展示の呼び込みをしてもらおうじゃないか」

 坂村君はそう言って、口元だけでいやらしく笑った。


「そんな! ふざけるな!」

 弩の横にひかえていた僕は、思わず大きな声を出してしまう。

 子森君や錦織、御厨も、坂村君に噛みつきそうな顔をしていた。


 大切な僕達の妻に、そんなことはさせられない。


 コスプレで呼び込みって、坂村君のあのいやらしい笑い顔からすると、とんでもない衣装を着せられそうな気がする(ちょっと見てみたいとか思ってしまった僕のバカバカ)。


「篠岡先輩、いいんです」

 ところが、弩はそう言って僕を制した。


「分かりました。その勝負、受けましょう。その代わり、私達が勝ったら、本当にこの中で最高スペックのパソコンを借りますよ」

 下から坂村君を見上げる形の弩が、威勢いせい良く言う。


「ああ、僕達に勝ったら、三台でも五台でも、好きなだけ持っていっていい」

 坂村君は余裕だった。

 してやったり、みたいな顔をしている。



「それで、ゲームって何をやるんですか?」

 弩が訊いた。


「今、流行ってるFPSだよ。百人が入り乱れて撃ち合うバトルロワイヤル。放棄された無人島にパラシュートで降下した百人の中で、最後まで生き残った一人が優勝のゲームだ」

 坂村君が壁際のPCのディスプレイを指して、その画面を見せた。

 画面の中のキャラクターが、家や工場の中に落ちている銃や弾を拾って、撃ち合っている。


「我々から出した代表同士が戦って、優勝した方が勝ち。優勝できなかった場合は、より長く生き残って、順位が上の方が勝ちだ」

 コンピューター研の部員の一人がそのゲームをしているのを、弩は後ろから真剣に見ていた。


「分かりました。そのルールでいいです」

 しばらく部員のゲームプレイを見た後で、弩が言う。


「私が代表として参戦します」

 弩が胸を張って言った。


「弩、大丈夫か?」

 僕が小声で訊く。

 確かに、弩はゲーマーで凄腕すごうでだけど、この寄宿舎に来てからはほとんどゲームをしてないし、相手は、コンピューター研で毎日ゲームの腕を磨いているような連中だ。


「はい、大丈夫です。映画のためにも、そして、罰ゲームを受けないためにも頑張ります!」

 弩の目は燃えていた。

 なんか、今の弩が大丈夫って言うと、本当に大丈夫な気がする。



 早速、弩と、コンピューター研の代表、坂村君が、隣同士のPCの前に着いた。

「それじゃあ、始めようか」

 坂村君が言って、二人がサーバーに入る。



 結果は、圧倒的だった。



 18キルという記録で、弩が一位。

 坂村君は、百人中の二十人まで残ったけど、弩のスナイパーライフル、AWMのヘッドショットを食らって、一発でゲームオーバー。

 弩が最後まで生き残って優勝するのを見守ることになった。


「ゲームをするのは久しぶりでしたし、マウスもキーボードも私に合ってなかったので、エイムが甘かったですけど、そこは立ち回りでカバー出来ました」

 弩が、ニコニコしながら言う。


「このゲームやるの初めてですけど、面白いですね」

 弩に言われて、コンピューター研の部員全員が膝から崩れ落ちた。


 弩…………

 

 傷口にハバネロ塗るような言動は止めよう。



「それじゃあ、借りていくぞ」

 僕達は電源やLANケーブルを外して、パソコンの筐体きょうたいをまとめた。

 僕と錦織で本体を抱えて、子森君はディスプレイを持った。

 御厨が、キーボードやマウスを見繕みつくろう。


「あ、あのう……さっき何台でもって言ったけど、全部持っていかれると、文化祭の展示が出来なくなるので……」

 坂村君が、消え入りそうな声で言った。


「ええ、分かってますよ。一台で十分ですから。貸してもらえて、本当に助かりました」

 弩がそう言って微笑むと、坂村君は「ありがとう」って何度も頭を下げる。


「それから……」

 坂村君が、弩にすがるような目をした。

「まだ何かあるんですか?」

 弩が訊く。


「あの、弩さん、僕達を弟子にしてください! あねさんって呼ばせてください!」

 坂村君以下、コンピューター研の部員が、弩に対して一斉に頭を下げた。


「弟子だなんて、そんな」

 弩が、ぷるぷる首を振る。


 弩は、意外なところでファンを獲得したみたいだ。



 とにかく、僕達主夫部は、こうして編集機材も手に入れた。

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